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接木の花  作者: のら
一章
6/35

05. 門出


あれから数日後…



桜も咲き誇る季節は、なんとなく清々しい。気温も寒くもなく暑くもない。ポカポカしてとても気持ちがいい。


昨日降った雨がたくさんの桜の花びらを落として去っていったが、雨上がりの春の朝は汚れた空気をリセットしてくれるみたいでとても新鮮な気分になる。

そんな事を思いながら、これから毎日通うであろう道を、歩きながらゆっくりと深呼吸する。




四月になり学校へ通う事になった。

結局、なんだかんだで新学期の初日より一週間程遅れて学校に通う許可が降りた。

でも、学校なんて久しぶりだ。まさかまた通う事になるとは夢にも想わなかった。


病院は、あれからもう大丈夫だろうと言うことで様子見を兼ねて退院したが、何となく婆ちゃんは心配そうだった。


婆ちゃんには色々と心配をかけてしまった。

その為にも俺は元気な顔を見せないと。


そういって商店街の窓ガラスに映った自分に微笑みかける。


…ニコッ。

…ちょっと表情が硬いかな。

…ニッ。

…なんかわざとらしいかなぁ。


…だけど、樹は本当に可愛いなぁ…。

まだあどけないから可愛いって表現が似合うけどもう少し成長すればかなりの美人になるな、こりゃ。

うん。チェックのスカートと濃紺のブレザーの制服もとても良く似合っている…。それになんと言ってもこの横顔が素敵なんだよなぁ。こうしてずっと眺めていてもいいくらいだよ。これがきっと樹の持つ雰囲気と言うか魅力と言うかオーラなんだよな…不思議に見惚れてしまうんだよ…。


そんな事を考えながらガラスに写った自分に見惚れていると、ガラス越しに自分の背後で2、3人の男子高校生が立ち止まってこちらを見つめていたのに気付く。


一気に顔が熱くなって逃げる様にその場から立ち去った。顔から火が出る程恥ずかしかった。



(…おい、見たか今の子、すっげぇ可愛くね?どこの学校だよ?)


(おお、見た見た。ありゃあ、桜木だな。いつもここを通るのかなぁ、あの子。

……やべぇ、俺、あの子に惚れたかも……)



うわっ、あいつらまだこっちを見てる…

うう、あいつら絶対…、

……おい、見たか?今の奴。自分の姿を見てニヤニヤしてたぞ?キモーーー!

とか言ってんだろうな…くそっ、ほっとけ。


それにしても、制服とは言えスカートっつうのはスースーしてなんか微妙だなー。

なんだろ、例えるなら、守る物が無くなったような心細さが…。女の人って大変なんだな。



俺がこれから通う学校は私立の桜木高校と言い、今住んでいる所から歩いて約15分の所にある。私立だからお金がかかるそうだけど、樹は特待生として去年入学したって婆ちゃんから聞いた。きっと、母親の負担を減らす為に頑張ったんだなぁ…なんて健気な子だ。



聞いた話だと、この学校は他の学校から比べると、そんなには厳しくないって聞いたことがあるから、学校生活もなんとかなるかなって結構楽感的に考えていたりする。

……いつもの事だけど。


とりあえず登校したら担任の所へ顔を出すようにと先日電話があった。

その時、婆ちゃんも学校へ挨拶に行くよって言ってたけど、足があまり良くないし色々疲れさせちゃったから、今回は遠慮してもらった。

これでも一応社会人だったんだから独りでも大丈夫。

…と言っても年喰ってるのは中身だけなんだけど。


そんな事考えてたら新校舎が真新しい桜木高校に着いた。


「ここが俺の学校かぁ…。」

と校門の前で立ち止まり呟いた。


…そういえば不意に出るこの男の口調はまずいな。見た目は樹なんだし、口調も変えていかないと。

私…とか言うの、かなり抵抗あるけど、頑張ってみるか。


「私、頑張ります…」


男の自分だったら吐き気を催してたな。


そんな独り言をブツブツ言いながら2度目の高校生活が始まる校舎へと足を踏み入れた…。



うわぁ…綺麗だし広いなー、さぞかし金が掛かったんだろうな…。

まあ…それは置いといて、えっと、職員室はっと。

この学校は比較的大きいのかな?学生が多い気がする。こんなもんなのかな?

