代償とクロと師匠
真っ暗で何も見えない世界。
「クロ!しっかりして!クロ!」
どこからか声がする。
優しい、安心を与えてくれる声が響いてる。
「今はクロと言う名になっておるのか、我が娘よ。」
今度は違う声がする。
この声も安心と温もりを与えてくれる声だ。
でも、娘ってどういうことだろう?
「貴方は誰?」
「わしか?わしはミュラ…いや、クロの育ての親であり、師匠でもある存在じゃ。」
その声と話すとすごく懐かしい感じがする。
私は昔、この声を毎日聞いていた気がする。
「ごめんなさい、わからないわ。思い出せないもの。」
声を聞いていたことは分かっても、具体的なことはなにも思い出せなかった。
「それは無理もない。わしはそなたの記憶を消していたからの。」
「それって、どういうこと?」
私はなぜ記憶を消されていたのだろう。
「それはじゃな、わしが病気で死ぬ時に、そなたも一緒に死のうとしたからじゃ。そなたがわしのことを慕ってくれて、信頼してくれていたのは嬉しかったが、わしが日に日に弱っていく姿を見て、そなたが一緒に苦しんでいたからのう。わしはそんな苦しむ姿や死のうとするのを止めたくての、わしのことは忘れて貰ってたのじゃ。」
そんなことがあったのだろうか。
少し、記憶をたどってみる。
断片的であるが、過去の出来事がクロの頭の中でフラッシュバックする。
「…あ、思い出した…かも。」
そして、少しずつじんわりと記憶が元に戻ってきたのが分かった。
「あの少年はわしの魔法を一瞬で解除してしまったからの、それだとクロの精神に大きなダメージを与えてしまうから、わしが少しずつ記憶が元に戻るように何とか力を使っているのじゃよ。時間が経てば全て思い出すよ。」
より鮮明に段々と思い出す、その声の主の姿、性格、そして愛情。
そして私は思い出した、かけがえのない存在を。
私を育て、勉強を教えてくれて、魔法にうるさくって、そして唯一、私の側にいてくれた人の存在を。
「…おじいちゃん。私、思い出したよ…。」
血が繋がっていないことは分かっていたけど、おじいちゃんはずっとそばにいてくれた。
脳裏に浮かぶおじいちゃんの姿。
小さいときからずっと見てきた強くたくましいおじいちゃんの魔法や姿。
でも、私が成長するにつれて弱々しくなってきて…。
「思い出したかの。わしの死ぬ前の姿を。わしは死んでも、クロのことが心配での、クロの心の中にずっといたのじゃよ。」
「…おじいちゃん。ありがとう。」
寝たきりになった最愛のおじいちゃんが息を引き取る時、私も一緒に死のうと思った。
おじいちゃんがいない人生なんて、無意味に思えたから。
でも、おじいちゃんは私を止めてくれた。
「ワシはクロの記憶が戻ったときのことを考えると不安だった。だから、なかなかこの世から魂が離れることができなかった。でも、もう安心じゃ。今、クロにはクロのことをわしと同じくらいに愛してくれる人がいるからの。」
私を愛してくれる人、そして私が愛している人。
おじいちゃんの魂が離れようとしているのが分かっても、私が落ち着いていられるのは、あの人がいるから。
「ご主人様、…いや、フレード。」
見た目は幼くても、心は完全に大人の変わった人。
出会ってすぐに打ち解けて、今では私の中で一番かけがえのない存在。
大好きな存在。
「そうじゃ、フレード君じゃ。わしは初めはこんなガキにお前のことは任せられん!っと思っていたが、あの子なら大丈夫じゃ。」
おじいちゃんも認めてくれた、その事に私は凄く嬉しくなった。
だけど、続けておじいちゃんが言ったことに私は驚いた。
「フレード君は、元々、この世界人間ではない。異世界人じゃ。魂のわしはフレード君の魂が見える。あれは全くの別物だったのじゃ。だから、種族に対しての差別がなかったのかもしれん。」
フレードが異世界から来たなんて知らなかった。
異世界から来たから、あの年であんなに落ち着いているのかもしれない。
「…知らなかった。でもいつか、機会があったら聞いてみるね。」
いきなり「ご主人様は異世界から来たのかニャ?」とか聞いたら相当驚くかもしれない。
…驚くフレードも見てみたい。
