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5・しゃげきぶはしゃげきをはじめるばしょです

「昨日の放課後はどこに行っておったのじゃ? 心配で探したぞ」


 朝食時、美味が開口一番尋ねてくる。


「ソーリー、ちょっと校内をエクスプロール(探検)してみようと思ったんだけど、迷っちゃったのよ」


 アニーは昨日の夜に考えた嘘の理由を話し、はぐらかせた。


「なんじゃ……そういうことならば、声を掛けてくれればよかろうに。拙僧が案内してさしあげたのじゃが」

「エクスプロールは一人の方がワクワクするじゃない?」

「まあそうかもしれぬが……」


 今一つ美味は納得いかない様子だが、アニーはすました顔でパンを食べ続けた。そうは言っても実はアニーの頭の中は、昨日見た散弾銃の事も含め射撃部の事で一杯だった。


 朝食の後、学校に向かう道すがらも心の中では射撃部の事が引っ掛かっていた。


 あのベレッタの『コレクション1996』はなぜあそこにあったのだろうか? 

 あの小柄な先輩が使っているのだろうか?

 ギャビン=ライアルの小説のセリフではないが、あの先輩ではベレッタを持って行くのに機関車が必要だ。その光景=イメージが頭に浮かび、くっくっと笑いを堪える。


「なーにを思い出し笑いしておるのじゃー!」


 突然美味が後ろからアニーの胸を鷲づかみにする。


「キャアアアアア!」

「アニー殿、お主の胸の内に何が秘められておる? さあ吐け、吐くのじゃ!」

「それとバストをタッチする事に何の関係があるのよ!」

「何を申すか、胸の内に何が秘められているか、探っておるに決まっているではないか!」

「セ・セクハラよ! セ・ク・ハ・ラ!」

「ほう? それではアニー殿は男ならともかく、女子に胸を触られて何か問題があるのか? ん?」

「そ……それは……」

「どうじゃ? ん? 何か問題があるのか?」

「え……え……それは……」

「ほれほれ、申してみよ、何か問題があるのか? ん? ん?」

「ス、Stop ! 美味……」


 答えに詰まり体をよじらせて悶えるアニーの体を、勝ち誇って触りまくる美味の後頭部に、空手チョップが叩きこまれる。


「いい加減にしなさい、エロ坊主」

「こ・小日向先生、後頭部に手刀は痛すぎるのじゃ~」


 涙目の美味が頭を押さえて振り向くと、そこにはあの小日向先生が立っている。

 今日もスーツをカチッと着こなし、一分のスキも無い出で立ちだが、相変わらずその表情は人を蕩かしそうな笑顔でいっぱいだ。


「億里さん、こんなエロ坊主は公然猥褻でポリスに引き渡しなさい」


 昨日の出来事の後で何となく気まずいアニーだったが、先生は気にしている様な素振りは全く見せていない。ホッとしたアニーは


「サンキュー、先生。そのコーゼンワイセツって何か判りませんが、助かりました」


 と素直にお礼を言う。


「サンキューじゃないでしょ、『有難う御座いました』です」


 アニーの額にも小日向先生の手刀が直撃し、アニーの目から火花が飛び散った。


「アウチ!」

「根源院さん、億里さん、ふざけていないで早く学校に向かいなさい」

「イ、イエス……」


 そう言うと、小日向先生は学校に向かって歩いて行く。頭を押さえたアニーと美味も、小日向先生の後ろをついて行くように学校へ向かった。


「あのレディは?」

「第二外国語の先生で、小日向真佐こひなたまさ先生じゃ。英語はもちろん、独語・仏語・アラビア語を完璧に話すということじゃ。美人なうえに、あの気さくでカラッとした性格……皆の人気も高いのじゃ」