それにしても校舎内は綺麗だなぁ。


上京してきた田舎者のように辺りを見渡す。

そこへ通りかかった女子生徒へ聞いてみる事にした。


「あっ、すみません。あのぅ、職員室はどこですか?」


「…………。」

その女子生徒は少し間こちらをジロジロと伺っていたが、無言で壁に指差し足早に立ち去ってしまった。


「あっ、ありがとぅ…。」

すでに去って行った女子生徒に対して声をフェードアウトしながら、その女子生徒が指差した壁を見てみると、学校の見取り図が貼り付けてあった。


なんとなく校内に入って早々疎外感を感じたが、まあ、気にしない事にして、これでなんとか職員室に辿り着ける。職員室までは意外と近かった。


見取り図通りに廊下を進むとなんとなく通り過ぎる生徒にチラチラ見られてるような…それと、気のせいかも知れないけど、こっちを向いてヒソヒソ話している様な……。まあ、死にかけた事故をしたばかりだからな。噂話も立つんだろ、きっと。


「失礼しまーす。」


えっと、確かこの間の電話口では2-Aの中井だけど…って言ってたな。職員室の座席表では中井先生はここだから…あそこらへん…

…あの人かな?何かを夢中で読んでる。


「お早うございます。里山です。」


名前は言わなくても向こうはわかるだろうが、こっちは初対面なのでつい言ってしまった。


「おぉ、里山か、お早う。

どうだ、もう大丈夫なのか?」


「はい。ありがとうございます。ご心配をお掛けしました。」


「そうか、その、なんだ、記憶喪失なんだってな。これから色々と不便な事もあるだろうが、もし、困ったことがあったら相談のるからな。遠慮せずに言ってくれ。」


「あ、はい…。」

ホッ…良かった。優しそうな先生だ。右も左も分からないから心配だったんだ。


「それとだな、今からちょっと校長室に行ってもらっていいか?校長が会いたいそうだ。」


「あ、はい…。」

校長直々になんだろ?なんかくれるのか?


「コンコン」

校長室とプレートに書いてある少し分厚い扉をノックする。

校長室にはメガネをかけた髪がうすい60代くらいの年配の男性がいた。


「失礼します。」


「あぁ、里山くんかね、ご苦労さん。いやぁ、大変だったね。体の方はもう大丈夫なのかね?」

ノックして部屋に入るなり、その校長先生は言葉をかけてきた。


「はい。ご迷惑をお掛けしました。身体の方はお陰様でもうすっかり良くなりました。」


「それは良かった。ところで…君は…記憶が無いと聞いたのだが…?」


「はい。…あ、でも、記憶が無いだけで他に関しては至って好調ですから。」


「そうか、それは良かった。…でも本当に…記憶か無いのかね?」


「え?……あ、はい。」

それはどういう意味だ?嘘なんかついてない。


「い、いや、それならいいんだ…アッハッハ。時間を取らせて悪かったね。後は中井先生の指示を仰ぎなさい。ご苦労さん。」


…なんだろ?

