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接木の花  作者: のら
二章
33/35

32.写真



────九楊律心流拳術。


成瀬家に代々受け継がれてきた歴史ある拳術。その歴史はとても奥深く、そして長いとお師匠様は教えてくれた。


この拳術が生まれたのは、遥か昔、時は戦国時代まで遡る。


世は、血気盛んな武将達が自らの利権を求めひしめき合い、多くの血が流れ世の中も人々の心も荒んでいった悲しき時代。


そんな時代の跡には、必ずしも犠牲になる弱き人々がいる。彼等は、一汁一菜を尊い、互いに寄り添い助け合って、些細な幸せを守り願う弱き人々。


しかし、荒んだ時代の前では、そんな願いでさえも無情理に踏み荒らされ潰されていく。跡にはいつも痛ましく悲しい惨状が残るだけだった。


そこに、ある武芸に優れた一人の僧が通りかかり、その光景を目の当たりにしとても嘆き悲しんだと言う。

これ以上、罪の無い弱き人々の犠牲を防ぐ為にはどうしたらいいのか?人々が自らの命を守る為、家族を守る為、些細な幸せを守る為にはどうすれば良いのだろうか…?


その疑問の答えとして、この九楊律心流拳術は産声をあげたと言われている。


この拳術は、弱き人々の掛け替えの無い命と、安寧秩序を願う祈り、生き抜くと言う強い意志の上に成り立っていると、お師匠様は丁寧に教えてくれた…





早いもので、成瀬家にお邪魔させて貰ってから三日が経った。元より稽古を目的でお邪魔する事になった訳だけど、その中で、妹の美琴とのたった二人の生活では、とても味わえなかった家族の団らんと言うものを久しぶりに感じたような気がする。


希の母親の手料理はどれもこれも本当に美味しくて、なかなか箸を止める事が出来ない程料理が上手だ。茄子とピーマンの甘味噌炒めや鯖の煮付け、きんぴらごぼうや肉じゃが……他にも色々挙げたらキリが無いくらいにどれもこれもとても美味しくてほんとびっくりした。

でも、何よりもびっくりしたのは、希の母親の止まらない弾丸トーク。その初見でお淑やかなイメージからでは想像出来ない程に矢継ぎ早に出てくる言葉に思わず箸が止まる程。しかも、学校ではまるでお地蔵さんのように押し黙っているあの希が、母親のトークを見事に受け応えをしていて、いつもは存在感のオーラをガンガンに解き放っているあの成瀬さんでさえも母娘の間で小さくなっていて、時折見せる引きつった笑顔に思わず笑ってしまった。



稽古の方はと言うと、相変わらずキツい。身体のあちこちで悲鳴が聞こえてくるようだ。でも、何となく身体も熟れてきたのか初めの頃に比べると多少動けるようになってきたのかな?

何よりも、色々と苦しいながらもやり切った後の込み上げてくる充実感はとっても心地良く、浩介だった頃にはきっと味わえなかっただろうなぁって思った。


そして、本当に優しく手取り足取りとお師匠様は指導をしてくれる。腰の向きのズレや、体の姿勢、膝の曲げ方、体重移動、他にも色々あるけれど、直ぐに跳んできて、事細かく手を添えて教えてくれた。

お陰で随分と上達したような気がする。前に成瀬さんが言ってた…[少し変わっているから]…って言葉が、ここに来る前に何と無く気にはなってはいたけれど、そんな事これっぽっちも無かった。


…でも、少し気になったのは、お師匠様の指導の後に必ず成瀬さんがお師匠様に注意していたんだよね。…何故なのかよく分からなかったけど…


そうそう、成瀬さんと言えば、不可解な事がもうひとつ。


やたらと人の頭にゴムボールを当ててくるんだ。

しかも、時折、テニスボールやサッカーボールなんかも飛んできたり…。


そりゃあ成瀬さんの言いたい事も分かる。動作が鈍いとか不器用だとか、そこはそうじゃない!…だとか多分色々言いたいんだと思う。だから、その間違いとかを指摘する為にポイポイと的当ての鬼のようにボールを当ててきたんだと思う。でも、なにもボールじゃなくたって、お師匠様のように丁寧に教えるやり方だってあると思うんだ。しかも、イマイチよく分からないのは、ボールが頭に当たって頭をさすりながら振り返ったら、

「あっ、わりぃわりぃ。気にしないで続けてくれ。」…だって。言いたい事があればちゃんと言えばいいのに、特に何かを指摘する訳でもなく、成瀬さんが腕組みしながら考え込んでいた事がなんだか腑に落ちなくて、…結局、何の為にボールを…??って考えてたら、なんか動作が盆踊りみたくなっちゃって……

その後、ビクビクしながらふと成瀬さんの方を見たら、手に持った硬式の野球ボールをマジマジと見てて、流石にドン引きした……。


……結局、成瀬さんがいったい何をしたかったのか今だによく分かっていない……。


…まあ、いっか。


ともかくそれも含めて中々充実していた三日間だったと思う。

成瀬さんちに来て本当に良かった。みんな優しいし、ご飯は美味しいし………


「樹〜、お先にお風呂貰ったわよー。」


その時、ガチャという音とともに、この部屋の主である希が、肩に掛けたバスタオルで頭を拭きながら入ってきた。


「よいしょっと。

…樹も一緒に入れば良かったのに。いい湯加減だったわよ。」


風呂上がりで少し顔を紅潮させている希が、その小柄な体を二人掛けのかわいいソファーに沈めながら言った。


「…あ、うん。そうだね。…ハハ…」


歯切れの悪い返事には理由がある。


…いや、そんな事言われても……やっぱりダメだよね。

もう、この二日間、希と一緒にお風呂入っちゃったけどさ…やっぱりいけないような気がする…

何というか…例え体は樹だとしても、やっぱり男の俺が年頃の女の子と一緒にお風呂を入っちゃダメだと思うんだよね…。なんかこう…騙しているような後味の悪い罪悪感みたいなもんがさ、フツフツと湧いてくるんだよ……


