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16・しゃげきじょうはいろいろなどらまのはじまるばしょです・とらっぷ ぜんはん!

 香春鳩高校の競技一番手はトラップ射撃の美味だった。美味は名前を呼ばれる前に射撃ベストを着込み、腰のポケットに二五発の七号半の散弾を入れる。


 左手には鍋つかみ用のブタさんの手袋をはめる。水平二連銃は銃身が先台からはみ出している物が多く、撃っているうちに銃身が熱くなるので手袋は必ず必要なのだ。


「豚々丸、今日の調子はいかがかな?」

「うん大丈夫、アタシは絶好調よ!」


 美味の腹話術のまねごとがみんなの笑いを誘う。実は美味自身も、おどけてリラックスをしようとしているのだ。


 ジャッジが、射表と呼ばれる各人のスコア表が並べられたボードの上から順に名前を呼び始める。


「三番、根源院美味さん」

「はい!」


 美味は銃架から自分の水平二連銃を取り、左手で二十五発入りの箱を持って射台に向かう。


 トラップ競技は一ラウンド二十五枚のクレーを撃ち、一つのクレーに二発撃ち掛けることが出来る。そのため一ラウンドで最大五〇発必要になるのだ。とはいっても初弾=一発目で撃破出来れば二発目はいらなくなる。必要弾数が判らない為に常に一ラウンドにつき五〇発を準備するのだ。


 美味は呼ばれたとおりの三番射台に入り、後ろに設置してある台に二十五発入りの箱を置く。全員が射台に入るとジャッジが声をかける。


「試射が必要な方は順番にどうぞ」


 一番射台から順番に試射をするのだが、美味は遠慮しておいた。美味の作戦では試射をするのは不利になると思ったからである。


 一度も体験した事も無いクレー射撃ではあったが、美味の万解の能力はそれでも発動していた。確かにアニーや硯耶先輩の持つような競技用上下二連の散弾銃の方が、重量があって反動は軽く感じられる。しかしこの懇親射撃大会は国際ルールに則って、全部で一〇〇枚のクレーを撃つことになっていた。つまり、一〇〇回銃を上げ下げしなければならない。慣れない競技でその間スタミナが持つかということに、美味は一抹の不安を感じた。


 幸い美味は真田銃砲店において水平二連銃を手に取ることが出来た為、美味はその軽さに目をつけた。どうせ一〇〇回上げ下げしなければならないならば、軽い銃の方が有利ではないかと考えたのだ。


 しかし銃が軽いという事は、重い上下二連の散弾銃を使う選手よりも強い反動を受けるという事になる。一〇〇回重い銃を上げ下げするか、一〇〇回人より強い反動に耐えるかの選択において、美味は後者を選んだ。実は美味は練習している時に、常に一〇〇発の反動を受ける間の自分のメンタルとフィジカルの変化をずっと第三者的に観察しており、そしてその経過を記録していた。今、美味の考察の結果が示されようとしていた。


 六番目の射手までが試射を終了し、それを確認したメインジャッジが高らかに告げる。


「それではラウンドを開始して下さい!」


 一番射台の射手が帽子を軽くつまみ会釈をする。


「お願いします」


 銃を持ち上げ閉鎖し、肩付けをして銃を構える。目の前の射出口の目印の少し上を狙い、コールを掛ける。


「はいっ!」


 少しのタイムラグを経て、クレーが射出される。左四十五度くらいの浅い角度が付いたクレーだ。ぎこちないスイングで銃を振り、一発・二発と発射するがクレーは何事も無かったように、後ろの安土に当たって割れる。一番射台の射手は年相応に『てへっ』という感じで舌を出し、銃を折る。薬莢を掴もうとするがまだ慣れていない様で、薬莢は後ろのコンクリ製の通路に当たりコロンコロンと音を立てた。


 二番射台の射手もやはり同じような感じだった。初めての射撃会で、緊張の面持ちで撃って外して薬莢を飛ばす。一番射台の射手と視線が合い、お互い照れ笑いが浮かぶ。それでも皆銃口の向きと引き金に指は掛けないよう気をつけている様子は伺えた。


 その様子を見て、アニーは昔の自分を見る様で懐かしくもあり、恥ずかしくもあった。初めてクレー射撃場に撃ちに行った時に自分がやった事を、他の誰かがやるのは面映ゆいものだ。


 そしてそれ以上に思ったのは『これでは美味に、かなう子はいまい』という感想だ。


 二番目の射手が撃ち終えて自分の飛ばした薬莢を掴み損ねて再びコロンコロンと音を立てている間に、美味は自分の銃を閉鎖していた。照れ笑いをしていた一番射台と二番射台の射手は強固な意思のオーラを感じ、思わず三番射台を見る。そこには理想的なフォームで水平二連銃を構え、あの模擬銃を構えた時と寸分違わぬ集中力と闘気をみなぎらせた美味が居た。


「はい」


 美味は顔の筋肉を余計に動かさぬよう、短くともハッキリしたアクセントでコールを掛ける。今度は間をおかずクレーが射出される。少し間が空くだろうと油断している時には慌ててしまうタイミングだ。


 しかし美味は動じなかった。右に低い角度で射出されたクレーを丁寧なスイングで追い、少し長い距離を追い超して引き金を引く。少し強い反動が来た後、クレーはものの見事に粉々になった。〝芯弾〟と云って、散弾のパターンのど真ん中にクレーが来た時に起こる、理想的な命中のスタイルだ。


