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接木の花  作者: のら
一章
18/35

17. 陽当たり


朝、婆ちゃんと一緒にご飯を食べていると、婆ちゃんが申し訳なさそうに話し掛けてきた。


「樹ちゃん、昨日はごめんなさいね。

お婆ちゃん、もしかしたら樹ちゃんが傷付く様な事を言ったかもしれない…ってずっと気になっちゃって。」


「ううん、そんな事ないよ。話してくれて本当に良かったって思ってる。

それに、私が勝手に聞いた事だし、少しでも記憶を取り戻したいなぁって思っただけだから。だから、何も気にしないで。」


「そう…よかった。」

そう言うと婆ちゃんは安心したかのようににっこりと微笑んだ。


でも…このままでは樹は誤解されたままだ。

どうすればいいのかな…。

とりあえず、見てるだけでは何も変わらない。少しづつだ。少しづつ何かを変えて行こう。


そう思いながら学校へと向かった。





カッカカッ…


数学の先生がチョークで黒板に数式を書き出す音が響く。比較的静かなクラスなのか雑談してる生徒もいるが大体が黒板を見てノートに写している。

俺はと言うと、授業など上の空で頬杖を突きながら何処を見るともなくボンヤリと考え事をしていた。



…お母さんのお守り…か…


樹はその大切なお守りを何処にしまったんだろ?

あの後、部屋の中を色々探したけれど、結局、何処を探しても無かったからなぁ…。


樹の部屋って、俺の部屋と違ってきちんと整理整頓してあるから、とても探し易かったんだけど……。

まあ、それでも無いとなると、樹の部屋じゃないって事かなぁ…


…………



「ーーーあっ!!」


思わず飛び出てしまった声に、教室が一瞬で静かになり、数学の先生もクラスのみんなもこっちに注目している。


「え?…里山さん、どうかしたの?」

黒板に数式を書いていた途中で固まっていた先生が戸惑った顔で尋ねてくる。


「あ……いえ、あの、何でも…無いです。すみません。」


先生は怪訝な顔をしながらも、また黒板に数式の続きを書き足していく。暫くして教室も何事も無かったかの様に、真面目に授業を取り組む者と雑談を楽しむ者の元の授業風景に戻った。


……きっと、あの時だ!

樹と出会ったあの時……そう、確か樹が海に落ちる前に……、樹は胸に添えた両手で何かを握ってた!

もしかしたら、それが…、その両手で握ってた物がお母さんが作ってくれたお守りだったんじゃないか?

いや、あの時の状況と樹の心境なら充分考え得るぞ?


もしそうだとしたら………

お母さんの形見のお守りは、海の中って事に…。



「……山さん……里山さん!」


「…え?」


「今の話、聞いてましたか?」


「え?…あ、はい。」


「聞いていたならここに来てこの問題を解いてくれる?」


「え?」


まずい!思わず返事しちゃったけど、実は何も聞いてなかった〜。

…けど、あの黒板の数式の事を言ってるんだよな?

それなら、簡単。一度高校卒業してるし復習みたいなもんだから…。


黒板の前に出て、口に握り拳を当てて一通り頭の中で計算してから黒板にスラスラ〜と数式の答えを書き出した。


「そうね……正解です。」

腕を組んで見ていた先生の一言で、クラスからオ〜と言う感嘆の声が漏れる。


「あなたって最近、外ばかり見て授業に身が入らなかったみたいだけど、やるべき事はやってるみたいでよかったわ。」

どうやら先生は気にしてくれてたみたい。


「すみません。以後気を付けます。」

…と、上っ面では反省の色を出してはいるが、内心では先程のみんなの感嘆の声が、実は嬉しかったりする。

だって今までクラスに存在して居る様な居ない様な、まるで空気みたいだった自分の存在が、注目を浴びて賞賛された……これって、物凄く嬉しい事なんだよね。


フフッ。

ま、これでもさ、有名な進学校出身なのだよ、皆さん。

…高校卒業後はグダグダで結局フリーターになっちゃったけど。


鼻高々として席に着いたら、廊下側の席で何やら鋭い視線を感じた。

さり気なくそちらの方を見てみると、ダークなオーラを身に纏ったクラスメイトがこっちを見ていた。


うわっ…この間のえっと、加納明里だ…。

調子乗んなよって言ってたっけ。

なんだか怖いな…。

彼女は樹を何でそんなに敵対視するのかな?


