18・しゃげきじょうはいろいろなどらまがおこるばしょです・とらっぷ こうはん!
競技は事故やトラブルも無く、スムーズに進んで行った。アニーも美味も硯耶先輩も、粛々とラウンドをこなす。
美味の作戦は大当たりで、三ラウンド目になると銃の重みで集中力を欠く選手が増えてくる中、美味は三ラウンド目まで全く変わらない一ラウンド二十五発中十八・十八・十八のヒットを積み上げていった。
硯耶先輩の組は硯耶先輩と幸美、そしてPD学園の選手の激しいデッドヒートのおかげで、もの凄い緊張とストレスを強いられていた。三人の放つ静かながらもすさまじい闘気のおかげで、他の三人の選手は萎縮してしまい、まったく精彩を欠いてしまっていた。
しかし初めて〝人と競う〟競技をした、硯耶先輩の疲労もハンパではなかった。射面に向かおうとするその姿は、立ち上がるのも辛そうに見える。
「硯耶ちゃん、大丈夫かなぁ……」
疲れた様子で射台に向かう硯耶先輩を見て、幡先輩が心配げにつぶやく。
『見つめる以外になにが出来るだろう?』
そう幡先輩が思った瞬間、不思議な光景に気が付く。硯耶先輩の向かうトラップ競技の射面に居る、撃ち終わった組の生徒たちや審判・競技委員……全ての人々がこちらを見上げているのだ。先に射面に向かった幸美も、その不思議な光景を見ていた。何を見ているのだろうと思って振り向いた幸美の目に、ある物が飛び込んでくる。それを見た幸美は慌てて硯耶先輩に駆け寄る。
「硯耶先輩!」
幸美に促されて射面の後方を見上げた硯耶先輩は、その光景に疲れを忘れて唖然とした。
そこには九文他四人の生徒が、縦1メートル、横5メートルはあろうかというボードを掲げており、そこに貼られた和紙には美しくも力強い達筆で、『硯耶先輩頑張れ!』と書いてあった。
静かにしていなければいけない射撃場で応援を送る方法として、九文たちは自分たちの思いを込めて書に書き表す事で表現したのだ。それは人を傷つける為に筆を取ったと言われた九文たちの、せめてもの硯耶先輩に対しての、そして書道に対しての罪滅ぼしだった。
五人は一言も発さず、汗だくになってボードを支えている。それは射撃場のマナーを知った上での行動で、きちんと硯耶先輩のやっている競技を研究してきた、ということだ。
『九文……』
硯耶先輩の心の中に、熱い物がこみ上げる。書道部からはみ出た自分が、まさか書によって元気づけられるとは思いもよらなかった。九文たちが書いた一文字一文字が心に染み込み、そのまま力になるようだった。
呆気に取られていた競技委員がようやく我を取り戻す。
「しゃ、射手は射台に向かって下さい!」
その声を合図に、各射手が射台に向かう。硯耶先輩も自分の射台に向かった。射台に向かう途中で、幸美が近付き小声で声を掛ける。
「素敵な後輩ですね」
その言葉に、硯耶先輩は僅かな照れ笑いを返す。
こんな自分を、書道を諦めようとして別な道に進んだ自分を、書道を諦めないあの娘たちは今でも慕ってくれる。そんな後輩たちに、情けない姿を見せるわけにはいかない。
体は確かに疲労している。それでも、それでも見せなければいけない、自分の今を。
射台に立った硯耶先輩は、もうさっきまでの硯耶先輩ではなかった。意思の力で体の疲労をカバーし、再び凛々しい姿を見せていた。同じ組で周っている幸美も、PD学園の選手ですらその姿に見惚れていた。
『美しい……』
硯耶先輩の今の姿に、誰もがそう感じずには居られなかった。




