30. 部屋
「ここが私の部屋よ。ちょっと狭いかも知れないけど、女二人なら充分でしょ?」
と、言った本人は大真面目で言ったのだろうが、希の部屋は12畳程の広さで、6畳の部屋だった浩介と、同じく6畳間の樹にとっては、充分過ぎる程の広さだ。狭いと言った希の感覚にとても驚いたのだが、それよりも希の堅苦しいイメージからは想像出来ない程の女の子らしい部屋だったのにはそれ以上に驚いた。
その部屋を見渡せば、白とピンクを基調とした家具や机が良く整頓されたとてもキレイな部屋で、所々に可愛いらしいぬいぐるみ達が数所に置かれている。
そうした部屋の中で、この雰囲気とは不釣合いの使い古した二段ベットが壁際にあるのを見つけた。
「…あ、これ?
小さい頃は、うちのお兄ぃとこの二段ベットで寝ていたの。でもほら、見ての通りあの図体でしょ?だから、今は私一人で使っているの。
そうそう、今日は私が上で寝るから、樹はここで寝てね。」
そう言って希は、今腰掛けている二段ベットの下段の端をポンポンと軽く叩く。
「うん。ありがと。」
…しかし、…まさか、あの堅物の希がこんな女の子らしい部屋だなんて…ぷぷ。
もっと、こう…しっかりきっちりさっぱりしてて、難しい本とかがズラーって並んでて、肩が凝りそうな部屋なのかと思いきや……まさか、ぬいぐるみに囲まれたこんな可愛いらしい部屋だとはねぇ……ぷぷ、意外。
「………なによ。」
…あ、ヤベ。
心の声が漏れたか?
「い、いや、何でもないよ。」
「うそ。……あなた今、目が泳いてたわよ。」
希がジィーと見つめて勘繰りを入れてくる。
「どぉ〜せ、私らしく無いって言いたいんでしょ?別にいいじゃん。私だってこういうのが好きなの!」
希は近くにあったヘンテコなぬいぐるみを胸に抱き寄せるとギュウと抱き締める。
潰れたぬいぐるみは苦しそうにキューと鳴った。
……す、鋭いな…
「ハハハ……そ、それよりも、さっきガシャーンって凄い音がしたけど………大丈夫?」
「ああ、さっきのアレね。いつもの事よ。うちのお母さんって、そそっかしいからよくあるの。だから気にしなくていいわよ。」
「そ、そうなんだ。」
…家族が場慣れしてるって言うのもある意味凄いな…
「ねぇ、そこら辺に適当に座ってて。喉が渇いたでしょ?今、何か飲み物でも持ってくるから。」
「ありがとう!そう言えば喉がカラカラだった。」
そう言って大袈裟に口を開けて舌をペロッと出すと、希がニコッと笑って部屋を出て行った。
「……ふーん。」
希が部屋を出て行ってから、興味津々で希の広い部屋を探索する。
…しかし、なんだかんだ言っても、希も女の子なんだよなぁ…
棚に並んである数あるぬいぐるみの内の一つを手に取って、改めてそう思った。
続けて、腰くらいある本棚を覗くと、ファッション系の雑誌に料理の本、推理小説に編み物の本など、その他多種多様なジャンルの本がたくさん並んでいる。
…さすがは希だ……
色んな本があっても、きちっと本の大きさ別で綺麗に並んでるからとてもスッキリ見える…
──お!……これはなんだ!?
[行動でわかる男の深層心理]…って、うわぁ……。なんか見てはいけないような本を見つけちゃったよ〜
…ヘェ〜、あの希でも、気になる人がいたのかな?
