代償と両親
「……エル。」
ヘルクレードは、脈が無くなり横たわるエルを見て、混乱していた。
エルに何があったのか、なぜ死んだのかが、何一つ分からなかったからだ。
「どうやら、エルの身には相当、色んな事があったみたいだな。…だが、二人を殺した事実は変わらない。せめてもの情けだ、遺体だけはモンスターに食べられないようにするよ。」
ヘルクレードは、エルを燃やした。
その火をじっと見つめながら、頭の整理をしていた。
かつての仲間の亡骸を見るのは、敵になった今でさえ、とても遺憾に感じられた。
しばらくして、落ち着いたヘルクレードは、捕まえた男に事情を聞くことにした。
「起きろ!」
まず、ヘルクレードは男の方の首に剣を当て、頬を殴って男の意識を戻した。
「っは!?ここはどこだ!?」
「黙れ!お前は今から俺の質問することだけに答えろ!」
「ひぃぃー!」
ヘルクレードの男への尋問が始まった。
思いの外、ペラペラと事の経緯を全て話した。
ヘルンの言った通りのことが起きており、エルが獣人国の諜報員という情報も知ることができた。
そして、この男がエルの兄のザラカスであり、ヘルクレードが最も殺したい男であることがわかった。
「全部はエルの責任だ。兄である私は何も関与していない!だから、命だけは助けてくれ!」
必死に命だけは助かろうとするザラカスを、ヘルクレードは切り捨てた。
「お前がいなければ、仲間が死ぬことがなかったかもしれないのに!…死ね。」
地面に倒れて死に行くザラカスを何度も剣で突き刺した。
返り血を浴び、服が真っ赤に染まったヘルクレードは静かに呟いた。
「サイラム、エイティ、敵は取ったぞ…。」
こうしてヘルクレードとヘルンの作戦は終わりを迎えた。
だが、エルの心境を知ることは誰にも出来なかった。
それから、空が暗くなってきたのでヘルクレードは森で一泊し、街へ戻った。
街の入り口にはヘルンが待ってくれていた。
「ヘルクレード!無事で良かった!」
「なんとか…な。黒ローブ達やザラカスは倒したよ。エルは…俺が手を下す前に死んだよ。」
「…そっか。」
ヘルンは少し寂しそうな顔をしたが、直ぐにヘルクレードをソフィのもとへ連れていった。
「ソフィ!!」
「ヘルクレード!!」
怪我人を治療していたソフィは、ヘルクレードの元へ走り出した。
「良かった!本当に良かった!帰って来てくれた。本当に心配で寂しかった!」
「ソフィ、約束通り帰ってきたよ。もう、ずっと側にいるから、安心してくれ。」
ヘルクレードはソフィを強く抱きしめた。
そして、長い時間、お互いの存在を噛みしめていた。
再会が終わり、三人はサイラムとエイティを弔った。
二人の墓を作り、もう二度とこんな悲劇が起きないことを祈った。
「ヘルクレード、ソフィ、貴方達は二人で幸せに暮らすのよ。私は冒険者を引退するわ。これからは、新しくやりたいことを見つけるわ。」
「そうか、わかったよヘルン。今日を持って、パーティーは解散だ。俺は冒険者を続けて、ソフィと二人で幸せに暮らすよ。」
ヘルクレードのパーティーは解散になり、ヘルンは自分の道を進むことにした。
「貴方たちは幸せそうね。…うらましいわ。それじゃ、またね!」
寂しげな表情を一瞬だけヘルンは見せ去っていった。
「俺らもこれから二人の道を歩んでいこうな。」
「ええ、勿論よ。これからずっとよろしくね、貴方。」
こうして、ヘルクレード達の戦いは一段落ついた。
その後、戦争は人間が優位に立ったが、獣人国の最強冒険者ガルードの登場により、一気に劣性になってしまった。
そこでクロム王国は、王宮魔術士達の精霊の召喚を使い、精霊の力でガルードを退けた。
お互いに消耗戦になり、これ以上戦争を続けるのが困難になった両者は停戦協定を結んだ。
こうして、戦争は一時的に終わりを迎えた。
多くの死者や奴隷、憎しみや悲しみを生み出して。
クロを奴隷にすることを反対されて数時間が経過した。
俺は母さんから、過去に起きてしまった悲劇の話を大まかに聞いた。
俺の両親にそんなことがあったのかと驚いた。
「フレちゃん、私達は獣人の国への忠誠の強さ、そして信頼を裏切られた事実とか、そういう危険性を考えて、獣人を持って欲しくないって思うの。」
