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接木の花  作者: のら
一章
25/35

24. 追憶(後編)

「…おい、…れか………だってよ!」

「……行って……ようぜ!」


不意に部屋の外から男子生徒の慌ただしい声が更衣室を通り過ぎた。


自然と胸の鼓動が早くなる。


外ではさっきまで運動部の掛け声が良く聞こえていたのに、いつの間にか妙に静まり返っていて不気味なくらいだ。



不意に樹は遥のロッカーを見つめた。


…心が騒ぎ出す。


このいつもと違う学校の雰囲気と、この部屋で遥の身を案じて募った不安が入り混じり、胸の鼓動は更に加速度を増していく。

もしかしたら、遥の身に何か…と思うと、頭から血の気が引いて背筋に寒気が走った。



──気が付けば更衣室を飛び出していた。


(……まさか…………遥っ!)


居ても立ってもいられなかった。


別れ際で遥は旧校舎の方へ歩いて行った事を思い出し、廊下を駆け抜け何度か躓きそうになりながらも上履きのまま校舎の外に飛び出した。外に出た瞬間、今まで暗い所に居た為か陽射しで目が眩み視界がボヤけた。立ち止まって慌てて右手で陽射しを遮ると、その先で何人かの生徒達が旧校舎の方へと小走りで向って行くのが見えた。


「…ハァハァ…ハァハァ………遥……」


樹はその生徒達の向かう場所へと無我夢中で息を切らして走った。そして辿り着いた場所は旧校舎の裏で、建物の陰で陽も当たらず普段は人も疎らな場所だった。しかし、そこにはもう既に何人かの人だかりの輪が出来ていて、周囲には悲鳴が混じり騒然としている。


ある女子生徒達はその場で座り込み抱き合って泣いていて、またある数人の男子生徒達は呆然とただその場に立ち尽くしていた。そして今来たばかりであろう教員達は、生徒と同じ様にその場で立ち尽くす者、生徒達をこの場から遠ざけようとする者、或いは生徒達に怒号をあげている者と別れていた。

しかし、この場にいる全員が共通して言える事は、皆が混乱していたと言う事だった。


そんな戦々恐々とした人だかりの輪の外で、今着いたばかりの樹が乱れた呼吸のまま立ち尽くす。

この場所からでは皆が何故騒然としているのか理由が分からない。



先程から不安と恐れで心が怯えている。この場所に来てから迷子の子猫の様にその心は縮こまり、これ以上この輪の中には近付くなと警鐘を鳴らしている。


しかし、もう一つの心は勝手に人だかりの中心へと向かってゆっくりと前へ進もうとする。この抱え切れない不安を否定する為、足を前に進めようとする。その心達が互いに反発し合い、その一歩はまるで足枷をしているかのようにとても重い。


きっと、大丈夫…遥は関係無い……そう心に言い聞かせ、目を覆ってしゃがみ込む女子生徒達の横をゆっくりと通り抜けた。


「…ハッハッ…ハッハッ……」


今の時期は冬なのだろうか、吐く息が白い。

いつもなら既に呼吸が落ち着いてもいい筈なのに、さっき走って来てからずっと吐く息も吸う息も落ち着く素振りは見せずとても荒々しい。



(……きっと…遥じゃない……大丈夫…大丈夫だから…

……だって…遥と…約束したもの………………一緒に帰るって……)


樹の視界に映る生徒達や教師達は、何かを言って騒ぎ取り乱している。

しかし、今の樹にはそんな状況でも何も聞こえず何も見えてはいなかった。


この騒動は誰かの悪戯だ。それとも誰かが些細な事で騒ぎ立ててるだけだ…きっとそうに違いない…。

もう自分の大切な親友が関わってさえいなければ、この騒動の真相なんてこの際何でも良かった。


そうでも思わなければ不安で押し潰されそうだったから……






だが……







人だかりから抜けて、そこで樹の目に飛び込んで来たのは………




……血で染まったコンクリートの上で横たわる変わり果てた姿の………遥だった。

…樹の唯一無二の親友であり、心の支えだった…………月島遥だった。


彼女は赤い絨毯の上でうつ伏せになり、まるで静かに寝ているかの様に目を閉じていた………



樹は唯々呆然と立ち尽くし、今、目の前で何が起きているのか分からなかった。何故遥がそこで寝ているのか分からなかった。さっきまでお互い笑い合って帰りにお店に行く約束までしていた遥が、何故ここで赤く染まって目を閉じているのかがよく分かっていなかった。



(…………そう…だ…。

…これは…きっと、遥のいたずらに決まってる。だっていつもそうだもの。…こうして私の事を騙すんだよね。……私だって早々騙されないんだから……)


