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10・じゅうはしけんをうけてもつものです・じつぎ!

 次の週の部活、今回はライフルパートのメンバーは射撃場で活動しており、部室はクレー射撃パートのメンバーのみでの活動となった。


「では、射撃教習を受けるに当たって、銃の分解・組み立てと競技のルールを憶えていきましょう。銃の分解と組み立てはテストに含まれますので、必ず覚えてね。それと最初に決めなければいけないのはトラップかスキート、どちらの競技で試験を受けるか決めなければいけません」


 小日向先生が説明する中、始めて聞く言葉に硯耶先輩と美味が怪訝な顔をする。


「トラップ? スキート?」

「クレー射撃と云う一つの競技ではないのですか?」

「クレー射撃と呼ばれる競技の中には、実は幾つもの競技があります。でも日本でメインなのはトラップとスキートの二種類です」

「その2種類はどう違うのですか?」


 硯耶先輩が尋ねると、それを受けてアニーが答える。


「えっと、トラップと云うのは自分のフロント15メートル先からクレーが前に飛び出して、そのクレーを追いかけるようにしてシュートする競技。これはシャッツガンを構えてエイムした状態でウェイト出来て、ナンバー1からナンバー5までのポジションでシュートしていくの。スキートと云うのは半径18メートルの半円形のフィールドの中で反時計方向にナンバー1からナンバー8までのポジションを順番に移動して、シュートして行く。こっちはシャッツガンを下した状態で……」


 アニーは模擬銃を持ち上げ銃身と機関部を結合し人のいない方に向けて構えた後、そこから腰の位置に腕を下ろしていく。


「こんな風に、ウェストの位置から銃を持ち上げて撃つの」

「ふーん、射撃スタイルがずいぶん違うのじゃのう……」

「スッズーリヤ先輩と美味は、アットファーストはトラップから始めた方がベターだと思います」

「何故?」


 硯耶先輩が不思議そうに聞く。


「スキートは、シャッツガンをダウンした位置からシューティングポジションまでリフトアップする必要があるの。それはシューティングポジションが固まっていないとハードだと思うわ」


 アニーは再び銃を持ち上げ、射撃姿勢を取る。


「トラップであれば、このようにシューティングポジションから始める事が出来るわ。アンバランスなポジションで怪我などする事が無いし、シャッツガンに慣れていく事が出来るの。競技内容もシンプルでアンダスタンドしやすいわ」

「なるほど」

「解り申した」

「それに、スッズーリヤ先輩は書道をやっていたし、美味はお寺で修業をしてるんでしょ? コンセントレーション能力の高い人にトラップは向いているわ」

「じゃあアニーは何でスキートをやっているのじゃ?」

「アニーさんはTomboyだからですよね」


 意地悪そうな笑みを浮かべた、小日向先生が横から口を入れる。


「Tomboy?」

「〝おてんば娘〟ってこと」

「なるほど、大いに納得じゃ」


 美味がニヤニヤして、硯耶先輩も笑いを堪えて納得をしているのを見て、アニーはふくれる。


「どーせ私はTomboyですよ!」

「それではトラップのコンペティションの進め方を学びましょう。ダミーガンが一丁しかありませんから、硯耶さんと根源院さん、交代でやっていきましょう」


 そう言って小日向先生は1メートル角の四角い板を床に五つ並べた。


「これを射台だと思って練習しましょう、まずスッズーリヤ先輩からどうぞ」

 そう言ってアニーは硯耶先輩と美味に競技の進め方についてレクチャーを始めた。


 トラップ射撃の進め方はシンプルだ。


 銃身を折った銃を持って射台に入り、二発弾を込めて二発撃つ。銃を折り空薬莢を捨てて、今の射台で次の射台の人が撃つのを待つ。

 次の射台の人が撃ち終わったら、その人の射台の手前にまで移動する。次の次の射台の人が撃ち終わったら、次の射台の人が次の次の射台の手前に移動するので、そうしたら自分が次の射台に入る。


