15・しゃげきじょうはいろいろなどらまのはじまるばしょです・しあいまえ
落書き事件を大っぴらにする事無く穏便に解決出来たことは、クレー射撃パートの面々にとっても射撃部にとっても幸いだった。変に大事になれば、部の存続すら危ぶまれるところである。
硯耶先輩と美味は一学期の中間試験・期末試験を大事なく済ませ、夏休み前半をバイトに、射撃練習にと邁進していった。
アニーはと言えば、国語や歴史と云った日本独特の科目で赤点を取り、補習に追われる毎日だったが、銃は撃たなくとも練習は出来る。補習の終わった日は小日向先生に頼んで部室で挙銃を百回やってから帰り、補習の無い日はやはりバイトと射撃練習に明け暮れた。
◇
そして夏休み後半、待ちに待った日本初の高校生の参加するクレー射撃の第一回大会、夏の高校生クレー懇親射撃大会当日を迎える事になった。
学校の校門前で待ち合わせた面々だったが、軽い驚きを伴っての集合となった。
「えっ?」
「それ?」
「なに?」
まず美味だが、白の開襟シャツにチェック柄のニッカボッカの様なズボンをサスペンダーで吊り下げ、長いソックスに革靴、そして鳥うち帽とまるで一昔前のハンターの様な格好だった。
「美味、なにそのスタイル?」
「いや、どんな格好が良いかと考えておったのじゃ……折角の初試合に、まさかジャージや体操服で臨むワケにもいかぬし、制服や僧衣というわけにもいかぬ。悩んでおったら、父が祖父の写真を見せてくれたのじゃ。今になって教えてくれたのじゃが、祖父は鳥撃をしていたそうなのじゃ。その写真を見ると、昔の鉄砲撃ちというのは伊達な男衆の集まりであった様で、なにやら粋を感じてしまってな……ちょっとマネをしたくなったのじゃ。やはり水平二連銃というのは英国紳士のたしなみでもあったわけだし、水平二連銃使いとしてはその伝統を受け継ぐ意味でも恰好から入らねばなるまい、と斯様に思った次第じゃ」
「グランパがハンターだったの? なるほど、美味にもその血が流れていたのね」
「まあ僧侶が好んで殺生をするのも如何なものかと、あまり大っぴらにはしておらなんだようじゃがな」
「美味……」
硯耶先輩がうっとりとした目で美味を見ている。
「格好いい! 素晴らしい! 似合っているぞ!」
「硯耶先輩、賛辞痛み入る」
硯耶先輩に褒められて美味はにこやかに笑っているが、見ていたアニーと小日向先生は同時に別の事を考えていた。
『ちょっと……』
『年寄り臭くないですかねぇ……』
二人のややネガティブな視線も気にせず、美味は堂々としている。
「それにしても硯耶先輩も夏らしいおしゃれな格好じゃな」
「そ、そんなに見るな! は、恥ずかしいだろ!」
硯耶先輩は濃い紺のポロシャツに、白い細身のジーンズをはいている。いつも凛々しい制服姿しか見た事がないので、今日の硯耶先輩の格好はもの凄く斬新に映る。
「二人とも、ところであたしはどう?」
アニーはオーストラリアン・ガールらしく、緑と黄色でアレンジされたポロシャツにストレートジーンズという格好だった。
「お主は相変わらずじゃな」
「アニー、その……普段と全く変わらない格好のような気がするのだが……」
「やぁねぇ、ルックアットヒア!」
アニーが指し示す先にはポロシャツと同じように緑と黄色のアレンジが鮮やかなカチューシャに花が差してある。
「それは?」
「オーストラリアの国花、ゴールデンワトルよ。これでパーフェクトだわ!」
腰に手を当ててドヤ顔で高笑いするアニーだが、
『……いや、それ、解りにくいから……』
と他の二人が微妙な表情をしているのには、いっこうに気が付かない様子だった。
「みんな、もしよかったらこれを着けてくれないだろうか……」
「「ああーっ!」」
硯耶先輩が差し出したのは安全ピン付きのリボンだった。そのリボンにはもの凄い達筆で、『一撃入魂』と書いてあった。