 確かに小日向先生が歩いていくと、男女を問わず生徒たちが気さくに挨拶をしている様子が目に入る。


「ふーん……ところで、なんかもの凄―くハート《痛い》なんだけど……」

「うむ、スピード・角度・タイミング、全てにおいて完璧な手刀であったな」

「ミス小日向は先生と云うより、ソルジャーみたいに見えるわね」

「おお、アニー殿は鋭いのぉ! どういう経緯かは知らぬが、小日向先生は防衛省から出向で来ているという話じゃ」

「シュッコー?」

「簡単にいえば、お主と同じで一時的に別なところに身を寄せているのじゃ。実戦部隊に居たとすれば、あの完璧な手刀もうなずけるというものじゃな」


 美味の説明を聞いて、小日向先生のあのカチッとした雰囲気の理由は納得出来る。しかしそれを上回る違和感を、アニーは感じていた。


「ヘイ、美味さん。ミス小日向の事、どう思う?」

「どう思う……とはいかなる意味じゃ?」


 前を歩く小日向先生が生徒たちに挨拶をされて、あの人を蕩けさす様な笑顔で挨拶を返しているのが見える。


「ファーストインプレッションから、どうにも気になってしょうがなかったんだけど、あのスマイル……パーフェクト過ぎない? まるで名優の演技みたいに、何度も練習を重ねて、全てをバランスよく造ったかのようなパーフェクトなスマイル……そんなフィーリングがするのよ」

「……アニー殿はやはり鋭いのぉ。なるほど、そのように見えておったか」

「美味さんもそう思う? 何か知っているの? そのリーズンとかを?」

「いや、わしは何も知らぬよ。もし知っているとすれば、それはアニー殿の方じゃろう」

「ワタシ?」

「もしアニー殿が、無理に造られた笑顔を見抜けるとすれば、それはアニー殿がその理由を知っている、と云う事なのじゃろうからな」


 美味にそう言われてアニーは言葉に詰まる。


 確かにアニーは、人が無理に笑顔を作らなければいけない時がある事を知っている。しかし小日向先生がどんな想いで、そしてどんな考えであの完璧な笑顔を造り皆に見せているのか、そこまでは考えは至らない。アニーは美味に言われた事を心に留めたまま、学校に向った。


 学校に到着し下駄箱で靴を履きかえたあと、自分のクラスに行こうとするアニーを美味が呼び止める。


「アニー殿、昨日と逆で申し訳ないのだが、今日は先に帰ってもらえないであろうか……」

「ホワッツ?」

「いや、今日は陸上部から『一緒に練習をしてくれぬか』という申し出があってな、参加せねばならぬのじゃ。そんなに遅くはならぬと思う故、先に帰って待っていてくれぬか」

「ドンウォリー美味さん、そんなことなら、教室で時間をつぶしているわ」

「了解じゃ。申し訳ないが、待っておってくれ」


 美味は微かな笑みを浮かべてそう言い残し、アニーと別れて自分の教室に向かう。

アニーはその美味の後ろ姿をしばらく見ていた。それは美味の表情にも何かしらの違和感を覚えたからである。


『美味さん、あなたもその笑顔の下に何を隠しているの?』


 アニーは小日向先生のこと、美味のことがもやもやと気がかりだったが、気を取り直して自分の教室に向かった。


   ◇


 その日の放課後、アニーは教室の窓際の席で、オレンジジュースのパックを片手に陸上部の活動に参加している美味の姿を眺めていた。パックと言う日本の言い方を知らず、『パパー、パパー』と連呼して購買のおばさんに通じなかったのは恥ずかしかったが。


 グラウンドでは美味が走り高跳びをしており、自分の身長よりも高い高さをきれいな背面跳びで飛び越えていた。さっきは陸上部も顔負けのスピードで100メートルを走り切り、クラブの面々の称賛を集めていた。


 しかし美味の表情には好成績を出している喜びは全く感じられず、逆にその軽く笑みを浮かべた表情からは虚無感すら感じられる。


「あのう……すいません……」


 控えめな声が聞こえて振り向くと、そこには見覚えのある小柄な男子生徒が立っている。そうだ、昨日射撃部から飛び出した時、ぶつかった子だ。


「昨日はすいませんでした……あの、僕、同じ一年の」

「ハイ、ナイスミーチュー。あたしに何か用?」


 想いに耽っているところを見られた恥ずかしさもあって、アニーは声を掛けて来た男子生徒の言葉を遮るようにして尋ねる。


「す、すいません、お邪魔しちゃって……あ・あの僕、億里さんに聞きたい事があるんです……」

「What`s that?」

「……億里さんはオーストラリアで、射撃をやっていたんですか?」


 嫌な事を聞く。しかし彼はオーストラリアで自分に何があったかを知らない、そんな相手に配慮してくれと言うのも無理な話だ。アニーは自分の表情が見えない様に彼に背を向けた。


