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接木の花  作者: のら
一章
22/35

21. 旧校舎

数日前の放課後の教室で希と二人で色々と話した時に、今は大人しくしていた方がいいと希に言われて、あれから日常生活は特に目立った行動をせずに素直に大人しくしていた。

…と言っても目立った行動が出来る程、度胸も無く、元から大人しい性格なので特に意識する必要も無かったけど…。


まあ、この数日で敢えて目立った行動と言えば、ガキンチョ親分の達貴に会った事と、ジョギングしてたら水溜りで派手に転んでしまって泣きそうだった事くらいだ。



朝稽古の方はと言うと、しっかりと成瀬さんに鍛えてもらってる。そして、その朝の稽古が終わった後にいつも学校まで走って行く訳だけど、なんとなくコツを掴んだのでやがて遅刻もしなくなった。


まあ、成瀬さんは何も言わないけど、たぶん成瀬さんの配慮もあったと思う。


あれから成瀬さんのいる3-Aにはちょくちょく希と一緒にお昼を食べに行くようになった。

…と言うのも、成瀬さんに、昼も稽古してくれますか?って聞いたところ、面倒くさい、の一言で終わってしまった事がある。

なので昼の弁当は、また希が運搬するようになったんだけど、その時、嬉しい事に里美さん達に樹ちゃんは?って希が聞かれるみたいで…。

まあ、そんな訳で3-Aの皆さんにはお世話になってます。


そうそう、成瀬さんになぜ自分で弁当を持ってこないんですか?って聞いたことがある。

成瀬さんが言うには、いつも7時前位からジョギングしながら学校に来るそうだ。


約1時間も走っていると弁当は中身がグシャグシャになってるらしい。

どうせ胃の中に入れば一緒だから、と成瀬さんは言ったらしいが、希がせっかくお母さんが作ってくれたのにそれはあんまりだ…って事で、お弁当は希が持参して3ーAまで届けるようになったらしい。


しかし成瀬さんは1時間も走っていたなんて…!

って驚いていたら、走る前には師匠である祖父と朝稽古してるらしい。

どんなバイタリティしてんだ…って更に驚いた。もうその日常が小さい頃からの習慣で苦では無いみたい。


…改めて凄い人だ。


だから朝稽古もこの人のペースについていくのは、とってもキツイ…。正直なところ、身体が悲鳴をあげてるが、なんとか気持ちで踏み止まってるところだ。

でも今は夢中で何かに打ち込める事が嬉しい。

昔はただ朝が来て夜が来る…そんな何曜日かさえも分からない様な薄っぺらい一日だったけど、今では成瀬さんが教えてくれるこの武術が日々の一日をとても充実したものに変えてくれる。まだ習い始めてから日は浅いけど、きっと自分は変わる事が出来るって信じて疑わなかった。



そして数日が過ぎ…


希と約束した月曜日になった。

そう、月島遥が落ちた場所へと向かう日。



月曜日の6時限目は部活動の時間。

一週間のこの日だけは旧校舎の錠が解かれ、文化部による教室の使用が許可されている日。勿論、部員の少ない写真部だって例外ではなく、教室が割り当てられている。

ただ、昔は賑わったであろうこの広い教室も今ではたった5人の写真部がいるだけで、そしてその教室の隅でポツンと固まっている彼らには、その広さは余りにも持ち腐れであり、しかもその広さ故に彼らの存在が悲壮感と暗さを更に際立てる結果となってしまっていた。



「…遅くなっちゃったなー。皆来てるかな?」


白と赤茶色を基調としたリュックを右肩に背負いながら少女が小走りで写真部の教室へと慌てて向かう。もう6時限目が始まってから数十分が経っていた。


少女が6時限目に遅れた理由は…と言うと、この6時限目が終わるとその日の授業は終了となるので、生徒は皆帰り支度をしてから各々の部活へと向かう訳だが、今日は運悪くクラス担任の中井先生に野暮用を押し付けられてしまい、それをこなしていたらすっかり遅くなってしまった…と言うのが6時限目に遅れた理由だった。



「…フゥ。」


手櫛で髪と落ち着かない呼吸を整えてから写真部の教室の引き戸に手を掛けた。


──ガラガラガラ…


「……遅くなってすいま……せ…」


…………


…………


…………!!


