09. 放課後
放課後、ぼんやりと学校の敷地内を歩いていた。
ぼんやりと歩いていた目的は、半分はまだよく分かっていない学校の中を見学する為、もう半分は、これまたよく分かっていない希と言う謎の人物を探していたからだ。
帰りのHRが終わって希に聞きたい事があったから声をかける為に急いで自分の帰り支度を整えたのだが、振り向いた時には既に彼女はいなかった。
もう…そんな気忙しい彼女に対して驚きはしない。
……するもんか。
それでも、もしかしたら希が何処かの部活にいるのかも?…と思いながら学校内を見学しながらブラブラと歩いていたと言う訳だ。
何しろ樹の友達は誰だか分からないわ、クラスの人達は余所余所しいわで樹って人物のヒントを誰もくれない。
唯一希だけが樹を知るチャンスだったのに、動きを止めると死んでしまうマグロのように慌ただしい。
「…フゥ。希いないなー。あれだけ気忙しい希だから絶対運動部にいると思ったけど、これじゃ居そうも無いな。」
ちょっと疲れたので、もう一度フゥと一息ついてベンチに腰掛けた。
暫くぼんやりしながら頭上に広がる青い空とゆっくりと流れる白い雲を眺めていたら…
向こうの方から手を振りながら近付いてくる男子がいる。
「おいっ!こっち!こっち!」
…えっ?誰?俺…かな?
同じクラスの男子じゃない……な。
あっ、そっか、もしかしたら樹の友達の人かも知れないな。
知らん顔したら失礼だよな?
よ、よし、と、とりあえず、手を振り返してみよう。
…………
…………
…………
……やべ、違った。
俺じゃなかった。背後にいた男子だった。
後ろにいるなら、居るって言えよ!
でも、上げた手は恥ずかしかったので下げれず、いかにも誰かが向こうにいるような素振りをしてそちらに走って行く。
「ハァァ…。何やってんだろ。
…もういいや。もう帰ろう。別に今日でなくてもいいし。」
…と半分すねて小石を蹴飛ばしていたら、そこへコロコロとボールが転がってきた。
野球の硬式ボールだ。
それを拾い上げて転がってきた方へと投げ返そうとしたら見覚えのある男子がいた……。
ユニフォームを来た武がちょこんとそこに立って居た。
「あれ…武?
…ヘェ〜、野球部だったんだぁ。」
「あ!あ…、は、はい。」
向こうも少し驚いてる。
「よし!それじゃあ!おれの…いや、私の魔球を受けてみよ!」
と、ふざけながらも大袈裟に振りかぶって武にボールを投げた。
ーーシュッ。
ボコッ…。
ボールは武のお腹に見事に命中した。
「…へっ?」
……なんで?
そんなに早く投げてないし野球部なら簡単に取れると思ったんだけど。
「わっ、わっ!ごめんっ!武、大丈夫?」
慌てて武に近寄ると…。
「だ、大丈夫…です。
…ですが…あ、あの、あまり振りかぶらない方が…。」
「えっ?」
「いや、あの…その、ス、ス、スカートが…。」
武の声が段々と小さくなっていく。
「え?…スカート?」
あっ!しまった。パンツか…。この程度で見えてしまうんだなぁ。
俺的には、別に減るもんでも無いし一向に構わないんだけど…やっぱり樹の体だし、ここは自重しないとな…。これから気を付けよ。
「あぁ、パンツが見えた?
でも、そんな事より大丈夫だった?」
「あ…ハイ。すいません。」
「なんかごめんね。」
近くに転がっていたボールを武のグローブに入れる。
「おい!タケシッー!何やってんだ貴様ー!こっちに来いー!」
多分、先輩達だろうと思われる方々の怒号が武に対して響く。
「あ、はい!」
武は俺に向かって一礼すると急いで先輩の元へ走っていった。
「…………。」
…あ、なんか余計な事をしちゃった?