「それがユーと何の関係があるの?」


 我ながら嫌な言い様に、アニーは心の中で自己嫌悪を感じる。


「教えて欲しいんです……あの……その……」

「?」

「銃を撃つって……どんな感じなんですか?……」


 この質問は、銃を撃った事の無い人がよく尋ねる。

 アニーのように射撃競技をする人間にとって、銃はゴルフのクラブと変わらない。競技の為に『球を打つか』『弾を撃つか』の違いでしかないのだが、スポーツ射撃をした事の無い人は映画等でよく観る、銃の持つ破壊的効果による爽快感の印象の方が強いため、認識に違いが生まれるのだ。


「……それはガンファイア、銃を撃つだけの話? それともシューティング、射撃の話?」

「え?」

「悪いけどワタシは何のマインドも無く、リーズンも無くガンを撃った事が無いから、ただガンを撃ってどうかっていうアスクには答えられないわ」


 ホント、嫌な答え方を自分はしている。銃と言うものを知らない人が、銃を発射する事と射撃をする事を一緒に考えてしまうのは仕方が無いと知っているのに、自分は相手の無知につけ込む様な話し方をしている。


「……じゃあ教えて下さい、射撃をするって……どんな感じなんですか?」

「それをアスクしてどうするの?」

「……ぼく、ドンクサくて……スポーツはからきし駄目なんです。文化系のクラブでも、なかなかやりたい事が見つけられなくて……でも高校に入ったら、射撃部があるって聞いて……何となくだけど……やってみようかなって……」

「グーット、ならジョインすればいいだけの事じゃない」

「……そうなんですけど、日本では射撃ってメジャーじゃないからどんなものか全くわからないんです。それに……もし参加してやっぱり駄目だ、出来なかったなんて事になったら部の皆さんに迷惑を掛けてしまうし……それに両親に射撃部に参加するってどう説明したらいいかも解らなくって……」


 ああ、要するにこの子は自分に自信が無いのだ。いままで自分が活躍できるフィールドを見つけることが出来なかったので、ここがそうだという事を確信できる理由を探しているのだ。


「ソーリー、残念だけどワタシがアドヴァイスしてあげられる事は無いわ。出来るか出来ないか、どうやってアプローチしたらいいかはアナタが見つけることよ」


 アニーは冷たく言い放つ。


『嫌な奴だ、ワタシ……』


 心がチクチクと痛み、自己嫌悪に苛まされていたが、今のアニーには、他に彼にかけられる言葉を見つけることが出来なかった。


「……そうですよね……やっぱり自分でやってみなければ、わかりませんよね……」


 彼は声を落としてうなだれる。


「……すいません、お邪魔しました」


 申し訳ないが、今の自分には彼の助けにはなれそうもない。早くここから立ち去ってくれないか……アニーがそう祈っていると今度は別の人物が教室に入ってきた。


「失礼、億里アニーさんはいます?」


 自分を探す声がしたので振り返ると、小日向先生が居た。


「……ホワッツ? な、なんですか」


「『あなたと話したい』と言う人がいます、ちょっと一緒に来てもらえますか?」


 小日向先生はあの完璧な笑顔で、ニコッと笑いながらアニーに尋ねる。アニーは怪訝に思いながら、カバンを持って小日向先生と一緒に教室を出る。不穏な空気を感じながらも、男子生徒は二人の背中を不安な面持ちで見つめる事しか出来なかった。


   ◇


 行先はどうやら射撃部部室のようだ。


 射撃部の部室に入ると既にあの三年生のリトルグレイ先輩と、二年生の〝硯耶すずりや〟と呼ばれた凛々しい先輩が部室に居た。何事かといぶかるアニーの前に、二年生の先輩がつっと出る。

 思わずアニーはボクシングスタイルに身構える。


「ホワッツ? 昨日の事でクレームでもあるんですか?」


 すると二年生の先輩はアニーの目の前でスッと正座をし、姿勢を正すと丁寧にお辞儀をした。それも地面に顔を押し付ける様にだ。こ、これがパパから聞いた、どんな罪でも許されるジョーカー、〝ドッゲザ〟という奴だろうか?


