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犯人追跡行

 けいこがみかを案内してきたのは、さっき石の山が消えた場所からそう遠くない場所であった。

「ほら、これ見て」

 足を止めたけいこがそこで指さしたものは、地面につけられた何かを引きずったような跡だった。それは中庭の中央辺りのこの場所から、校舎の向こうの角の方へ向かってまっすぐに続いている。

 みかはしゃがみこんでその跡をなでてみた。

「まだ新しいね。犯人はきっとこの向こうにいるよ!」

 それが新しいかどうかはけいこにはよく分からなかったけど、みかはそう確信しているようだった。

 二人揃って視線で跡をたどっていき、校舎の角の向こうまで目を向けて行く。

「でも、これってなんの跡なんだろうね。結構重そうだけど」

 けいこがそう思ったのはその跡が深く、しっかりと付いているからだった。そうなると犯人というのは、

「犯人は力持ちの大男かもしれないね」

「犯人は女だよ」

 けいこの言葉を遮って、きっぱりと断言するみか。

 犯人を知っているようなその口ぶりに、けいこは驚いて彼女の方を見た。みかは黙って下を向いたまま、何かを引きずったようなその跡をなでている。

 しかし、とけいこは考え直す。よく考えてみるとみかが犯人を知っているのも当然のことかもしれなかった。みかは犯人と接触しているのだから。

「みかちゃん、また犯人に襲われるかもしれないけど本当に行くの?」

 けいこは最後の確認のつもりで聞いてみた。犯人についてみかにもっと詳しいことも聞きたいところだったが、彼女をこれ以上怖がらせるのは可哀想だと思った。

 それよりも今は犯人を直接見つけてなんとかすることだ。相手を確定すれば対処のしようも何かあるだろう。

 でも、これをたどっていけば確かに犯人のもとへとたどり着けるかもしれないけれど、それには自分達が襲われるという危険性もある。今ならまだ引き返すという選択肢もある。どうすることが自分達にとって最良の選択なのだろうか。

 一度は決心したけいこだったが、みかをまた危険な目にあわせることを思うとまだ迷うものがあった。

 みかが顔を上げた。けいこの顔を正面から見つめる。その顔はお互いに真剣だった。

 みかはまたふと視線を落とす。再び何かを引きずったようなその跡をさすり、答えを口にした。

「わたし、誓ったんだ。コイさんに。仇は絶対取るって。ここから先はどんな危険が待ち構えているのか分からないけど、わたしは行く。けいこちゃんはここに残ってても良いよ。これはわたしの問題なんだし、怖い思いをすることにもなるだろうから」

