19・しゃげきじょうはいろいろなどらまがおこるばしょです・すきーと こうはん!
その頃アニーは同じく伽羅の四ラウンド目に、再びサイドレフリーとして立ち会っていた。スキートレンジの選手たちもそろそろ疲れが見えてきて、ヒット率は目に見えて落ちていた。そんな中、伽羅だけは疲れをテクニックでカバーし、変わらないヒット率を維持していた。その伽羅が四番射台に入る。苦手意識のある射台だけに伽羅も少し緊張気味のようだ。その緊張を見て取ったアニーは、思わず心の中で応援する。
『落ち着いて、蕃さん』
そう思った瞬間、
『あれ?』
自分の心にそんな感情が生じた事に、アニーは驚いた。オーストラリアで、大人の男達の中でやっていた時には感じなかった感情だったからだ。
その時アニーは、美味と以前話したことを思い出していた。
◇
硯耶先輩の銃の加工のために真田銃砲店を訪問した翌日の放課後、射撃部の部室でアニーは日課の〝挙銃練習〟に励んでいた。
〝挙銃練習〟とはスキート射撃に欠かせない練習である。
スキート射撃では腰の位置まで降ろした銃をすばやく持ち上げて、射撃姿勢をとる。その時、銃が常に同じ位置に収まらなければ狙点=狙いがズレてしまう。そのためにも何度銃を持ち上げても同じ射撃姿勢がとれるように〝挙銃練習〟が必要なのだ。
しかしその日はいつもの百回の繰り返しではなく、その倍……二百回に達しようとしていた。
「Two hundred!」
銃の管理のために付き合っていた小日向先生は、額に軽く汗を浮かべたアニーを驚いた様子で見つめていた。
「アニーさん……その熱の入り方、いったいどうしたの?」
「エ?」
「『エ?』じゃないわよ。いつもの百回を超えて、二百回をカウントしているわよ?」
「まあ……リトルビット……」
アニーは返事の代わりに、照れくさそうな笑みを浮かべる。
「お主にも、〝切磋琢磨〟する相手が見つかったのじゃな」
アニーと小日向先生が声のした方を向くと、いつの間にか美味が部室の入り口に立っている。
「〝セッサタクマ〟? Who`s that? アタシはまだボーイフレンドなんていらないわよ?」
「人の名前ではない!」
美味は苦笑いをしながら突っ込みを入れる。
「〝切磋琢磨〟というのは、己の信じた〝道〟に励みに励むこと……そして仲間同士で励まし合って向上する事じゃ」
「『一生懸命練習する』ってこと?」
「アニー、皆の事をどう思っておる?」
そう問われたアニーは少し俯いて考えたあと、顔を上げた。
「……そうね、Jealousわね」
「ほう?」
「スッズーリヤ先輩みたいな研ぎ澄ましたようなコンセントレーション(集中力)、あなたのようなシャープ・インサイト(鋭い洞察力)……あ、あと、ミス・小日向みたいなCool(冷静)さも欲しいわね」
「なるほど、なるほど。ではあのPD学園の選手はどうじゃ?」
そう言われて、アニーは少し困惑した表情を浮かべながらつぶやいた。
「……『I don‘t lose to her(負けたくない)』、かな」
「ほう?」
「今ならアタシは負けないと思う。でもこの先は分からない……あのコはただ負けるだけでは済まないと思う。それでもアタシは負けたくない」
「なるほど、なるほど……ではその上で問おう、お主はオーストラリアでは何のために射撃をしていたのじゃ?」
「エ?」
唐突に聞かれ、考えをまとめようと思案するアニーだったが、その前に〝万解〟の力を発揮した美味が先に口を開いた。
「当時のお主は、試合に勝つことだけが目的だったのではないか?」
「…………」
「〝勝つ〟という目的以外に、己を磨く理由を見つけておらなんだのではないか? ……確かに、〝勝つ〟というのも一つの道ではある。しかしお主は、孤高を貫くにはまだまだ若く我と同じく未熟じゃ」
「コーチやトレーナーが必要だと?」
