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接木の花  作者: のら
一章
17/35

16. 強さ


写真部を出る時、まだ4人は揉めてはいたが、

そんな彼らを尻目にお先に失礼させてもらった。


無事に家に着き、バックを机の上においてから、うつ伏せでベッドに倒れ込む。



…ふぅ。


……噂…か…


…て事はクラスの妙なよそよそしさは、その噂あっての事だろうか?

…そう言えば、最初に学校へ来た時に生徒がなんとなくそっけなかったし、それに冷たい視線も感じたような…。


そしてあの時、校長が言った…


[…本当に、無いのかね…?]


あの確認するような発言…。

校長は何の意味があって聞いてきたんだろう?

うーん、…分からん。


それと…月島遥。


あの教室で倒れた時に俺が見た映像は……樹の過去の記憶で間違いないな。あの時感じた心の痛みは現実があるからこその痛みだ。


あの中で月島遥は樹の事を親友って言ってた。

共に分かち合ったり、慰めあったりする掛け替えのない仲だと俺は感じた。

そんな大切な親友をどうして樹が殺す事が出来るんだ?

これはきっと何かの間違いだ。


絶対に…!



…なんとかこの疑いを晴らす事が出来ればなぁ……



「樹ちゃん、ご飯にするからおいでー。」


婆ちゃんが呼んでいたので返事をして急いで部屋着に着替える。

パタパタと食卓に行くとカレーのいい香りがしてきた。


「やった、カレー大好きなんだ!」


早る気持ちを抑えて、食器を並べたりご飯をよそったりして、ようやく婆ちゃんと一緒に手を合わせてから食べる事ができた。


婆ちゃんのカレーは最高だ。

やっぱり具は少し大きめの方が好きなんだよなー


またしても今は樹だと言う事を忘れて勢い良く食べ始めたのだが、少し経ってからハッと我に帰り、はしたないかなと気付いて改めてお淑やかに食べ始める。

チラッと婆ちゃんを見たら、いつもの様にニコニコしていた。


「樹ちゃんはカレーが好きね。具も樹ちゃん好みの大きさよ。」

一瞬、さっき心の中で思った事を婆ちゃんに悟られたかと思った。


へぇ、樹もカレーが好きだったんだ。

なんだか嬉しいな。


「…ねぇ、婆ちゃん。」


「なんだい?」


「あのさ、私って…

記憶が無くなる前…事故の前の私ってどんなだったの?」

軽い気持ちで婆ちゃんに聞いてみた。


「どうしたんだい?突然そんな事聞いてきたりして…」


「うん…別に意味は無いんだけど。

…ただ、過去を思い出すのに前の自分も知っといた方がいいのかなぁ…なんて。」


「……そう…。」

婆ちゃんはそう小さな声で呟きながら少し顔を曇らせた…。

そんな婆ちゃんの顔を見たら、なんか聞いちゃまずかったかなと自然に思えてくる。


一呼吸か二呼吸位の婆ちゃんとの少し気不味い時間が流れた後、婆ちゃんがまるで樹の過去を咀嚼する様にゆっくりと話し始めた。



「…あなたはね、強い子だった。

本当に強い子だと思ったわ…。


母一人、子一人で仲慎ましく今まで一緒に生きてきた大切な母親がいなくなって…

そして、この部屋でとっても楽しそうにお喋りをしていた仲の良かったお友達もいなくなってしまって……まだ17才と言う心が不安定な年頃なのに、あなたは気丈に振る舞いそして全てを受け止めていた……

