生命
『風刃乱舞』
アイシャは魔法構築し始めてすぐに発動させる。
無数の風の刃をレオンとシグに向けて放つ。
「レオン様!!」
「構うな!相手に集中しろ!!」
レオンはそう言うと自らに魔法障壁を構築、展開する。
風の刃は魔法障壁を徐々に削っていくが破られる程ではなかった。
しかし、魔法障壁を展開している為に攻撃魔法は使えず、際限なく飛来する風の刃に身動きさえも出来ずにいた。
(威力を最小にしてのこの手数……厄介この上ないな……)
(シグは...無事だな)
(ならば、今出来る最善を尽くすのみ!)
レオンは思考を巡らせる。
今ある力を最大限に使う方法を。
同じ頃、シグは無数の風の刃を体内に内気を巡らせることで致命傷を回避していた。
しかし、致命傷に至らなくとも、弾幕としての効果は発揮されていた。
(魔法は構築、詠唱のあとに展開もしくは発動することで効果が発揮される)
(魔法が展開中、発動中の場合は他の魔法は使えない)
(だからって、さすがにこの状態で攻撃に移ることは出来ないな...)
(この魔法が止んだ時が勝負!)
拳を握る。
内気を更に高めていく。
まだアイシャに拳が届く距離ではない。
必殺の拳を叩き込むべく、ゆっくりと、しかし、確実にアイシャとの距離を縮めて行くのだった。
(……削り切れそうもないわね)
(『金剛』のレオン……二つ名に違わない堅さね……予想以上だわ)
(かと言って、これ以上は割けない)
(こっちはこっちで...)
呆れた様にシグへと視線を移す。
魔法障壁を張らず、内気を巡らせるだけの男はゆっくりとだが確実に距離を詰めてくる。
(これは……ミスちゃったかな)
三者三様に現在の己の状況を把握しながら、次に打つべき策を練る。
練ると言いつつも、シグの次の行動は分かりきっているのだが…
確かな破壊力をその手にアイシャへと放つだけである。
レオンは思考する。
何が最善手となるかを。
シグに目をやると亀もかくやと言うほどの遅さだが確実にアイシャとの距離を縮めている。
シグの狙いは一目瞭然だった。
自身の最大最高の攻撃を加えるつもりなのだろう。
(ならば...シグの補助にまわるべきか...?)
(しかし、位置的に邪魔になる可能性が高い...)
(シグに強化魔法を……)
(……いや、ここは!)
目まぐるしく思考するレオン。
様々な可能性を予想し、予測する。
しかし、圧倒的に相手の情報が少ない。
少なくとも、魔法技能に秀でているのは確かだった。
先刻のシグの完璧な不意打ちを食らったのに無傷で立ち上がったのを見ると、恐らくは魔道具も持っているはずだ。
それも決して一つや二つでは無いであろう。
現状分かるのはこの程度だった。
(……虎穴に入らずんば...か)
腰に下げた鞘から剣を抜き放つ。
風の刃が止むと同時にレオンはアイシャへと向かっていった。
アイシャの誤算は二つ。
一つは、レオンの防御魔法が予想より堅かったこと。
理想はダメージを多少でも与えられたらと思ってたが…
それでも、その場に釘付けに出来たのだからまだマシだ。
問題はダメージを無視して少しずつ近づいてくるシグだ。
予想の範疇を超えたシグの行動に、アイシャは少なからず動揺を覚える。
経験上、このような行動に出る相手はいなかったのだ。
アイシャは彼の意図するところが全然見えてこない。
ただ確実に言えるのは、食らえば致命傷になるであろう攻撃が放たれるということだ。
(問題はどのタイミングで来るのか...ね)
魔法の効果が切れたところで即座に突っ込んで来るかもしれない。
レオンの動きに合わせるかもしれない。
(どのみち、立ち位置を変えなきゃジリ貧になるだけ...)