樹がゆっくりと遥の元へ歩み寄る。


「……ねぇ…遥……もう、分かってるんだから。…もういいよ、起きて。」


そう遥に声を掛けたが、彼女は反応する気配がない。

樹は遥の側に近寄ってペタンと座り込む。


「ねぇ、遥ったら…。もういいって、分かったから…さ。……ねぇ……遥……」


樹の目からボロボロと涙が溢れ出す。


「……ほら、帰りにさ……一緒に行こうって言ってたじゃない。あのお店…素敵だよねって…。」


頬に伝わった樹の涙は、紅く染まったコンクリートにうっすらと滲んだ。



「…ねぇ……遥……ねぇ……ねぇってば!」


遥の肩を幾ら揺さぶっても力無くガクガクと揺れるだけで、遥の体はまるで人形の様だった。

樹はそれでも遥の血で紅く染まった自らの手を止めようとはしなかった。



「──おい、キミ!ここから離れなさい!」


すると突然、体格の良い教師が近付いて来て樹の右腕を掴み強引に立たせようとする。


「──── イヤァァッ!離してっっー!!

……私は……私は遥と約束したのっっ!!…一緒に帰るって……そう、約束したんだからっ!!……だから離してっっ!!」


樹は力任せにその教師に掴まれた腕を解く。


「…ねぇ、遥。…もう、帰ろ?……一緒に帰ろ?」


まだ温かい遥の体に寄り添って樹が優しく語り掛ける。


「ほら、ここに居てはいけない!いいから来るんだっ!!」


今度は二人の教師が力付くで樹の両腕を掴み、遥の元から引き離そうとする。


「──イヤァッッ!! 離してっ!!遥と一緒に帰るのっっ!!


────お願いだからっっ!!


………遥っ!!



────はるかぁぁっっ!!……


……………


……………


……………





「……い…つ……………いつ…き…!」


「…ねぇ……しっか……して……」


「……………。」


「────樹っっ!!」


朦朧とする意識の中で、誰かが肩を揺すって呼ぶ声がした。


「………あ……あ…」


「──樹っ!」


霞んでいる視界から、心配そうな希の顔が徐々に見えてくる。


「……あ、…………のぞ…み……?


…………わた…し……」


少しの間、今の状況を理解するのには時間が掛かった。ふと自分の手の平を見てみると、さっきまで血で紅く染まっていた自分の手が、今ではいつもの白く小さな樹の手に戻っていた。



……血が……無い…


…戻って…来たんだ……樹の…記憶から………


慌ただしかった先程の状況から一転して、今では静まり返った廊下で希と向き合っている。


希はまだ俺の両肩に手を置いて心配そうに覗き込んでいた。そして、希の目から涙の雫が

一つ頬を伝わって落ちた。


「……樹…

…もういいから…。もう……いいからさ…。」


希がそう言ってポケットから取り出したハンカチで、涙でクシャクシャの俺の顔をそっと拭ってくれた。


「……ありがと……希…」


ウンウンと黙って頷き、希が優しく見つめてくる。


「……私は……私は……遥の事を………救え…な……」


そこまで言うとまた涙が溢れ出て、嗚咽で言葉にならなかった。


「……あなたの所為じゃないよ…。」


希がそっと肩を抱いて背中をポンポンと叩く。


「…もう…いいから。今日はもうここを出よ?……ほら。」


希に体を支えられて立ち上がり、ゆっくりと歩き出す。


もしこの時、希に何があったのか問われても答えられなかったかも知れない。樹の心の痛みに直に触れとても言葉にはならなかったから。

希はそれを分かっていたのかも知れない。今は何も聞かず黙って寄り添ってくれる。そんな希の優しさがとても嬉しかった。




「ありがとう、希。……もう、大丈夫だから。」


旧校舎の長い廊下を経て、2階に降りる階段の踊り場で希に言った。彼女はまだ心配そうな顔をしていたが、少し微笑んでからゆっくりと階段を降り始める。

2階ではまだ部活動で何人か残っているのか、生徒達の笑い合う声が遠巻きに聞こえてくる。

まるでこの3階のフロアとは次元が違うような…そんな気がした。



「……遥…。

…また…来るから…。」


後ろを振り返りそっと小さく語りかけて、階段を降りようとした、その時……



………ありがとう………

……そして……ごめんなさい………



……浩介さん……



「……え?」


雨の音に紛れて、そう聞こえた気がした。急いで後ろを振り返ったが、廊下では相変わらず薄暗さと静寂が支配している。


「……どうかした?」


希が心配そうに下の階段から見上げている。


「…ううん、……何でも……。」




相変わらず雨は時計の秒針の様に規則正しく雨音を響かせていた。





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