 射台に入って立ち止まったら、弾を銃身に入れる。この時まだ銃身を結合してはいけない。あくまで二発銃身の中に『入れる』だけで、『装填』してはいけないのだ。


 自分の前の人が撃ったのを確認して、ようやく銃身と機関部を結合する事が出来る。一度結合したらあちこち向いてはならず、そのまま銃を射撃方向に向けて構え、声をかけて撃つ。撃ったら銃を折り、空薬きょうを捨ててまた次の射手が撃つのを待って、撃ったら次の射台の手前に移動する……これを二十五回繰り返す。


 競技そのものはシンプルなのでルールブックを読んで理解し、実際に習って行けば理解出来る。問題は銃の組み立てとマズルコントロール、トリガーコントロールだった。


 なにしろ重いモノと云えば、木魚の鉢か書道の筆しか持った事のない二人である。競技用散弾銃は銃身だけで1.5キロ弱、全体で4キロ近くもあり、初めて持った女子高生が組み立てる事など容易に出来るはずも無かった。

 美味は持ち前の運動能力と、『万解』と呼ばれる理解能力のおかげで早々と分解と組み立てに慣れ、ほどなく十秒もかからずに分解された状態の散弾銃を組み上げる事が出来るようになった。


 問題は硯耶先輩で、なにしろ重さに慣れるのに時間がかかった。それでも几帳面な性格が幸いして、丁寧に慎重に行えば問題なく組み立てる事が出来るようになった。

組立ての間と組み上げて競技内容を教わっている間、美味と硯耶先輩は耳にタコが出来るほどアニーと小日向先生に『銃口!』『引き金!』と注意を受けた。


 『銃は常に弾が込められているものとして考えろ』と云うのは銃を使用するに当たっての基本中の基本だ。『銃に本当に弾が込められているか居ないか』『おもちゃであるか本物であるか』にかかわらずである。


 銃口が人に向かない限り、発射された弾は人には当たらない。更に引き金が引かれない限り銃が発射される事も無い。


 よく〝暴発〟といわれると勝手に銃から弾が発射された様な印象があるが、その殆どは射手が引き金を引いてしまった事が原因であって、銃が機械的な故障などで勝手に発射される可能性は極めて小さい。その為射手は銃口の向き=マズルコントロールと撃つまでに引き金に指を掛けない=トリガーコントロールには極めて慎重になるのだ。


「厳しいのぉ……」


 1ラウンド=二十五枚分の動きを二回繰り返したあと、さすがの美味も軽く弱音を吐いた。模擬銃を銃架において椅子に座りこむ。

 その様子を見てアニーが


「ファーストタイムよ、美味。少しずつ慣れていくしかないわ。でもオリンピックなどのインターナショナル=コンペティションなら百五十枚、あと百回撃たなきゃいけないから、この倍になるのよ」

「うーん、やはりまったく知識の無い競技と云うのは、勝手が違うのう……」

「さて、スッズーリヤ先輩?」


 アニーが振り返ると、硯耶先輩も少し疲れた様子を見せていた。


「今日はこのぐらいにしておきますか?」


 アニーが声をかけると、硯耶先輩は気を振り絞るかのように立ち上がり、


「いや、自分で始めた道だ……何としてでも……一回で受からなければ……」


 銃架の模擬銃を取ろうとするその手を、小日向先生が優しく制した。


「自分の状態を冷静に観察出来ないのに、銃を手に取るなんて愚かな事よ。あなたの理解の早さなら今月の射撃実習には十分間に合います、無理をしないで」

「……有り難うございます」


 硯耶先輩は小日向先生の進言に、素直に従った。


「おっつかれさまでーす」


 素っ頓狂な高音を発して、幡先輩が入ってきた。

 後ろからぞろぞろと部員たちがエアライフルを持って入ってくる。各人が銃口にシューティンググローブをかぶせ、きちんと銃口を上に向けているのを見て、アニーは幡先輩と小日向先生の指導の徹底ぶりを見て取った。


「マン先輩、お疲れ様です」

「アニーさん、どうですかぁ? 二人の調子はぁ?」

「まだオンリー・2デイズですから。でも理解は早いですよ、二人とも……あれ? そう言えば、幡先輩もスモールボア・ライフル(小口径競技ライフル)のテストなんじゃないですか?」

