幼き暗殺者
一つの事件が彼らを襲う。
キリのいいところが見つからなかったため
前回よりも長くなっています。
どうぞお付き合い下さい。
魔族統一暦4734年 龍神の月 橙虎の日
リオンとシオンが学術院に入学してから3ヵ月が過ぎようとしていた。
その日も朝から学業に勤しむリオンとシオン。
クラスメイトは基本的に何かに秀でており、全体的に能力が高い子たちが集まっていた。
シオンは不思議に思う。
贔屓目に見ても自分とリオンはクラスで頭一つ抜ける。
しかし、他のクラスの授業風景を垣間見ても自分と同等はおろか、クラスメイトに届く者が少ないのだ。
そこまで考えて、一つの答えがよぎる。
能力測定によってクラス分けがされているのではないか?
つまり、そのまま能力が高い生徒を1から順に30あるクラスに分けているのではないかと。
初等部一年生の授業内容と言えば、一般教養、魔法基礎学、魔族の歴史、魔族世界の成り立ちの内、一般教養が主だ。
リオンもシオンもすでに習ってきたことであり、復習にもならないほどの基礎。
初等部三年生で習う魔法基礎学さえもすでに履修済みなのである。
『魔法基礎学』とは
文字通り、魔法の基礎となる原理を教える学問で、内容はこうなっている。
世界に満ちるマナ(鬼人族は外気)を体内へと取り込み、ライフ(鬼人族は内気)へと変換する。
魔法は詠唱することで構築し、土台とする。
構築された魔法は魔法名を唱えることで発動される。
ライフの量は個人の器に比例する。
また、鍛えることによってその器を大きくすることが可能である。
それにより、より高度で難しい魔法を使うことが可能となる。
短縮詠唱や無詠唱で魔法を発動したりもできるし、多重詠唱さえできるようになる。
この世界での多重詠唱とは、同時に違う魔法を唱えることではなく、同一魔法を威力を調節すれば同時展開出来るといったものだ。
同時詠唱は基本的に不可能となっているが、遅延魔法は同時展開が可能となっている。
それでも、双子は学業を疎かにすることは無かった。
(どんなことでも、基礎を疎かにする者は大成しません。たとえ何度も見て、聞いたことでも、新しい発見を見つけることもあるのです)
バルトの教えが根底に染み付いていて、何か新しい発見があるかもしれないと、学業に取り組むようになっていた。
そんな双子にとって一番楽しい授業がある。
戦闘実技の時間だ。
何故初等部1年目から戦闘実技の授業があるのか。
これは単純に座学で学んだ魔法基礎学を実際に使ってみるというだけのことだが、リオン達のクラスは全員が魔法基礎学は理解している。
その為、ほぼほぼ模擬戦がしゅたいとなっていた。
リオンとシオンは様々な種族の魔法や戦い方に常に新鮮な気持ちで授業を受けていた。
中でも、『夜魔族』であるリリ、『竜人族』のコウエン、『鬼人族』のヒカルの3人は双子にとって興味の尽きない相手である。
リリは『夜魔族』特有の精神魔法に長けている。
レジスト出来なければそこで模擬戦終了となるが、精神魔法は詠唱時間が長く、発動時は無防備になってしまう。
そのため精神魔法の前に遅延魔法を使って、発動するタイミングを自在にしている。
その間、相手の攻撃をさばく必要があるが、白兵戦もそれなりにこなす。
精神魔法を発動させるまで遅延魔法は発動中となっている為その間ライフは減り続けることになる。
リリのライフ量の多さがうかがい知れるだろう。
大半のクラスメイトを精神魔法の影響下に置くことが出来るが、先に紹介した残りの2人とリオンとシオンはレジストしてみせる。
「リリ〜!あたしとやろ〜!」
「ヒカルちゃん。うん。いいよ」
ヒカルの誘いにリリは快く応じる。
ヒカルの戦い方は『鬼人族』そのものと言った戦い方だ。
五感と六感を駆使し、相手の攻撃を避ける。
六感と言っても勘などといった不確かなものでは無い。
五感で得た相手の情報を瞬時に理解し、予測することで極々近い未来予知をしているのである。
また、情報を得るために話しかけることを重要視している。
相手の反応や、返事でさえも予測の一部とするのだ。
そのためか、ヒカル達『鬼人族』は後の先を得意とする。
