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接木の花  作者: のら
一章
13/35

12. 街デビュー


やっぱりここに来て良かった。

今まで見えなかった事、気付かなかった事をたくさん知る事ができた。

本当にここに来て良かったと思う。



「あっ、そうだった。これ、一緒に食べようと思って商店街のケーキ屋さんで買ってきたんだった。」

と言って手土産に買った箱の中身を見せる。


「えー!うそぉ!私の大好きなモンブランちゃん!やほーい!」

と無邪気に喜んでいたのでつい、


「あぁ、でも夜は太る原因になるからやめといた方がいいかもな。」


「何言ってるの?特別よ、今日は。

と、く、べ、つ。」

…と、ペロッと舌を出しながら美琴の目はもうすでにケーキに釘付けだった。



「ねぇ、明日、街に遊びに行かない?兄妹水入らずで。」

モンブランを頬張りながら美琴が言う。


「街か。いいけど、お前ジーンズみたいの持ってるか?まだ女の格好で街デビューは心の準備が出来てないしな。」


「あ、それなら大丈夫よ。私に任せておいて。」

一抹の不安があるが、まあ、自信たっぷりに言う美琴に任せる事にした。



そしてその夜、俺は久しぶりに自分の部屋で寝れる喜びに浸っていた。


「ただいまー。」

思わず枕を抱き締める。何だかベッドが暖かく迎えてくれてる様だ。まだこの部屋から離れてたいして時間が経っていないけど、もう随分月日が経った様な気がする。


何にも変わってないなぁ、この部屋。

…あの仕事がクビになった日から何にも。朝出て行った時のまんまだ。

この部屋でこうしてベッドに寝ていると今までの事は全部夢だったんじゃないかって思えてくる…


すると、コンコンとノックする音がする。

「どうぞ。」

ちょこんと美琴がドアから顔を出してからそそくさと部屋に入ってきて、


「お兄ちゃん寒くない?」


「そうだな、今日はちょっと冷えるな。」


「私もそう思った。…よいしょ。」

と言ってベッドに入ってくる。


「自分のベッドがあるだろ!」

すかさず照れ隠しで美琴に背中を向ける。


「えー、別に女同志だからいいじゃん。」


「そりゃそうだけど…」


「妹を悲しませた罰。」


「うっ…」

そう言われると身も蓋もない。


「なんて、うっそー。えい!」

と突然、美琴が背中越しに胸を触ってくる。


「はうっ!」


「こ、これは!この手に伝わる程良い手触りと優しく包み込むこのぬくもり…そして、無いと見せかけておいて実は手に余る形のいいおっぱい……こ、これはまさに極上の逸品だ!」


…分かった、分かったから!


「ふふ…ところでさ、さっきお兄ちゃんが料理してた時、鼻歌歌ってたでしょ?

あの時なんだか、本当にお兄ちゃんと一緒にいるみたいで嬉しかったんだよね…。

料理する時はよく鼻歌歌ってたもんね、お兄ちゃん。」


「そう言えば、そうだったかな?」


すると突然、美琴がギュッと背中を抱きしめてきた。


「それとね、あのさ…お兄ちゃん。」

俺の右腕をさすりながら美琴が話しかけてくる。


「今は樹ちゃんの体だから右腕の肘の所に火傷の傷は無いけど……でも、あの時は庇ってくれて本当にありがとう。それと、ここに火傷の跡を付けちゃってごめんね。」


「ん?…ああ、その事か…大丈夫だよ、全然気にしてないし。寧ろお前を守れた勲章だと思ってたよ、俺は。」



俺の右腕の肘の辺りには火傷の跡があった。


その火傷は子供の頃に幼馴染の良樹と真人と美琴の4人で花火で遊んでいた時にできた火傷の跡だった。

当時、まだ低学年の美琴が、置くタイプの花火を持ちながら、私が火を付けたいと言って聞かなかったので、俺達は心配しながらも見守っていた。

おっかなびっくりで美琴が花火の導火線に着火し、急いでその場から離れる時に、何故かあった細いロープの様な物に美琴が躓いて転んでしまったのだ。そしてそのロープは運悪く花火まで回り込んでいて引っ張られた拍子に花火が美琴に向かって倒れてしまった。