「てっ! お、思い出したくない事を……」

「大丈夫よアニーさん、装薬銃といってもライフルはそれほど違いはありません。落ち着いて動作を覚えれば、問題ないはずなんですけどね……」


 小日向先生がそう言っている間に、部室のロッカーなどの備品がカタカタと揺れ出した。


「なに? 地震?」

「違うわ、ほら」


 アニーがふと見ると、幡先輩がガタガタと震えて始めていた。その振動でロッカーなどが揺れていたのだ。


「このチキンハートさえなければ、良い射手なんですけどね……」


 ガクガク揺れながら銃架にライフルを置いた幡先輩にアニーは近付くと、そっと手を握る。幡先輩は驚いてアニーを見る。


「先輩、あなたがポスターを渡してくれなければ、ワタシはここには居ませんでした。先輩は私のデスティニーを変えるパワーを持っていたんです。きっと自分のデスティニーもチェンジする事が出来るはずです、頑張って下さい!」

「アニーさん……有難う御座いまーす……」


 黒眼しかないように見える目に大粒の涙を浮かべて幡先輩は、アニーの胸に顔を埋めていた。


「……アニーさんはまるでおかーさんのようですぅ」

「え・え・え?」

「ほう、どれどれ……」


 そう言って美味は幡先輩の横に来ると、自分もアニーの胸に顔を埋める。


「ほほう、これはなかなか……」

「な、何をしてるの……あ……」


 幡先輩と美味に抱きつかれて動きのとれないアニーが艶めかしく悶えるが、二人はすりすりとアニーの胸に顔を埋めて頬を揺らす。


「いい加減に……」

「しなさい」


 幡先輩の頭に小日向先生の手刀が叩きこまれ、美味の頭には硯耶先輩が振り下ろした『クリーニングロッド』と云う、銃の掃除に使うプラスチックの棒がしなやかな鞭のように叩きこまれた。


「ガキッ」「ビシッ」


 二つの音が響くと同時に二人は床に屍をさらす。


「痛いです」

「よ、よいではないか……よいではないか……」

「さて甘ったれとエロ坊主は放っておいて、レクチャーを続けて下さい」

「了解です」

「あああ、せんせーい……」

「見捨てないでたもれ……」


 慌てる二人を見て、アニーと硯耶先輩は思わず笑い転げてしまった。

 こんな調子ではあったが、美味も硯耶先輩もそしてアニーも、射撃教習に向けて練習を続けていった。


   ◇


 そして射撃教習当日、クレー射撃パート三人と幡先輩は小日向先生の運転する車で、県内の県営射撃場に到着した。


 講義室でレクチャーを受けたあと実習室に移動して、まず銃の組み立てと取り扱いの講習である。銃口は人の居る方向に向いていないか、引き金に指が掛っていないかを重点的にチェックされながら、銃の取り扱いに問題が無いかチェックされる。


 耳にアニーと小日向先生の顔をしたタコが何匹ぶら下がっているかわからない程、二人にチェックされた美味と硯耶先輩は落ち着いて慎重に、そして丁寧に銃を組み立て再度分解する。先にさっさと組み立て・分解を済ませたアニーがやきもきしてしまうほどだった。


 組み立て・分解の教習が終わるといよいよ射撃教習なのだが、まったく日本の法律は不思議だとアニーは思う。一度も銃を持った事もない人間に銃の分解結合をやらせて、一度も銃を撃った事のない人間に銃を撃たせて何発当たるかテストするなど、一度も車に乗った事のない人間に車の運転をさせてコースを走らせるようなものではないか、アニーはこの教習システムに違和感を覚えていた。


 日本で銃を所持した事のないアニーは知らない事だが、日本では中途半端な意思で銃を所持しない様に学ぶ意思を示す事が必要で、それを警察と銃砲店、そしてこの教習でとステップバイステップで確認していくのが日本の銃所持の進め方なのだ。そうする事でいい加減な覚悟の人間が銃を持たない様にチェックしていく、それが日本の安全な銃所持を支えていた。


 まず各人試射として銃の反動を体験する。アニー達と一緒に受けている大人たちも、初めての火薬の反動には驚きを隠すことは出来なかった。美味と硯耶先輩も疑似的な経験として反動があるとは知っていたが、やはり実際は少し勝手が違っていた。


