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接木の花  作者: のら
一章
20/35

19. 理由



昼休みの終了のチャイムが鳴り、殆どの生徒達は教室に入った為か、辺りは生徒も疎らだ。

そんな中を慌てて三階から二階へと階段を足早に降りてくる。


ヤバいヤバい、遅くなっちゃった。

でも…3-Aの先輩方は優しくて、なにか温かいものを心に感じたなぁ…。

行って良かった。希には感謝だなー。


「…よっと!」


残り二段の階段を飛び越えて踊り場に着地する。ヒラリと舞ったチェックのスカートが、まだ落ち着く暇も無いまま再び教室へと急ぐ。


もうじき2-Aの教室という所で、教師が手前の入口から教室に入ろうとしていたところだった。


「…良かった、間に合った!」


もう片方の奥側の戸からこっそり入ってコソコソと自分の席に着くと、委員長の希が先生に向かい号令を掛ける。


「起立、…礼」


ふぅ、ギリギリセーフ…。


ふと、隣を見ると武が何か声を出さずに喋っている。


えっと…大、丈、夫、?


少し微笑んで指でオッケーのサインを作る。

武も微笑んで頷いた。このクラスでのこういう交流があまりなかったのでちょっと嬉しい。



それから授業が半分くらい過ぎた頃に後ろから紙くずが飛んできた。

小さく折り畳んだ紙には小さく文字が書いてあった。


[さっきはありがと 助かった]


坂井君かぁ…へぇ、嬉しいな。

ではノートの切れ端を破いて早速お返事を、と…


[どういたしまして、

お役に立てて良かったです。]


これを後ろの席に回した。

するとまた紙くずが飛んできた。


[実は今、消しゴム無くてピンチ]


プッ!

笑いそうになった。

それならと思い、消しゴムを半分にちぎってニッコリマークを書いて後ろに渡す。

後ろの席から小さい声で、サンキュー…って聞こえてきた。

その応えとして左の脇からオッケーのサインを送る。


なんだか楽しいな…。

こういうの久しぶり。

思えば浩介の時は友達と言う友達はあまりいなかったからなー。


そうそう、友達と言えば……幼馴染の良樹と真人は元気でやってるかなぁ…。

良樹は東京の大学へ行ったって聞いたけど、真人の奴はあれから話を聞かないな。…あいつは女性に対して惚れっぽい癖に口下手だから、肝心な時にいつも失敗してたんだよな…。

まあ、俺も人の事は何も言えないけど…。


…そうだ!

今は女なんだから、真人の女性口下手対策として俺が練習台になってあげられるかも…。

うーん、なんて友達想いの良い奴なんだ俺って。でも、あいつの事だからきっと顔を真っ赤にしながらオドオドするだろうな……ププッ。


思わず一人笑いをしてしまい、慌てて隠すように顔を窓の外へ向けた。

グラウンドでは授業でサッカーをしている生徒達が声を上げながら楽しそうに汗を流している。


でもほんと今日はとても充実していたな…。

いつもこうであれば良いのに…。


そういえばあの時…成瀬さんにドキッとしたけど、まさかね…。





そして、その日の放課後…。



「希、今日は時間ある?」


放課後になると、希はさっさと教室を出て行ってしまう。せっかちな希らしいと言えば否定は出来ないけれど、今までゆっくりと身支度を整えてから教室を出て行く希の姿を見た事がない。何か特別に急ぐ理由があるのだろうか?

そんな謎の多い少女に今日こそは声を掛ける事が出来た。


「大丈夫よ。どうしたの?」


希の席は教壇に近い一番前の席だ。その希の右隣にある男子の席を勝手に拝借して、希を呼び止めてまで話したかった今日の昼の出来事を事細かく話した。

話しているうちに気が付けば教室にはもう誰も残ってはおらず、二人の話し声だけが教室で響いている。


「ヘェ〜。あのお兄ぃがねぇ。いつもは、おお…とか、ああ…しか言わないのに、どういう風の吹きまわしかしら?」

希は感心しつつも納得いかない様子だ。


「でもね、希のお兄さんには本当に感謝してる。それとお弁当持たせてきっかけを作ってくれた希にもね。」

これから少しづつ良い方向へと変えて行こうと、心に決めた事が、こんなにも早く、そして成瀬さんのクラスの先輩方にも良い形として変わりつつある…そんなきっかけを作ってくれた希に本当に感謝していた。


