たったひとつの”とりえ”
世の中にはどうにもこうにも役に立たない人間がいるものである。Mは自他ともに認める役立たず人間である。そんな彼にもたったひとつだけ”とりえ”があった。だがそれはめったに披露するものではなかった。
今日もまたMは上司に怒鳴られていた。「なんだこの書類は? 間違いだらけじゃないか! もっとテキパキと仕事をこなせないのか! 」
Mはこの上司が嫌いだ。ストレス発散のタメに自分を怒鳴っているとしか思えないからだ。
Mはしばらく考えていたが重い口を開いた。「テキパキとしたところをお見せすればいいのですか……」上司は面白いことを言うやつだと思いながら「そうだよ! テキパキと動いて見せろよ」Mは思いつめたように無言でその場を離れた。
その夜Mは自宅に戻ると白装束に着替え頭に鉢巻を巻くと”ろうそくと、カナヅチ、五寸釘、”そして”わら人形”を持ってウシミツ時にどこかに消えていった。
数日後、あの口うるさい上司が会社の屋上から飛び降り大騒ぎになった。家族の話だと最近夜中になると「胸が苦しい誰かが俺を呪っている! 」と訳のわからないことを叫んでノイローゼ気味だったらしい。
家族の負担を軽くするため”社葬”という形をとることになった。しかし出来たばかりの若い会社で社員も若くこんな時、会社としてどうしたらいいのか誰もわからなかった。
ところがそんな中、全てを仕切り”テキパキ”と動く葬儀委員長のMの姿があった。もともとMの実家は葬儀屋で普段から段取りは知っていたのだ。Mのたったひとつの”とりえ”とはこの事だったのである。仕事をしている時とは別人のようなMの働きで通夜も済み葬儀は無事終了した。
Mは葬儀場の一番後ろから祭壇の上司の写真を見つめ「”テキパキ”とした所をあなたに直接お見せできなくて実に残念です」と心の中で上司に語りかけた。だがその口元は不自然に微笑んでいた。