(状況次第では、こちらから仕掛けるべきね)
シグの予想外の行動がアイシャの次の行動を鈍らせる。
アイシャは右手の小指にしている指輪に視線を移す。
(場合によっては、これを使うしかないわね…)
いつでも発動できるように指輪に魔力を込めていく。
そして次の瞬間、アイシャの指定した魔力量を使い切り、猛威を振るっていた風の刃が止む。
止むと同時に動き出した影が二つ。
一つはレオン。
右手に長剣を持ち、左手では魔法を構築していくと、そのままアイシャとの距離を一気に詰めに行く。
もう一つはアイシャである。
右手に反りの深いショートソード程の長さの剣を持ち、レオンと同様に左手に魔法を構築している。
そのまま、その場でレオンを待ち構える。
本来であれば、すぐ様この場を離れるつもりだったのだが、ここでもシグが予想外の行動に出たのだった。
正確には何も行動に移さず、魔法の効力が切れると同時にその場に留まったのだ。
その行為にアイシャならず、レオンまでもが驚く。
(来ない!?くっ……!)
内心舌打ちをしながらも、即座にレオンに対応する為に剣を抜き放ったのだった。
シグが止まったのを視界の端に捉えたレオンは内心驚きながらも、シグらしいと笑う。
(まさか、止まるとはな...)
(さすがに予想外だ)
視線はアイシャを捉えて離さない。
一瞬の躊躇は見られたが、すぐにこちらに対して動き出したようだった。
そして、レオンとアイシャは切り結ぶ。
レオンが駆った勢いそのままに長剣を上段から鋭く振り抜く。
アイシャはそれを逆手に持った小剣で巧みに逸らすと、そのまま返す手で首筋に狙いを定め突き刺しに行く。
だが、レオンは跳ね上げた長剣で小剣を弾く。
レオンは、そこから更に一歩踏み出すと横薙ぎに長剣を振るう。
しかし、その一撃は空を切る。
アイシャは当たる寸前に側宙で回避したのだ。
レオンの横薙ぎの一閃を華麗に飛び越えると、いつの間にか順手に持ち替えた小剣でレオンに斬りつけるが、レオンはバックステップでそれを避ける。
二人が動き出してから10秒にも満たない。
正に一瞬の攻防と言える。
そこから二人の攻防は激しさを増していく。
レオンが動けばアイシャが動く。
アイシャが動けばレオンが動く。
互いに譲らぬ攻防はいつまでも続くかと思われた。
その時だった。
それまで沈黙を守っていたシグが動き出す。
地を蹴り一瞬にして距離を詰めるとアイシャに肉薄したシグは練りに練った内気を打ち込む。
油断していたわけではなかった。
レオンと打ち合いながらもシグの動向には気を割いていた。
しかし、シグは自分の目の前で今にも攻撃を加えようとしている。
(この...ままではっ!)
己の限界の速度でアイシャに迫ったシグは目の前の標的に打ち込む瞬間に勝利を確信する。
(取った!)
自分とアイシャの間に突然現れたシグに驚きながらもすぐに状況を把握する。
そしてすぐ様、左手に構築していた魔法を発動させる。
『歪曲堅牢』
防御系魔法の最高位に位置する魔法を発動、展開する。
敵の攻撃を歪ませた空間に通すことでダメージを無くす魔法である。
通常の防御系魔法であれば、ダメージは無くとも衝撃等は残るが、それさえも感じることはない。
先程のシグの不意打ちの一撃をアイシャが無傷でやり過ごした事で、レオンは慎重にならざるを得なかった。
しかし、これでシグと共にダメージを負うことは無い。
無かったはずだった。
次の瞬間、レオンの表情は驚愕に彩られていた。
目の前にはアイシャが立ち、小剣を構えていた。
アイシャの後ろではシグが足をおさえて倒れている。
(一体...何が起こった!?)