「…ん?どうかした?」


パジャマ姿で濡れた髪をバスタオルで拭いている希の姿が、いつもの見慣れた制服姿とは違い、妙に色っぽい気がしてついつい見惚れてしまう。


「え?…あ、いや、べ、別に。」


…あ、あれ?希ってこんなに可愛かったっけ?それにほんのりシャンプーのいい香りがして、変にドキドキする……。

…あ…なんか…顔が熱くなってきた…。ヤ、ヤバいな、これは意識しないようにしないと、変なヤツだって思われてしまう…。

…え、えっと、そ、相対性理論とはアインシュタインが唱えた相対性原理に基づく現代物理学の重要な理論であって……等速度運動をする観測者のいずれに対しても……光の速度は不変であり………ってダメだ!なんか余計に意識してきた!あぁ、もう…!


「何書いてるの?……日記?」


「どわあ!」


いきなり当の本人が横からニュッと顔を出してきて、思わず仰け反ってしまった。


「び、びっくりした…!

…そそそ、そう、日記。

え、えっと、少しでも記憶が戻るかもしれないって、書いているんだけど…」


「…ふーん。」


納得した様なそうで無い様な、そんな気の無い返事が希の口から返ってくる。


…そう言えば、不思議なんだよなぁ…。

前だったら日記なんか書くことはおろか、自分の名前を書くのさえ億劫だったって言うのに……今はただ無性に日記が書きたくなっちゃうんだよね…


「……………あれ?」


希が、その日記を見て眉をひそ目ながらボソッと呟いた。


「え?…な、何?……は、恥ずかしいな。」


申し訳程度にノートを手で隠してながらチラッと希を見ると、まだ何か言いたそうな顔をしている。


「あ、ごめんね。違うの。日記を読んでた訳じゃなくて、ちょっと気になった事があったから。…あ、そうそう!

…えっと……どこだっけかな?

……あ!あったあった。……これこれ。」


ガサゴソと机の引き出しから引っ張り出されたのは一枚のメモ用紙。


「…何これ?」


希から渡されたメモ用紙は、[1-A 里山樹]と、その下には樹の連絡先が書いてあるだけだった。


「これは、去年あなたから渡された連絡先よ。……ほら見て、去年のあなたの字と今のあなたの字では筆跡が違うと思わない?

…やっぱりあれかな…記憶喪失になると字も変わっちゃうのかな…?」


言葉の途中から独り言の様にブツブツと呟き、希は疑問の答えを探している。


「そ、そ、そうだね。ハハ……ふ、不思議だね……。」


…た、確かに、このメモと照らし合わせると、ち、違うよな…。ここに書いてある樹の字って、まるでお手本のような落ち着きのある女の子らしい字体なんだけど、俺の字ってやっぱり男の字って言うか、似ても似つかない…。これじゃあ疑われても仕方ないよな……

ほんとに希ってさ……時々エッジの効いた勘の鋭さを発揮するもんだから、侮れないんだよ、ほんと……。

も、もしかして、ほんとは男だってバレてるんじゃ…?……いやいや、そんな事はないない。だって事の真相を伝えたのは妹の美琴だけだし…。


…で、でも、このままじゃマズイな…。何か話題を変えた方がいいかも…


「…あっ!そうそう!ほ、ほら、希のお母さんやお師匠様に初めて会った時に言われたんだけどさ、えっと…私が写真のイメージと違った…とか言ってたけど、あれってどういう意味?」


我ながら話題を切り換えるのには、上手い言い回しだなと思った。


「え?……ああ、あれね。

ごめんね、樹の事をお母さん達に紹介する時、一枚だけあったあなたの写真を見せたの。

えっと…ちょっと待ってて。」


そう言うと、希は、再び自分の机の引き出しから一枚の写真を取り出して、こちらに差し出してきた。


「これなんだけど…あなたとは一年の時に放送委員で一緒だったの。それで、その時に顧問の先生が撮ってくれた時の写真なんだけどね……」


そう言って希から手渡された一枚の写真。そそには少し陽が傾いている夕暮れの教室で、生徒達が何やら和気あいあいと話し合いをしている光景が写真に写っていた。


「ほら、ここ。」


希が指差した場所には、確かに樹がいた。

真面目に議論している生徒達やカメラを向けられてふざけ半分でポーズを決めている生徒達の奥で、他の生徒達とは違い、物静かに座っている樹がそこにはいた。


浩介にとって、あの波止場で初めて樹に出会った時以来、彼女を見るのはこれが初めてなのかもしれない。これまで、樹はどんな女の子で、そして樹としてどう生活していけばいいのかが何も分からないままここまで来てしまったけれど、これで少しは樹の事が分かるかもしれなかった。


しかし、その写真を見た時、今まで浩介がなんとなく想像していた樹と言うイメージ像は消えて無くなっていた。






ハッ!いつの間に更新してから半年も経ってる!クソッ、誰かに後ろから襲われて気を失っていたのか……。と、言う訳で遅くなって申し訳ありませんでした。でも、書き通すつもりですから暖かく、または呆れ気味で見守って下さいm(_ _)m

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