21・しゃげきじょうはいろいろなどらまがおこるばしょです・へいかいしき
クラブハウス前で閉会式が始まる。
「高校生クレー懇親射撃大会、成績優秀者の発表を致します。トラップ部門、真田幸美さん」
「はい!」
明るく応えて幸美が前に出る。
「続いてスキート部門、億里アニーさん」
「ハイ」
二人が大会委員会会長の前に進み出る。今回は懇親射撃大会なので、順位付けは行われず、その代わり成績優秀者として表彰される形になっていた。
大会委員長が二人の首にメダルを掛ける。
「これからもクレー射撃普及の為、一層努力をお願いします」
「はい」
「ハイ」
二人は照れくさそうに一礼をして、それぞれの学校の列に戻る。先ほどまで気迫に満ちて射撃をしていた時と違う、年頃の高校生らしい姿がそこにあった。
◇
閉会式が終了し、夕暮れの迫る射撃場の駐車場で、香春鳩高校のメンバーはおのおの一つの区切りを迎えていた。
硯耶先輩は、待っていた九文たちと向き合っていた。
「九文……有り難う」
「硯耶先輩……許して頂けますか……」
「いや、私こそ君たちに教えられた。〝書〟の持つ力、その可能性を君たちは私に示してくれた。高みを目指すだけでない、人に心を示す〝書〟の〝道〟を、君たちが示してくれた。まだまだ〝書〟の〝道〟は広く深い……」
「せ、先輩、たった一人で頑張らせてすいませんでした! だから私たち決めたんです、新しい書道部を作ろうって!」
「あ、新しい書道部?」
「はい! パフォーマンスではない、伝統的な書道部を復活させるんです! そこで〝書〟の〝道〟を追及していこうと思うんです! ……それで……それで……もし新しい書道部が出来たら……先輩、私たちをその部で指導してくれますか?!」
九文たちが硯耶先輩に食い下がる。硯耶先輩は照れくさそうにつぶやいた。
「……ありがとう……言いにくいのだが……もしよかったら、私も一緒に再び学ばせてもらえないだろうか? 〝書〟の〝道〟を……」
「先輩?」
「一緒に追求させてくれないか、書道というものを」
「先輩!」
「あらあら、硯耶さんはこの試合で引退?」
小日向先生が笑顔のまま、後ろから声を掛ける。
「エッ!」
傍で聞いていた美味と幸美は驚愕の声を上げた。それはそうだろう、せっかく一緒にここまでやってきたのに、まさかもう辞めてしまうなど思ってもいなかったからだ。
「それが……その……射撃もそのまま続けたいのですが……」
「エエーッ?」
今度は公文たちが声を上げる番だった。驚く九文たちの前で、照れくさそうに恥じらいながら硯耶先輩が続ける。
「まさかこんなに楽しいとは思っていなかったんです。アニーには申し訳ないが……やっぱりスカッとするんです。なんというか……こう……押し込めた気を開放する様な、あの瞬間がたまらなかったりして……」
「先輩?」
九文たちは唖然としていた。あの落ち着いた堅物の典型の様な硯耶先輩が、まるで初恋にときめく様な表情で、『スカッとする』なんてセリフを吐くとは誰も思っていなかったのだ。
「しょうがないですね。それで硯耶先輩のストレスが無くなって、集中出来るというなら文句はありません」
九文はやれやれという顔でうなずくが、
「でも〝書〟の〝道〟はしっかり導いて下さいよ!」
と念を押す。
「ああ、共に頑張ろう、九文」
「はい!」
硯耶先輩と九文たちが感激に満ちて抱き合おうとした時、横から一人の人影が現れ九文より先に硯耶先輩に抱きついた。
「硯耶さ~ん!」
「な、なんだ?!」
抱きついたスーツ姿の人物を見ると……
「お、お前? PD学園の?」
「大門と言います! 硯耶さ~ん、お慕いしてます!」
「な、なんなんだ?」
硯耶先輩も九文たちも突然の出来事に唖然としている。
「あの凛々しい撃ちっぷり! 惚れてしまったのです! ぜひ次回は御一緒に撃ちに行きたいです!」
「え? え? ええ~っ?」
「あ、あなた! 先輩から離れなさいよ!」
「嫌です! 硯耶さ~んは私のモノです!」
大門は子供のように舌を出し、九文をあざける。
「この……あんたなんかに先輩は渡さないわ!」
九文たちと大門は、硯耶先輩を挟んで取り合いを始めた。
「まったく、硯耶先輩も難儀な事じゃな」
「そうだね……」
硯耶先輩たちを見て、美味と幸美が呟く。
「あれ? アニーは?」
「うん? どこに行ったのじゃ?」
◇
アニーは射手のいなくなったスキート射撃場で、プーラーの許可を取って八番射台に独り立ち、マークハウスを眺めていた。さっきまであんなに熱い戦いを繰り広げた場所が、今はまるで何もなかったように静まり返っている。
美味の言うとおり、自分たちはその場に身を置いているだけなのだ。
その場にシューターとしての自分が立つことによって、この場は熱い戦いの場所に変わる。そう、この場所で自分が味わったあの悩みも苦しみも、すべて自分が作り出したものだったのだ。その事をアニーは今、静まり返った射撃場で一人噛みしめていた。
「アニー!」
射撃場を見下ろす駐車場から、美味が呼んでいる。
アニーは見上げた。美味が、硯耶先輩が、幸美が、小日向先生がいる。そして幡先輩が、長篠武士が、射撃部のみんなが待っている。これだけの人たちの協力を得て、ようやくだが……それでもようやく再び、このシューティングレンジに立つ事が出来た。
「まだリスタートしたばっかり。これから何が待っているか、全然判らないものね」
アニーはそう呟いて、感慨深げに眼を閉じ想いにふける。
いろいろな事があった。しかしまだこれからも、もっといろいろな事があるに違いない。
『もう迷わない』
決意を胸に、アニーは目を開き顔を上げる。
『前を向いて歩いて行こう、どこまでも、どこまでも』
心の中に静かな決意を秘めて、アニーは射撃部メンバーの方へ歩き出す。
そこに居るのは過去に抱いていた迷いを振り切った、一人のシューターとして再スタートを切ったアニーの後ろ姿だった。
了




