代償と奴隷
俺ははじめて奴隷を持った。
この世界の奴隷は首輪によって強制的に動かしたり、主人に逆らえなくなっている。
身分を奴隷から抜け出させるためには、この国では一人五百万かかると書類に書いてあった。
多分だが、首輪を外す、ごく限られた人しか使えない魔法があるはずだ。
それさえ、見ることが出来れば…。
「ご主人様、どうかしたかニャ?」
「あ、ああ、ごめん、何でもないよ。」
首を傾げて俺に話かけてくる、俺の奴隷。
奴隷の日雇い目的で奴隷商に来たのだが、奴隷ごと買ったため、これから先、長い間一緒にいることになった。
頑張って治療院で稼いで、奴隷から解放させてあげたい。
「そういえば君の名前って何?」
「私は猫奴隷だニャ。」
「名前が猫奴隷?」
「そうだニャ、前のご主人様が付けた名前ニャ。」
名前が猫奴隷ってどういうことやねん。
ステータスを見て確認する。
猫奴隷
年齢18
職業 奴隷
レベル 25(55)
種族黒猫獣人
技能
『猫目』 暗闇でも景色が明るく見える
『跳躍』 跳躍力上場、着地衝撃緩和
(『賢者の贈り物』 ステータス偽造、運アップ効果大)
(『賢者の英才教育』 魔力増大、消費魔力減少、威力増大)
※レベルに応じて効果上昇
状態 元気
記憶喪失
体力E(C) 魔法力F(A) 筋力D(B) 智力D(C)
ステータスを見てみると、名前は本当に猫奴隷だった。
…って、それどころじゃねー!
何だこのステータスは。
偽造されてるみたいだけど、全部見える俺には驚きしかない。
「ご主人様、そんなに驚いてどうかしたのかニャ?」
「う、ううん、何でもないよ。本当に。」
気になる箇所が多すぎる。
取り敢えずやることは…ちゃんとした名前をつけることか。
「主人が僕になったんだから、僕は君のことクロって呼ぶけどいいかな?」
「分かったニャ。ご主人様。私はこれからクロだニャ。」
今さらだがご主人様って呼ばれるのはなかなかいいな。
黒猫だからクロって安直だけど分かりやすいからいいかな。
よし、名前の問題は解決した。
後は…
「クロってさ、自分がレベルいくつか分かる?」
「勿論だニャ!前にちゃんと教えて貰ったニャ!25レベルだニャ!」
クロが自分のステータスを隠している可能性は勿論ある。
だが、クロのステータスからみて分かる通り、クロは記憶喪失になっている。
賢者と名の尽くスキルが二つあるってことは賢者と関わっていた可能性が高い。
さて、どう質問するのがいいか。
「クロはどこで生まれたの?」
「クロかニャ?クロは……。」
クロは俯いて黙ってしまった。
「ごめんなさいだニャ。思い出せないニャ。」
なるほど、幼少期のことは思い出せないみたいだ。
「一番古い記憶で何を覚えているか教えてくれるかな?」
「古い記憶かニャ?それはだニャ、一年前に温かいシチューをさっきの奴隷館で食べた記憶だニャ。美味しかったのニャ!」
なるほど、記憶があるのはここ一年だけみたいだ。
その前に何をしていたかは分からないが、記憶喪失になったと言うことは頭を打ったのか、何か出来事があって忘れてしまったか。
「それはよかったね、クロ。また、何か思い出せたら言ってね。」
「わかったニャ!」
脳に回復魔法をかければ記憶を思い出すかもしれない。
だが、賢者の側にクロがいなかったことを考えると、クロに教育していた賢者が殺されたかさらわれた可能性が高い。
無理に思い出させても可哀想だから、脳だけは回復魔法をかけないようにしておこう。
「クロ、魔法は使える?」
「ごめんなさいだニャ。魔法は難しくて出来ないニャ。」
「そうか、分かったよ!大丈夫。ちょっと、じっとしてて」
「クリーン、ヒール」
