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接木の花  作者: のら
一章
23/35

22. 遥

前回までのあらすじ



里山樹として生活を始めた神谷浩介は、桜木高校へと通いだす。しかし、そこでは樹の友達である月島遥を殺したと言う噂が樹に対して広まっていた。浩介は樹の過去に何があったのか探る為、親しくなった成瀬希に事件現場へ案内してほしいと頼んだ。その場所とは月曜日以外は常に閉館している旧校舎の3階だった。


そして、希と二人で旧校舎の薄暗い廊下を経て辿り着いた場所には……






月島遥が落ちた場所は旧校舎の3階の廊下。


…今いるこの場所。



辺りを見渡すと、この人気が全く無く閑散としている廊下には、当時使われていた年季の入った木枠のロッカー、胸くらいの高さにある少し大き目の鉄枠の窓、そして、その窓の下にポツンと置かれた花瓶があり、そこには数本の花が刺してあった。

しかし、その花瓶の花達は、もう既に赤茶色に枯れており、重たそうに皆、頭を傾げている。まるでここに来た人に深くお辞儀でもしているかのように。



「ここよ。…ここが事故現場。」


希はいつもの早口とは違い、落ち着いた口調で言った。今、この二人以外には誰も居ないシーンと静まり返った廊下では、例え小さく呟いたとしても声が良く響き渡る。


「そして、ね…その窓から彼女は転落したの。窓から下を覗けば分かると思うけど、真下はコンクリート。


………即死だったそうよ。」


希は神妙な面持ちで鉄枠の古い窓を見つめている。その希が見つめる視線の先に目を向けると、開けるのにも少し力を加えないと開きそうにない、そんな印象がある重たそうな鉄枠の窓があった。


「…そしてね…あなたの……、樹のキーホルダーがこの辺りて落ちていたそうなの……。


…例の噂の根源は………ここよ。」


「…………。」


そう言われて体が硬直する。噂と言う言葉を聞くと身体が強張るみたいだ。

それでも、今居る場所から見回して何かの手掛かりを捜そうと試みたが、ここにはもう当時の事件の痕跡すら見つからなくて、唯々ガランとした殺風景な廊下があるだけだ。

だが…萎れた花だけは、確かにここで悲しい事件があった事を教えてくれる唯一の存在となっていた。


そんな萎れた花の前で希が床に両膝を着けてしゃがみ込み、持っていたバックの中から新聞紙で包んである一束の花を取り出した。


「…エヘ。旧校舎に来る前の休み時間にさ、学校の花壇からこっそり摘んで来ちゃった。」


希は肩をすぼめて小さく笑った。どうやら希は花瓶に活けるつもりで花壇から摘んできたらしい。

その簡素な花瓶には、役目を終えた花の代わりに新しく小さな花達が活けられた。そして、その花達がこの殺風景な廊下を唯一明るい場所へと変えてくれたのだった。




「…………ここには……少しでもいいから記憶が戻るきっかけがあればと思って来たんだけど……。


……でも……」


俺は何処を見るわけでもなく、静かに自らが活けた花に目を瞑り、両手を合わせている希に独り言の様に呟いた。


「……うん。」


まるで全てを悟っているかの様に希はたった一言小さく言葉を返した。


外ではまだシトシトと小雨が降っていて、雨水の滴り落ちる音が一定のリズムで聴こえてくる。



「…さっきさ……私が事件現場ではなく、事故現場って言ったでしょ?

…この月島遥の件はね、不可解な事が沢山あるの。……でもね、それは自殺でも他殺でも無い……単なる彼女の不注意からなる事故って事で外面上では処理されたの…。」


「……え…?」


「……聞いた話なんだけど、もし自殺だとしても他殺だとしても確固たる証拠が見当たらないらしいの。

…事故があった日は日曜日。だから、人だって疎らで目撃者なんて居ないし、それどころかここの旧校舎に至っては平日だって人は居ない筈よ。」


そう言いながら希はしゃがんだ姿勢のまま花瓶に活けた花を整えている。


「だから…自殺なのか他殺なのか分からず、事件は謎のまま。

結局ね、まだはっきりと解決した訳では無いのに、学校側からの説明では彼女の不注意による事故…って事だったの。


……学校側はね、もうこれ以上波風立てて騒がれたくないのよ。だから、この事件を早く鎮静化する為に先生から生徒達にこれ以上騒がないように色々と注意を受けたわ。でも、騒ぐなって言ってもそんなの無理な話よ。」


