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接木の花  作者: のら
一章
21/35

20. 少年

はじめに…


今回の[20. 少年 ]では、食事前、食事中の方には適さない表現が所々出てきます。予めご了承ください。




「ハッ…ハッ…ハッ……」



堤防沿いにあるふれあい公園から下った所には比較的大きな川に面したスポーツ広場がある。そのスポーツ広場はその名の通り、サッカー、ラグビー、野球、グランドゴルフ、サイクルコースなど多種多様なグランドが上流の橋から下流の橋までの約1km位の距離の中に設けられている。更にそのグランドを取り囲む様に外周には、ジョギング、ウォーキングなども行う事を目的に園路も整備されていた。



「ハッ…ハッ…ハッ……」


そんなスポーツ広場でジョギングやウォーキングをする人の中に混じりながら、俺もジョギングに勤しむ。混じると言っても休日とは違い、平日の夕方では人も疎らで、若干ウォーキングをするお年寄りの方が目立つと言うのが印象的だ。


「ハッ…ハッ…ハッ……もう…少し…」


樹の部屋にあるタンスから引っ張り出してきた、まだ真新しいジャージを着て、この長いスポーツ広場の外周を刻み良く走る。


「ハァハァ……ゴール…!

…ハァハァ……よし、ジョギング終わり!

……フゥ。」


少し呼吸を整えてから、予めベンチに置いてあったリュックからタオルを取り出して、滲み出る汗を拭きながら、今しがた走って来た道に目を向けてみた。


…このスポーツ広場の外周は約2km位か…。まだ走り始めてから日が浅いから試しに走ってみたけど、まだ距離を伸ばしてもイケそうかな…。明日はもう1周走ってみよ…


朝はいつものように成瀬さんと稽古をしていたが、これからは終業してからの空いた時間も朝稽古の復習として、ここで時間を費やそうと決めたのだった。

ただ…、成瀬さんが教えてくれた足の捌き方も、まだまだロボットの様にぎこちなく、傍から見れば、あそこに変な人がいる…とか通り掛かりの人に思われそうで、極力人目の付かない場所でひっそりと行っていた。



「ーーーハッ!……ヤッ!」


春の陽気で青々とし始めた芝広場の隅で遠慮がちな掛け声が聴こえる。

そこは樹木による植え込みが格好の目隠しになっている場所で、両腕を腰に添えた少女が右へ左へと動いている。その拙く動く姿はお世辞にも格好の良いものとは言えず、踏ん張って動く姿は少し間抜けにも見えた。




「…ちょ…ちょっと…休憩するかな…ハァハァ。」


息を切らしながらベンチにあったタオルを取ろうとした時、ふと目線の横でサッと人影が視界の中に入り込んだ。

誰かいるのか?…と思い、その人影をタオルで汗を拭きながら、さりげなく…あくまでもさりげなくその気配のする方へチラッと横目で見てみたら、そこにはサッカーボールを腰に携えた小学生位の男の子が、何処に隠れる訳でも無く数メートル先で直立不動で立っていた。



…ビ、ビックリした…!まさか…ずっと見てたとか…?

5年生位かな?ま、まあ、小学生なら見られても気にしなくていいか…。


…でも、もう少し稽古したら帰ろっと。



少し休憩した後、もう一度定位置に戻る。

男の子の方は、そのうちに飽きて何処かにいくだろうと放っておく事にした。



寒い季節から比べると段々と日が伸びて暖かくなってきた。今の過ごしやすい季節がずっと続けば良いのに…と思うのだが、そうも行かずいずれ蒸し暑い梅雨の時期が来て、そして太陽が両手を広げてやってくる。




「ーーーハッ……ヤッ!」


……ここで、右足を軸に左足を半歩前にスライドさせる…!次の踏み出しが円滑に運べる様に常に体の芯と重心を意識しながらバランスを保つ………分かってはいるけど、頭で考えながら動くから、その分鈍くなる…

でも今は、じっくりと反復練習で体に覚えさせるしかない…!


「…なあなあ……。」

夢中で体を動かしている少女に近付いて、先程の少年が声を掛けるが少女には声が届いてない様子だ。


…確かに成瀬さんは凄い人だ。俺があの人に追いつく為にはあの人の倍以上稽古をしなきゃ追いつけない…いや、そもそも幼少の頃から鍛えてる成瀬さんに追いつこうと考える事自体無理なのかも知れない。


でも……でも、成瀬さんに初めて会ったあの日から……俺の目標は常に成瀬さんなんだ。


その目標に辿り着けるか…分からないけど…


…でも、俺だっていつかきっと……あの…成瀬さんのように……


…そう……いつかきっと…!!




「…なあなあ、ここで何してんの?

ウンコねーちゃん。」


「……きっとなってみせるっ!!ーーあのウンコのようにっ!!」



…………


…………


…………ハッ!



