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17/22

17・しゃげきじょうはいろいろなどらまがおこるばしょです・すきーと ぜんはん!

 硯耶先輩たちがしのぎを削っているころ、アニーはスキート競技のレンジに居た。アニーは最後の射群だったので、先に撃つ伽羅の様子を見たかったのだ。


 スキートはルールが複雑な上、〝挙銃きょじゅう〟と云って銃を腰辺りから持ち上げる動作の練習が必要なためメンバーが少ない。アニーの方が経験は絶対的に長いため、昨日今日始めた選手に負ける気はしなかった。


 しかし伽羅だけは違う気がした。オーストラリアで競っていた、大人の選手に負けないプレッシャーを持っている。そう思ったアニーは伽羅たちのラウンドのサブジャッジを、担当の子に替わってもらっていたのだ。


 メインジャッジによって射表が呼びあげられる。


「三番、蕃 伽羅さん」

「了解です」


 相変わらず自分のキャラを崩さない伽羅に、アニーは苦笑いをする。


 一番目・二番目の射手が撃ち終わる。二人とも始めたばかりの雰囲気がありありで、特にアニーの注意を引くような事は無い。問題は次の伽羅だった。


 ハワイのポリスシャツの上に、スキート用のベストを着た伽羅が一番射台に立つ。頭にハワイのポリス・デパートメントのマーク入りのアポロキャップを被った伽羅を見て、アニーは思った。


『本当ならあのシャツのまま、ベストなんか着ないで撃ちたいんだろうな』


 手にしているのはあの真っ黒なレミントンM870だ。左手で器用に十二番のショットシェルを薬室に放り込み、先台をスムーズに前進させて遊底を閉鎖させる。その間も銃口は常にセンターポール付近を向いていて、安全上の仕草はばっちりだった。


『ふうん、まともね』


 銃の扱いにいささかの不安な要素は無い。伽羅の様子を見ていたアニーだったが、次の瞬間ギョッとする事になる。


『えっ? なに?』


 低い、もの凄く低い構えだ。

 腰を落とし背を曲げたその姿は、まるでこれから突撃するかと思えるような姿勢だ。


『クラウチング・スタイル……』


 クレーが大きく見える為、インターナショナルな試合でも何人かが同じスタイルを取る事がある。下半身が安定する為、反動を受けやすいなどの理由もあり決して恰好だけではないのだが、下半身の鍛錬が必要であったり、体が硬いとスイングがスムーズではないなど、難点も多いスタイルである。


「はい」


 抑揚は無いが、アクセントのはっきりしたコールが掛る。少し間をおいて放出されたクレーだったが、放出口から1メートル出た付近で消失した。伽羅が放出されたクレーをその位置で撃破したため、殆ど散開してない散弾の塊を受けて、クレーは煙と化したのだ


『早い!』


 アニーは感嘆した。撃つのが早いという事はクレーを見つけるのが早い、つまり動体視力に優れているということ、そして反射神経が優れているということである。


 伽羅は先台を操作して撃ち終わった薬莢を排莢し、再び薬室に弾を装填すると、今度はもう一発の十二番の弾をチューブマガジンに装填する。次はダブルと云って二枚のクレーを撃つのだ。


 スキートは一番から八番までの射台が半円の中に配置され、一番から七番の射台にダブルという二枚のクレーが放出される設定が存在する。このアクロバット的な内容が敬遠される理由の一つでもある。慣れればそう難しい事ではないのだが、やはりとっつきにくい面は否めない。しかし伽羅はあえてその競技に挑戦し、不利を承知でポンプアクションを使用しているのだ。


「はい」


 再び伽羅がコールを掛け、二枚のクレーが放出される。


 ダン・ジャカ・ダン!