何気無くその本を手に取ってページをペラペラとめくると、一枚の紙きれが本の中から抜け出てヒラヒラと床に落ちた。
「……ん?」
その落ちた紙を拾い上げて見てみると、それは一枚の写真だった。
「………え……!」
その拾い上げた写真を見た時、まるで凍りついたかのように一瞬で体が強張り、そして言葉を失った。
その写真に写っていたのは、普通の……何処にでもいる中学生くらいの三人の男女が、仲が良さそうに笑っている……ただそれだけのごく普通の写真だった。
もし、本当にそれだけだったのなら、きっと微笑ましくそれを眺め、そっと本に戻していただろう。
……だが、それは違った。
そのありふれたごく普通の写真には、ある一部分だけにはっきりとした"含意"があったからだ。
その手に持った写真に写っていたのは、木造建物の縁側のある庭先で、道着を着た中学生くらいの三人と犬一匹が仲良く一緒に写っている写真だ。その中で、左側で首に掛けたタオルを両手で持って笑っている男性は、直ぐに誰なのか分かった。
成瀬隼人だ。彼の左頬にある人差し指程のハクのある傷は彼以外に間違えようもない。
そして、その右端で大人しく座っているゴールデンレトリバーの体を抱き寄せながら笑っている女性は、この部屋の主である成瀬希だ。今よりも髪が短く何処か幼く見えるが、今まで見たことも無いような、とても良い笑顔を振りまいている。
問題だったのは、その二人との間で腕組みをしながら立つ、隼人と同年代と見られるこの男性。
先程、この男性を見てギョッとしたのだった。
それは、彼の顔だ。
二人の兄妹の間に立つ彼の顔が、ボールペンなどで乱雑に書き消されていたからだ。
その無数に力任せで書かれた線の間から、辛うじて彼の口元だけが微かに微笑んでいると分かるだけだった。
「………希……」
思わずこの線を書いたとみられる犯人の名前を口からこぼしていた。
……俺の知っている希は、冷静でいつも落ち着いていて、感情をあまり表に出したりなんかしない。……いや、希と出会ってから、まだ日が浅いから、俺が知らないだけかもしれないけど………。
でも、ここまではっきりと剥き出した感情を見ると、よっぽどの事があったんだと思う…
この写真を見る限りじゃ、この人と何かあったとしか思えない……
「……いったい…希に何があったんだろう…?」
写真を眺めながらボソッと小さく呟いた、その時──
「ごめんー、樹。ちょっとドアを開けてくれない?いま、両手が塞がってて開けられないの。」
突然、ここの部屋の主の声が、ドア越しから聞こえてきた。
「────あっ!
……あ、ああ、そ、そうだね。ちょ、ちょっと、待ってて。今、開けるから。」
ガサガサと慌てて写真を本の中に放り込むと、元の場所へと適当に本を突っ込む。
でも、こういう時に限って本が嫌がって、なかなか元の場所に収まってくれない。焦りながらもどうにか本に落ち着いてもらって、冷静を装いながらドアの前へと立つ。
…ガチャ。
「ど、どうぞ。」
ようやく開いたドアから現れた希は、ジュースとお菓子が乗ったトレーを両手で持っている。旗から見れば、余所者が部屋の主を部屋に招き入れるとは、何ともおかしな話だ。
しかしその主は、開かれたドアにも関わらず、動こうとしない。ただ訝しげにドアを開けた少女に対してジィーっと見つめている。
「……………。」
「……………?」
……え?………な、なに?
……なんだろ……
「………あなた……」
「…………………。」
……も、もしや、……写真を見てた事…バレたとか?
いやいや、そんな筈はない……だって、希は部屋の外だったし…
「………あなた…まさか……」
「…………ゴクリ。」
……そ、そういえば、希って、時々妙に勘が鋭かったりするよな……って事は……ややや、やっぱり…バ、バレたのかな!?
「…………そ、その……」
────ヒ、ヒィィ…
「………そのコが……好きなの?」
「…………………へ?」
希の目線の先は、開いたドアの端からちょこんと体を出している少女の脇に向けられている。
その脇には、さっき部屋の探索の時に無意識に掴んだぬいぐるみを抱えていた。
このぬいぐるみ、カタツムリに手足が付いて、困った顔をしながら舌をペロッと出していると言う、全く謎で全く良さが分からないぬいぐるみだ。そんなぬいぐるみをいつの間にか大事そうに脇に抱えていた。
「…あ、ああ、これ?……い、いや、別にそういう訳じゃ……」
「────そう、やっぱり!
私もね、本当の事を言うとさ、この中でそのコが一番のお気に入りなんだよねっ!だってさ、このコの表情って、とってもカワイイって思わない?もう、このコったら、私の心を掴んで離さないのよねぇ!」
「……………えっと…」
「そっかぁ、樹もこのコの事が好きなんだぁ。ウフッ!良かったぁ。だってさ、ウチのお兄ぃったら、このコに向かって……全くもって意味がわからん…とか言うもんだから、ちょっとだけ……ちょっとだけね、もしかしたら私だけなのかなぁ…とか思っていて心配だったのよね〜。でも、そっかぁ、良かった。樹もこのコの事を気に入ってくれて。ウフッ。」
そう、まくしたてて話す希は、目が爛々としている。
……誰だよ、感情を表に出さないとか言ったヤツ……
「……あ…ああ、そ、そうなんだよね!じ、実は俺も……い、いや、私も一目見た時から、このコに一目惚れしちゃって……ハハ、ハハハハ……」
……ああ…心が痛い…
「そうでしょ!もう、そんなとこ突っ立ってないで、ほら、コッチに座って!」
…………
…………
それから暫く、目を輝かせながら話す希の熱い想いを、延々と聴かされたのは言うまでもなかった。
この時、愛想笑いをしながら改めて思った事が二つあった。
それは、やっぱり希も女の子なんだなぁ…って事と……、
もう一つは……いつか希と、好みの分野で分かり合えたらイイなぁって事を……この時、持ってきてくれたオレンジジュースをお茶を飲むようにズズッとすすりながら、しみじみと思っていた……




