表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
接木の花  作者: のら
二章
35/35

34. 虚破



「よし!樹さん。ここらで休憩にしようかの。」


「はい!」


快活な返事をしてから道場の隅まで行き、用意していたタオルで稽古で流れ出た汗を拭う。汗で濡れた白いTシャツが肌にくっついてなんとなく気持ちが悪い。



…今日は合宿稽古の最終日だ。


残念ながら、その最終日だと言うのに今日は成瀬さんも希もいない。成瀬さんに至っては、どうしても部活であるバレー部に顔を出さなきゃいけないと言って出掛けて行った。と言うか、もしかしたら昨日までわざわざ部活を休んでまで教えてくれてたのかもしれない。なんて優しい人なんだろう。

希の方は、早めに帰ってくるからと言ってこれまた出掛けていった。何処にいくの?と聞いても教えてはくれなかったけど。


てな訳で、今日はお師匠様と二人きりの稽古なんだけど、今日と言う合宿最終日は、自分にとってある意味正念場だと思っていて──


何故ならこの道場の南側の壁には、在籍板と言う物が取り付けてられており、その名の通りそこに名を記した木札が掛かっていれば、その人はこの流派に在籍していると言う意味を表しているんだけど…


…何を言いたいのかと言うと……。そう、そこに里山樹と書いてある木札が何処にも見当たらないのです。


これがどういう意味を表すかと言うと、単に入門していない…或いは、テメェなんか認めねぇ!と言う事を表しているって事で…………しくしく…


今回はお師匠様から頂いたお誘いの手紙によってここに来ている訳なんだけど、確かにあの手紙には門下生がどーのこーのとは書いてなかったっけ。

てっきり成瀬さんが教えてくれるって言ってくれたあの時から、門下生として承認されているとばかりだと思っていたから。

しかし、現実は甘かった。大好きな白玉ぜんざいより甘かった。


………ああ、何だかショックでめまいがしそう…


……いやいや、落ち込むのはまだ早い。

今までは研修生が行う研修期間のようなものだったんだ、きっと。

入る入らないは、また別の話の。


だから今日と言う最終日は正念場。

………きっと…今日、入門試験があるはずだ。

成瀬さんやお師匠様は何も言わないけど、たぶん、ある。いや、間違いなくあるに決まってる。


そうなると、成瀬さんを目指す俺にとっては、ここはどうしても乗り越えなきゃいけない試練なのだ。だから、今日こそは何としてでもお師匠様に認めて頂いて、晴れてあの在籍板に「里山樹」と記した木札を掲げたい。この九楊律心流の門を胸を張って足を踏み入れたい…!



流れ出る汗を拭いながら、チラチラとその在籍板に何度も目を向けるが、相変わらず『里山樹』と書かれた文字の木札はそこには見当たらない。


「今日こそは何としてでも…」


顔を拭くタオルに思わず力がこもる。


少女が睨む在籍板には、優に30札位の木札が掛けられる様にはなっているのだが、総代に師匠でもある成瀬六吾郎、師範役に成瀬隼人、そして門下生として、冴木舜(さえきしゅん)、成瀬希、槇真司(まきしんじ)という木札が達筆な字で書かれているだけだ。それ以外の木札は何も掛かってない為に、まるで空席が目立つコンサート会場の様に、この道場もそんな寂しさを物語っていた。


…でも、改めて見ると、あそこに希の木札が掛かっているって事はやっぱり希も門下生なんだよな……。ここを案内してくれた時もそうだけど、なんか希がこの道場を避けてるような気がして、変に違和感を感じていたんだけど…。それに今日まで、結局一度も顔を出さなかったし…


浩介がそう思うにも無理はなかった。希は、ここの道場を案内する時もまるで他人のように振舞っていて、この道場すら入ろうとしなかったからだ。希の部屋で見たあの道着を着た希の写真が無ければ、きっとこの疑問さえ無かっただろうが。


────パァァァン!!


そんな思いを引き裂くかのように突然鋭く乾いた音が館内に響き渡った。何事かと少女が慌てて音のする方へ振り向くと、道場の真ん中で悠然と佇んでいる師が胸の辺りで両手を合わせていた。


目を閉じ膝を軽く曲げ、肩幅位に足を広げて立つ師は、姿勢を微動だにせず、深く呼吸を整え何かに集中している様子。

少女がその姿に目を離せずにいると、やがて師はそのまま合わせていた両手を上へと伸ばし、ゆっくりと大輪を描く様に腕を広げ、そして弧を描きながらその腕を下ろしてくる。



「…虚破(きょは)だ……」


少女は小さく呟いた。


道場の真ん中で、師がユラリと四肢を動かすその技を少女は知っていた。

名は虚破と言った。師と隼人が精神集中する時に行っていた呼吸法である。


敵と対峙した時、己の武術を100%引き出す為には心の平常が常に求められる。しかし畏怖や楽観、焦慮や油断などの心の乱れで、心情と言うのは簡単に不安定なものになり、心の天秤はバランスを崩してしまう。


そんなバランスを崩した心情では、見えるものも見えず、敵に付け入る隙さえ与えてしまう。それだけではなく、己の力さえ充分に出す事も適わない可能性だってある。物事をしっかり捉え分析する為には常に心のバランスを保たなければ有事の際では身の安全が保障されない。


この虚破は、呼吸の乱れと心の感情をリセットし、強張った身体を解す九楊律心流の中でも重要な役割を担っていた。



少女はこの虚破と言う技とすこぶる相性が良かった。


例えば、高ぶる感情や恐れおののく心情を簡単にリセットすることなど、そうそう容易くできるものではない。なので一般には会得するには難しいとされた技だったが、浩介は元来「ま、いっか」と常日頃から何かがあると心の切り替えをしていた。よって、ある意味で同系列の虚破は相性が良かったのかもしれない。



「…樹さん。」


「…あ、はい!」


いつの間にやら側にまで来ていたお師匠様が唐突に声を掛ける。


…いよいよ来たか?入門試験…


「今日はいい天気じゃ。どうじゃ、少し庭に出てみんかの?」


「え?あ…は、はい。」


…ん?庭?


お師匠様は腰を後ろ手にしたまま、カランコロンと外履きの下駄で庭に出て行く。それを少女のか細い首にタオルを掛けたまま、同じく外履きの下駄を拝借して追っかけて行く。


外は気持ちの良い日本晴れだ。


庭には、ここに訪れた時に見た枯山水の日本庭園が広がっていて、そのなかで樹高が6m位はある立派な柳の木が悠然と立っている。その下で、お師匠様は立ち止まった。


「樹さん。この武術の元となるのは何なのか知っておるかの?」


お師匠様が柳の幹に触れながら話しかける。


「………?」


…元になるもの?

あれ?成瀬さん、何か言ってたっけかな?


返答に困っていると、お師匠様が優しく微笑み、柳の木を見上げて言った。

皆様、御無沙汰しております。

毎度ながら更新が遅くて申し訳ありません。素直に謝ります。ごめんなさい。

そして、ブックマークして下さる方、足跡を残して下さる方、いつも本当に有難うございます。

お話はまだまだ続きます。良かったら読んでいって下さい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