継承〜〜〜今だけは
魔族統一暦4735年 魔神の月 紅竜の日
アルレディオ大公国公都カムイにて、レオン・ヴァン・ヴァイス大公の葬儀が行われた。
深い悲しみが公都を包む。
彼の葬儀には参列する者が後を絶たなかった。
領民はもちろんのこと、七大氏族からも名士と呼ばれる者達が名を連ねていた。
それほどまでに彼は、レオン・ヴァン・ヴァイスは愛されていた。
だからであろう名君を失った領民たちの嘆きはとても深いものだった。
参列していた者全てが別れをすませると、レオンを乗せて馬車は王城を発つ。
街道沿いには悲しみに沈む領民たちで溢れていた。
その中をレオンを乗せた馬車はゆっくりと南へと向かう。
着いた先は公都を見渡せる丘の上。
そこには一本の大樹がそびえ立ち、その袂にレオンは埋葬された。
生前、彼は語っていた。
もしも、自分に何かあった場合はここに埋葬して欲しいと。
いつまでも公都を見守れるように。
いつまでも領民を見守れるように。
そして、愛する家族をいつまでも見守れるようにと。
その日の公都は悲しみの涙がいつまでも溢れ出るのだった。
レオンの葬儀から数日後。
マルティナは主だった者達を謁見の間に集める。
主だった者達が集まるとマルティナは目を腫らしたリオンとシオンを伴って玉座の隣に立つ。
姿勢を正し一歩前に出ると、皆を見渡しマルティナは言葉を紡いだ。
「皆、急な呼び出しにも関わらず集まっていただき、感謝します。」
「集まってもらったのは他でもありません。この国の今後についてです。」
「亡き夫に代わり、この国を治めるのは長子であるリオンとなります。」
「しかし、リオンは10歳になったばかり、文も武も、いまだ拙い。」
「ですから、この子が文も武も皆に認められるまで、私が女王となり国を守っていきます。」
そこまで言うと、マルティナは集まった者達を再び見渡す。
皆に戸惑いの色は見えない。
ある程度予想されていた事なのだろう。
そしてマルティナは再び言葉を紡ぐ。
「しかし、私も夫ほど治世に優れるとは思っていません。ですからあなた方の力を貸していただきたいのです。」
「亡き夫が...レオンが愛したこの国を一緒に守ってほしいのです。」
私の言いたいことはすべて伝えた。
そう言わんばかりに凛と背筋を伸ばして皆を眺める。
すると、龍鱗の鎧に身を包み、左手に大剣、右手に兜を携えた騎士風の男が中央最前まで進みでる。
その場に跪くと、大剣を捧げるように持ち上げると、白央騎士団団長ジストア・フェル・マルドゥークは高らかに宣言する。
「我ら白央騎士団以下、各方面軍は変わらぬ忠誠をマルティナ様に捧げます!」
そう言うと騎士団所属の者達は一斉に跪く。
次いで、黒衣のローブに装飾過多の杖を持った初老の男が進みでる。
ジストアと同様に跪くと杖を掲げ、忠誠を誓う。
「我ら天央魔導士団、永遠の忠誠をマルティナ様に」
天央魔導士団団長ククル・ギル・デルテは静かに、しかしはっきりと宣言する。
ヴァイス大公国の軍部を司る両巨頭であるジストアとククルが忠誠を誓うと、残った者達も跪き忠誠を誓っていく。
最後に一人の女性が前に進みでる。
紅く長い髪を一つに纏めて派手にはならない程度の装飾を付け、鷲獅子の紋章を胸に刻まれた白銀の全身鎧に鷲獅子の皮から造られた外套をたなびかせる。
腰には長剣を差し、左手に大きな凧盾を持っている。
凛々しく立つ姿は戦乙女にも劣らず美しい。
ジストアが一歩左にずれるとそのまま中央に収まる。
皆と同様に跪くと流麗な声で言葉を発する。
「この場にいる私共全ての者達の忠誠をマルティナ様に捧げます。」
「いついかなる時も!剣となり、盾となり!」