 発射音と作動音がまるでドラムロールのように連続して響き、二枚のクレーはまるで同時に撃破されたかのようなタイミングで砕け散った。


『エクセレント!』


 アニーは伽羅のテクニックに舌を巻いた、とても美味や硯耶先輩と同じタイミングで始めたとは思えない。まして、ポンプアクションの動作に慣れなければいけないというハンデもある。ここまで技術を昇華させた伽羅の熱意を認めないわけにはいかなかった。


 気が付くと伽羅がこちらを見ている。思わず賞賛のまなざしを送りたくなった。しかしアニーはすぐにそれらの感情を切り離した。喜怒哀楽は自分の射撃には不要な感情である。今は試合に集中するべきだ、アニーは自分の心を強引に意思の力で抑えつけた。


 そのラウンドで伽羅は二十五発中十九発をヒットさせた。


  ◇

 

 伽羅の組が終わり、その二つ後がアニーの組である。アニーは既に美しい髪をお団子にしてシューティンググローブをはめ、二十五発プラス予備の弾三発は既にベストのポケットに入っていて、射表に沿って自分の名前が呼ばれるのを待っている。


 こうやって座っていると色々な事が頭の中を去来する。特に思い出されるのは、オーストラリアでの最後の試合から日本に来て、再びクレー射撃を始めるまでの事だった。


 失意の中に居た自分だったが、美味や硯耶先輩、小日向先生や幡先輩に出会い、父や母・クラブメンバーが見守ってくれていた事を知り、再び散弾銃を握って今日の射撃会に参加するまでの道のりが、物凄く長く感じられる。


 しかし今、そんな感傷は逆に追いださなければいけない。今は試合に集中する時だ。


 アニーの頭の中を色々なモノが浮かんでは消えていく。お気に入りの曲・お気に入りの風景・お気に入りの映画……そして最後に浮かんだのは意外にも、美味の寺の本堂で美味が座っていた座布団だった。


『あのパープルのザッブトーンは素敵だったなー』


 全てのイメージは座布団によって埋め尽くされ、そして押しやられた。最後の作業はその座布団のイメージを払い、試合に集中する事だった。その瞬間、アニーの集中力はMAXに達した。


「三番、億里アニーさん」

「はい」


 そう答えた瞬間、頭を埋め尽くした座布団は消え、アニーの頭はクリアーになった。銃を取り、射台に向かう。


 集中していたアニーは気が付かなかったが、サイドレフリーの一人に伽羅が入っていた。実は伽羅もアニーの評判は聞いていた。


『オーストラリアからの留学生で、射撃がスゴい上手い娘コが居る』


 射撃を始めた頃、伽羅にとって他の子が上手いか下手かはあまり関係なかった。自分が気に入った服を着て、楽しく射撃が出来ればそれで満足だったからだ。


 銃も初めは撃てるだけで楽しかった。エアガンとは違うカチッとした作動感、肩にガッとくるレコイルは今まで経験した事のなかったものだった。


 しかし競技というのは一度始めてしまうと、それだけで済まなくなる。実際に競技として練習しているうちに悩みは必ず出てくるものだ。


『なぜ当ったのか、なぜ当たらないのか』

『なぜ当てられるのか、なぜ自分は当てられないのか』

『あそこは苦手だけれど、あそこは上手く撃てる』

『あれ? はずした? なんでだろう?』


 そう云った数々の疑問が人の心には必ず生まれてしまう。なぜなら、誰だって当たらないよりは当たる方が楽しいからだ。


 まだ技術の確立してないビギナーなら練習不足の一言でも片付けられるが、なまじスタイルにこだわっているが故にこだわりと成績が比例しないことに、微妙な心のズレが生じてくる。もしかしたら『上手い』と言われるアニーの射撃を見れば、そう云う微妙な疑問の答えがあるのではないかと考えていたのだ。


 アニーが一番射台に立つ。


 足はあまり開いていない……肩幅ぐらいか? 少し右肩を引いている……特に目立つような印象は無く、少し落胆して見ているとアニーが銃を閉鎖し構えた。


 その瞬間、伽羅はそのあまりに自然な佇まいに驚いた。まさに『一分のスキも無い』と云った雰囲気で、体のどこにも余分な力が入っていないのが見て解る。自分の射撃スタイルとは一八〇度反対なのだ。