「フフ、私はそんなつもりじゃなかったけどね。」

と、軽く微笑んだまま何故か希はそのまま目線を外さずこちらをジッと見て何かを考えている。


希の視線の先にいる少女は、何故見つめられているのか分からずキョトンとした顔で首を傾げ、サラリとした髪を右肩に寄せた。


「…樹ってさ、人の視線をよく感じたりしない?例えば…街を歩いてたり、学校の廊下を歩いてたり…とか。」

希は先程のイタズラっぽい笑みは消えて、今は真面目な表情で質問を投げ掛けてきた。


「え?…う〜ん、あまり意識した事は無いけど…。

でも、そう言われれば学校とかでよく視線を感じたりするかな。でも、あれは例の噂を知ってる人が私を好奇の目で見るからだと思っているけど?」


確かに教室、廊下に限らず、不意に視線を感じて振り向いたら目が合った…なんて事はよくあった。


「そうね、それもあるかも知れない。でも私が思うには、それだけじゃないと思うの。」

希の視線は相変わらずこっちを見つめたままだ。


「それだけじゃない……って?」


「その様子じゃ気付いてない様だけど……、樹ってね、なんて言うのかな…とても魅せられるのよ。

あなたって本当に綺麗だと思う。だけど、それだけじゃなくて、樹には人を惹きつける力…みたいなものがあると思うの。

だから、通りすがりにあなたを見てしまう。あなたについ目が行ってしまう…って感じ。

気付いてないと思うけど、樹を見てる男子って傍から見るとけっこういるのよ。時には女子にだって見られてるの知ってた?

確かに例の噂が原因であなたを見てるのかも知れないけど、私が知る限りでは、あなたを憧れの目で見る子が殆どよ。」


…えっ?


「でもね、良いように聞こえるけど、……悪い面もあると思うの。

それは同時に諸刃の剣でもあって、悪い人も悪い事も惹きつけてしまう気がするの…。


あなたは私に構わないでって思っても、周りがあなたに寄って来てしまうと思う…良い事も悪い事もね。

だから例の噂の事についてもそう…。

私が思うには、あれは女の嫉妬が絡んでると思うわ。

…まあ、単なる私の予想だけど。」


「で、でもさ、周りを惹きつけると言ってもこのクラスには希と武と、あと最近では坂井君ぐらいしかまだ話した事がないし…」


「それはやっぱり樹の言う噂が影響してるわね。…無理もないか、人が亡くなっているんですもの。その疑いが樹にかかってると思えばみんなも自然と距離を置いちゃうかもね。」


「…うん、まあ確かに…そうかも…」


少し落胆の表情を浮かべていると、希が両手を横に振りながら慌てて否定する様に言葉を掛けてくる。


「も、もちろん、私はそんな根も葉もない噂なんか信じてないからね!

…あっ!

それと、もしかしたら…」


希は何かに気付いた様に声を発した後、すかさず誰も居ないかキョロキョロしながら辺りを確認する。そして、少し声のトーンを抑えながら小声で話し始めた。


「もしかしたら…加納明里…かも。

彼女は理由は分からないんだけど、樹の事をあまりよく思ってないみたい。

でね、その加納明里は1コ上の須藤和哉って最悪な男とよくツルんでいるの。学校じゃ有名よ。

だから、もしかしたらその須藤和哉の影響で、加納明里がよく思っていない相手は、みんな必然的に距離を置いちゃうのかも。」



……加納明里。


あの更衣室の一件と言い、この前の授業と言い、何故か樹に対して敵対心を持っている彼女。今は特に接触しては来ないけど、でもいつ彼女が因縁つけて来るとも限らない。


そう言えば、自己紹介の時に武と握手をしようとしたら、武が周囲を気にして手を引っ込めた事があったけど……もしかしたら武が気にした相手は加納明里だったのかも知れない。



「でもさ、希はこうして私に話してくれてる…。」


「ああ…うん。…それはね、お兄ぃがいるお陰なのよ。

実は須藤和哉はお兄ぃを一目置いてるみたい。敵対はしてるけどね。

だから、その影響もあって加納明里も私にはあまり言ってこないわ。」


「あっ!それじゃ、あの街で助けてくれた時も…?」


「江之内充の一件ね。あの時も厳密には私が助けた訳ではないわ。…あれも、お兄ぃの影響よ。江之内充も兄貴と距離を置いてるわ。一触即発の状態だけどね。」


「…なるほど。」


…そうか、だから、あの時街で江之内充は面倒くさいって、言ってたのか…

それにしても、成瀬さんって何てすごい人なんだろ……!


そう言えば…須藤…和哉…?

須藤って何処かで聞いた事がある名前だ………誰だっけかな…?


…あっ!そうそう、思い出した!

武を公園のトイレの横で恐喝してた男だ。

あの時その男に見つかって…。確か一緒にいた男が須藤って言ってた…!


