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接木の花  作者: のら
一章
3/35

02. 変貌



……………


…ごめ……な…さい…


…そして……あ…り……とう……


…………



ーーーーーーー



「…………」


「………ちゃん……」


霞がかかった様な頭の中で、ぼんやりと遠く方で声が聞こえる。


それは独り言の様に。



右手に温もりを感じる。


久しく感じた事が無い温もりだ。



「…ちゃん…、…いつ…き…ちゃん…」



…い…つき?


…誰だっけ?……つい最近まで……聞いてた…な…?


…誰…だっけ?


「樹…ちゃん?」


右手をキュッと握られて優しい声で語りかけてくる。

静かに目を開けると、とても眩しい光が目に入ってくる。


………


………


俺は…何をし…てたんだっけ…?


………


「…気が…付いた?」



しばらくぼんやりと宙を見つめていたが、改めて右手をギュッと握られていたのに気が付いた。

手を握られている方へ顔を向けると、そこには60代後半位の女性がこっちを見つめている。


………


…婆…ちゃん…?


「…よかった……本当に…よかった…」


…俺は…いったい…。ここは…どこ…?


ここが何処なのか見える範囲で見渡してみたが見覚えがない。


「…本当に…本当によかった…」

余程嬉しかったのかその声の主は嗚咽をもらして泣いている。


…婆ちゃん……?


……


…違う…。


…似ているけど…婆ちゃんじゃない…


……………


…さっきのあれは…俺は、夢を見ていた…のかな…?


………


…あ…右手が温かい……。


…ああ…こうやって、手を握られるのって、何年ぶりだろう…。


…そういえば…小さい頃は、親とよく手をつないで出掛けたっけなぁ…


…あの頃はさ、親の手を離さないように必死で握ってたっけ。

…よく迷子になっていたからこの手を離してしまうと、またはぐれちゃいそうな気がして妹の美琴と一緒にパタパタとついて行ったんだよね…


…懐かしいなぁ…

…戻りたいなぁ…あの頃に…。


握ってくれている手にそっと力を入れて握り返す。

そして少し微笑んだ。

手を握って泣いてくれているお婆さんに

自分なりの"もう大丈夫だよ"の合図。


お婆さんは涙でくしゃくしゃの顔でにっこりと頷いた。


その後、手を握られたまま、また深い眠りに落ちていった。





それから…どのくらい時間が経ったのだろう。


もう一度眼が覚めてぼんやりと宙を見つめて考えていた。

当然の様に何故今ここで寝ているのか?

まずはそれからだ。


………


左腕に点滴があるって事はここは病院か?

何で…何でここに寝ているんだっけ?


えっと、えっと……


「…あ、樹ちゃん。

よかった…気がついたのね。」


声をかけられた方にゆっくりと顔を横に向けると、先ほどの婆ちゃんに似た女性が優しく微笑んでいた。


…手を握ってくれてた……お婆さん…?


でも、誰なんだろう?


いや、待てよ、このお婆さん…見覚えがある…ぞ?

誰だっけかなー?…喉まで出掛かっているのに…


「さぁ、今はゆっくりと身体を休めなさい。

大丈夫よ、お婆ちゃん、ずっとそばにいるからね。安心して、樹ちゃん。」


そう言って優しく頭を撫でてくれた。

その優しい手がなんだかとても懐かしくて暖かくて、とても心が安らぐのがわかる。


あぁ、婆ちゃんを思い出すなぁ…。とても心地いい…。


………あれ?…いつきちゃん?


………


そうか!


このお婆さんは夢の中で必死になってあの海に落ちた女の子の名前を呼んでた人だ!

そうそう、確か、樹ちゃん!樹ちゃん!って言ってたっけ!

そうそう!あー、思い出してスッキリしたぁ!


…………


……で、何で夢の中の人が、ここに居んの?



お婆さんはこちらを向いてニコニコと微笑んでいる。

こちらも軽く微笑みを返す。



ハハ…よく分からん。頭が痛くなってきた…


あれ?そう言えば、さっきの俺が少女の事を何とかって言ってたな…あれ?何だっけ?


えっと、えっと……そうだ!


そう!確か海に落ち……た…女の子……。


…………


…思い出した。思い出したよ。


そうだ…俺、女の子を助ける為に海に飛び込んだんだった。

そう、それで女の子は無事に救助に駆けつけてくれた人達にロープで引き揚げてもらって…それから、えっと、それで俺は…?


ふと、カーテンが揺れて窓の隙間から心地良い風が頬を撫でる。



……そっか。



俺も助けてもらったんだ。そっかぁ、生きてたかぁ、…良かった。

ここを出たら助けてくれた人達にお礼を言わなくっちゃな。


何と無く、そう思っていたらここでのん気に寝ても居られない様な気がして、体を起こそうと試みる。



…よいしょ。


もうずいぶんと寝ていたのか身体のあちこちが痛い。

「まだ寝ていないと…。」と心配しながらもお婆さんは起きるのを手伝ってくれる。



…あれから、あの女の子はどうなったんだろう?

痛てて…寝てたから節々が痛いな。


硬くなってた身体をお婆さんに手伝ってもらい、なんとかベッドから上半身を起こした。すると両頬にサラッと少し栗色の黒髪が触れる。


そう言えばあの女の子も、このくらい髪が長くてサラサラしてたよな…


あれ?…何かおかしいな。なんだろ?この違和感。


その時、また窓から心地良い風が病室の中を通り抜け、いたずらにサラリとした長い髪を撫でる。


あれ?…あれ?なんだ、この顔にかかる髪は?

俺の髪にしては長すぎるし、確かもっとゴワゴワしてた筈だ。


そう思いながら疑問に思った髪に触ってみる。とても柔らかく指通りがとても気持ちいい。

困惑しながらもサラサラの髪の毛を何回も触ってみる。その時、又もや何か違和感を感じた。視界に入った物に対して何かが違うと直感的に感じた。

その違和感の答えは直ぐに分かった。

不意に髪を撫でている自分の手が今まで記憶にある手とは違ったからだ。


「うわっ!」


あまりにも記憶にある自分の手とは違い、そんな白くて、か弱い綺麗な手に驚いて、その手を放る様に視界から離したが、体に繋がっている以上何処かに飛んで行く事はない。


「どうしたの?…何処か具合いが悪いの?」

と心配そうにお婆さんが顔を覗き込んでくる。


「ど……ど、ど、どうなって…………えっ?」


あ、あれ?………声が違うっ!

な、なんだよ、これ…。

とうとう、イカれちまったか?

わかんない…よく分かんないよ…

これは現実なのか…?


ハハハハ……なんだか怖い、怖いよ…


「ねえ、大丈夫なのっ?樹ちゃん!…ちょっと待っててね。先生呼んで来るから!」

お婆さんは、自らの両腕を抱え、あさっての方向を見ながら呆然自失している俺を心配して、そう言ってきた。


…先生?と、とんでもない!


「あ、あの!…だ、大丈夫です!でも、その、す、少し冷たいものを、飲みたいと言うか…」

今はこれ以上、大事になるのはどうしても避けたい。


「…そう。それじゃあ下の売店で何か冷たい物を買って来るけど具合が悪くなったらそこのボタンで看護婦さんを呼ぶのよ。お婆ちゃん直ぐに戻って来るからね。」

お婆さんは小さな巾着を棚から取り出した後、心配そうに一度こちらを向いてから部屋を出て行った。


窓からは相変わらず心地良い風が病室に吹き込んで、綺麗な栗色の黒髪を春の風がなびかせていた。


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