何かモヤモヤするなぁ

…ま、いっか。


先生の所へ戻ると、

「お、戻ってきたか。あっ、そうだ、里山。ちょっときてくれ。…えっと、これが新しい教科書だ、持っていってくれ。ちょっと重いぞ。」



………。


…ちょっとどころではなかった。

束ねてはあるが、かなり重い。

男だった時はこのぐらい簡単に持てた筈なのに。

先生も持ってくれるかなと少し期待したが、職員会議があるからと言ってその願いは簡単に打ち砕かれてしまった。


教室は二階の階段を上がった手前が2ーAの教室らしい。

良かった…これが三階の奥だったと思うとゾッとする。



さて、この戸の向こうには新しい……違うな、樹にとっては久しぶりの教室か…。


スゥー、ハァァ。

ああ…何か緊張するなぁ。もう一回深呼吸しとこ。

スゥー、ハァァァ。

しかし教室なんてなんか懐かしい響きだよな。まさか卒業してまた違う高校で勉強するとはね、なかなか体験出来るもんじゃない。いや、出来ないか。

よし、こういう時は一番最初が肝心だからな。

樹がどんな子だったのかは分からないけど、でも樹の株を落としちゃまずいからな。

挨拶だけはしっかりとしとくか…。



ガラガラ…


「おはぁっー…」


…声が裏返っちゃった。

コホン。もう一度。

「お早うー」


……シーン。

その一言で教室が静まり変える。


えっ?えっ?…な、なんか、す、すごい注目浴びてないか…?

あ、あれ?な、なんか変だったのかな?

一応服装は朝チェックしたから大丈夫だと思うんだけど。

…あ!そりゃそうか。二年になってクラス替えしたらしいから、初めての人もいるだろうし、それに事故で暫く休んでいたからな。いきなり事故の当人が現れたら、そりゃ驚くわな。


ま、まぁ、いいや。

えっと、席はどこなんだろ?


一通り見渡すとひとつだけカバンや荷物がかかっておらず、机の中も空っぽの席がある。

お日様の光が降り注ぐ窓際で、真ん中より一つ後ろの席。


とりあえずその席に近づき肩幅程度離れた隣に座っている男子に声をかける。


「お、お早う。あの、この席って、おれ…

いや、私の席かな?」

と言ってニコッと微笑む。


その男子は、そう声を掛けられた事にとても驚いたみたいでこちらを向いたまま動かない。

俺はどうしたのかな?と思って頭を傾けた。


そうすると顔を赤らめながら慌てて視線を何も無い机の上に戻し、コクンと頷いた。


「あ、ありがと…。」

えっ?何か顔についてたのかな?

ま、ま、いいや。後で鏡で見ておこう。


重い教科書を束ねてた紐を外し、その教科書を整理していた時にはもう先程の静まり返った事が嘘のように騒がしい教室に戻っていた。


その後、窓の外をボンヤリ眺めていたら、慌ただしく先程の担任の中井先生が来てHRが始まった。


先生は今回の樹の事故の事、記憶喪失の事を一通り説明してくれた。

クラスの皆は事前に知っていたのか、大して驚きもしてない感じだった。


結局その日は何事もなく、外をぼんやり見ていただけの普通の一日で本当に何事もなく家路に着いた。


とりあえず不安があった学校生活の初日を無事に過ごす事ができてよかった。

…と言うか逆に本当に何もなかった事が不気味なくらいだ。

…と言うのも大丈夫ー?とか、大変だったねーとか、樹の事を知っている誰かが話かけに来るのかな?と思っていたが、その見当は外れて結局誰も話には来なかった。


…樹って友達が居ないのかなぁ?それとも…記憶喪失って聞いたらみんな引いちゃうのか?

…やっぱり、クラス替えでまだ初対面の人が多いだろうし、事故で記憶喪失って聞けば気を使って話し掛け難いのも確かだよな。

ほら、なんて言葉掛けたらいいのか分かんないとか、そういうのって有るよな。うん、きっとそうだ。

… まあ、初日だし、こんなもんなんだろ。

まあ、ちょっとばかりイメージしてたのと違うけどね。


ベッドでうつ伏せになりながらそんな事考えていると、婆ちゃんがノックして部屋に入ってくる。


「ちょっといいかい?

お婆ちゃん、今日学校どうだったのか気になっちゃって。」


「あ、うん、大丈夫だったよ。

まだ忘れている事もあるけれど、友達が助けてくれるから心配いらないよ。婆ちゃん。」

実際は全く違ったが、婆ちゃんを安心させる為にはそう言うしかなかった。


その言葉を信じたのか婆ちゃんは安心して微笑んだ後、

「そうかねそうかね、それはよかった。そうそう、もうすぐご飯だから、先にお風呂入っちゃいなさいね。」


「はーい。」

と、とりあえず元気よく返事をした。


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