「これ先輩が?」
「ああ、このぐらいしかみんなの為に出来ることが思いつかなかったんだ……」
「そんな、とんでも御座らぬ! すばらしい心遣い痛み入る!」
アニーと美味はそのリボンを受け取ると、左の袖につける。
全く別々の格好はしていても、クレー射撃に対する思いは一緒である。それを端的に表した硯耶先輩のリボンは、過去の清算・未知への挑戦・そして道を極めるという三人のそれぞれの別の思いを今一つの想いに変えた。
小日向先生は和やかな三人に向かって言う。
「さあ、射撃場に向かいましょう」
「「「ハイ!」」」
三人の高らかな声が響く。
◇
「いやぁ~ソゥマッチいるね、ハイスクールシューターが!」
学校から車で一時間半ほどの射撃場に集まった、女子高生のシューター達を見てアニーは感嘆の声を上げる。
「思ったより普及しそうであるな」
「おーい! 億里さーん!」
大きな声を上げて一人の女の子が近付いてくる。
「あっ! 真田さん!」
「やだなぁ、他人行儀で! 幸美でいいよ、幸美で!」
「じゃあ、ユッキー?」
「いいね、それ! あたしもアニーって呼んでいい?」
「もちろんOKよ」
「しかしかなり集まったのぉ。こんなに集まるとは思っておらなんだよ」
「今まで全く出来なかったスポーツだからね、試してみたい人はそれなりに居たんだってこと」
「やはり体育会系の部が多いみたいだな」
硯耶先輩の言うとおり、各部共に引率の先生が部員を集めて指導している様子は体育会系の部活のそれだった。
「まあ射撃部や弓道部、アーチェリーなどから派生した部も多いみたいですしね」
「みなさーん! がんばってくださいねぇ!」
小日向先生が話す横から突然、声が掛る。見ると幡先輩とライフルパートの部員達だ。
「応援に来て頂いたんですか? 有り難うございます、幡先輩」
硯耶先輩が丁寧にお礼を言う。幡先輩はメンバーの格好をまじまじと見て、
「しかし、統一感が無さすぎじゃありませんかぁ?」
と呆れ顔で言う。
「まあパーソナリティ、ってことで」
アニーが照れくさそうに言い訳する。
「個性って言えば……あそこも個性的ね」
幸美が見つめる先に、PD学園の面々が居た。試合に参加するメンバー全員が各々好きな衣装を着ている。カウボーイ、スリーピースのスーツ、そしてアメリカンポリスの制服を着た伽羅がいた。今日はサンフランシスコ警察ではなく、夏らしくスカイブルー地のハワイ警察の半袖の制服を着ている。
PD学園のメンバーも香春鳩高校のメンバーに気が付き、見つめていた。美味の格好を見て『しまった! あのスタイルがあったか!』と残念がる様子が伝わる。
「わしのはコスプレではないのじゃが……」
「えっ! そうだったんですか?」
「先輩はわしをそんな目で見ていたのか!」
幡先輩が真剣に驚いているのを見て、美味は少しいじける。
「アニー?」
幸美が声をかける。
アニーは真剣な面持ちで伽羅を見つめている。一方の伽羅も受けて立つかのような表情をして、堂々とその視線を受け止めていた。
射撃場のスピーカーがガガッと音を立てる。
「お集まりの選手の皆さん、クラブハウスの前に集合して下さい。開会式を始めます」
選手たちはぞろぞろと、クラブハウス前に自身の高校のプラカードを持って集合する。
お決まりの政治家の先生・関係団体の偉い人・警察関係の人の長々とした講話が済み、選手宣誓となった。宣誓をするのは幸美だった。
「宣誓! 私たちはスポーツマンシップ、シューターズシップに則り、正々堂々と戦う事を誓います! 二〇二〇年八月一五日、選手代表、真田幸美!」
それまでの重苦しい雰囲気を吹き飛ばすような明るい選手宣誓に各校の生徒たちの意気は上がった。アニー達をはじめ、場を同じくする仲間たちの持つ共感が射撃場に広がる。そう、今日は新しい一歩が始まる記念すべき日なのだ。