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接木の花  作者: のら
一章
19/35

18. 3-A


「婆ちゃん、朝早くにごめん。今日から朝練が始まっちゃってさぁ。」

と朝食をホッペに頬張りながらモゴモゴと喋る。

「それはいいんだけど…もう少しゆっくり食べたら?」

と婆ちゃん。


何となく、実は稽古をつけて貰うんです、とは言えなかった。

でも婆ちゃんには改めて言うつもりだった。


「それじゃ、いってきまーす。」


「気を付けてね、いってらっしゃい!」


「…でも、写真部って運動部じゃないわよね…。あの格好で朝練って、何をやるのかしら…?」




とりあえずジャージ姿で家を出る。

ふと、着替えは…と思ったが、ふれあい公園のトイレは管理が行き届いていて、比較的キレイだからそこで制服に着替える事にした。


「ハァハァ…。」

まだ45分かぁ…ちょっと早過ぎたかな。

ウォーミングアップの為に軽く走ってきたら早く着いちゃったな…


「なんだジャージか。」


「わあ!…びっくりした!

成瀬さん、お早うございま…ん?ジャージじゃ、まずかったですか?」


「いや、悪くはない。…半分期待していたが。」


「えっ?何を?」


「い、いや…こっちの話だ。」



まずは身体を慣らす為に、成瀬さんの家で代々受け継がれてきた準備体操とでも言うのか、見たことのない体操をした事によって体がほぐれ身体がポカポカとしてきた。


次に柔軟体操で体を柔らかくしていく。

浩介の時の身体の硬さをイメージしていた為か、樹の身体の柔らかさには驚いた。もしこれが浩介だったら、今頃悲鳴と音をあげていただろう…。


「お前は身体が柔らかいな。その柔らかさを維持していけよ。

よし、それぐらいでいいだろう。


それでは、これから土台となる大事な基本を教えていくが、その前に幾つか言っておく事がある。」


「はい。」


「一つは疑問は持つなと言う事だ。全てを受け入れろ。」


「…え?」


「え?じゃない。そこは、はい…だ。」


「は、はい!」


「よし。良い返事だ。

俺も教えると決めた以上真剣に教えるつもりだ。だからお前も頭を空っぽにして全て吸収していけ。」


「分かりました!」


「いいか、何でもそうだが最初から出来る奴なんていない。コツコツと積み上げるからこそ、身に付ける事が出来るんだ。そこに疑問や迷いはいらない。

では、今からお前に教える事は、この武術の土台となる足の捌き方からだ。これをこれから毎日、只管に反復してもらう事になる。辛くなると思うが頑張れよ。」


「はい!よろしくお願いします!」


「よし。では始めようか。」





…それから、学校へ間に合うか間に合わないかのギリギリまで稽古をつけて貰った。

何かに夢中になると時間はあっという間に過ぎて行く。


「そろそろだな…」

成瀬さんが手首にはめた時計を見てボソッと呟いた。


「では、今からジョギングだ。」

と言いながら、ガサゴソと自分の荷物から出した制服に着替え始めた。


成瀬さんの言っている事とやっている事に今ひとつピンと来なかった為に、ボーッと佇んでいたら、


「何してる?お前も早くしないと遅刻するぞ?じゃ、俺は先に行ってるから。」

それだけ言い残して成瀬さんはその場で手早く着替えて走って行ってしまった。


「………え?………………うそ…」


それからと言うとトイレで慌てて制服に着替えてから学校までダッシュしたが……


結局学校には間に合わなかった。


「……ハァハァ…。

こ、これも稽古…?」


校門で生活指導の先生にお説教を有難く頂戴したが、常連ではないし、初めてだったって事で今回だけは見逃してくれた。



「…フゥ。」


教室に着くとまだ担任が来て居なかったので自分の席でホッと一息ついていると、希がこっちを向いてニコッと微笑んだ。


始めはその希の笑顔が、慌てて教室に入ってきたから、その姿が可笑しかったのかな?…と思っていたけど、昼食の時間に希の笑顔の理由が分かった。



「朝はお疲れ様。はい、これ。」


希は昼食の時間になると、いつもなら一目散に教室から出ていくのに、今日はいつもと違いチャイムが鳴ってから早々に俺の席にやって来て唐突にバックを渡してきた。



「…何これ?」


「あら、昼もやるんでしょ?稽古。」


「えっ?稽古って…何で知ってるの?」


「あたり前じゃない、妹なんだもの。」