──ガラガラ…バタン!



………?


…何だ、今のどんよりとした異様な空気は…?


教室の引き戸を半分開けた所で、何か唯ならぬ雰囲気を感じ取った為、開けた戸を慌てて閉めたのだった。


…こ、ここは写真部の教室だよね…?


チラッと戸の上部に取り付けてあるプレートを確認してみるが、ここは写真部の教室で間違いないようだ。


おっかなびっくりではあるけれど、意を決してもう一度教室の戸を引いた。


確かに今日は生憎の空模様。お天気の日から比べたら陽射しも雲に遮られ、教室の中が若干暗くなるのも仕方が無い。でも、教室が暗いのはそれだけでは無いようだ。

どうやら、部長達がいつも座っている辺りからどんよりとした重い空気が漏れ出して、この陽射しが少ない教室をより一層と暗さに拍車を掛けている。


…な、何なんだ?この重く暗い空気は…?

……原因はあそこにいる部長達…からだよね……やっぱり。


…と言うよりか、周りを見回してもそこ以外は考えられない。


「…あのう…、どうかしたんですか…?」


真っ白な灰の様になっている部長の背中に語りかけたが、その声が届くかどうかは自信がない。


「…あ…ああ…、樹さんですか……ハハ。

今日は…良い天気ですね……ハハ…。」


そう言われて、今日の天気は分かってはいるものの窓の外をチラッと見てみる。

今日は良い天気ですねって言うのは一般的に晴れの日を指すと思うのだが、今日の空模様は間違いない……雨だ。


「部長…どうしちゃったんですか?大丈夫ですか?」


「あぁ、樹さん……申し訳ありません。

樹さんが…折角この部を存続させてくれたのに……僕は……僕は……。」


部長がまるで議員にでも落選したかのように肩をガックリと落とし項垂れている。

そんな部長を隣で気遣っていた色白でモヤシの様な小林君が細々と口を開いた。


「じ、実は…さ、さっき…こ、顧問の先生が来て……、今年の新入部員は……ゼ、ゼロだ…って……。」


「あ、そう言えば、一年生の入部がもう決まるって言ってましたね。

でも、な〜んだそんな事か。私はもっと大変な事が起きてるのかと思っ……」


その時、机に伏せていた部長がピクッと反応して激しくズレていた部長の黒縁メガネが鋭く光った気がした。


「──樹さんっ!!」


「は、はい!」


「な〜んだ…とはなんです!分かっているんですかっ?いいですか!樹さんが命を賭して守ってきた大切な写真部が来年には無くなるんですよ!」


「え…ああ、はい……。」


あ、あれ?…いつ、命掛けたっけ…?


「いいですか!僕と小林と中村は三年だから良いんです!…卒業しちゃうから。

でも、残された竹内と樹さんはまだ来年も有るんですよ?その来年には最低3人は新入生が入ってくれないと廃部が決まってしまうんですよ!」


「そ、そうですね…はは…。」


な、なんか…地雷踏んじゃったかな…

そ、それにしても…部長……顔が近い…。


「僕は…僕はですね…樹さん。

来年この学校を去る時に、この大切な写真部が…そしてここでの思い出がいっぱい詰まった僕の青春の1ページが…消えて無くなるかと思うと死んでも死に切れない訳ですよ。」


「そ、そんな大袈裟な…」

それに卒業は人生のゴールじゃ無いから…


部長は窓辺に近寄り両手を後ろで組んで遠くを見つめている。

ふと横を見ると、他3人が背中で語っている部長をうっすら涙を浮かべて見つめていた。


…な、なんか前回もこんな展開だったような気が…。

でも、確かに今年の新入部員が無しと言う事は、もし来年1人も入らなかったら廃部が決定してしまう…。部長や小林君、中村君や竹内君にとってここは大切な場所なんだ。そんな場所を無くしてはいけない…


