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代償と悲嘆

「そ、そんな、エルどういうことだ?お前は街に帰ったのでは無かったのか?」


状況が理解出来ないサイラムに対し、いつもと全く雰囲気の違うエルはゆっくりと話はじめた。


「ごめんね、サイラム。この人は私のお兄ちゃんなの。それでね、私たちは王宮直属の諜報員なの。五歳の時から国に育てられてきたの。家族がいるとか言ったけど、今はお兄ちゃんだけ。優秀なパーティーに入り信頼を得て、役に立つ情報を集めていたの。それが私の役目だから。」


そう言うと、彼女はにっこりと笑い、兄と話はじめた。


「私達が通ってきたルートは全部、夜に行動してたから正確にはわからないの。だから、正確な情報のためにヘルンだけ捕まえればいいわ。」


「そうか、分かったよ、良くやったエル。さすが我が妹だ。」


サイラム、ヘルン、エイティはいまだに状況が分からなかった。

何か夢を見ているかのような感覚だった。


「エル、どういうことだ?敵なのか?俺達をどうするつもりだ。俺達は仲間だろ!」

「サイラム、囲まれているんだから分かるでしょ。私は人間は大嫌いなのよ!私の両親は人間に殺されたんだから!獣人と人間が分かり合えるとでも思ってたの?」


そう言って腰に下げた、刃先の長いナイフをサイラムに向けるエル。

サイラムはエルの言っていることが分からなかった。

毎日毎日会って、クエストに行って、信頼しあっていたはずの仲間が自分に刃物を向けていたのだから。


「エルさん、どうしたの?エルさんはそんな人じゃない。操られているだけだわ。」

「ほんとよ、どうしちゃったのよ?仲間じゃない私たち。」


エイティとヘルンの言葉に、エルは一瞬表情が動いた。

しかし、それに気付いてか直ぐにザラカスが指示を飛ばした。


「エル、人間の言葉に耳を貸すな。皆、そこの赤髪の男を捕まえろ!残りの二人は殺せ!」


「「了解!」」


取り巻きの黒ローブ達が襲ってきた。


「エル…。」


サイラムはエルを愛していた。

きっと、何かの間違いに違いない。

心が変わるようなキズ付くようなことがあったのでは無いのかと。


「大丈夫、何があっても俺はエルの味方だ。俺はずっとエルの側にいるから。」


サイラムはエルにそっと近付き優しく抱き締めようとした。

しかし…


「サイラム、私は国に絶対の忠誠を誓ってるの。だから私個人の感情なんてどうでもいいのよ。」


そう言うとエルは、無防備に手を広げているサイラムの胸に向かって、ナイフを突き刺した。


「……エル。」


ナイフは無情にもサイラムの心臓を貫いた。

サイラムはエルを見ながら膝から崩れ落ち、息を引き取った。

横たわるサイラムの胸から、嘘のように血が広がっていく。


「エル、お前は!」


その様子を見ていたヘルンはエルに向かって魔法で攻撃した。

しかし、エルの防御魔法で簡単に防がれ、黒ローブたちに取り押さえられた。


「ヘルンさん!」


慌ててエイティは黒ローブの何人かを切りつけ、ヘルンの拘束を解き、魔法で広範囲に煙幕を張った。


「逃げましょう、ヘルンさん!」


エイティとヘルンは全力で走り出した。

煙幕でお互いの姿は見えないが、気配を頼りに同じ方向に逃げた。


「くそっ、逃がすな。」


ザラカスの怒号が聞こえ、風魔法で煙幕が晴れていくが、エイティとヘルンはもうそこにはいなかった。


「追え、そして捕まえろ!」


黒ローブ達は散り散りになって二人を探し始めた。


「近くにいるはずよ、煙幕を出した瞬間、薬を塗ったナイフを何本も投げて置いたから。直ぐに痺れて動けなくなるはずよ。」

「さすが我が妹だ。これで俺もお前も更に地位が上がる。何年もの間、良くやった。」


エルの頭を撫でるザラカス。