さらに外気を取り込み内気を練り込む事で身体能力を上げている。
これは『鬼人族』特有のもので、『鬼人族』は魔法を使わない代わりにこうして身体強化や感覚強化で戦うのである。
ただ、外気=マナ、内気=ライフという学説が一般的になっているため身体強化や感覚強化は魔法であると提唱する者もいる。
ちなみに、バルトとシグも『鬼人族』である。
そんなリリとヒカル、最近の2人は膠着状態になることが多い。
ヒカルは基本戦術が徒手空拳である。
武器を使用することもあるが、同等の相手を前にすると技術の拙さが目立って負けることになるため、無手での戦闘となっている。
リリは基本戦術が魔法になる。
しかし、ヒカルとの戦闘となると安易に魔法が使えない。
精神魔法は以ての外だ。
近接戦闘では分が悪いうえに、相手は後の先を得意とするため、安易に近づくことも出来ない。
そうなるとヒカルからなるべく離れて攻撃魔法を使うことが多くなっている。
こうして模擬戦が始まってからしばらくは、近づこうとするヒカルに近づかせまいとするリリのやり取りになっていた。
近づけない苛立ちからヒカルは痺れを切らしたようだ。
「シッ」
小さく息を吐き、リリとの距離を最小の動きで縮めていく。
『マジックアロー・サンク』
リリが魔法を発動させる。
ヒカルとの距離は、十分にある。
が、ヒカルがグングン距離を詰めてくる。
そこへ発動させた初級魔法の『マジックアロー』が5発、ヒカル目掛けて飛んでくる。
ヒカルはそれを、やはり最小の動きで避けきる。
5発目をクルッと回転して正面を向くと目の前に炎の壁が出来ていた。
防壁魔法:炎属性の『ファイアウォール』がヒカルを阻む。
ヒカルは思考を巡らし、数瞬の後、駆けていた勢いそのままに身を縮めて『ファイアウォール』に飛び込む。
リリは『ファイアウォール』を発動した直後、すぐに次の魔法を構築し始める。
詠唱をしているとヒカルが予想外の動きで『ファイアウォール』を突破してきた。
詠唱を中止し、持っていたダガーを構える。
ヒカルはすでに目の前に来ていた。
瞬間、ヒカルが身を屈めて上前方へ跳ぶ。
リリを飛び越え、着地するとすぐ様振り向く。
リリも振り向くが、そのスピードはヒカルの比ではない。
ヒカルがリリの持ってるダガーを打ち払い、
空いてる手でリリを掴み、足を払い、組み伏せる。
倒れ込む瞬間、ヒカルは勝利を確信した。
(勝った!)
だが突然、体が弾かれて、もんどりうつ。
「きゃっ」
リリが無詠唱で『エアバースト』を発動させたのだ。
リリも弾けて地面に打ち付けられるも、しっかり受け身をとった。
すぐ様立ち上がり、次の呪文の詠唱を始める。
詠唱が終わり、魔法が発動される。
『サンダーボルト』
もんどりうったヒカルに『サンダーボルト』が直撃する。
「きゅ〜......」
よくわからない声を出しながらヒカルは大の字に倒れた。
「そこまで、勝者リリ!!」
ニーナ先生が宣告する。
その模擬戦を見ていたクラスメイトがワッと歓声を上げる。
リリは疲れたようで、その場にへたり込んでしまう。
無詠唱呪文はマナを使わずにライフのみで発動させるため、ライフ欠乏症になりやすい。
「リリ、大丈夫?立てる?」
「はい。大丈夫です」
ニーナ先生がリリに無事を確認する。
そのあと、ヒカルの元へ行き『内気功』を当てる。
すると、すぐにヒカルの目が覚める。
「はっ!?...あ〜負けちゃったか〜」
自分の置かれた状況を確認し、自身の記憶を確認して、勝敗の行方を確定させた。
「勝ったと思ったのにな〜...」
「これでリリとは2勝3敗か〜」
「でも!次は勝ーつ!!」
落ち込むも、すぐ次の瞬間には元気になるヒカルであった。
「今日はこの辺で終わりね」
時間的にちょうど授業が終わる時間だった。
「みんなは着替えて教室に戻ってね」
「ヒカルは念のため保健室へ行きましょ」
ニーナ先生の言葉にみんながはーい!と元気よく返事する。
ニーナ先生はヒカルを保健室に送る道中に考え込む。
(ヒカルもリリもホント優秀ね…)
(でも、大き過ぎる力はどこかで破綻を呼んでしまうもの...)