「まあ、それもいいじゃろ。フレード君の魂から、とても優しく強い力を感じた。あれほど頼もしい魂は出会ったことがない。そして、おそらくわしの全盛期よりもはるかに強い。」
フレードが強いことはなんとなく分かっていたが、おじいちゃんにここまで言わせるのは凄いと思った。
「優しくてクロを愛してくれて、そして護れる強さもある。わしは安心してフレード君にクロ、…いや、最後だけミュラと呼ばせてくれ。わしは安心してフレード君にミュラを預けることが出来るよ。それじゃあな。わしもミュラを愛しているよ。…幸せに過ごしてな、ミュラ。」
おじいちゃんが私にくれた名前。
その名前を呼び、おじいちゃんの魂は私の中から消えた。
「おじいちゃん、ありがとう。おじいちゃんと過ごせてとても幸せだったよ!」
今まで私を育て、愛してくれたおじいちゃんが完全にいなくなった。
前までの私だったら悲しくて、自殺していたと思う。
でも、今は違う。
「クロ!しっかりして、クロ!クロ!!」
私を呼ぶ声が響いてる。
そう、今の私にはこの人がいるから。
真っ暗だった世界に眩しい光が差し込む。
目を開けると、クロという名前をくれた、最愛の人の顔が見えた。
半泣きで凄く不安そうな顔をして、心配して私を見ているのが分かる。
「ご主人様、大丈夫だニャ。」
これから私を支えてくれる存在、フレード。
その顔を見た瞬間、私は今までに無いくらい、しあわせな気持ちになった。
「良かった!目を覚ましたんだね、本当に良かった!」
私を幸せにしてくれて、支えてくれる分、私もフレード、…いや、ご主人様を幸せに、支えていきたいと思った。
「クロ、回復魔法をかけた瞬間、気絶してずっと意識を元に戻さなかったから、本当に焦ったよ。どこか具合悪いとかない?」
「大丈夫だニャ。心配かけてごめんなさいニャ。」
「無事なら良かったよ、しっかり休んでな。」
クロが気を失ってから丸々1日が経過していた。
俺のいつもの魔法なら、魔法をかけて気絶することはないし、気絶している人にかけると直ぐに目を覚ますはずなのに、クロは目を覚まさなかったから、本当に心配した。
「クロ、何か思い出せたかな?」
「大丈夫ニャ、昔のことをほとんど思い出したニャ。」
記憶も戻せたし、異常も無くて何よりだ。
「辛くない?大丈夫?」
「大丈夫だニャ、何も問題ないニャ!」
とりあえず、今日はクロを寝かせて、記憶の整理をさせて後日話を聞くことにした。
「とりあえず、良く休んでな。」
「ま、待って欲しいニャ。」
そう言って俺は部屋を出ようとしたが、クロに呼び止められたのでクロの側に行った。
「ご主人様、ぎゅっとして欲しいニャ。」
心臓が跳ねた。
顔を赤らめ、だけど不安そうにお願いしてきたクロを、俺は抱き締める。
クロも俺を抱き締める。
「どうしたの?悲しい記憶でもあって、寂しくなったとか?」
「それもあるニャ。一番の理由は幸せを噛み締めたいからニャ。」
俺は嬉しかった。
クロが俺の事を大切に思ってくれているのがたくさん伝わってきた。
そして、心が温かくなりクロがより好きになった。
「今日はこのまま、寝ようか。」
日も沈んできたので、二人ベットに横になった。
二人幸せを噛み締め、お互いの存在を感じながら寝た。
真夜中、クロが寝相で少し動いたので目が覚めた。
「暖かいな、クロ。」
そう言ってクロの頭を撫で、寝ぼけながら再び眠りに着こうとした時、クロがむにゃむにゃと寝言を言った。
「むにゃむにゃご主人様は、異世界人なのかニャ~。」
…え?
確かに聞こえた。
ドキドキして目が覚めてしまった。
「な、なんでクロは俺が異世界人ってことを知ってるんだ!?」
驚きでそう呟いた。
「なんと、主は異世界人だったのか。」
あ、エント、起きてた。
完全に体の一部で違和感なくて今は完全に忘れてた。
後日、クロの過去の話を聞いたあと、クロとエントに俺のこの世界に来た経緯を説明した。
いつかは話さないといけないと思っていたけど、こんな形で話すことになるとは情けないと少し反省した。
クリスマス、皆さんはどうお過ごしですか?
え?作者はなんの予定もありませんよ。
一人ぼっちのクリスマスです。…悲しい。