辛いとき、苦しい時を幼い頃から支えあい、国に諜報員としての教育を徹底された、本当の幸せを知らない、哀れな兄妹の姿がそこにはあった。



「エイティ、助かった!大分距離を離したな。気配を完全に消して、この国から離脱しよう。」


ヘルンとエイティは最大限のスピードで移動したため、追っ手を振り切っていた。


「ごめんね、ヘルン。私はここでお別れよ。」


ヘルンの言葉にエイティが返したのは別れの言葉だった。


「どういうことだ?エイティ。」


ヘルンがエイティの方を向くと、先ほどまで煙幕で見えていなかったエイティの姿があらわになった。

その瞬間ヘルンは息を飲んだ。

そこには背中に何本もナイフが突き刺さったエイティの姿があった。


「そ、そんな。エイティ嘘だろ。いつだ?まて、それより早く手当てをしないと!」

「ヘルン、私はもういいのよ。もう助からないわ。体がもう動かないから。煙幕を張ったとき、エルさんが私たちに向かって投げてきたのよ。」


ヘルンは焦りながら手当てをしようとしたが、エイティの命の灯火はもう消えかけていた。

エイティはエルがヘルンに投げたナイフを、その細い体で全て受け止め、ヘルンを心配させないために、痺れる体を気力だけで動かしていたのだ。


「もしかして、エイティは俺を庇ってくれたのか?」


エルが投げたナイフに気付かなかったヘルンは、エイティに守られたことに気付いていなかった。


「…最後の最後で恩を返せてよかったわ。貴方さえ逃げてくれれば私とサイラムの死が無駄にならなくて済むから。」


「そんな悲しいこと言うな。まだ、助かるはずだ!」


背中から血を流し、今にも死にそうなエイティにヘルンは声をかけたが、エイティは小さく首を振り、最後の言葉を告げた。


「ヘルン、貴方に会えて幸せだったわ。実は私ね、貴方のことが好きだったの。一緒にいるうちにいつの間にか貴方の全てが好きになってたわ。だから、私も無事に帰れたら貴方に告白するつもりだったのに…。」


エイティの言葉にヘルンは泣いていた。

血の匂いが広がる中、ヘルンはエイティを抱き締めた。

そして意を決して話し出した。


「…エイティ、俺もお前の事がずっと好きだったんだ。お前の優しさが何よりも好きだった。だから、俺は街に戻ったらこれを渡すつもりだったんだ。」


そう言うと、ヘルンは胸ポケットから指輪を取り出した。


「こんな時になってしまって申し訳ない。だが、俺の気持ちは本物だ。エイティ、俺と結婚してくれ!」


ヘルンの言葉にエイティは一瞬驚いた顔をした後、静かに微笑んだ。


「こんな私で良ければお願いします。」


ヘルンはエイティの薬指に銀色に輝く指輪をはめた。

そして目と目が合い、ひかれあうように優しいキスをした。


「私、今、とっても幸せよ。大好きよ、ヘルン。」

「ああ、俺も幸せだよ、エイティ。」


ヘルンはエイティが息を引き取るまでずっと優しく、エイティを抱き締めていた。





…しばらくして、ヘルンはエイティの亡骸を木にもたれかけさせ、見つからないように、モンスターがより付かないように魔法をかけた。


「エイティ、直ぐに戻って来るからな。待っててな。」


ヘルンは急いだ。

早くヘルクレードのところに帰ろうと。


しかし、国境に差し掛かったところで三人の黒ローブに見つかった。


魔法を避けながらヘルンは必死に逃げた。

攻撃を何回か受けながらも逃げた。

隙を見て反撃をして、一人ずつ倒すことに成功した。


残り一人になり、傷を負いながらもヘルンは勝った。

そして、もうすぐ森を抜けるというところで、心身ともに限界の来たヘルンは気を失った。


「お、おい、誰か倒れてるぞ。」


そして、ヘルンは傭兵に見つけられ、助けられたのであった。

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