 堵入のスタイルは、自分に緊張と集中を強いるスタイルだ。コンバットシューティングと云う実戦向けの射撃に似て、今から突入していくかのようなスタイルで、クレーに挑みかかっていくような気持ちで射撃をする……それが、堵入が教えてくれたスタイルだ。


 しかしアニーのそれはどんなクレーが出てこようとも受け入れる、そんな包容力を想像させるスタイルだった。


『なるほど……』


 伽羅が納得していると、アニーのコールが聞こえた。


「プル!」


 聞き慣れないコールと共に、間髪を入れずクレーが放出された。アニーは素早く銃を挙げ、肩付けをして発射したが、クレーは何事も無かったように飛んで行ってしまう。


「あれぇー? ミス?」


 照れ臭そうにつぶやいたアニーの間抜けなやり取りに、伽羅はがっかりする。外したのを確認した証に持っている赤い旗を上げて、メインジャッジに知らせる。


『これは参考になりそうにない……』


 そう思った伽羅が、自分の間違いに気付いたのは十秒後だった。


 割れる・割れる・割れる。


 空中に放出されたクレーはことごとく叩き落とされる。それもほぼ粉々になって。

 一緒に周っている他の生徒たちは、あまりの格の違いに唖然としている。最初の一枚をミスした後、アニーは全くのミスなしで四番射台まで来た。


 伽羅はこの四番が一番の苦手だった。ただでさえリードと云うクレーの前を撃つ距離が長い上に、この射台だけダブルが二回もあり、しかもその二回が全く違う感覚が要求される二回なのだ。その上ポンプアクションを行わなければいけないので、少しでも早いクレーの発見が重要になる。その射台をアニーがどう撃つか、伽羅は注意深く見ていた。


 しかしそんな伽羅の意気込みを、クレーのようにアニーの射撃は粉砕してしまった。


 早い! 見つけるのも早ければ撃破するのも早い。まるで念力でも働いているかのごとく、アニーが引き金を引くのと同時にクレーが割れているようだ。伽羅は唖然としていた。


 違う、あまりにも違う。自分のやっている射撃と、アニーのやっている射撃がまるで別の次元にあるかのように感じてられてしまう。一体何が違うというのだろうか? 銃で弾を発射してクレーを割るという同じ競技をしているというのに!


 この射撃内容の違いはもちろんアニーのテクニックによるものも大きいが、伽羅にはわからない理由が二つあった。


 一つは銃である。


 アニーの使っているIABと云う散弾銃は、撃鉄=ハンマーの無い『ストライカー』と云う作動方式なのだ。『ストライカー』は撃鉄が撃針を叩く代わりに、撃針自身が前進して弾の雷管を叩いて発火させる。撃鉄が無いという事は、撃鉄が逆爪=シアーから解放され、スプリングの力で回転運動するタイムラグが無いということだ。撃鉄そのものが逆爪から解放され、数ミリ前進するだけで発射できるので、引き金を引いた瞬間がほぼ発射の瞬間なのだ。それゆえ僅かなタイミングのずれも無くアニーはクレーを撃破できるのだった。


 そしてもう一つは弾である。アニーは他の生徒とは違う、初速の早い弾を使用していた。弾のスピードが速い、と云う事はクレーに届くタイミングが早いという事だ。初速が早い分、反動も強めだが、慣れているアニーにとってはどうという事は無かった。


 これらは銃の競技が盛んな国ならば当たり前の事だが、さすがに始めたばかりの他のメンバーには不明な点だった。けっしてズルとかではなく、競技に勝つためのテクニックなのである。


 アニーはそのテクニックを駆使して、二十五枚中二十三枚のクレーを撃破した。もう一枚外したのは……例の八番射台のマーク。あのアニーにとっていわくつきの場所だった。

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