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接木の花  作者: のら
一章
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06. 浩介


脱衣所に入り、部屋着のシャツとズボンを脱ぐ…。


…風呂か。

正直な話、なんか申し訳ないというか仕方ないというか、目のやり場に困ると言うか…。


どうやら女性の身体になってしまうと、男だった時の"性欲"と言うのが殆ど無くなるみたいだ。ただ、元は男なので記憶として、そういう目で見てしまう……。なんだろ…気不味いと言うか罪悪感と言うか、そんなもんが後味として残る感じなんだよな。

結果的にさ、樹に黙ってこの体を拝借してる様なもんだから、気不味いとか罪悪感とかを感じるんだよ、きっと。

あぁ…心は男で体は女、相対するものがくっつくとこれはこれで複雑な気持ちだよ…


洗面台の鏡に映る下着姿の樹がバツが悪そうにはにかんで頬を紅く染める。



…と言う事で少し苦手な風呂の時間。



思ったんだけど髪が長いと洗うのに時間がかかるんだなぁ。

今の髪の長さは肩より10cmくらい長い。

浩介の時は、短髪だったから洗うのも時間かからなかったし、乾かす時なんてタオルで拭いて両手で二回パッパッと払えばそれで良し!


…だったから。


今は女性の体だしやっぱり男のつもりで洗う訳にはいかないよな。

しかし、何でこんなに色が白いんだよ…ひょっとして病気とかじゃないよな?もっと肉を食った方がいいのかな……?運動もした方がいいよな。でも、嫌いなんだよね、運動とかスポーツは…。まあ、今度考えるか。


風呂から出てバスタオルで体を拭き終わると、脱衣カゴに用意してあった樹の下着を手にとった。


うーん、やっぱり…パンツはトランクスがいいなぁ…あのラフな感じが懐かしい。しかし、なんでこんなちっちゃいパンツを好んで穿くのかよく分からん。


部屋着に着替えてそのまま食卓に行くと、婆ちゃんの美味しそうな料理がもう並んでいた。

早速、婆ちゃんと一緒にいただきますを言うと、とってもお腹が減っていたので樹だって事を忘れて勢いよく食べ始めた。


おお!豚汁だ!……うまい!うま、うま……あっ、こっちのカブのぬか漬け大好きなんだよなー。うん!ご飯に合う!おいしー!

……あっ!しまった!そうだった。もっとお淑やかに食べないと…。はしたなかったかな?


俺の婆ちゃんは行儀が悪いと直ぐに注意してきたから、樹の婆ちゃんもそうなのかなと思い、チラッと婆ちゃんを見てみると、意外にも婆ちゃんはニコニコして微笑んでいる。


「よかった。樹ちゃんがこんなに元気になって。

お婆ちゃん、あの時は本当に生きた心地しなかったのよ。」

と言って胸を撫で下ろす。


「婆ちゃん、心配かけて本当にごめんなさい。

…あと、その……ありがとう。」

心の底からそう想えた。俺は婆ちゃん子なんだなぁとつくづく思う。


「いっぱい食べてね。ほら、このきんぴらごぼう好きだったでしょ?遠慮しないでね。」

婆ちゃんは自分のご飯も食べずにこっちを向いてニコニコしている。


俺は心の中で婆ちゃんに聞くべきか聞かざるべきか迷ってる事があった。


…それは、あの事故の事だ。

婆ちゃんは忘れたがってる感じがするのでなんとなく聞きづらかったが、やっぱり聞かなきゃいけない事。


…………。


…いや、違うな。

婆ちゃんが忘れたがってると言うのは、あくまでも建前であって、本当は俺自身が怖くて今まで聞けなかった事かもしれない。



………そう、それは…

……神谷浩介…俺自身の事だ。




タイミングを見計らって意を決して婆ちゃんに俺の事、…神谷浩介の事を聞いてみた。


病院で婆ちゃんからは俺である神谷浩介が助けてくれたって事は聞いていたんだけど、その後の事は詳しく聞いていなかったから。


話を振った後、婆ちゃんは少し戸惑った感じがした。

それが少し不安だった。


「本当はね、樹ちゃんがもう少し落ち着いたら話そうと思っていたんだけど…。


…あなたはね、3日間生死の境を彷徨っていたの。先生には最善を尽くしますが、お婆さまも一応覚悟をしといてくださいって言われたわ。

…お婆ちゃんは必死になってお願いしたの。

この子まで連れて行かないで!…って。」


そう言って俺の頭を撫でる。


「でもこうして元気で居てくれる…。

神谷さんが……いえ、浩介さんが…必死になってあなたの命を守ってくれたお陰ね。

浩介さんはね……浩介さんは…

自らの命を顧みずにあなたを助けてくれたの。だからね樹ちゃん、あなたは浩介さんの分まで…頑張って生きて。お願い。」


…………!!


…………


…………


「じ、じゃあ、そ、その神谷浩介さんって…やっぱり、亡く…なった…の?」


婆ちゃんは静かに頷いた。


…………


…………


…なんとなく分かっていた。

心の何処かで分かってはいたんだ、自分が……死んだ……事。

無意識に心の片隅では理解していた…

でもそんな事はないって想いが必死にその考えを隠してた…


…………


…………


…俺が………死んだ……。


…………


………そっか……


…ハハ…これで、もう、戻る所が何処にも無いって…事か……。


…それならたぶん、樹がこの身体に戻った時が俺の本当の死ぬ時なんだろうな……



「…そっか、そうなんだ。話してくれてありがとう。…婆ちゃん。」


切り替えはちゃんと出来てる。だってうすうす分かってた事だから…。


でも、俯いたままの顔を上げる事はできなかった。

婆ちゃんには泣き顔は見せたくなかったから。



「…婆ちゃん、今度の休みに、行ってみようと思うんだ。…浩介さんの家に。」


「うん、そうだね。もう少し落ち着いたらと思っていたんだけど、樹ちゃんが行こうと思うんなら、お婆ちゃんは賛成だよ。

お婆ちゃんも改めて行こうと思っていた所だから。」


「…婆ちゃん…実はさ、ひとりで行ってみたいんだけど、…いいかな?」


「…それはいいけど、でも大丈夫なのかい?ひとりで。」


「大丈夫だよ。ありがとう、婆ちゃん。」

俺は残りのご飯を平らげた。




会いたい人がいるから。

多分、彼女なら分かってくれる。




…彼女なら…きっと……。




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