俺は魔法で彼女の体と服をきれいにして、頭以外の全体に回復魔法をかけた。
「ご主人様、すごいニャ!体が軽くなったし服もキレイになったニャ!」
「どういたしまして、僕は魔法が得意だからね。さて、来週からクロはこのフレード治療院で働いてもらうよ。そのために今から僕は準備をしてくるよ。クロはここの掃除を任せていいかな?」
「わかったニャ!クロに任せるニャ!」
クロは素直でハキハキしているので頼りがいがありそうだ。
俺は人通り治療院の中をクロに見せ、掃除用具を渡してから、買い物をしに街中にうろついた。
「おねーさんいるー?」
「はーい、いるわよー!その声はフレードちゃんかしら?」
俺はまず、服屋さんに来た。
野太い声が奥から響いてきて、おねーさんこと、ガルム・ヘルン(男)が登場した。
おねーさん(そう呼ばないと怖い)はお父さんのもとパーティーメンバーだったらしく、昔から服を安く売ってくれる人だ。
「今日はどうしたの?フレードちゃん。」
「実は僕、来週から自分の治療院を開くことになってね。そこで自分の服と受付の服を作って貰おうと思ってきたんだ。」
「なるほどね!それでどんな服がいいとかある?」
「特に考えてないから、任せたいな。僕以外はエプロンでよろしくね。」
「分かったわ。任せてちょうだい。予算はいくらかしら?」
「金貨一枚以内でよろしくお願いするね。」
「分かったわ、急いで作るから五日後にまた来てね!」
服をおねーさんに任せたあとは、冒険者ギルドに向かった。
「あら、こんにちは。フレード君、まだ募集は集まってないけれど。」
「あ、いいえ、両替をして貰おうと思って来ただけです。」
俺は袋から金貨を十枚取り出して、適当に両替を頼んだ。
両替はすぐに終わって手数料を払いお金を受け取った。
小銭ばかりで邪魔になったので、一旦治療院に帰ることにした。
……アイテムボックスがほしい。
「お帰りなさいだニャ!ご主人様。」
「ああ、ただいまクロ。掃除はだいたい終わったかな?」
「ちょうど全部終わったニャ。ご主人様も買い物は終わったのかニャ?」
クロが俺が帰って来た音を聞いて出迎えてくれた。
「いや、荷物が邪魔になったから帰ってきただけだよ。」
「それニャら、クロを連れてった方がいいかもニャ!クロが荷物持ちするニャ!」
「ははっ。女の子に荷物持ちなんてさせることは出来ないよ。まあでも、少しは手伝って貰おうかな。でも、今日はけっこういい時間だから、お家に帰ろうか。」
「分かったニャ!明日から頑張るニャ!」
俺はクロを連れて、家に帰った。
父さんにも母さんにもクロを買ったことを言って無かったからね。
「ただいまー。入っていいよ、クロ」
「し、失礼しますだニャ!」
なぜかクロは緊張している。
「お帰りなさい。フレちゃん。そちらの子は?」
「この子はクロって言うんだ。長い間僕の側にいてもらうことにしたからよろしくね。」
「よろしくお願いしますだニャ!」
母さんに紹介をして家の中に入ろうとした時、珍しく真剣な表情をした母さんに止められた。
「どうしたの?」
「フレちゃん、もしかしてクロちゃんを一時的に雇うって訳じゃなくて、クロちゃん自体を買ったの?」
「そうだよ、ちゃんとクロの分までお金稼ぐから心配ないと思ったし、一目見た時に側にいてほしいって思ったからね。暗い顔してどうしたの?母さん。」
いつもニコニコの母さんの表情が珍しく曇ったので心配になってきた。
少し間が空いて母さんがゆっくり話はじめた。
「ごめんね、フレちゃん。クロちゃんを奴隷商に戻して欲しいの。長い間フレちゃんのずっと側に、獣人を置いておく訳にはいかないのよ。」
あの優しい母さんの、差別発言に俺は耳を疑った。