一応黒板は見ていたが、何と無くまだ加納明里がこっちを見て呪いでも掛けてるんじゃないかと思ったら、またしても授業に身が入らず……


「起立、…礼」


…いつの間にか授業は終わってた。




次の授業では、始業ベルが鳴って早々に先生が教室に入って来て、

「突然だが今から抜き打ちテストをする。机の上は筆記用具だけで後はしまう様に。」

もちろん、突然のテストなのでブーイングが起きたのも無理はない。

まあ、例えブーイングが起きたとしても中止になる訳でもなくて問答無用でテスト問題が配られるんだけど…。


始めの合図と共にやがて辺りは字をコツコツと書く音しかしなくなった。


それから30分位経った頃だろうか?

調子良くテストの後半辺りの問題に取り掛かっていたら後ろの席でボソッと声がした。


「あれ…?」

カチカチ…カチカチ。


「くそ、シャープペンの芯が無くなった…。」

と後ろの男子が小声で呟く。


後ろで、必死でシャープペンを振ったり叩いたりしているみたいだが、シャープペンだって意地がある。それ位では芯は生えてこないだろう。


俺は先生を伺いながら、後ろの男子にそっと芯を渡す。

彼は驚いたのか戸惑ったのか分からないが、少し間を置いてから無言で芯を受け取った。そしてまたシャープペンをカチカチさせた後、テストに取り掛かっていた。


ようやくチャイムが鳴りテストも終わって伸びをしていると…スッと机に芯の入ったケースを置く。

「あ、ありがと…。」

ボソッと横を通り抜けながら彼は呟いた。


…確か…坂井君って言ったかな?

まあ、なんか悪い人でもなさそうだな…。


でもこのクラスに来て3人目か?

会話したの。

いや、会話はしてないかな?お礼を言われただけだ。

まあ、いいか。

少しづつだ。少しづつ。



そう思いながらお昼の用意をし始めた。





昼の時間になると希は大体バックを持って教室を出て行く。


…なんでだろう?

よし、今日は探偵気分で後をつけよう。


そう思って自分の弁当を持って希の後を追う。

暫く見失わないように希を見ていたのだが、購買に行く生徒や、トイレに行く生徒が廊下に溢れて希が人に紛れてしまった。それでもなんとか後を追ったのだが、結局見失ってしまった。


「ああ!見失ったかー。…残念。」

この階段、上に行ったのかなぁ?それとも下…かな?


階段の踊り場でどっちに行ったのか分からなくなってしまった。

一息ついて、ふと窓の外を見ると旧校舎が見える。


…そういえば…旧校舎の周辺はあまり行った事がなかったっけ。ちょっと探検してみようかな…。

まあ、せっかくお弁当も持ってきてる事だし、穴場があったらそこで食べよっと。


部活で旧校舎の中には入ったが、まだその周辺は行った事がなかったので、少年心が顔を出し、持参したお弁当を片手に探検気分でワクワクし始めていた。



何処かお昼を食べるのに最適な所は無いかなと辺りを探しながらブラブラと歩いてみると、人気が無く、その場所からは、遠くで生徒の声が聞こえるものの比較的静かな場所があった。

そして、その近くにコンクリートで出来た少し横長に広がっている倉庫があった。


…お?

これは…ご飯を食べるのには中々良い立地条件だな…。

あの屋根の上なら陽当たりが良くて気持ち良さそうなんだけど…。


そんな事考えながらその倉庫の裏に回って見ると、丁度おあつらえ向きな脚立が寝かしてあった。ラッキー!と思いつつ脚立を立て掛けて屋根に登ってみると……

意外にコンクリートで出来た屋根は汚れても無く、陽当たりも最高で一目でこの場所が好きになった。



「イェス!」

思った通り陽当たり最高!そんなに汚れてないし、人があまり来ないみたいだし、

まあ、来たとしても下からじゃ上に居るって分からないしね!