「そう云う存在も、大事やもしれぬ。だが励まし合い、競い合う様な近い年頃の存在も必要だったのではないか?」
そう言ったあと、美味は顔を僅かに曇らせた。
「わしは今まで自分の持つ〝万解〟の力のおかげで、一度見たスポーツは何でも『うまく』こなせた。だがそれは他の誰にも理解してもらえぬ境地であったため、自らを切磋琢磨する相手を見つけることが出来なんだ……」
そこまで言って、美味の顔はいつもの凛々しい顔に戻った。
「しかし今はお主が、硯耶先輩が、真田殿がおる。共に上達して行きながら、負けまいと思って努力する仲間がおる。わしはお主にも、そう云う相手が必要ではないか、と思うておるのじゃ。お主がPD学園の生徒に『負けたくない』というのは、『負け』を意識した上での気持ちであろう? オーストラリアでお主は〝勝つ〟ことだけしか考えてなかった……それゆえ、〝負けた〟時にどうしていいか判らなかったのではないか?」
自らの矮小さをを指摘した美味の意外な指摘に、アニーは思わずたじろいだ。
思い返してみれば、あの頃自分の中には勝つという価値観しか無かった。大人の男達に勝とうという想いだけで射撃をやっていて、大人たちをへこます事しか考えていなかった。それが美味の言う慢心の元だったのかもしれない。
しかし今、同じ年頃の高校生たちに囲まれた中で射撃をしていると、いつの間にか仲間意識の様なモノが生まれて来ている事にアニーは気が付いた。
勝ち負けだけではなく、自分の実力を発揮し相手に認めてもらい、そして相手の実力を認める。それこそが競技の本質であり、〝切磋琢磨〟という言葉を心から納得した瞬間だった。
◇
伽羅は四番のダブルに入る。
アニーには伽羅の緊張がひしひしと伝わってくる。
「はい」
伽羅のコールと共に最初にプールから、次にマークからクレーが発射される。滑らかなスイングでプールを追い発射、撃破してポンプする。
しかしその時、疲労のせいかポンプの勢いが足りなかったのかもしれない。先台を前進させた時、キャリアーという弾を銃身の位置まで持ち上げるパーツのリフト量が足りず、弾が銃身の下端に引っかかってしまった!
先台が少し前進した位置で止まってしまい、伽羅は一瞬動揺したがすぐに先台を一旦後ろに下げ再び前進させる。キャリアーは、今度は弾を正確に銃身の位置まで持ち上げ、遊底が弾を銃身に送り込む。そして既にレンジ端に迫っているマークのクレーに向けて、伽羅は急いで発射する。
『器用だね!』
アニーは伽羅の対応に感動する。
その時伽羅の発射した弾はクレーの後端を弾き、確かにヒットしていた。しかしメインジャッジの位置からは射場の端の金網に重なりはっきり見えず、当たったような気はしたのだが確信が持てなかったようだ。
メインジャッジはアニーの方を向くが、アニーは旗を上げていなかった。アニーの位置からは、伽羅の撃った弾がクレーを砕いたのが確かに見えていたからである。ましてアニーはメインジャッジより高いヒット率を上げているので、そんな上級射手の目を信じないワケもない。念のためもう一人のサイドレフリーも確認するが、もう一人も旗は上げていなかった。
「1ー1」
メインジャッジは二発命中した事を宣言する。ホッとする伽羅は逆側のマーク先行のダブルも見事に撃破した。
ちょっとしたアクシデントが試合の流れを変える。
『アニーの冷静なジャッジに救われた』
そう思った伽羅はアニーを見るが、アニーは既に伽羅を見ておらず、真剣なまなざしで今撃っている射手を見つめている。アニーは自分の経験を基に、正しいジャッジを心がけようとしていた。美味に言われたように、誰かの味方をするわけでなく、あるがままの真実を掴もうと心がけていた。
アニーの決意に満ちた行動は伽羅の心にも何かを芽生えさせていた。
伽羅はこのラウンドで二十五枚中二十枚、八割のヒット率を記録して全てのラウンドを終了した。