「みんな…すまない。僕が部活紹介の時にグタグタだったから入部希望者がゼロと言う結果を招いてしまった…。」


「そんな事はないよ。部長はよくやってくれました。それに…僕達はずっとこの写真部に居た事を誇りに思ってるから…。」


部長の側にいた中村君がポンポンと部長の肩を軽く叩く。それに対して部長は俯いたまま、ウンウンと頷いていた。小林君も竹内君も部長の側で気遣っている。



「……何で……」



「……何でまだ決まってもいないのに決めつけるんですか…?」


「……え?」


「……何でまだ終わってもいないのに終わった様な言い方をするんですか……?

まだ時間はありますよ!なのに、何でもう廃部が決まったかの様な言い方をするんですか?

部長が残される私や竹内君を信じなくてこの部が存続出来ると思いますか?部長は、ここで諦めれば、この部が存続出来るとお思いなんですか?」


「…………。」


「今は悲観する事よりも前を向く事の方が大事だと思うんです。それにほら、あの時約束したじゃないですか。一丸となって同じ道を歩んでいこうって。先頭に立つ部長が頭を抱えて立ち止まっていたら皆が前に進めるとは思えません!」


「……い、樹さん…。」


「部長、大丈夫です。まだ時間はたっぷりあります。もしかしたら私のように中途入部する人だっているかも知れないじゃないですか。だから諦めないでください!」


「──ふぁいっ!」


話の流れで部長の手を取って両手でしっかりと握っていた。余程ビックリしたのか上ずった声で返事をした部長は、メガネがズレて顔を真っ赤にしていた。


「よし!それじゃあみんな!今年の目標はでっかい花火を打ち上げる事!

写真部ここにあり!…みたいな存在をアピール出来るでっかい花火を打ち上げて、この学校に写真部の存在を知らしめてやろうよ!ねっ!」


そう言うとみんなが顔を見合わせて…


今のままじゃ、確実に廃部か……とか、…部員を集める為には……とか、色々とボソボソ話しているうちに、…廃部にならないように…よっしゃ!やってやるかっ!って感じに段々と盛り上がっていった。