振り向き様に、決め台詞と共にダンッと地面を力強く踏み締めたら、そこにはいつの間に近くまで寄って来ていた先程の男の子が、ポカンと口を開けたまま少女を見上げいた。



「なあなあ。今の、あのウンコって何?…やっぱりウンコが出ないんか?ウンコねーちゃん。」


「……な…!」


稽古の締めとして、カッコつけて映画の主人公の様にキメ台詞で終わるつもりが、思わぬ事を口走った挙句、その様子を少年に思いっきり見られていたかと思うと、顔が真っ赤になりその場で動けずにいた。


…な、なんなんだこのガキは!

今……今、一番良いところだったのに!何を言わせんだ!


「なあなあ…ウンコねーちゃん。ここで何してんの?」


大事そうにサッカーボールを抱えながら人懐こそうな少年がこっちを見上げている。歳は11才位だろうか。この位の年頃になると色んな事に興味を持ち始める頃だ。きっとこの少年も、少女の滑稽な動きに興味をそそられ、何をしているのかを聞かずにはいられなかったんだろう。


「ハハハ……。ぼ、ぼく、お家は何処かな?もうそろそろ暗くなるから帰った方がいいよ。」


…ああ、悪気は無いとは言え、成瀬さんをウン…呼ばわりしてしまうとは……。


「本当は俺、知ってるんだ。それってウンコダンスって言って便秘に良いんだろ?うちのかーちゃんもやってたから。」


「……な…!」


…ハハ…ハ……ウン…コ…ダンスって…

あぁ、この怒り……殴りたい…殴ってしまいたい!


「ハハハ……。あのね…ぼく、私は便秘でも無いし、これはウン…ダンスでも無いの。ましてやウン…ねーちゃんでも無いから。分かる?」


先程の真っ赤な顔から今度は引きつった顔にみるみる七変化していく。


「ふーん。じゃあ、何て言うの、それ?何かの体操?空手?」


…あ…聞いちゃった?聞いちゃったの?

仕方ないなぁ…いいか、少年よ…聞いて驚くな…


「フフフ…それじゃあ、特別に教えてあげよう。これは……」


…………。


……あれ?何だっけ?


「…えっと……」


あ!


よく考えたらまだ何て言う武術なのか成瀬さんから聞いてなかった…


「…………なあ、やっぱウンコダンスなんだろ?別に恥ずかしくねえから気にすんなよ、ウンコねーちゃん。」


くっ!反論出来ない…。


「ぼ、ぼく、そのウン…ってのやめてくれるかな?私にはちゃんとした名前が……」


「おいウンコ!さっきからぼくぼくって!俺は、ぼくって名前じゃない!達貴って名前がちゃんとあるんだよ!ガキ扱いすんなよなー。」


ガキ扱いって…充分ガキンチョだろうが!

それに…お、お、お前が……お前が言うなぁぁ……!

クソ、なんて理不尽なんだ!それに、もうウンコになってるし!


「そ、それじゃ達貴君、お姉ちゃんもね、ちゃんと里山樹って名前があるの。決してウン…じゃないから。」

相手はまだまだ子供だ。ここは寛大な心で大人って奴を見せつける必要がある。


「ふーん。

じゃあ、あそこまで競争して俺に勝ったらちゃんとその名前を言ってやってもいいよ。」


腰にあったサッカーボールを2回程地面に着いてから、少年は50m位先にある大きなクスノキを指差して言った。

この位の年頃になると突拍子も無い事を平気で言うもんだ。


「ハハ…。ごめんね。お姉さん忙しいから、また今度遊ぼうね。」

…と、苦笑いを少年に向けた後、そそくさとベンチにあるリュックを持って帰り支度をする。


早くこの場から立ち去らねば。




「…ウンコ。」



…ピクッ。




「…ウンコッコ。」



…ピクッピクッ。



「…………。」



…………。




「……ウン…」


「ーーいいだろう!その勝負受けて立つ!」


もう頭に来た!そっちがその気なら桜木高校に名を馳せた、このスプリンターの実力見せてやる!


「おっ!ウンコねーちゃん自信ありそうじゃん。言っとくけどさ、俺は速いぞ〜。それにお前、運痴っぽいから勝てないと思うけどなー。ハハハッ!」


あぁ!もうこの際、ウンチだろーがウンコだろーがどっちでもいい!今はただこの生意気なガキを叩きのめすべし!


「じゃあ、この線から向こうの木までな。スタートの合図は俺が出すから。」

そう言って少年はつま先で地面に線を引く。


「分かった。でもお姉ちゃんも言っとくけど、こう見えても足が速いから。負けたからって泣かないでね。」

軽く準備運動の真似事をしながら、ちょっと大人気無いかなと思いつつも、やっぱり全力で行く事に決めた。


「おいウンコ、早くそこに並んで。」


…って人の話、全然聞いてないし!


「じゃ、俺が負けたらちゃんと名前を言う。逆に俺が勝ったらウンコが俺の子分になるって事で。」


「は?」


ちょっと待て。名前を言う言わないはどーでもいいけど、その後の子分ってなんだ!子分って!