「…………。」


「…あの頃はね、生徒達の間で色んな憶測が飛び交っていたわ。月島遥は、実は深刻な悩みがあって自殺した…とか、本当は相当な恨みを買っていて誰かに復讐された…とか。よくまあネタが尽きないわねって…あの頃はほんとにそう思ってたわ。


…でもね……、そんな時なのよ。

たった一つだけ……、他の根も葉もない噂が、湧いては消え、湧いては消えを繰り返していた時に、たった一つの噂だけは消えずに瞬く間に生徒達に拡がって行ったの……。」


それだけ言うと希は口を閉ざした。


その沈黙によって辺りは静寂が再び包み込む。

その間の時間はたった数秒だったのかもしれない。だけど、その沈黙の時間が希の言いたい事を教えてくれた。


「………それは…もしかして……」


希は真っ直ぐこっちを向いて静かに口を開いた。


「……うん。

……それが……例の噂よ。

…ここで…樹のキーホルダーが落ちてて、だから……あなたが突き落としたんじゃないかって言う例の噂……。」



「…………。」




…震えていた。


本当は、こんな噂話なんてあるわけが無い、人が死んだなんて嘘に決まってる……と、心の奥底で思っていたのかもしれない。…でも、この場所で希が話してくれた事に今更ながらリアリティが込み上げて、そんな都合の良い考えは砕け散った。その為なのか知らぬ間に体が震えていて、それと同時にポロポロと涙が頬を伝わっては落ちて行く。


だけど、今の感情は自分でもはっきりとは分かってはいなかった。それは噂に対する憤りなのか、樹に対する同情なのか、何とかしなきゃと言う囃し立てる心の焦りなのか?自分自身でも何をどうすればいいのかが分からなかった。

…もし、今のこの感情を色で表現出来るとすれば、困惑するこの感情は複雑に色が入り混じり、決して綺麗な色では無かった筈だ。



「………樹……」


希が心配そうに見上げてくる。

ポロポロと流れ落ちる涙を何度か手で拭って、そして希に向って軽く微笑みを返した。


「…………大丈夫。」


複雑な心中とは裏腹に、せめて希には心配かけないよう発した唯一の言葉だった。


それから、俺は希と同じ様に小さな花達の前にしゃがみ込み静かに手を合わせた。今、出来る事は、せめて月島遥が安らかに眠るのを願う事だけだった……。




「……月島さんは…、何故ここに居たのかな…」

手を合わせ目を瞑っていると、希がポツリと言う。


確かに月曜日のこの時間以外は旧校舎には入れない筈だ。それなのに何故日曜日の日にここに来れたのか?そして…何の為に…?


頭の中でその疑問が駆け巡る。

そして、目を瞑った暗闇の中では、樹の記憶で見た月島遥の姿が思い浮かんでくる。


樹の記憶から見た彼女はいつも笑顔だった。

とても明るくて元気で屈託の無い笑顔を見せる彼女。……あの時、あの気を失った時に見た樹の記憶では、遥と一緒に居るととても心が安まり、楽しいと思う気持ちが心の底から溢れていた。これは、嘘偽りの無い樹の素直な感情だっただろう。


だから、これだけはハッキリと言える。

樹に纏わり付くこの噂は、あり得ない…と。


暫く希が活けた小さな花達の前で、俺は手を合わせていた。

外では相変わらず時計の秒針の様に規則正しく雨の滴る音が聞こえてくる。




……それは、突然起こった。


幾分心は落ち着いてきたので、ゆっくりと目を開けようとしたその瞬間、瞼の裏の暗闇から光が段々とこちらに近付いて来て、それが目の前に来ると真っ白い霧の中に包まれたかの様に暗闇が真っ白になった。


…この感覚には覚えがある。

そう、前に部長が噂について話してくれた時、同じ様に白い霧に包まれて気を失った事があった。今回もあの時とよく似ている。



確か……あの時は、樹の記憶を追憶していた……。



更新が遅れてすみません…。

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