 美味は会心の命中にも心の中にさざ波一つ立てず、銃を折る。上下二連銃と違い薬莢はポーンとははじき出されず、控えめに薬莢の後端だけを浮き上がらせる。


 美味はこの点でも水平二連銃を気に入っていた。慣れないうちに、はじき出される空薬莢を掴もうと慌てるよりは慌てない方が、精神集中の妨げにならないからである。優雅な動きで空薬莢をつまんで、目の前のかごに捨てる。その洗練された動き、古き良き時代を感じさせる出で立ちを含めて、美味は同じ選手たちだけではなく競技役員達からも高い評価を受けることになる。この後美味は一ラウンドを二十五発中十八枚と、初めての大会とは思えない成績で終了した。


   ◇


 二番手は硯耶先輩だった。幸いにも同じ組に幸美が一緒になる。


「硯耶先輩、よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしく」


 お互い笑顔で挨拶を交わして射台に向かおうとした時、二人の視線の端に見慣れない光景が目に入る。ダークカラーのスリーピースのスーツの上着を脱いでいる選手の姿だ。バスケ部のような刈上げに近いショートヘアーがよく似合う、男前にも見えるその生徒が着たチョッキの背中にはPD学園のロゴが入っている。


「PD学園……」


 幸美は少し顔を曇らせる。射撃が紳士淑女のたしなみと考える幸美には、PD学園のコスプレの様な格好は受け入れがたいものだった。


「真田さん」


 硯耶先輩が厳しい顔で幸美を咎める。


『人の事などどうでもよい、今は自分が集中する時だ』と目が言っている。


「有り難うございます」


 この時、幸美にとって硯耶先輩と一緒の組だった事は幸いだった。心の平静を欠いた状態で臨んだら、どんなことになるかわからない。


 幸美は一番射座、硯耶先輩は三番射座だった。その間にPD学園の選手が二番射座で入る。


 試射が行われたあと、一番射座の幸美から競技が始まる。


「はい!」


 幸美の気合の入ったコールが射場に響き、少しタイミングを置いて真っ直ぐにクレーが放出される。


 この真っ直ぐというのが意外に難しい。後ろから追いぬいて撃つのだが、少しタイミングが遅かったり、頬付けが甘かったりするだけでいとも簡単に外してしまい、その精神的ダメージがその後の射撃に響く厄介者である。しかし幸美は落ち着いてクレーを追尾し、追い抜きざまに撃って撃破する。落ち着いて銃を折り、薬莢を掴んで捨てて二番射台の方を向く。


 『ジャキッ!』と甲高い音を立てて機関部を閉鎖する音がする。PD学園の生徒は自動銃を使用しており、それを見た幸美は顔を曇らせる。


 トラップ競技に自動銃を使用するのは、他の選手から嫌がられる。次の射手にとって左手側から放出されてくる薬莢は精神集中を妨げる迷惑モノでしかない。まして体に当たったりすれば少なからずイラッとさせられる事もあるので、公式試合では禁止だ。


 しかし二連銃に比べて中古銃が安い自動銃は、予算が少ない高校クレー射撃部にとってありがたい存在であり、そのため黙認という形になっていた。それはPD学園の選手たちにとっては願ったり叶ったりで、この選手も真っ黒なイタリア製のベネリM1ショットガンを使っていた。構えも少し足を開き前傾姿勢を取った典型的なコンバットスタイルである。


「はい」


 見た目とはうって変わった、控えめでもアクセントのはっきりしたコールが掛り左三〇度くらいの低いクレーが放出される。振り幅が広く、難しいクレーだ。


 ババン!


 一発にしか聞こえないぐらい素早い二連射の音が響き、クレーは粉々に砕ける。


 『このは出来る』、幸美にはそう確信出来た。一発で当てられているにもかかわらず、ほぼ同じ軌跡で二発目を発射し、砕けるクレーに更に撃ち掛けたのだ。


 しかし同時に、幸美が感嘆したのはその間の硯耶先輩の様子だった。硯耶先輩は足元に転がってくる薬莢どころか、二発目の自分の足にぶつかってきた薬莢にまるで動じる事も無く真っ直ぐ前を向いていた。あまりの集中の様子にPD学園の選手の方が気後れしたほどだ。


 これこそが〝明鏡止水の硯耶〟と呼ばれる、硯耶先輩の真骨頂である。一点の曇りの無い鏡の様な、完全に静止した水面の様な境地に精神こころに達した硯耶先輩は、コレクション96・改を静かに閉鎖し、しっかりと肩付けして構える。幸美が見ても美しいと思うほどのフォームは、この数カ月の練習の賜物だ。


「はい」


 静かな気合の入ったコールがかかる。しかしクレーは発射されない……一番タイミングの遅いクレーなのだ。ルールギリギリのタイミングでようやくクレーが放出される。見ていた幸美やPD学園の選手の方がやきもきするほどだった。しかし硯耶先輩は集中力を切らす事無く放出されたクレーを追う。


 バン!


 一発でクレーは撃破され、硯耶先輩は落ち着いた様子で銃を折り、薬莢を受け止めて捨てる。


 幸美はその様子を見て感嘆し、尊敬の念すら抱いた。


『硯耶先輩、やりますね!』


 硯耶先輩の完璧な仕草は幸美の闘志に火をつけた。そしてPD学園の選手には畏怖の念を抱かせた。


『な、なんだこのプレッシャーは!』


 しかしすぐに目を閉じ、銃身のリブの部分を額に当てて呟く。


「まだだ……まだ終わらんよ!」


 お気に入りのアニメのセリフを呟き、自分を取り戻したPD学園の選手は三番射台に向かった。


 この組はこの三人の熾烈な争いがラウンドのテンションを上げ、幸美・硯耶先輩・PD学園の選手それぞれが二十五枚中十八枚をヒットさせ、最後まで三人がしのぎを削る争いになった。

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