「マルティナ様を、そしてこの国をお守りいたします!!!」
そして最後に近衛を司り、軍部、行政の全てを束ねるアルティシア・ラル・ハルナークが忠誠を誓う。
跪く皆の忠誠を一身に受けてマルティナは亡き夫の偉大さと強さ、そして大きな喪失感を感じていた。
しかし、それではいけないと毅然とした立ち姿で声を張る。
「皆の忠誠、嬉しく思います。」
「全てはこの国に住まう者のため、亡き夫が...レオンが遺した想いを皆で継いでいきましょう!」
その言葉に跪いていた全員が立ち上がり唱和する。
「「はっ!」」
謁見の間が震えるほどの唱和にリオンとシオンはビクつくも、熱気漂う臣下たちの眼差しに熱いものが込み上げてくる。
隣に立つ母の顔の覗き込むと父が亡くなってから初めて見る笑みをこぼしていた。
アルレディオ大公国の王位継承は何の問題もなくマルティナへと継承されることとなった。
継承式を含め、今後のことを話し合うためにマルティナはアルティシア、ジストア、クルルと他数名を伴い会議室へと向かっていった。
夜も更けて、月の灯りも差さない部屋の奥でマルティナはランプの灯りだけを頼りに書類に向き合っていた。
謁見の間での宣言から会議へと移行し、今後の政治について話し合いの場が持たれた。
細やかなところはともかく、大まかなところはレオンの施政の時と変わらず、現行のまま当面は進むこととなった。
書類と睨み合うマルティナは長く溜め息を漏らすと、椅子の背に体を預け天井を見上げる。
何を思うでもなくぼーっとしていると心の奥底から悲しみが湧き上がる。
すると彼女の頬にひと雫の涙が伝う。
「……駄目ね…こんなんじゃ、あの人に笑われちゃう...」
不意にドアを叩く音がなる。
マルティナは涙を拭うと、入るよう入室を促す。
「入りなさい。」
扉を開けてやってきたのはバルトであった。
うしろにはティーポットとティーカップが載ったワゴンを押してメイドが付き従っている。
「あとは私がやります。貴方は下がって大丈夫です。」
バルトがメイドに下がるよう指示を出すと、メイドは深々と礼をしてから部屋をあとにする。
メイドが部屋を出たのを確認するとバルトはカップに紅茶を注ぎ始める。
「あまり根を詰め過ぎるのはよろしくありませんよ?マルティナ様。」
マルティナにカップを差し出しつつ、バルトは言う。
「ありがとう。でもここまでは終わらせないと明日以降、みんなの業務が滞ってしまうから…」
マルティナは疲れた顔で無理矢理に笑顔を作る。
「それに...あの子達との時間もしっかりと取りたいもの」
そう言うとマルティナはカップに口をつけて紅茶を一口飲む。
ほっとした顔を覗かせるとバルトに感謝の言葉を伝えて、再び書類に目を落とす。
「……無理はなさらぬようお願いします」
そう言ってバルトは一礼し部屋をあとにする。
しばらく書類と向かい合っていたマルティナは不意に顔を上げる。
「……無理をしてなにかに集中してないと……ダメなのよ......」
つぶやく声は震えが混じり、しばらくすると嗚咽となっていく。
何かをきっかけとした訳では無い。
心の奥底に渦巻いていた悲しみはいつだって溢れていたのだ。
ただただこのタイミングで涙が出てしまっただけだった。
「……ごめんなさい。あなた...」
「でも...今だけはこのままでいさせて?」
「すぐにいつもの私に戻るから……」
嗚咽を漏らす中でそうつぶやき、泣く。
部屋の外でバルトは立ち尽くす。
マルティナの嗚咽を耳にして、自分の中に渦まく様々な感情を押さえ付けながら。
彼の両拳から血が滴るが、痛みを感じることは無かった。
夜が更けていく。
それぞれの悲しみが重なるかのように、暗く深い闇へと更けていく。