子供の頃に見つけてたら秘密基地だな、こりゃ。よしよし。


良い所を見つけて上機嫌でその場に座り込んだ。

早速婆ちゃんが作ってくれたお弁当を広げて頬張り始める。


婆ちゃんのお弁当は見た目がとても地味だ。他の子のお弁当をチラッと見た事があったけど色鮮やかでとても可愛いらしいお弁当だった。


でも俺は婆ちゃんの作ってくれるお弁当が大好きだ。芋の煮っころがし、小魚の佃煮、カブのぬか漬け…どれも色目が地味だけど、何よりも婆ちゃんの気持ちが篭っている。だからそんな婆ちゃんのお弁当が大好きだ。


「ふぅ…ごちそうさま。美味しかったー。」

いやぁ、それにしても良い所見つけたなぁ。

そうだ!誰かに教えて一緒にお昼をここで食べてもいいよな。

希…は、また何処かへ行ってしまうか…。

それじゃあ武だな、今度声かけてみようかな。

あとは……

……無し、と。

…友達少ねー。


「…ま、いいや。」

とその場でゴロンと横になる。


…本っ当に綺麗な青空だなぁー。

…見ていると吸い込まれそうだよ。

あぁ、風が気持ちいい…


あまりにも心地良すぎていつの間にか、ついウトウトと寝てしまっていた。



そして…


「…クシュン」

少し風が出て来たのか、肌寒くなりクシャミで目が覚めた。


…ハッ!

「…ヤバい!爆睡してしまった!何時だ今?」

そう言いながら慌てて上半身を起こす。


「…今の授業で今日は終わりだよ。」


「うそ!やっちゃった〜!

つい気持ち良くてっさぁ、ガッツリ寝ちゃったんだよなー!」


…………


……て、誰?


声のする方へ顔を向けると、一人の男子生徒が両手を枕に仰向けに寝転がっている。


「あ、えっと…どなた?」


「それはこっちのセリフだ。ここは前から俺が寝床に使ってる所だ。」

と目を瞑ったままその男子生徒は喋る。


「あ…すみません。つい気持ち良くて…。」


「まあ、俺の所有物でもないから構わないんだが。」


「で、でも、なんか邪魔しちゃったみたい…。も、もう行くね。」


そう言ってお弁当持って立ち上がると、

「…おい。」


「は、はい?」


「今から行っても授業には間に合わんぞ?」

と言って彼が目を開けて顔をこっちに向けた時だった。


「ーーあっ!あの時の…!」

と指を指したまま少女は口をパクパクさせる。

彼の左頬に見覚えのある傷があった。


「ん?…俺を知っているのか?」


「あ、いやあの、この間…公園で、空手の型をしてた方ですよね。

…すみません!

あの時、覗いて見てました…。」


「ああ、そう言えば…。

なるほど。あの時に公園にいたストーカーか…。」

と言って彼は陽射しが眩しいのか片目を瞑り頭だけを起こした状態で話を返す。


「ち、違いますっ!