まるでくすぶっていた花火が、急に燃え出す様に。その雰囲気に乗って部長もうんうんと頷いてみんなに頑張ろうと言って握手をする。


…みんな単純なのか必死なのか。


でも来年部員を増やす為には何かしなければいけない。でなければ確実に廃部だ。


そのまま一気に士気が高まって、ベタだがみんなで掛け声のエイエイオーをしたが…


「不発にならないよう頑張りましょう!」


感極まった竹内君がそう言った為、妙に変な空気が流れたが部長が笑って誤魔化していた。


その時、6時限目の終わりのチャイムが鳴った。

この教室に入った時の暗い雰囲気から比べると、今は、暗雲の隙間から青空が見える様に、皆の心が明るくなってきている気がする。


……しかし、去年までは直ぐに諦めていた人間が、よくもまあ……諦めないで下さい!…なんて事言えたもんだよなぁ…。本当の事を知ったら…怒るだろうなぁ…部長。


あっ!そうだ。希と約束してるんだった。



「そ、それじゃ、みんなまたね!」


「あっ、あっ!い、樹さん!!」


みんなに簡単な挨拶をして教室を出ようとしたら、どもりながらも部長が話しかけてきた。


「あ、あの…い、樹さん!よ、よ、良かったら、写真部のこれからを考えながら、い、一緒に……かかか、帰りませんか?」

メガネを指で掛け直して赤面しながら言ってきた。


「あ…えっと、ごめんなさい。今、廊下で友達が待ってるから…」

廊下では希がバックを両手で持って壁に寄りかかって待っていた。


「あっ、そそそ、そうでしたか。

あは、あはは…。」

掛け直したはずの部長のメガネがまたずれていた。


…でも、勇気を振り絞って声を掛けたんだろうなぁ。部長…分かるよ、その気持ち。


「あっ、それじゃ、今度の部活の日にどうですか?」

「あっ、は…ふぁい!」

又もや声が裏返っていた。


部長にニコッと微笑んだ後、廊下で待ってた希に声を掛けた。


「ごめんね、お待たせ。」


「ううん、いいけど…。

樹さ、あまり思わせぶりな事はしない方がいいわよ。」


「えっ?何が?」


「……まあ、いいわ。じゃ、行きましょ。」


希と歩き出した時に教室を見たら……4人で何やら揉めていた。


…本当に仲が良いなぁ。


クスッと笑って希と3階へと向かった。




3階の教室はどこの文化部も使っていないので、とても静まりかえっている。

まだ明るい時間帯なのだか、旧校舎の廊下側は陽の光も入りにくく若干暗めで、尚且つ今日は雨空だ。先程の写真部の教室に入った時に感じた暗さとはまた違う不気味な暗さを感じる。


そして、突き当たりの教室の廊下が小さく見える程の長い廊下は誰一人とて歩く者も居らず、聞こえてくるのは俺と希の歩く足音ぐらいで、薄気味悪さを演出するには申し分なかった。


「な、なんだか、ちょっと怖いわね…。」

少し震えた声で希が話しかけたきた後、スッと俺の左腕に手を通す。


「そそそ、そうだね…。」

こっちは小心者って丸分かりの声で答える。


暗く静まり返った廊下は本当に薄気味悪く、鼓動がハイスピードで脈打っているのが分かる。

それは隣で左腕に寄り添っている希も同じだった。



「……………」


……あれ…?

……今…何か聴こえた…ような……


「……………ヒタッ……」


……え…?


「……ヒタッ……ヒタッ……」


……や、やっぱり…!


「………ヒタッ…ヒタッ……」


────ッ!!


「え?え!な、何?!いき、いき、いき、いきなり立ち止らないでよ!」


「…あ………ご、ごめん…。」

…おかしいな?何も聴こえない…。

確かに足音が聴こえた様な気がしたんだけど…


希と二人でこの薄暗い廊下を寄り添って歩いていたが、歩く度に何かの音が聴こえた様な気がして思わず足を止めて音の原因を探るべく耳を傾けた。しかし、気のせいだったのか廊下からは、ここへ訪れた時と同じように静寂が支配していて、強いて言うならば、遠くの方で野球部の掛け声が微かに聴こえるだけだ。



「……………」


再び希と歩き出したが、やはり誰かが後をついて来る様な足音が聴こえる…。気になり始めると、どうにもこうにも止まらない。


「……ヒタッ…ヒタッ……」


や、やっぱり…何かの、あああ、足音が!

よよよ、よし!こ、こうなったら…思い切って振り返って正体を暴いてやる!


い、いくぞ……せ、せーの!


──── バッ!


「── わあぁっ!! ── えっ!?やだやだ!何?何?どうしたの?」

希が俺の左腕をギュッと抱きしめながら自分の目もギュッと瞑る。


「…い、いや、あ、あのさ……確かに後ろから足音が聞こえたんだけど…。おかしいな?

…自分達の…あ、足音が反響しただけなのかな?

ごめん…やっぱり気のせいみたい…あは、あはは…。」



「── もうっ!!変な事しないでっ──!!」





…希に怒られてしまった。



希はさっきまで左腕にすがっていたのに、今じゃ余程ご立腹なのか俺の左斜め前で独りで歩いている。


それからはもうしばらくこの薄気味悪い廊下を歩いていたのだけど……怖さの為なのか、この雰囲気に飲まれているのか、自分の歩き方が訳が分からなくなって右手と右足が一緒になってしまっていた。


…あ、あれ?お、おかしいな。


歩くタイミングをずらして治そうと試みたが、逆に変なスキップみたくなっていた。


…あ、あれ?…なんで?



「…あそこよ。」


──ビクッッ!!


急に声を掛けるので、めちゃくちゃびっくりした。…2適ほどチビっちゃったかも……。



希の目線の先を見てみると、

そこにはポツンと花が供えてあった。





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