『歪曲堅牢』は発動、展開されている。
にも関わらず、シグはダメージを負って倒れている。
レオンの頭の中には疑問符しか浮かんでこない。
その間にアイシャが極々小さい動きでレオンに切りつけてくる。
反応の遅れたレオンはダメージを覚悟するも、『歪曲堅牢』の効果によってその刃はレオンを傷つけることは無かった。
すぐにアイシャから距離を取るために大きく後ろに跳ぶ。
目を離すこと無く細心の注意を払う。
軽くない動揺の中、アイシャから目を離す行為は最も愚策だと理解していた。
しかし、そんなレオンの視界からアイシャは忽然と姿を消した。
更なる動揺から展開していた『歪曲堅牢』の維持が揺らぐ。
そこへ背後に魔法の発動を感じる。
『解除』の魔法がレオンの『歪曲堅牢』に効果を及ぼす。
揺らいだ『歪曲堅牢』は音もなくその効果を霧散する。
レオンは即座に振り向きつつ長剣で袈裟斬りに斬りつける。
軽くない感触がレオンの手に感じる。
そして、そのまま返す手で止めの一撃をと動くより前にアイシャの小剣がレオンの心の臓を貫く。
「ごふっ」
口から、そして刺し貫かれた傷からおびただしいほどの血が溢れるように流れ出る。
力なくその場に倒れるレオン。
それと同時に扉が開け放たれる。
常人ではありえない程の速度を以て大公家私邸へ辿り着いたバルトだった。
そして、怒りのままに吼える。
「貴様ぁぁぁぁぁぁ!!!」
駆け出す。
ただただ一直線にアイシャを目指して駆け出す。
『阿修羅』の名に違わない憤怒の表情でバルトはアイシャの胸を貫手で刺し貫くのだった。
抵抗すること無くアイシャはバルトの攻撃を受け入れる。
否、抵抗する術が無いと言えただろう。
バルトの咆哮が聞こえた時から自分の胸を貫くまで一秒とかからないだろう。
そう瞬時に理解したアイシャは一切の抵抗もしなかったのだ。
(依頼も成功ね...)
(そして……わたしの目的も達成された……)
そこでアイシャの思考は途切れる。
満足そうな顔で果てゆくのだった。
悪夢だ。これは悪夢だ。
動かない体と朧かかった思考のせいで現実を実感出来ずにいた。
しかし、つい先程まで戦闘していた事実と痛む傷がこれが悪夢ですらない事をシグに突きつける。
「あ...あぁぁ……あぁぁぁぁぁぁっ」
自分が発した言葉なのにどこか遠くから聞こえる。
アイシャを撃退することも、死して守ることも出来なかった自分が、のうのうと生きていることに精神が灼けつきそうだった。
このまま狂ってしまえるのならどんなに楽だろうと本気で考えてしまう。
しかし、それを許してくれない存在がシグにはいる。
幼く、自分を慕ってくれるかわいい『弟』達。
二人を想うと朧かかった思考も晴れてくる。
シグは現実と向かいあうと、現状を把握し理解するのに時間はかからなかった。
いや、理解してなかった訳ではなく認めたくなかっただけなのかもしれない。
心の臓を貫かれたレオンはこみ上げてくる血を吐きながら倒れる。
胸元には小剣が奥深くまで刺さっている。
(俺はここで死ぬのか…)
そう認識すると最後の力を振り絞り声を上げる。
「シグよ!」
「……」
「シグよ!!!」
「は...はっ!!!」
「リオンとシオンを頼む」
「...はっ!!!この身に代えましても!!!」
相も変わらず真面目過ぎるシグに苦笑する。
「レオン様……!」
「バルトか...マルティナと息子たちを頼む...」
「...かしこまりました」
レオンはバルトの返事を聞くとにこやかに笑いながら息を引き取っていった。
「レオン様……どうか安らかに...」
魔族統一暦4734年
この年、レオン・ヴァン・ヴァイスは妻と二人の息子を残して、その生涯を閉じる。
これをきっかけに二人の息子、リオンとシオンの数奇な運命の歯車が音を立てて回り出すのであった。