 しかしアニーの指導の賜物で、射撃姿勢を確立させた二人は上手く反動を受け流して、耐えた。美味は二十五発中十発ヒットさせ、硯耶先輩は持ち前の集中力を発揮させてやはり同じく十発ヒットさせた。合格するには二十五発中二発命中すればいいので、合格基準には十分達している。


 思った以上に苦戦したのはアニーだった。まずスキート射撃の射撃実習用のルールが国際試合のルールと違うこと、そして射出されるクレーのスピードが遅い事が思った以上にアニーを手こずらせた。


 それでもアニーは二十五発中二十発をヒットさせ、この射撃場での射撃教習におけるヒット数のレコードを更新した。


 同じ射撃場でライフルの射撃教習に立ち会っていた射撃指導員は、幡先輩の右手のシューティンググローブの甲の部分に、何かが貼られているのに気が付いた。

 それはプリクラだった。部活の終わったある日、試験を受ける全員で撮ろうと美味が提案したのだ。


『全員で射撃講習に合格出来るように、皆の気持ちを一つにするのじゃ!』


 皆に異論はなく、下校途中にゲーセンに立ち寄り撮ったものを、皆で分けた。自分一人ではない事を思い出せるように。


 アニーも美味も、硯耶先輩もそれを貼って射撃教習に臨んでいた。アニーは愛用のサンバイザーに、硯耶先輩はアニーから指導を受ける時の記録用の手帳に、美味はお守りのように丁寧に和紙に包んで財布に入れていた。


 幡先輩は講習中に緊張しない様に、いつも眼に入る場所=弾を取って装填する時に必ず目に入る右手のシューティンググローブに張り付けたのだった。その甲斐あって幡先輩は緊張する事無く、いつもの落ち着いた調子で射撃する事が出来、射撃教習を終了した。


    ◇


 後日地元の警察に、射撃教習の終了証明書を射撃部全員で受け取りに行く。射撃教習の合否は射撃場が判断するのではなく警察が判断する為、後日に合否が判定される。もちろん全員、合格を勝ち得ていた。


「ふっ、まんりかにとってこれくらい、朝飯前なのですぅ」


 証明書を受け取った帰り道、意気揚々と幡先輩が鼻を鳴らして呟く。


「何を言っておるのじゃ、今日この日まで『落ちたらどうしよう、どうしよう』などと落ち着きの無い日々を送っておったクセに」

「え? リアリィ?」

「あ! あ! 根源院さん! そ、それは言っちゃダメェェェェー!」

「先輩、無理からぬ事ですか、もう少しドシッと構えていた方が宜しいのではないでしょうか?」

「『明鏡止水の硯耶』さんのようにはいきませんよ、プンプーン」

「まあそういう硯耶先輩も、この数日は毎朝我が寺に来て、祈っておったがな」

「び、美味! よ、余計な事を言うなー!」

「何言っているのよ、美味だって夜中に起きて『オヒャクドマイリ』をしてたんでしょ?」

「えー?」

「えっ!」

「ア、アニー! 見ていたのか! あれは人に見られると……」

「効果が無いんでしょ? ワタシはマラソンでもしているのかな、と思ったんだけど、どうもディファレントな感じだから小日向先生に聞いたのよ。そうしたらそれは『オヒャクドマイリ』というセレモニーだって聞いたの。それは人に見られると効果が無いって云うから、黙っていたのよ」

「ぐぬぬ」

「まーったく、ミンナ、シューティングテストぐらいでピリピリしすぎよ。これで本番の試合になったらもっと大きいプレッシャーが……」

「初心者講習で我を忘れておった奴がいうなー!」


 後ろからアニーにスリーパーホールドを極めて、美味が突っ込む。


「ギ、ギクッ! そ、それは……」

「今日は一人だけ楽をしたアニーがアイスを奢るのじゃ! もちろん小日向先生の分も含めてじゃ!」

「さーんせーい!」

「それは良い案だな」

「エ、エエエ~」


 四人は合格を小日向先生に伝えるべく、意気揚々と学校に向かって行く。

 こうしてアニー達は正式に射撃場でクレー射撃をする許可を得たのであった。

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