(気をつけて見ていないと)
今日の模擬戦も途中で止めようとも思った。
止めるのも簡単だった。
だからなのか、最後まで見てみたいと思ってしまったのだ。
ニーナはヒカルを養護教諭に任せて教室へ急ぐ。
教室に着くと生徒達に連絡事項を伝える。
これで、今日の授業は全てが終わった。
生徒達を教室から送り出して、ニーナも職員室へ戻っていった。
リオンとシオンは昇降口にいた。
上履きを靴に履き替えて、校庭に出る。
校庭から校門まで結構な距離がある。
一万を余裕で超える生徒を誇る『ダンタリオン学術院』。
校庭の規模もそれ相応になる。
校門までたどり着くと、シグが待っていた。
「シグ兄〜!!」
リオンがシグの元へ駆け出す。
遅れてシオンも駆け出す。
「あっ、待ってよ!リオン!」
シグは、リオンとシオンが駆け寄って来るのを見て慈しむように微笑む。
父が旅に出てる今、リオンとシオンの世話と教育を自分が担当している。
自分を慕ってくれる双子は弟同然だった。
「おかえりなさいませ。リオン様、シオン様」
しかし、それを表に出すことはもう無いだろう。
シグの言葉に嫌そうな顔をする双子。
「シグ兄は、何でそんな喋り方するの?」
リオンが聞くと、シグは困った顔をして答える。
「父が不在の今、私が筆頭として職務に当たっております」
「今まで通りでは、下の者に示しがつきません」
「どうか、ご理解ください」
シグがそこまで言うと、理解はしたけど納得はいかない!という顔で双子は頷く。
「ありがとうございます。では、屋敷へ帰りましょう」
3人は並んで帰路につく。
他愛もない会話をくりひろげながら。
『ダンタリオン学術院』では、7割以上の生徒が寮生活を送っている。
残りの3割の生徒は王都に実家があるか、私邸を持っている貴族だ。
リオンとシオンはその3割の生徒である。
リオンとシオンは帰宅後すぐにシグと魔法の復習と実技訓練をこなす。
終わると食事を摂った。
シグと共にお風呂で汗を流すと、すぐに眠気が襲ってくる。
リオンとシオンは自室に戻り、明日の準備を済ませて床についたのだった。
月明かりが眩く光る。
その月明かりの下を疾走する影がひとつ。
目指す先はアルレディオ大公国の大公、レオンの王都私邸。
影は厳重すぎる私邸を慎重に調べ上げ、今日、依頼を決行した。
レオン大公私邸は水路に囲まれており、侵入を容易にしてはくれない。
が、影は懐から一つの魔道具を取り出し、発動させる。
発動した瞬間、魔道具は音もなく崩れて無くなっていった。
影が宙に浮く。
高位魔法『フライ』の呪文が発動された。
難なく壁を飛び越えると、音も無く目標の窓まで飛んでいく。
窓は開いていた。
(不用心)
影が心の中で呟く。
窓から侵入すると、寝ているリオンの枕元まで進む。
影は、用心のために音を消す魔法『イレイズ』を唱え、さらにリオンに『スリープ』をかける。
『スリープ』の魔法がリオンを影響化に置く前に、レジストされる。
「なっ!?」
驚愕する影。
すると、リオンの瞼か開いた。
「誰?」
静かな調子で問い尋ねるリオン。
大公国での一件以来、用心のために対抗魔法をリオンとシオンには予めかけてあった。
『イレイズ』は周辺にかけたため影響を受けずに効果を持続させている。
影は無言で素早い動きでリオンに近寄り、ダガーを取り出して、リオンを突き刺そうとしてくる。
リオンはそれを冷静に避けると、ベッドから降りて影と向き合う。
そして、再び問う。
「誰?何のためにこんなことをするの?」
いつの間にか、煌々と部屋を照らしていた月明かりは雲の陰に隠れていた。
影はゆらりと揺れ、体勢を低くしてリオンに迫ってくる。右手にはダガーが握られている。
リオンの部屋で格闘戦が始まる。
暗闇の中、リオンはとても7歳とは思えないほど冷静だった。
迫ってくるダガーを、何とか避ける。
暗闇の中ではさすがに反撃は出来ない。
リオンは影を注視する。
相手の動きを読み違えると命に関わる。
のだが、何故か不思議な感覚に陥る。
(...?...僕はアイツを知っている?)