…お婆ちゃん…そんな気がするの。」


「…………。」


婆ちゃんは顔を上げて少し微笑んだ後、過去の樹を思い出しているのだろう……まっすぐこっちを見てまた話し始めた。


「まるでね…どんなに風が強く吹き荒れても、その風を全て受け止めてる一本の樹のように…。


ただ、それがね……見ててとても痛々しかったの…


竹のようにしなって、風を受け流す事ができれば、どんなに楽かって…お婆ちゃん、ずっとそう思ってた…。」



「…だけどね…お婆ちゃんはね、知っているの。


あなたは人前では決して泣かなかったわ。

そして、泣き言もね…。お母さんのお葬式の時だって凛としていたのよ。


でもね、そのお葬式の夜、お婆ちゃん…なんか心配で樹ちゃんの部屋に行ったの。


部屋は暗かったから寝たのかなって思っていたら微かに声が聞こえたので、そっとドアの隙間から覗いたら…


月夜で少し明るい部屋の中でただ一人…

あなたは……あなたのお母さんが作ってくれたお守りを、両手でギュッと握りしめて、声を殺して泣いていたの…。」


「…お婆ちゃん、あの時、部屋に入れなかった…。

本当は……本当はね、抱きしめて、慰めてあげたかったの…。


その時にね、あぁ、この子は必死になって何かを守っているんだなって思ったの…。


だからあの時…もし部屋に入ったら、その必死になって守っているものを壊してしまいそうな…そんな気がしてね……それで、部屋に入れなかったの……。」


「…今、思うとね…あなたの強さは、その必死になって守ろうとしている何かが……あるからなのかなって…

お婆ちゃん…そう思う…。」


婆ちゃんは…涙を浮かべながら話してくれた。



…俺は暫く動けずにいた…







…強い風を受け止める一本の樹かぁ…


湯船に浸かりながら先程婆ちゃんが言ってた事を思い出していた。


…その一本の樹を支えていた何かって、いったい何だったのだろう…


湯船の縁に頭を置いて宙を見ながらぼんやりと考えていた。


そして親友である月島遥の死…


…遥…遥……あなたまで……


俺があの時見た樹の記憶の中では、樹はその遥の死をすごく悲しんでいた。だから、とても樹が遥を突き落とすとは到底考えられない。

いや、例え、親友じゃなくても、樹が人を殺すって事は考えにくいよな…

だって、母親の死で何より人の命の尊さ知っているはずだから…。


写真部の事だってそうだ。

失うものの悲しさを知っていたからこそ、樹は元居た剣道部を辞めてまで写真部に入った。

きっと何かが無くなる痛みを知っている樹だから出来た事。


しかし、ファインダーの奇跡って言う程噂が流れたのなら、樹の優しさだって伝わってもいい筈なのに…なんでだ?

人の不幸は甘い蜜…ってやつか?悪い噂ほど勝手に一人歩きする…

でも、なんだかこの噂には悪意が感じてならないな…。


当時の樹はどんな気持ちだったんだろうと思い巡っていると段々切ない気持ちになり、それを振り払うかの様に意味も無く俺は湯船の中に頭まで潜った…

湯船の中は、あの海に飛び込んだ時の様にゴポゴポと水の中特有の音がして…そして樹を助けた時の記憶が蘇えってくる…



…そう言えばあの時、樹は何故、海に落ちそうな危ない場所にいたんだ…?


…………


ーーーあ!


…まさか…自殺…?


…俺はなんて馬鹿なんだ!

そうだよ、普通に考えればあんなに風の強い日に落ちてもおかしくない場所にいる事がおかしいんだ。

…なんで今まで気付かなかったんだ?


「ーーぷはっ!…ハァハァ。」


息も続かなくなり水面から飛び出した。


…もしかして、あの時見た…私の教科書…って樹の記憶は…


……まさか!


俺は風呂から出て、急いで着替えてから樹の部屋に向かった。

部屋の中の引き出し、タンス、押入れを次々と探っていたら、少し大きめの段ボールが見つかった。

幾重にもテープで止めてある段ボールの蓋を開けてみると、そこには高校一年の時の教科書が入っていた。


そしてその中にあった一冊の教科書を手に取り、中を見てみると…


…その教科書には…


…人殺し!…ウザい!…死ね!…その他、酷い言葉が乱暴に書き殴られていた。


…やっぱり…


自分の思っていた予感が外れればいいと思っていたが、悲しくもその予感はあたってしまった。

手が震え、その教科書はポツポツと涙で濡れていく。


酷い…あまりにも酷すぎる。

なぜだ?…なぜ、こんな、こんな馬鹿げた噂を信じる事ができて、なぜ、樹を信じる事ができなかったんだ…?

なぜ、樹を助けるやつが居なかったんだ?