「へっ…?」


「あら、知らなかったの?成瀬隼人は私の兄よ。…もう、いつもお兄ぃにお弁当持って行くの大変だったんだから。それじゃ樹、後はよろしくね。

…あ、そうそう、お兄ぃの教室は3ーAよ。」

いかにも、やっと楽ができる…みたいな大きな伸びをして希は自分の席に戻っていった。


「は…?」

イマイチこの展開が飲み込めてなかった。






「…おっかしいなぁ…成瀬さん、昼も来いって言ってたっけかなぁ…。」


…とブツブツと呟きながら三階にある3-Aの教室を探していた。


「…えっと、3-A、3-Aと。

あった、あれだ。」

何となくドキドキしながら、入口からそおっと頭一つだけ出して教室を覗き込む。


見た感じ、二年生のクラスより三年生はどことなく大人びて見える。

教室の入口から辺りをキョロキョロしながら成瀬さんの姿を捜していると、唐突に頭の後ろ辺りから低い声がした。


「何か!?」


ーーガサッ!


イレギュラーな所から声がしたので、ビックリして思わずお弁当の入ったバックを落としてしまった。


「おっと!悪かったね!ビックリさせた?

…あれ?そのバックは…と言う事は成瀬だね!」


思わずコクンコクンと頷く。


「おいっ!!成瀬ー!!可愛い彼女がお前のエサを持ってやって来たぞー!!」


そう彼が言った途端何やら教室が騒がしかったらしいが、こっちは耳元で彼が大きな声を出したので耳がキーン…としていてよく分からなかった。


「なんでお前が?…希は?」

突然、当の本人は気まずそうに現れた。


「いや、あの、渡すように言われて…。」


「ふーん。ま、いいや。サンキュー。」

と言ってバックを取って部屋に戻ろうとする。


「あっ…!」


実は、もしかしてお昼も稽古するのかなぁと思って一応自分のお弁当もバックに入れてあった。


「…何?」


「いや……あの、私のお弁当が…」


「入ってんの?」


「…はい。」


「ふむ。なるほどなるほど!そう言う事か!じゃあ、二人共入った入った!」

と、さっきの声の大きい人が俺と成瀬さんの背中を押す。


「おい、なるほどなるほどじゃねぇ!違う!」

と成瀬さんが弁解しながらも、その声の大きい人に背中を押されて、成瀬さんは自分の席に座らされ、俺はその向かい合わせで座らされた。



…えっと、困ったな…


なすがままに座らされてはいるが…ただ、教室内の注目を集めるのには充分だ。


「さあ、どうぞ!」


「大石、あのな…」


「しっかし、世の中不公平だよな!いつもは希ちゃんが弁当持ってきて今日は彼女かよ!

何でお前ばっかりこんなに可愛い子に囲まれるんだ?」


この声が大きい人は大石って言うらしい。

声だけではなく背も大きい。色黒で体格もガッチリしている体育会系だ。


「いや、だからな、違う…」


「あら、誰?成瀬君の彼女?」

振り向くと、今度は大人っぽくて綺麗な黒髪が肩まである女子と言うより女性って感じがする綺麗な人が立っていた。


「おう、里美!良い所に来た!実はな、彼女、成瀬の彼女で……、

えっと、名前何て言ったっけ?」


「あ、里山…樹です。」


「そうそう!里山樹さんだ!

ん……里山樹?

…ああ!あの例の噂の!

名前は聞いた事があったけど、まさか、こんな可愛いとはなぁ!」


ーーバシッ!


そこで里美と言う人に彼は頭をひっぱたかれる。

一方、教室内ではその名前を聞いてザワザワとし始めていた。

俺は何を言っていいのか分からなくて、俯いてしまった。


「おい、大石!」

成瀬さんの怒号が飛ぶ。


「ああ、すまん!悪かった!」

大石さんが一生懸命に頭を下げる。


その姿がなんだか申し訳なくて、大石さんの肩に手を置いて、

「あ、あの、大丈夫ですから、気にしないで下さい。」

と言って微笑んだ。


「あっ…」

彼はそう言うとこっちを見つめてキョトンとしていた。


「悪い、こいつ思った事をすぐ口にしちゃうもんだから。

それと大石。俺はこいつと知り合ってまだ今日で二日目だ。」


「…はっ?おい!成瀬、それは本当か?」


「ん?…あ、ああ、嘘は言ってないつもりだが?」


「…そうかそうか、それならいいんだ!

いやぁ、樹ちゃんと知り合ってまだ二日目?そうか、そうか。」


「お前…大丈夫か?」


「大丈夫に決まってるだろ!なあ、里美!」


「なんで私に振るのよ。」


「はは…」

またしても展開を飲み込めていなかった。




「あ!そういえば自己紹介がまだだっけな!