「よーい、スタート!」


「え?」


うそ!なんちゅう姑息なガキだー!


物の見事に不意を突かれてスタートダッシュで遅れをとってしまった。しかも、自分で合図を出しときながらフライング気味で達貴はスタートしていた。

慌てて彼を追い掛けるが、彼の背中は数メートル先を走っている。



少女は少年を追い掛ける。


目指すクスノキまでは、あと3分の2程度はあるだろうか。少年は一生懸命にクスノキ目指して走るが、彼が公言していた"足が速い"と言うのには少々疑問が残る走りっぷりだ。それに少年は同じ位の男の子と比べると小柄な印象が残る。そんな小柄な体で一生懸命に走る姿は、先程の憎まれ口とは違い可愛いさが見え隠れする。


「…ハッ…ハッ…ハッ…ハッ…」


……なんだよ…大した事ないな…ハァハァ…やっぱりガキンチョだな…

…でも、今日は…やけに体が重いな…この前の短距離走はもっと軽やかだったのに…おかしいな…ハァハァ…

でも…そろそろ本気出さないとヤバいかも。

…よし、ここから巻き返す!


…………


…………


…………



「ハァハァハァハァ…」


「ゼェゼェゼェゼエ…」


ゴールであるクスノキの下で少年は地面に座り込んで、少女は両膝に手を付けて下を向いている。二人共全力疾走した為か、体が酸素を欲し、呼吸が間に合わない状態で喋る事も出来ない。

合図をした訳では無いが、自然に紅潮したお互いの顔を見合わせる。


「フフ…」

少年と顔を見合わせていたら、自然と少女の口から軽い笑い声が漏れていた。


「へへ…」

その少女の笑みを少年がどの様に捉えたのか分からないが、それに呼応するように少年も軽く笑い声を返した。


「ハァハァ…なかなか速かったね、ぼく…。」


「ぼくじゃないって……言ってるだろ…!」

達貴は走ったばかりの真っ赤な顔で、乱れた呼吸の間に強気な言葉を返す。少女もまた乱れた呼吸を整える為に空を見上げて大袈裟な深呼吸をした。


…フゥ。しかし、何でだろ?…今日は調子が悪かったのかなぁ…。この前の短距離走の時は何処までも跳ねて行けそうな程身体が軽かったのに、今日はあの時と違ってとても動きが鈍かった気がする……何でだろ?



「なあ、俺の勝ち…だよな?」

達貴は呼吸も落ち着いて、喋る余裕が出来たのか、自分の顔を指差しながら半信半疑な表情を浮かべて聞いてきた。


「そうだね。とても速かったよ、達貴君。」

少年の勝利を讃える様に微笑んだら、彼の疑問は解消したのか小さくガッツポーズを造り無邪気に喜んでいる。


…まぁ、いっか。

それにこれだけ喜ばれるのも悪い気はしないし。



「達貴ーーっ!」


ふと遠くの方で少年の名前を呼ぶ声がした。


達貴もそれに気が付いた様子で、キョロキョロと辺りを見回してから、声の主を見つけたのかそちらの方をジッと見ている。

その達貴が見つめている方へと目線を差し向けると、少年と同じ年頃の女の子が達貴のサッカーボールを抱えながら大きな声で達貴を家に帰るように促していた。そして、こちらに気が付いたのか、ちょこんと会釈をするのだった。


「もしかしてお姉ちゃん?」

その女の子に会釈を返した後、横で座っている達貴に聞いてみた。


「一応ね。ほんと、口うるさくて困るんだ。…じゃあ俺帰るから。」


先程まで呼吸を乱して座り込んでいたのに、それを忘れたかの様にサッと立ち上がるとお尻の葉っぱを手で払いながら言った。

そして呼んでいる女の子の元へと駆け出したかと思えば、何を思い出したのか突然立ち止まった。


「あ!なあ、さっきのさぁ…。ほら…あれ……俺が、その……勝ったら…てさ…」

何故か下を向いたままモジモジしている。


…………。


…あ、もしかして、最初から友達になりたくて……。

もしそうだとしたら…そういう素直になれない気持ち…良く分かるなぁ。俺も小さい頃そうだったし…


「…今度は勝つからね、親分。」


そう言うと少年はこっちを向いてニッコリと笑うと女の子の待つ所へ駆け出して行った。



「…さてと、こっちも帰ろうかな。」

ベンチに置いてあったリュックを取りに歩き出したら、大きくて人懐っこい声が背中越しにまた聞こえてきた。


「樹ーーっ!!

また明日も来るんだろーー?」


その達貴の問いに2、3度頷いたら彼は元気良く手を振って帰って行った。




…そう言えば、希が言ってたっけなぁ。

あなたは良い事も悪い事も惹きつけてしまうって。


達貴はどっちなんだろ…



厄介事じゃなければ…いいけど…。



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