これじゃ、樹が…あまりにも……


俺は…声にならない声で…教科書を抱きしめて…泣いた。



そして、どのくらいそうしていたのか…

俺はそっと、教科書を段ボールに入れて、元あった押入れの中に戻した。



とても大切な人が短期間の間で二人もいなくなって、そして噂によるいじめか…


その場に寝転がり、そして天井に手をかざしてみる。

そのかざした小さな手を見ながら、

樹の事を考えていた。



……樹の…手……


…この小さく細い手で、大切なものを一生懸命に握っていたのに、少しづつ…指の隙間からこぼれていってしまったんだ…


…だから、もう疲れて…母親の所に…

…樹は自らも…もう握るのを辞めてしまったんだ…


…辛かっただろうな…



…だけど、


…もう一度、樹が大切なものを握り返す事ができるまで、


そりゃあ、頼りないだろうけどさ、

…俺が代わりに握っているから、


…だから、

だからさ、早く取りに戻って来い…



もしかしたら…

それが、俺がなぜここに存在するのかと言う疑問の答えなのかもしれない…


…その時の俺はそう思った。







夜中の部屋は静寂に包まれている。

暗くなった部屋の中で時計の針の音だけが

静寂の中で響いている。


その静寂の中で俺は夢を見ていた…



病院の独特な雰囲気のある病室の一角で

30代半ばくらいの女性がベッドの上に座り微笑んでいる。

その人はやつれてはいたものの、目を奪われてしまう程のとても綺麗な人だった。


そして、その人はとても優しい顔でそっと俺の頬に手を寄せてくる。



…樹。ごめんね。

…今度の日曜日、お母さん、家に帰れなくなっちゃった。


…本当にごめんね。


…その代わりに…ほら、お母さん…少しづつ、少しづつ作って…やっと昨日出来たの。

…受け取って。


…お守り。



…ほら…樹、泣かないで…。

…見て、このお守り……樹の笑顔なの。

…似てるでしょ?



…ねぇ、樹…知ってる?


…幸せの種ってね、笑顔なのよ。


…だから、ほら…泣かないで…


…泣かないで…笑って…


…樹………


………。




夢から醒めて目を開けると、部屋は朝が近いのかぼんやりと明るくなりつつあった。


やはり部屋は静寂に包まれている。

その中で時計の針の音だけが、相変わらずその静寂の中で響いている。


……涙…?

…泣いていたのか……


俺は身体を起こしてから、そっとカーテンを開けて窓の外をぼんやりと眺めていた。



…樹の…母親…


…泣かないで……笑って…か…


なんとなく…だけど、

…樹が必死になって守ろうとしている、大切な何かが…

…分かったような気がする…


…きっと、樹は母親の遺して言った言葉を健気にも守ろうとしていたんだ。

…母親の言葉を心から信じていたんだ。


だから、母親の葬式の時もその言葉が心にあったから泣かないで気丈に振舞っていたんだ…



…人は、たった一言でここまで強くなれるのだろうか…


…きっと、私は大丈夫だからって事、伝えたかったんだな…

掛け替えのないたった一人の母親に…。



…樹、

…俺はこれからお前に何をしてあげられるのだろうか…?

こんなにも臆病で情けなくて無力なのに、俺はいったいお前に何をしてやれる?


………。


俺はお前みたいに強くなんかない。

俺はお前みたいに強くなんかなれないよ、きっと。


今まで俺は、目の前に障害が立ち塞がれば、目をそらしてそこから逃げてきた様な男だ。


そんな奴がだぞ?

本当にお前の中で存在していいのか?

俺には無理なんじゃないのか?


…………


…………


…………あ…


…そうか…


…結局いつもこうやって逃げていたんだった……俺は…


…………。


…もう、分かってるはずなのに…


もう後戻りはできないんだよ。

もし俺がここで逃げたら、樹はどうなる?


逃げたところで良い事はあったか?



…それより、


…逃げてマイナスになるよりも僅かでいい、一歩踏み出そう。


たとえそれが不器用な一歩だとしても…

…目をそらさず足を踏み出す努力をしよう。


きっとその一歩が、何かを変えるはずだ。




外の景色を見ながら、そう心に誓った。

窓の外は、朝焼けの空が綺麗に広がっていた…





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