立ち方が誰かに似ている訳ではない。
戦い方も、知っている人に似ていない。
ただ、そこにある雰囲気と身長、体格がリオンに既視感を与えていた。
再度、影はリオンへ迫ってくる。
リオンは先ほどと同じように避ける。
ただし、一つの行動を付け加えた。
リオンは避けざまに影が目深に被っていたフードを捲し上げる。
すぐ様、影に向き直り、今度はリオンから近づいていく。
リオンの行動に影はフードを直す余裕もなく、防御一辺倒になる。
リオンは影のダガーを持つ手を掴み取る。
2人が息が触れ合う距離まで近づくと、陰っていた月明かりが再び煌々と2人を照らし出す。
月明かりに映し出された顔を見てリオンは驚愕する。
ウェーブがかった銀髪にラピスラズリの瞳。
透き通るような白い肌は顔からしか窺えない。
全身を盗賊のように黒い服で統一し、リオンが捲し上げたフードは首の後ろで弛ませていた。
リオンは彼女の名前を口に出す。
「リ......リリ?」
「チッ」
舌打ちをひとつ。
リオンに掴まれていた腕の拘束力が弱まったのを感じると無理矢理引き剥がす。
窓まで駆け出すとそのまま飛び出した。
「え!?...な!?」
リオンは窓まで駆け寄って窓の外を見やる。
すると、宙空を駆けるように飛び去るリリの後ろ姿が見えた。
リリの後ろ姿を小さくなるまで見つめていたリオンだったが、その姿も見えなくなると目に涙を溜めて茫然自失のまま膝から崩れ落ちた。
そこへ勢いよく扉が開かれる。
シグが異常事態を察して駆けてきたのだ。
シグは部屋の隅々まで見回してリオンの姿を見つける。
「リオン様!ご無事ですか!?」
茫然自失のまま振り返るリオンは静かに泣いていた。
シグはすぐ様リオンの元へ駆け寄る。
するとリオンはシグに抱きつき、大声で泣き始めた。
どれぐらい泣いていたのだろう。
しばらくするとリオンはシグに抱きついたまま泣き疲れて深い眠りに入っていった。
シグはリオンを抱えて部屋から出ると、シオンの部屋へリオンを連れていく。
(今は一人で寝かせるべきではないな)
寝息をたてているシオンの隣にリオンを寝かせる。
部下に指示を出し警護を強化する。
それと共に大公国へ使いを出して、事の顛末を報告する。
それと共に増員の手配も怠らなかった。
シグ自身は、双子のそばに付き添った。
(リオンを危険な目に合わせてしまった...)
ジワジワと襲いかかってくる後悔の念が、シグを蝕む。
「クソッ!」
「どこのどいつか知らんが…絶対に許さんぞっ!」
シグは報復の決意を固めたのであった。
薄暗い路地をすごい速さで駆け抜ける影は一つの扉の前に立った。
鍵が開くと滑り込むように中に入っていく。
鍵を開けたのは体格の良い男性であった。
男は問いかけた。
「コハクか...首尾は?」
コハクと呼ばれた女の子は首を振った。
男性はみるみる内に激昂していく。
が、それをおさえると
「...次の手を考える。それまで待っていろ」
「今日はもう休め」
言うと何処かへと歩いていった。
コハクと呼ばれた女の子は自室へ戻り、軽くシャワーを浴びるとすぐに睡魔が襲ってきた。
それに抗い、寝間着に着替えて、先ほどまで着ていた黒装束を別室へ片付ける。
再び自室へ戻ると吸い込まれるようにベッドへと潜り込む。
微睡みの中、思い出させるのは月明かりの下で見たリオンの悲しそうな顔。
寝付いた彼女の瞳からは一筋の涙の跡が残っていた。
お付き合い下さりありがとうございます。
予想出来ましたか?
外れた方もいたんじゃないでしょうか?
しかし...前書きで彼らと書いていましたね...彼ら?
小さいことは気にしない!
次回はまた大きな事件が起こる予定です。
あくまでも予定です。
予定です。
期待して、待て次回!!