「すまない……ふざけた事を言って、君の大事なものを貶めてしまった……本当に申し訳ない!」


 床におでこを擦りつけるようにして謝る先輩を見て、アニーは〝ドッゲザ〟の恥ずかしさを知る。謝る為とはいえこんなこと、自分だったら出来るだろうか?


 いろいろな事が頭の中で渦巻いて、どうしたものかと悩んでいると小日向先生が助け船を出してくれた。


「どうします? 許してあげます? あげません?」

「イ、イエス。わかりました、許します」


 先輩がようやく頭を上げる。地面に擦りつけたおでこが赤く変色しているのが何となくかわいい。しかし、その表情はまだ何かの決意を示したままだった。


「有難う、そこであらためてお願いしたい……私にクレー射撃を教えてくれないか?」

「エエエエエエ⁈」

「昨日の様子から、君はひとかたならぬ知識があると見受けられる。ならばぜひ、私にクレー射撃を教えてくれ」

「……それはワタシにこの部にエントリーしてくれ、という事ですか?」

「そうしてくれればより有り難い。どうだろう? 私と一緒にこの部へ入ってくれないか?」

「メニーワカラない事があります。なぜワタシなんですか? 先輩がそこにイルじゃないですか?」

「先輩はライフルの精密射撃の方が専門で、クレー射撃はやった事が無いそうだ。小日向先生も同じで、この部にはクレー射撃の知識のある人間がいないんだ」

「じゃあ、なぜシャッツガンがあるんですか?」


 横から小日向先生が相変わらずの笑顔のまま答える。


「アメリカとの間にTPPという国家間の自由貿易が締結されて、貿易での関税と品目が自由化されたの。日本には今まで自由に銃が輸入された事は無かったんですけれど、アメリカは自分の国の輸出品目に銃器を追加したかったんです……重要な産業ですから。しかし日本はもともと銃器の所持が厳しい国です、『自由に輸出されるなどとんでもない』と反対しました。協議した結果、スポーツ用の銃器だけは輸出入する事が出来るように条約が締結され、一六歳以上の高校生なら、学校のクラブ活動の中でクレー射撃やライフル射撃などの、装薬銃での射撃ができるように法律が改定されました。この散弾銃はそういった流れの中で、クレー射撃を始める為の特別な予算がついて、そのお金で地元の銃砲店から購入したんです」

「ガン(銃)があるなら、やりたい人がいればすぐビギン出来るんじゃないんですか? ガン(銃)が好きな男の子はいっぱい居るんじゃないですか?」

「何とかメンバーを集めたいのはやまやまなんですけれど、散弾銃は今のところ女の子にしか許可が下りないんです」

「ガールだけなんですか? ボーイはダメなんですか?」

「やっぱり思春期の男の子は不安定でしょ? 粗暴な態度や、喧嘩や反社会的な行動がカッコイイと思う様な人には持たせられないわ。男の子でも理性的で落ち着きがある人ならいいんでしょうけど……。今のところ男子で許可が下りたって話は聞いた事がありません」

「先輩、なぜクレーシューティングなんですか? ライフルじゃダメなんですか?」

「今年中にクレー射撃を始めるメンバーが育たないと、散弾銃は取り上げられて、特別に増額されたクレー射撃を普及させるための補助金が支給されなくなってしまうんだ。一度取り消された補助金は二度と降りる事は無い。その為にもなんとしてもクレー射撃を始める部員が必要なんだ」


 なるほど、誰かがやらなければ、あのベレッタは持って行かれてしまうようだ。それは自分がこの日本で見つけた、ささやかな居場所が失われてしまう様な気がした。


 アニーは二年生の先輩を見つめた。先輩の瞳に決意が宿っているのが見てとれる。ああ、この人もあたしと同じだ。居場所を失って、今まで踏み込んだ事のない世界を目指そうとしているのが解った。