母さんは、過去にあったことが忘れられないらしく、俺の身に万が一の事が起きないようにと心配してくれているのが伝わってきた。
「大丈夫だよ、母さん。クロはその獣人とは違うし、僕に危害を与えることは出来ないと思うよ。僕は獣人でも人間でも差別したく無いんだ。」
クロは奴隷であり、俺に手を出すことは出来ない。
あと、万が一、クロが裏切るような事があったとしても、俺は負けない、殺されない自信があった。
「…獣人とひとくくりにしてはいけないのも、奴隷が主人に手を出せないことは知っているわ。でも、それでも、私は…心配なのよ。」
母さんは、過去の事を思い出してしまったのか、悲しげな表情を見せていた。
「母さん…。」
さすがに俺でも、母さんに悲しそうな顔をされると心にきてしまった。
だが、俺はクロと離れる気はないので、反論しようとした。
その時だった。
「ご主人様、私の事は返品していいニャ。私がいるとご迷惑になってしまうニャ。ご主人様のママさんが凄く悲しそうニャ。少しの間だけど、ご主人に会えて嬉しかったニャ。」
クロは母さんの意見を聞いて、奴隷商に戻るという考えを示した。
「フレちゃん、一方的な私達の考えなのは分かるわ。でも、今回ばかりは、クロちゃんを返してきてほしいの。」
フレードは、両親のトラウマが根強いものだと感じた。
しばらく考えたフレードは、結論を出した。
「母さん達の気持ちはわかったよ。でも、クロを今すぐ返すのは嫌だ。あと五年だけ一緒にいさせて。治療院を閉めるその時まで。」
俺はクロと、治療院を閉めたあとに、冒険者として一緒に旅をする気だった。
だが、それは両親が許してはくれないだろう。
「フレちゃん、五年間も一緒にいたら、絶対に離れられなくなるわよ。今しかないのよ、お互いのことをまだ知り合ってない今だからこそ、離れる決断が出来るのよ。」
母さんの言っていることはごもっともだと思った。
だけど、もう手遅れなのだ。
俺は、クロから離れたくない気持ちが、クロを一目見たときに最大になってしまっているからだ。
「ごめん、母さん。やっぱり、それは出来ない。俺はクロがいると頑張れる気がするんだ。いくら、母さん達が心配だからと行って、クロとの時間を制限しようとしても、僕は絶対に応じない。」
俺は強い眼差しで母さんを見た。
最悪、この街から離れることすら考えた。
「…わかったわ。五年だけ。五年だけならいいわ。五年間たった時、クロちゃんは私達が何処かの安全な国に、奴隷から解放させた状態で送り届けるわ。それまでの間だけよ。いいわね!?」
母さんに言われたことは取り敢えず五年間一緒にいることが出来るから嬉しかった。
五年間離ればなれになるが、必ず探しだしてやると気合いに溢れていた。
「分かったよ。でも、必ず安全な国に送ってね。約束だよ。」
「分かったわよ。」
「ご主人様、ご主人様のお母様、ありがとうございますニャ!」
俺は五年間、最大限にクロと思い出を作ろうと思った。
クロの存在がよりいっそう、眩しく思えた。
夜になり、父さんにも同じように許可をもらい、正式にクロが俺の奴隷もとい、従業員になることになった。
「これから改めてよろしくな、クロ。」
「はいだニャ、ご主人様。」
五年間の許可をもらった。
「明日から更に忙しくなるから、よろしくなクロ。」
「分かったニャ!がんばるニャ!」
クロのやる気のこもった顔を見て、フレードは微笑んだ。
こうして、反対をある程度押しきり、クロと過ごすことになった。
あっという間に日が暮れた。
今日はクロの歓迎をして、四人でご飯を食べた。
クロは治療院の二階に住んで貰うことになり、ご飯だけ一緒に食べることになった。
「ありがとうございますニャ。美味しいニャ。」
クロの少しがっついて食べる姿に俺は癒されていた。
この時点で大分クロに心を奪われていたことに俺は気付いていなかった。
「それじゃあ、おやすみ。明日、また朝来るからね。」
「おやすみなさいませだニャ、ご主人様。」
クロと別れた俺は、家に帰り、エントと会話をしたあと、ベッドに横になった。
「5年か…。長いようで短いんだろうな。」
そんな事を思いながら眠りについた。
治療院の準備は着々と進んでいた。
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