俺は咄嗟に美琴を庇ったが、導火線から火が廻った花火は勢いよく火花を噴出し、美琴を庇った右腕に火傷を負ってしまったと言う経緯だった。


「本当はずっと謝りたかったんだ……でも中々素直になれなかったの……。


あの時……

あの病院の霊安室で…もう冷たくなっていたお兄ちゃんの…火傷の跡を見て心から後悔したの。

…………。


もう、あんな想いは絶対に嫌…。

だから、これからは照れ臭くても素直になろうと…思う。」


「………。」


「……でも、不思議だね。お兄ちゃんが、例え樹ちゃんの体であったとしても、本当にお兄ちゃんがここに居るんだって、すごーく感じるの。

…ふふ、見た目じゃないんだねー。」


俺の背中越しから回していた美琴の腕にギュッと力が入る。

「…あったかーい。

あぁ、なんかこうしているとすっごく安心するなー…。」


「…美琴……。」


そりゃそうだよな、婆ちゃんと母さんが居なくなって、親父は海外に単身赴任、そして俺まで居なくなってたんだよな。


本当に寂しかったんだ…。だから…。


逆の立場だったら俺もそうだったかもな。

もちろん、逆と言っても美琴が男になってたら抱きつきはしないけど。


気が付くと美琴はもう静かに寝息を立てていた。

振り返り無防備な美琴の頭を優しく撫でてやる。



美琴のいい香りがした。







そして、次の日…




「お前に任せた俺がバカだった!」


「えー、なんでぇ。ステキよ、とっても。」


「脚丸出しのミニスカートじゃん!これ!」


「じゃあ、こっち。」


「デニムの短パンじゃん!どっちも丸出しだぞ!」


「ねぇ!なんか、他に言い方ないの?丸出し丸出しって。お兄ちゃんは、脚が細くてとっても綺麗なんだから、隠しておくのはもったいないの!」


「でも制服でも、膝くらいか…あっても膝上5cmぐらいだぞ!」


「あら、それもそのくらいよ。」


「えっ?…でもこの端の方が透けてるぞ?」


「もう、男でしょ?そのくらいガタガタ言わないの!」


「ちょっとまて、男だからこの格好が……」


「そうだ!お兄ちゃん、ちょっとこっち来て!」


「聞けよっ!」



結局、終始美琴ペースだった。


なんだかんだで化粧もされたが、それだけは頼んで軽めにしてもらった。

でも実際のところ、鏡を見て驚いた。

元々樹は化粧などしなくても充分に可愛いが、しかしこんなにも、美人と言うか可愛いと言うか…女の子は化粧でこんなに変わるものなのか?


「どう、お兄ちゃん?素敵でしょ?

美琴スペシャルよ。」


……言ってる意味はよく分からなかったが、でも、さすがは美琴だ。


「なーんてね、素材が凄く良かったの。」


なんと言うか…まあ、満更でもないし、これで街デビューしてみてもいいかな…。



街、と言っても大都会ではないけど、そこそこ人も多いし賑やかで俺は気に入ってる。

今日は日曜日で人通りも多い。一区間では歩行者天国にもなる。

美琴とは特に何かをするっていう目的もなかったけど、俺達は歩きながら街を楽しんでいた。


「そうそう、ちょっと街外れだけど、いい服の店があるんだ、行ってみようよ?」


「あ、あぁ、いいよ。」


正直、女の買い物は長いから苦手なんだよな…。



その店は少し人通りが少ない路地の向こう側にあるらしい。

しかし、俺が意識してるのか、さっきからなんか人の視線が気になるんだよなぁ。


「どうしたの?お兄ちゃん。」

「いや、何でもない…。」


美琴が頭を傾げながら、くりっとした目でこちらを見る。


…それにしても美琴のやつ、こんなに可愛いかったっけ?

ちょっと見なかっただけでこんなにも変わるものなのか?


…ハッ!

もしかしてさっきから気になった視線はこいつを見る野郎どもの視線か?

う〜ん、男として分からんでもないが、…兄として守らねば!


「あ!あそこだ、ほら、お兄ちゃんこっちこっち。」


美琴が俺の手を引き小走りになったところで、突然出て来た2人組の男達に軽くぶつかった。


「あ、すみません…」


「痛てっ。

おい、痛えじゃねえか。」

ちょっと強面の同じ年くらいの男が大袈裟に痛がる。


「おっと、大丈夫か、ケンジ。

…ん?

な〜んだ、けっこう良いセン行ってるじゃねえか。ヘェ〜。」


強面の男の隣にいたもう一人の男が美琴を値踏みしてから言い放つ。

その男に視線を向けると、その男はケンジと呼ばれた強面の男とは対象的に、スラッと背が高く、それに見合った甘いマスクのかなりの二枚目だった。

まさに女性を目で殺すと言う事が出来るのは、目の前にいるこう言った男なんだろうと、そう思わされる程の抜群に良いルックスの持ち主だった。


「おい、姉ちゃん。あんたがぶつけた右腕が凄く痛えんだけどよ。どうしてくれんの?もちろん、それなりの介抱はしてくれんだろうな?」

今度は強面の男が美琴に対して凄んできた。


…こ、これは新手のナンパか?いや、荒手のナンパだ!

ヤ、ヤバい、心臓がバックンバックンしている!でも、兄として美琴を守らねば!

ああ!足が…足がフリーズしているー!動けー!


「悪いけど軽くぶつかった程度で痛がる男には興味はないの。ナンパなら間に合ってるわ。」


うわっ!美琴のやつなんて事を!火に油を注ぎやがった!こういう時は穏便に済ますのが一番なのに!


「ぶつかってきたのはそっちだろうが!」


ハハ…おっしゃる通りです…だから、落ち着い…


「だから、ちゃんと謝ったでしょ?」


美琴…さん?


「んだとぉ!」


ど、どうしよ…


「まあ落ち着け、ケンジ。

あんたも機嫌直してさ、ほら、あの店で何か奢るから。」


軟派の方が強面の男をなだめてからニヒルな微笑みを浮かべて言ってきた。


「いえ、結構です。…あのさ、あなた、とってもかっこ良いけど、女の子なら誰でもあなたの微笑みに釣られると思ったら大間違いよ。ぶつかった事は謝るけど、ナンパだったらお断り。それに奢られるんだったら、そっとして貰った方がよっぽど助かるわ。」


そう言われた軟派な男は、額にある青筋をピクピクさせていた。


「行こ!お兄ちゃん。」


美琴が啖呵を切ってその男の横を通り抜けようと動き出した時、軟派な男が先程の明るい声とは打って変わって低い声でその動きを制止する。


「……おい。大人しく下手に出てりゃ調子くれやがって。よくまあ、俺にそんな口の利き方が出来たもんだよな。…姉ちゃん、どうやらあんたには教育が必要みたいだ。」






……俺は嫌な予感がした…思いっきり…。




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