…………
あ〜あ、怒られちゃってる。
そりゃそうか、みんな一生懸命練習してるだもんな。ふざけちゃって失礼だったよな…反省。
これ以上ここにいて火種を増やさないようにこの場からそそくさと退散する事にした…。
「…てめー、バカヤロー!何であんなに……何であんなに可愛い子と羨ましいことしてんだ!武のくせに!俺なんかな!俺なんか……クソォッ!お前が女とイチャつくのは10年早えんだよ!」
少し離れた所でもう一度武の方を振り返るとやっぱり怒られてはいたが、なんだか嬉しそうだったので少し安心して学校を出た。
学校の帰り道、商店街で明日持っていくお供え物と手土産を買った。
二年前に死んだ母さんや昔亡くなった婆ちゃんに供えるつもりで買ったが、…よく考えると自分にもって事になるな。
そう思うと気が重くなる…
フゥ…。
…深く考えても今の状況は変わらない。
切り替えて行こう…。
そう考えていても、いざ自分の遺影を見た時にどうなってしまうのか、そんな不安でいっぱいだった。
その夜なかなか寝付きが悪かったが、
そんな事など関係なく次の日の朝は来る。
婆ちゃんに、そんなズボンはやめなさい、もっとシャンとした格好をして行きなさい…と言われスカートを勧められたけれど、休みの日ぐらいは馴染み深いジーパンでいたかった。
でも、タンスに綺麗にしまわれている樹の私服を見てみると、スカートなどの女の子らしい服はあまり無く、基本的にジーパンなどのズボン系が多くてシャツや上着などもあまり飾り気が無いシンプルな服が目立った。
だから、俺としては非常に選びやすくて助かったんだけど、結局俺が選んだ服はオール却下で、婆ちゃんのコーディネートで行く事になった。
婆ちゃんが選んだのは、タンスの奥にあったあまり着てない感じのとても清楚な白色の膝下くらいまでのワンピース。そして控えめの薄い青色の上着だった。
正直、中身は男だから女性の服を着るにはとても抵抗があるが、でも鏡を見ればちゃんとした女の子である。結局のところ気の持ちようって事だ。
婆ちゃんにはくれぐれも先方には失礼の無いようにねと念を押されたが、うーん…それは保障出来ないかも。
だって、俺が生まれ育った家だし、今はあるかどうか分からないが、俺の部屋だって在るし。
散々、だらしない俺のオーラが染み付いた家だ。正直、何が起こるか分からない。
当たり前だが家の場所はよく知っている。愛車だった原付で行けば10分で着くくらいの距離だが………免許がない。
バスで行こうか迷ったが、大して距離はないだろうと簡単に考えて、早速元我が家に向かってテクテクと歩きだした。
…10分歩いて気が付いた。
原付はなんて便利な乗り物なんだと。
如何に歩き慣れて無いかを思い知らされるな。
あぁ、まだまだ行く先は遠く感じる…。
それはそうと、手土産は大丈夫かな?…一応保冷剤を入れてきたけど。
川沿いの堤防の道を歩く。堤防と川の間にはスポーツ広場があって、少年達が野球をしている。遊歩道では、ジョギングしてる人もいる。
堤防沿いには縦長の三角形をした、ふれあい公園と言う広い公園もあって芝広場に桜が列に植わっていた。
「…もうそろそろ桜も終わりか。」
風が吹くたびにハラハラと花びらが散る。
今まで桜なんて気にもしなかった。
桜の花が散ってる事さえ気付きもしなかっただろう。
ただ、訪れる季節に暑いだの寒いだの言ってた様な気がする。
…こうして歩いて初めて気付く事ってたくさんあるんだなぁ。
今振り返ればあの時の浩介は腐ってばかりいた様な…そんな気がする。
ああ言われたからつまらない。
相手がこういう態度だったから面白くない。
結局、そんな事を思うって事は、自分からの視点だけしか見えてないし、なぜそうなるのかを考えずにいるから視野がとても狭かったのかも…。
だからこの道を何回も通ったとしても、野球少年や芝広場の桜の木だって、あの時の浩介では気付かなかっただろう。
樹って言う視線に変わった事で、こうして道の際に咲く花だって、今では気付く事ができる。
あの頃の俺は何をしたかったのかなぁ…
嫌だから逃げて、逃げるから嫌になって…
それを自分でなく周りのせいにして。
そして自分を正当化して…。
結局、自分で自分を縛り、視野を狭くしてたのかなぁ。
もっと、心に余裕があれば良かったんだよな。
こうして桜の終わりを知る余裕も、道端に咲く花に気付く余裕も…。
そうすれば色んな楽しさにもっと気付けたのかもしれない…。
…あれ?おかしいな、俺が…こんな事を思うなんて。
樹の身体だからか?
なんだかよく分からないけど…これって、いい方向に考えられるようになったって事だよな?
…樹には感謝だなー。
桜がハラハラと散る遊歩道を心地良い風が通り抜け、少女は髪をなびかせながら見慣れた道を真っ直ぐ元我が家に向かって歩いて行く。
昨日まで思い詰めていた気持ちは、心地良い風のお陰で幾分楽になった様な…そんな気がしていた…。




