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接木の花  作者: のら
一章
16/35

15. 噂



その写真部のファインダーの奇跡とやらがあったのは年末も近い、年の暮れだったらしい。

…って事はその写真部に入った頃の樹は、母親を亡くしてまだ間も無い頃だったはず…。


きっと、何かが消えて無くなる事には耐えられなかったのかもしれないな…

だから剣道部を辞めてまでも写真部の存続する道を選んだ……そんな気がする。


樹の声無き声が聞こえてくるようだ…


よし!そうと分かれば樹の意思を継いで、この写真部を絶対存続させていくぞ!


ちょっと涙ぐんでいたら、部長、他3人も涙ぐんでいた。


「だから、だから僕は…僕達は、樹さんにもっと気高く自信を持っていて貰いたいんです…。」


…うんうん。わかったから…。


「みんな、ありがとう…。部長。ほら、みんなも顔上げて。涙を拭いてよ。」

つい、みんなの涙を見て俺もボロボロと涙を流す。


「さあ、みんな手を出して。」

一番最初に差し出した俺の手にみんな次々と手を重ねていく。


「いい?これからは、この5人は誰も欠けてはならない。私達は仲間であり、チームよ。みんなで一丸となって同じ道を歩んで行きましょう。」

一人一人の顔を見てにっこりと微笑む。

みんな顔を紅くしながらも微笑み返してくれた。

これがスポ根ドラマなら今頃スタッフロールが流れる頃だ。


「樹さん!…俺、あんな噂信じないですから!ずっと、樹さんの味方ですから!」


今まで無口だった二年生の竹内が突然感極まって気になるセリフを吐き出した。

一瞬の沈黙が走った後、みんなが一斉に竹内を押さえ込んだ。


「あはは、嫌だなぁ、何言ってるのかな、こいつ…。」

と部長が苦笑いをしながら顔が引きつっていた。


……え?どういう事?

……噂?


「…部長、噂って何ですか?」


「いや、…あの、あはは…。」


「私の……事ですか?」


「いや、僕も、よく分からないんだけどね…。」


「教えて下さい。」


「いやぁ…ははは…」


「部長…今一緒に頑張ろうって……言ったのに。」

少し悲しそう顔をして俯くと、部長が慌てた様子で近寄ってきた。


「…わ、わかりました。僕の聞いてる範囲でお話します。

……でも、樹さん、あくまでも噂ですからね。」


「はい。お願いします。」



部長はメガネを掛け直してからポツポツと話し始めた。


「樹さんは記憶を無くしているから覚えてないでしょうけど、実は樹さんがこの写真部にくるのは今日で2回目なんです…。

先程、話したファインダーの奇跡の後、初めてこの写真部に来てくれたのが去年終わり頃。

そして今日…。」


「あ、そうだったんだ。でも、やけに初日と今日じゃ間が空いてるけど…?

…それが噂と何か関係があるんですか?」


「いや、…あまり関係ないかもしれないですが…。あの…実は、来れなかったのかなと思って。」


…うーん、回りくどいな…。


「…部長、大丈夫です。はっきり言って下さい。」


ちょっと口調を強めて部長に言ったら、

部長はさらに慌てて噂の核心を単刀直入に言った。


「あ…は、はい、あの、人が死んだんです。」


「…えっ?」


「……あの…人が死んだんです。」


「あれは…年が明けて冬休みも終わった一月の半ばの頃でした。

…ある女子生徒がこの旧校舎の三階の窓から転落死したんです。」

部長はこちらに目線を合わせず下を向いたまま淡々と話を続ける。


「それで…ですね…自殺を疑ったらしいんですが……、遺書も無く、自殺らしい形跡も無くて…。なによりも、明るく活発な子だったみたいだから、自殺する動機が見当たらないらしいです。


それじゃ転落した原因は何か……ってなった時に…


…あの……あの…ですね、


…ただ一つだけ……床に…ですね…」


ここで部長は一呼吸置き、下を向きながらもチラッ、チラッと目だけでこちらの様子を伺いながら、やがてまたポツポツと話し出した。


「…その……樹さんの物と思われるキーホルダーが落ちていたそうなんです。」


………!?


「それで…あの…そんな現場の状況なんて分かる人なんて限られている筈なのに、それなのに樹さんが殺したって言う根も葉もない噂が、瞬く間に学校中に広がって……中には、樹さんが突き落としたのを見たって言う人まで現れてしまって……」



………え…!


…そんな…!


…そんな…それじゃ…それじゃ樹は……


…そんなバカな…!



「…まさ…か…そんな……!」


…違う!命の尊さを知っている…樹がそんな事す…る訳が…な…


…………


…なんだ…ろう…急に…気分が悪くなって…きた…

…うぅ…フラフラする…


「い、樹さん?だ、大丈夫ですか?顔が…顔が真っ青ですよ!」


部長から噂の話を聞き始めた時からなんだか意識が朦朧とし始めていたが、今ではかろうじて机の端に掴まり立っているのがやっとだった。


「…部長…、な…まえ…は?…そのこ…の」


「え、えっと、確か…当時一年生の月島…遥だったかな?

…でも!でもですね!僕は、僕達は…いつ………を……………」




そして、目の前が真っ暗になった。




…月島…遥…?


