死にたい
「馬鹿みたい...何であんな事言っちゃったんだろ...」
理沙は、NYのホテルの最上階で、一人で静かに泣いていた。セシルは現在犬飼さんに呼ばれて退室していた。あんな事、言わなきゃ良かった。本当は、みんなの事なんて「許してない」。
あんな目に遭わされて許せるなんて、心が太平洋並みに広い人間でも無理な話だろう。でも、セシルや斉藤さんや犬飼さんを見ていると、絶対に許さないなんて言えなかった。
あの人達は、大好きで大嫌い。だからこそ嘘が口から滑り出てきた。何故かーー何故か...。
「本当、私って馬鹿だなぁ...何で自分から幽閉生活に戻っちゃったんだよ...」
夜景は何時もながら皮肉に理沙を嘲笑う。灯り一つ一つが、自分を見つめる目にしか見えなかった。もう外へは出られない。もうあの苦しみを味わう事なんてーー自分の血と肉の味を噛み締める事なんてもう二度と来ないんだろうけど...。
「此処から飛び降りても、私は死ねないんだよな...銃で撃たれても、四肢を切断されても、火あぶりにされても...ハハ...」
理沙は切実に笑った。もう誰の顔を見たくない。誰からも心配されたくない。誰にも会いたくないーー。自分が一年間も地獄に落とされていたのもそうだ。必要とされているのは私じゃない、私の細胞だからなぁ。
「何が人権だよ。全然、人間らしく生きてない...ただの道具じゃんか...」
そうだーー私は道具なんだ。だから、何をやったって構わないよね? だって人じゃないもんね。彼らが大事にしてるのは細胞だもんね...。
「ハハ...此処から飛び降りたらどんな騒ぎになるかなぁ...」
理沙はそうつぶやくと、目を閉じてテラスから身を投げた。風を感じるーーこんなに気分が良いのは久しぶりだ...地面に叩き付けられる感覚、全身の苦痛、誰かの叫び声、全然気にならなかった。理沙はそのまま意識を失った。
それからというもの、理沙は自分を日常的に傷つけるようになった。毒、ナイフ、身投げ、首つり、火ーー毎日のように自分を殺そうとする理沙を見るのは、セシルにとって苦痛でしかなかった。
理沙がNYに帰って来てからというもの、彼女は口もきかずに泣いてばかりだった。それに、時々狂気のようなものを感じた。
部屋は窓が無いものに変えられ、鋭利なものや毒物は全て破棄され、今の理沙の部屋は監獄のようだった。ベッドと薄暗い明かりしかなかった。
ダン...ダン...ダン...
と理沙はベッドの角に頭をぶつけ続けていた。血が滴り、目が真っ赤に染まる。彼女には蘇我さんに監禁された時よりも生気がなく、ただ同じ事を繰り返し続けていた。手当たり次第に自虐し続け、カーペットは血で真っ赤になっていた。
セシルは、もしも何かあったらーーと同じ部屋に居る事は禁じられ、血はこの頃採取していない。みんな、何故理沙がこのような事をし始めたのかが分からなかった。
「まだ...死ねない」
理沙は、懐に忍ばせていたナイフで自分の腹を刺した。血がドッと溢れ出すが、理沙は何も思わなかった。今はただ、死にたいとーーそう願っていただけだった。
自分はただの容器にすぎない。全てを出し切ったらもうそれで終わり。そう、存在価値のないただの道具ーー。
**
セシルは辛かった。
部屋に散る理沙の鮮血を見る度に、表情のない顔で刻々と自虐する様子を見るのがーー。
「リサ...一体どうしちゃったんだよ...」
実際、理沙をあんな風にした原因の一つはセシルだ。彼はその事で思い詰めていた。
「あぁ...僕は何て事をしてしまったんだ...リサをあんな風にして、僕はこのままで良いのか?」
自問自答を繰り返す。セシルは理沙に会わせないように一つの部屋で軟禁状態となっていた。
「リサに、謝らないと...」
彼は立ち上がると、勢い良く部屋の扉を蹴破り、理沙の部屋まで一直線に走った。途中、誰かとぶつかったりしたが、気にする事なくただひたすら走った。
息を切らし、目の前にある小さな扉を見つめた。この扉の向こうには、理沙が居る。一ヶ月ほど会っていなかったーー可愛いリサが...
セシルは勢い良く扉を開け、中に飛び込んだ。すると目の前では、理沙は大きくナイフをかかげ、今にも自分に心臓に振り下ろそうとしているではないかーー。
セシルは歯を食いしばって理沙に抱きついた。途端、彼の背中に激痛が走った。
「っ! っ...ぁ」
理沙の息を飲む声が聞こえた。自分が大好きな人を刺してしまった事で、理沙は正気を取り戻した。
「リサ...」
「セシル! 何で...」
理沙は涙目になりながら、急いでセシルの背中からナイフを抜いた。もう少しズレていたら、心臓に当たるほどの場所だった。すぐに腕を切ると、血を傷口に垂らし込んだ。すぐに両者の傷は治っていったが、理沙の心の傷は治らなかった。
「僕、リサを守るって約束したよね」
「で、でも...」
「リサは僕の大切な人。だから、僕が守る。君が道具なんかじゃない。全世界が君をどう思おうが...僕は君を守る。だからもう...死のうとなんてしないでよ」
セシルは理沙を強く抱きしめた。途端、理沙を目からは大粒の涙がこぼれた。
「っ...セシル...」
「大好きだよ...リサ」
「私も大好き...」
セシルはあれだ、ロリコンというやつだ。