 だがそこでアニーの気持ちは逆に折れてしまった。自分がそうなってしまった理由を思い出したのだ。


「ソーリー、ワタシは先輩の役にはタチそうにありません」

「な、なぜだ?」

「それは……」

「そこまでじゃ、硯耶先輩!」


 気迫のこもった言葉が発せられ、部室にいる皆が振り向くと部室の入口に美味が立っていた。その後ろにはあの男子生徒が扉の後ろに隠れるように居る。


「硯耶先輩、申し訳ない。今日はここまでにしておいてくれぬか?」

「根源院さん……」

「美味さん! ホワイ?」

「アニー殿を迎えに行ったら、小日向先生が連れて行ったと彼が教えてくれたのじゃ」


 アニーが視線を扉の後ろに隠れた男子生徒に向けると、彼は照れくさそうに俯く。美味は先輩たちとアニーの間に割って入る。


「硯耶先輩、アニー殿にも考える時間が必要じゃ。今日はここまでにしておいてくれぬか」


 硯耶先輩も、アニーの思いつめて顔を伏せた様子を見て、さすがに気が削がれた様だ。


「しかし硯耶先輩、拙僧にも解らぬ事がある。なぜ射撃部へ? あなたは〝明鏡止水の硯耶〟と呼ばれるほど書道に長けていた御仁ではないか? そんなあなたが何故射撃部へ?」

「…………」

「差支えなければ教えて頂けぬか? あなたの想いを」

「もし何か理由があるならわたしも教えて欲しいわ、あなたが射撃を始めたい理由を」


 小日向先生も美味の質問に乗ってくる。


 正座したまま硯耶先輩はしばらく視線を床に落としたままためらっていたが、やがて意を決したように静かに話し始めた。


「書道部は変わってしまった……私が入学した年に新しく顧問になった先生が、部を大きくする方法としてパフォーマンスを取り入れて、部員を多く獲得しようとしたんだ。私は長く続けて来た書道を、より高く磨き続ける為に書道部に入ったのだが、今の書道部は墨で真摯に文字を残す事ではなく、パフォーマンスでその存在をアピールする部になった。パフォーマンスで何かを伝える事が出来るなら、それもいいだろう。しかし更に技術を磨き、更に高い次元を目指すのも書道=〝書〟の〝道〟のはずだ。私は自分のその想いを曲げられなかった。私は部と疎遠になり、行く〝道〟を見失ってしまった……」

「それでなぜ射撃部なのじゃ?」

「〝道〟を極めようとする部は多くある……何が〝書〟の〝道〟の代わりになるのか、いろいろ考えたが、これから始める私が、今まで〝道〟を極めようとしてきた先達たちの邪魔になってしまっては申し訳ない。弓道部に話を聞きに来た時に、射撃部に新しい競技として、クレー射撃が取り入れられるという話を聞いた。新しく始められる競技なら誰かの迷惑になるわけではない、自分が自分の〝道〟を探究出来るはずだ……だから私は射撃部にきたんだ……」


 アニーはその言葉を聞いて思い出した。クラブ勧誘の時、書道部から離れて立っていた硯耶先輩の物憂げな表情を。どこかで見た事のある様な表情だと思っていたが、ようやく思い出した。


 あれは自分のいる場所を、自ら失った者の表情だった。


 自分が日本に来る前に、父と母に『ある事』をお願いした時のあと自分の部屋の鏡で見た、自分の表情と同じだったのだ。


「スッズーリヤ……センパイ……」


 小日向先生が硯耶先輩の体を支えて、アニー達に背中を向けさせた。硯耶先輩の表情が判らない様にしたのだろう、小日向先生は美味に『アニーを連れて行け』と目配せをする。


「アニー殿、行こう」


 美味はアニーを射撃部の部室から連れ出す。アニーが思わず振り返ると、そこに見えたのは硯耶先輩の寂しそうな背中だった。それは紛れも無くあの時の自分自身そのものだった。

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