……はる…か…!?


……………


…………


………



自分が今、寝ているのかそれとも起きているのかが分からない状態の中で、何かの映像が脳に送られてくる。その映像は、まるで霞がかかっている様な映像でとても薄ぼやけていた。



…やがて、その霞も徐々に消えていき、何処か見慣れた景色が浮かび上がる様に鮮明になって見えてきた。



…ここは……教室…?

でも今の教室とは違っているような……


段々とクリアーになってきた視界から感じ取れるものは、最近、行き慣れ始めた学校の教室だと言う事。しかし、教室は教室でも、今の2-Aの教室とはまた違う別の雰囲気の教室だった。そしてその教室の中では樹と同じ年頃の女の子がこちらに向かって親し気に話し掛けていたところだった。


…………えっと…

…樹の…友達…かな?

…あれ?この子は……見覚えがある……


…誰だっけかな………


ーーあ!


そうだ、今朝の夢に出てきた子と似ている…!

いや、この頬っぺたのエクボ……間違いない!

夢に出てきた彼女だ…!



…………


……樹っ!一緒にご飯食べよっ!今日はね、自分で作ってきたんだー!へへっ……


…………


……うわっ!さっすがは樹だね!私なんかさ〜全然ダメだったよ〜。この問題なんかさー、難しすぎ……


…………


……ねぇねぇ、あの先輩ってさ、カッコよくない?ねぇねぇ、樹はどう……


…………



一つ一つ掻い摘んで頭に流れ込んでくる映像は、過去の樹の記憶なのだろうか?


だとすると、今朝見た夢もただの夢なんかじゃなく、やっぱり樹の過去の記憶だったのかもしれない。

樹にとってこの少女は、今朝見た夢の時と同様に、とても大切な存在だと感じた。何故なら映像と共に送られて来る感情が、この少女と一緒にいる事がとても楽しいと言う気持ちで溢れていたからだ。


…………


……へ〜、このお守り、お母さんが作ったんだ…。あっ!裏に"いつき"って書いてある。お母さん、早く良くなるといいね……


…………


……ねぇ…樹……どうしたの?何でも話して…。…………もしかして……お母さんの……容態が……


…………


……樹……私が…ずっと、ずぅぅっと、そばにいるから……


…………



次に感じた感情は引き裂かれる様な辛く悲しい感情だった。掛け替えのない大切な母親が遠くへ行ってしまう…。そんな容赦ない現実に唯一無二の親友の存在が心の支えだったのかもしれない。



…………


…見て見て、ほら、あの人よ。あの人が里山樹って子だって。あの人が月島遥って子を突き落としたみたいよ……


…………


…おいおい、知ってるか?あの落とされた月島遥って子とあいつってスゲぇ仲良かったんだって…


…………


…ほら、だってあの子ってさ、気が強そうだし、あんまり笑わないしさぁ、なんかいかにもって感じがするよね…


…………



…遥…遥!……あなたまで……!!


…私が……私が…いけないんだ……


…………



……私の……教科書………


…………



…私の……私の…今までは……何だったの……


…………


………



そして遠くの方から段々と誰かを呼ぶ声が聞こえて来た……


…………



「…い……さ……!

……いつ……さん…!

…いつ…きさん!……樹さん!!


…あ!樹さん!気が付きましたか!?」


…あれ?……俺は…何をしてたんだっけ?…

…誰……部長?


「樹さん!大丈夫ですか!」


「あ………部長、俺は……」


「え?…俺?

…俺って……樹さん!保健室行った方がいいです!」


「……………。」


…あれ?…涙が…泣いてたのか……


眼には、いっぱいの涙が頬を伝わって落ちていた。


「……樹さん!」


俺を取り囲む様に写真部の皆が心配そうに覗き込んでいる。


…あ……みんな……!


「もう…大丈夫。ありがとう。ちょっと気分が悪くなっただけだから。」


「でも、急に倒れたんですよ!」


「あ…、部長が受け止めてくれたの?」

…だから今、部長の腕の中なのか…。


「あ、あぁ、すいません。咄嗟に、その…」

と言って部長が慌てて離れる。


「いや、部長が受け止めてくれなかったら、きっと顔面強打だったね。ありがとう。」

他3人の、部長を見る目が何気に鋭い。


「いえ、でも今日はもう帰った方がいいです。…ぼ、ぼ、僕が送りますから。」

部長が顔を赤らめながら言った。

何気に他3人の部長を見る目が一層鋭くなったような気がする。


「うん…そうだね、じゃあ…今日は帰るね…。」


「それじゃ、僕も行きますよ、心配だし。」

中村くんが席を立つ。

「俺だって送りたい!」

「みんなずるいぞ!じゃあ俺も!」


「あ、ありがとう、みんな。心配してくれて。ても本当にもう大丈夫だから。一人で帰れるから心配しないで。」


終いには神輿みたく、担がれそうだ。

しかし、そうは言ったものの部長達4人はまだ歪み合っている。若干、彼らの主旨が変わっているような気がしたが、まあ、仲が良いと言う事でそっとしといてあげよう。


まあ、実際はまた倒れる不安もあったけど、今は独りになりたい。

独りになって落ち着いて考えたい。


噂の事、月島遥の事…



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