俺は大石登。バレー部主将だ。今度見に来てくれ!」と右手を差し出す。


「あ、はい!よろしくお願いします。」

と言って差し出した手に握手をする。


「あ、じゃあ、私も自己紹介するね。

石崎里美よ、私は女子テニス部の部長してるの。よろしくね。」

今度はウインクしてきた。


「はい!宜しくお願いします。」

と同じくウインクする……訳にもいかないので軽くお辞儀をする。


「ねぇ、樹ちゃん。ここにいる教室のみんなも多分気になっていると思うから思いきって聞くけど……その…噂の事なんだけどね…。」

里美先輩が自分の顎に手をあてて真剣に聞いてきた。


「あ……はい。…そうですよね…。


……あの…実は私、事故で以前の記憶を無くしているんです。

だから、噂について肯定も否定もすることは出来ません。


ただ、変な話になるのですが……時々、亡くなった彼女…つまり月島遥の事を夢で見るんです。

始めは夢で見た彼女が誰なのか分からなかったんです。だけど、何度か夢で彼女を見るうちに彼女が月島遥だって事が分かったんです。


…夢の中では彼女と、仲良く笑いあってる場面の夢や…他にも、楽しくお喋りしたり…悩みを聞いてもらったり、励ましてもらったり…。

はっきりと細かい事は覚えてはいないですけど……。

でも、彼女の存在は私の中では大きかったような気がします。」


教室内のほとんどの人達がこちらに注目していた。

だから俺は立ち上がって深々と頭を下げた。


「…先輩方、噂についてはご迷惑をお掛けしまして本当にごめんなさい…!

あの…自分自身の整理と、そして記憶が戻って真相が分かりましたら、また改めて報告させて頂きます。それまでは…それまではご迷惑をお掛けてしてしまうかも知れません。

…本当に……本当にごめんなさいっ!」

…自分自身、まだはっきりしていないので、

今はこれが精一杯。


「ふふ、樹ちゃん。

…やっぱり私にはあなたが、噂通りにその遥って子を突き落としたとはとても思えない。

それどころか、私は樹ちゃんにとっても好感が持てるわ…まだ会ったばかりだけど、私はあなたの味方になりたいわ。」

里美さんが両肩に手を添えてそう言ってくれた。


「俺もまあ…好感と言うよりも…その、

なんだ…あははは。」

大石さんのさっきまでの大きい声がやや小さい。

「あんたどうしたの?」

里美さんも変だなと思ったらしい。


「べ、別に、俺も味方だって言いたかったんだ。」

大石さんと里美さんのやりとりの横で成瀬さんが口を開いた。


「…不思議なんだよな、俺はお前に会ってまだ二日目なんだけど、昔から知っているような気がするんだ。

それに昨日、俺はお前と話していたがお前が噂のような人間にはとても思えなかった。

…例え記憶を無くしていたとしてもな。


…噂ってのはジェスチャーゲームみたいなもんだ。

最後の方では最初と違ってくる。

どうせこの噂とやらは、最初は根も葉もない事だったんだろ?

だが、そんな実態の無いもんに負けるな。

負のスパイラルを止めるんだろ?

だったら信じてるもんにはブレるな。

そうすればきっと周りが付いてくるはずさ。」

そう言って成瀬さんが優しく微笑んだ。

その微笑みに胸がドキッとした、と同時に涙が溢れ出てきた…。


「なんで?…なんで、そこまで…信じてくれるんですか…?

もしか…したら、噂が本当かも…知れな…」


「いい?樹ちゃん。

それはあなたから溢れ出た誠意なのよ。

人って、意外とその人の本質を感じ取るものなの。たぶん、ここにいる殆どの人が感じ取ったはずよ。

…あなたの誠意と、そしてあなたは白だって事。」

そう言って里美さんが両方の肩を両手でポンポンと叩く。


その時、

パチパチパチパチ…

成瀬さんが拍手をし始めた。

まるで、俺はお前の味方だって言ってるみたいに…。


そして今の事に対して賛同してくれた方が拍手をし始めた。

その拍手の輪は段々と広まり、やがて殆どの人が拍手してくれていた。

頑張れとか、応援してるぞとかの声が聞こえてくる。


まだ噂の疑惑が晴れた訳でも無いのに、俺を信じ拍手をしてくれた。

その拍手が何よりも温かかった。

感謝の気持ちを込めてもう一度深々と頭を下げる。


「よかったな…樹。」


「…はい!」

涙をこぼしながら成瀬さんに向かって微笑んだ。


「…あっ!」

突然、里美さんが大きな声を出した。

みんな、里美さんが見ている方に顔を向ける。

時計の長針はもうすぐ昼の終わりを告げようとしていた。


「おい、もう昼が終わるじゃねぇか!まだメシ食ってねえぞ!」


その成瀬さんを合図にバタバタとみんな動き出す。

そして、成瀬さんと向かい合わせで、急いで弁当を掻き込みながら、時折、目が合うと笑い合った。


弁当の中身はさっき落とした時にみんな片寄っていたけど…。





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