…で、でも見惚れていたのは……まあ…あの…事実ですけど…。」


「プッ!クックックッ…」

そう言うと彼は口を押さえて笑いを堪えている。


「ななな、何かっ!?」


「いや、悪い悪い。あまりにも素直だったから、つい…。」


「俺、三年の成瀬隼人。よろしく。」

彼は上半身を起こしてスッと右手を差し出した。


「あ、私…里山樹、二年生です。よろしくお願いします。成瀬先輩。」

こちらも右手を差し出し握手をする。

成瀬先輩の手は厚くてとても大きかった。


この成瀬先輩の見た感じは、背は大きめで肩幅は広く筋肉質な体型が制服の上からでも伺える。

顔は左頬の傷が印象的な為、気付かなかったが、目力がありとても男らしくて、その左頬の傷も逆に男らしさをアピールしていてとっても良く似合っている。


「先輩はやめてくれ。あまり好きじゃない。」


「え、じゃあ、成瀬さん?」


「…………。」


その時思ったんだけど、

先輩だから、さん付けで呼ぶと言う訳であって、でも浩介としては22才なのだから、ここにいる生徒はみんな年下になる訳だ。


うーん…でも不思議と自分が年上って感じにはなれないな…


「…あ、そうそう。言い忘れていたが、お前が立ち上がったあたりから、とてもいい眺めだったぞ。」


「えっ?何がですか?」


「うん。やっぱり、青空に白は良く映えるな。」


「ん?……あ!」


心地良い風が悪戯にスカートをなびかせていた。





結局、午後の授業はすっぽかしてしまった。


まあ、何と言うか、

ポカポカ陽気だったし、辺りに人も居なくて静かだったし、それに成瀬さんが言うように今さら行っても授業には間に合わないしね。

それで結局、授業の事なんて忘れて成瀬さんと色々話し込んでしまった。


どうやらこの成瀬さんは代々受け継がれた古武術の家系らしい。

いつも朝早く稽古をしてから学校に来るそうで、これは幼い頃から染み付いてる日課との事。

だから時間がある時は、この間の公園の時のように体を動かしているそうだ。


それからは、話も俺が勝手に弾ませて、あの公園で見た時は流れる様な型がキレイだったの、凄く自然体で見ている者が時間を忘れさせるだの、あの時感じた興奮をそのまま喋っていたら、いつの間にか身を乗り出して話していた。


自分が人見知りする……なんて事が考えられない程、喋りたい事が次から次へと湧き出てきた。何故こんなに夢中になって話す事が出来たのか本当に自分でも不思議だった。


そして、おもむろに立ち上がって、

「実は私も強くなりたいんだぁ…」

あの時の公園で見た型のつもりで真似てみる。


そして唐突に振り返り頭を深く下げて言った。

「成瀬さん!お願いです!

…私にも教えて下さいっ!」


「…あのなぁ…教えて下さいって…そんな簡単に出来る事じゃないんだぞ。」

成瀬さんは、再び横になり両手を枕にした格好で飽きれ気味で言った。


「でも…」


「昨日今日で出来たら苦労はしない。」


「えっ?…って事は長期で教えてくれるんですか?」


「何故そうなるんだ?嫌だ、面倒臭い。」


「お願いします!気合いなら誰にも負けません!」


「あのな、大抵の奴はみんなそう言うんだよ。だけど長続きした奴なんか極わずかだ。…悪いな。」



…ガクッ。

肩を落としながら成瀬さんの横にしゃがみ込む。

成瀬さんは相変わらず寝っ転がったままだ。



春の風が通り抜け、膝を抱えた少女の髪を柔らかく揺らしていく。


そして、しばらくの沈黙の後…。


「…私さ、昔から自分でも嫌になる程、引っ込み思案でさ…気が弱くて臆病で…

だから、みんなに色々と虐められてたんだ。

そうなるとさ、余計に臆病になって、それが原因でまた虐められて…。

結局それを繰り返し、ぐるぐる、ぐるぐると…。


いつの頃か困難からは逃げるようになっちゃってたんだよね。あれが悪いこれが悪いって自分の中で良いように言い訳ばかり言ってね。


…それで、こんな風になったのは自分の所為じゃなくて人の所為なんだって…そんな風に思ってた。」


成瀬さんの横で膝を抱えた姿勢から、今度はゴロンと大の字になって寝っ転がった。空は透き通る様に青くとても綺麗だ。

思わず両手を青空に向かって伸ばし天を仰いでみる。


「…でもね、最近やっと気付いたんだ。

本当は……本当はね、目を背けていては、この負のスパイラルは終わらない…

下ばかり見ていたら、この青空の素晴らしさも分からないって。


…成瀬さんに会ったあの公園の時は、色々あって落ち込んでいたんだけど…でもあの時、成瀬さんの姿を見て、自分も変わらなきゃダメなんだって心からそう思ったんだ。」


そして、立ち上がってスカートの埃を軽く払った。


「…よいしょっと。

あぁ、何だか話したらスッキリしたー。


…ありがとうごさいました、成瀬先輩。


ここってすごく良い所ですよねー。

……また、来ますね。」

思い切り伸びをしてニコッと微笑む。



「……おい。」


成瀬さんは急に立ち上がったかと思うと、2m以上の高さはある倉庫の屋根から躊躇せず飛び降りた。


「もし、そこからここに来れたら、朝、6時にあの公園で待つ。」



成瀬さん…


俺はニッコリと微笑むと、躊躇せずに飛んでいた……。

あの時の、海に飛び込んだあの時のように…


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