「あのね、希。私、その須藤って男にも会った事がある。危なくキスされそうになった。」


「…そうかもね。去年の話だけど、私が教室に向かう途中で、須藤があなたに言い寄っているのを何度か見かけた事があったわ。」


そう言い終わると希は目線を外し顎に手を当てて何か考え込んでる。


「……樹にも教えといた方がいいわね。」


希が頭で考えていた答えが出たのかボソボソッと独り言を呟いた後、神妙な面持ちでこっちを向いた。


「それじゃ、ちょっと聞いて。簡単に説明するから。

この学校はね、三つ巴になってるの。その代表みたいなのがさっき出てきた須藤和哉、江之内充、そしてうちの兄貴、成瀬隼人のこの三人。」

ここで一呼吸入れた後、膝にあった両手を机の上で組み直し、希がまた話し始める。


「…えっと、まずは須藤和哉ね。

彼は喧嘩に自信があり、かなり強いって話よ。何かあればすぐ暴力で解決しようとするタイプ。だから他の生徒達は、彼を恐れているの。それと須藤を中心に人数ははっきりと分からないけど仲間がいるわ。その中に須藤和哉の参謀役として古賀篤って男がいるの。こっちは須藤とは違い、頭が切れると言うかズル賢いみたい。須藤とはとても仲が良いそうで、二人でこのグループを仕切っているみたいね。」


「…………。」

…って事は、須藤に言い寄られた時に隣に居たのが……古賀篤かな?


「次に江之内充。

彼は江之内病院の御曹子でこの学校に寄付するくらい家が金持ち。だから、学校も彼に対して何も言えない。それに甘んじて裏でやりたい放題って話だけどね。

あと、前にも言ったけどあのルックスの良さで彼のファンクラブがある程。

実は本当に面倒なのはその彼のファン達かもね。もしかしたら一番怖いのかも…。


あと彼は非常にプライドが高くて常に周りにチヤホヤされていたいお坊っちゃんタイプよ。関係無いけど私は本当に大嫌いな男なの。」


「よ、よく、知ってるね。…」


「お兄ぃのそばにいれば、嫌でも情報は流れてくるわよ。

それとお兄ぃね。まあ、これは話さなくてもいいか…。

とりあえずこの3人の三つ巴がこの学校では火花を散らしているの。まあ、お兄ぃはあまり相手にしてないけどね。

…でもね、安心して。この3人は今、三年だから来年になればみんな居なくなるわ。今年一年の辛抱よ。」


そう言いながらも希の顔が少し不安そうだ…。

希の言いたい事はわかる。

俺も希の話を聞いているとこのまま平穏無事に一年が過ぎるとは思えない…。


「えっと、じゃあ、私はどうすれば?」

自分の顔に指を指しながら希に答えを求める。


「簡単よ、あなたは動かなくていい。できれば、目立たず静かにしていて。

この前の街での江之内と言い、さっきの話の須藤と言い、この三つ巴の二人が……いえ、うちのお兄ぃも入れれば三人か…。兎に角この三つ巴が樹に絡んで来ているとなれば、何となく樹が動けば一波乱ある様な気がするの。

例えば、爆発物の近くで着かないライターを一懸命擦ってる様な…そんな不安があるわ。」


……着かないライターって……俺の事…だよね…。

…ハハハ…な、なんかトラブルメーカーみたいだな……。

でも、やっと見てるだけじゃダメだって、少しづつ変えて行こうって決めたばかりなのに…いきなりこれか。…ハァァ。


…でも、ここは大人しく希に従おう。


「…うん。分かった、そうするね。

でもさ!一箇所だけ行きたい所があるんだよね。希…よかったら一緒に来てくれないかな?」


「いいけど、どこ?」


「…えっと…月島遥が落ちた場所…。」


「…………今は無理ね。」


「え?なんで?」


「だってその場所は旧校舎なの。

今は鍵が掛かって入れないのよ。」


「あ……そっか。」


少しでも事故の真相と噂の関連を知りたくて、その場所へ行きたかった。ひょっとしたら何か分かるかもしれないと思っていたのに。


「でもね、来週の月曜日ならいいわよ。」


「え?月曜日?」


「そう、月曜日。だって6時限目は部活動の日よ。文化部は旧校舎でしょ?」


「そういえば!」

それに樹は写真部だ。


「ところで希は何部なの?」


「私?私は美術部よ。」



その後、希と月曜日の6時限目が終わったら写真部の廊下で待ち合わせって事になった。

とりあえず希の言うように月曜日まで大人しくしていよう…。




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