 その口調は静かなものだったが、確かな決意がこめられていた。

 みかの言葉にけいこの方も覚悟を決めた。

「わたしも行くよ。みかちゃん一人だと危ないもん」

「ありがとう、けいこちゃん」

 みかはゆっくりと立ち上がり、その行く先を見つめた。

 この向こうに犯人がいる。

 みかを襲い、コイを襲った邪悪な犯人が潜んでいる。

 前途多難を予感させる道のりだったが、二人ならやれそうな気がした。


 そうして、二人は一緒にその跡をたどっていくことにした。

 何かを引きずったようなその跡は校舎の角の向こうまでまっすぐに続き、そこで曲がっている。そこまでたどりつくだけでも結構な距離があると感じられる。

 それはただ物理的な距離ではなく、心理的な距離でもあった。慎重な思いと不安が距離を遠く感じさせる。

 みかとけいこは息を呑んで決意を固めると、ゆっくりとその跡をたどっていった。

 まっすぐ。まっすぐ。ただまっすぐ歩き続ける。

 やがて、二人は校舎の角へとたどり着いた。ここまでは何事もなかった。視線でさらにその跡の行き先をたどってみる。

 跡は校舎の壁にそうようにぐるりと曲がってさらに続いていた。まだまだ先は長そうだ。もとからそうあっさり終わるとは思っていないけど。

《行くの?》

 けいこが無言で問いかける。

《もちろん》

 みかも無言でうなずきを返した。

 二人揃ってまた慎重に跡をつけていく。

 彼女達の間に言葉は無かった。二人の間に極度の疲労と緊張が張り詰めていく。

 こうして足を進めて行くごとに犯人に近づいて行く。

 石の山に何かを隠した犯人。背後からみかを襲った犯人。池を埋めた犯人。コイさんを殺した犯人。それがこの先にいるのだ。

 みかはごくりとつばを飲み込む。

 跡はまっすぐに続いている。二人はただひたすら地面を這っていくそれに神経を集中させ、歩いていく。

「みかちゃん! 危ない!」

 みかの横で不意にけいこが声を上げた。

「え?」

 みかは驚いて顔を上げた。その視界に目前に立ちはだかる大きな壁を認めた瞬間、みかはしたたかにそこに正面衝突していた。

「い~~~~~~た~~~~い~~~~~!」

 思わぬ衝撃にしゃがみこんで顔をさする。

「みかちゃん! 大丈夫?」

「大丈夫じゃないよ~。いたた」

 鼻の頭が赤くなっていた。痛かったけど、たいした怪我ではなかった。けいこはそんなみかの様子を見てクスリと笑った。

「良かった。大丈夫そうで」

「大丈夫じゃないってば。う~~。なんでこんなところに壁があるの~~!」

 二人の間に張り詰めていた緊張感が少し和らいだ感じがした。

 みかはうらめしそうに自分にぶつかった壁を見上げ、立ち上がり、蹴った。その足がスカッと空振りして、思わずバランスを崩して転びそうになる。

 あわてて近づいたけいこがみかの体を支えた。

「何? すり抜けたよ?」

 みかは信じられない物を見る目付きでその壁を上から下へと眺めていった。その視線が下の部分で静止する。

 見ると、壁の下の方に大きな穴が開いていて、跡はその向こうへと続いていた。

「犯人はここをくぐっていったのね」

 みか達は背をかがめてその穴をくぐると追跡捜査を続行した。

 跡はまだまだまっすぐまっすぐ続いている。みかとけいこはまっすぐまっすぐそれを辿って歩いていく。また角を曲がる。

 犯人の姿はまだ見えない。跡はまだまだまっすぐまっすぐ続いている。

 みか達はどこまでもそれをたどって歩いていった。


 その頃、入学式の時間が近づいてきた体育館の周りではポツポツと人々の群衆が増えつつあった。

 そこにはみかとけいこの母親の姿もあった。

 辺りは少しばかりにぎやかだ。じきにもっと大勢の人達がやってきて、もっとさわがしくなるだろう。

 みかとけいこの母親は二人して辺りをきょろきょろと見回していた。

「みかちゃん、どこ行ったのかしら。もう随分前に家を出たのに」

「けいこもなのよ。まだ早すぎるって言ったんだけど、みかちゃんも早く来るから、先に行って待ち伏せするんだとか言って」

「二人でどこかで遊んでいるのかしら?」

「きっとそうね。みかちゃんの性格ならあちこち物珍しそうに見て回ってても不思議じゃないし、けいこはしっかりしてるから時間になったらみかちゃんを引きずってでも来るわよね」

「そうね。みかも学校を見たい見たいってはしゃいでたし、子供のことは子供にまかせて、親は親同士やることをやりますか」

 そうして、みかとけいこの母親は周囲の人間に片っ端から話しかけたり、巻き込んだりしながら趣味の談笑に花を咲かせていくのだった。

 自分達の子供が今とんでもない事件に巻き込まれているなどとは知るよしもない二人だった。


 道はどんどん寂しくなっていく。

 みかとけいこはただもくもくと跡をたどって歩いていく。

 太陽はだんだんとその高度を上げていき、周囲は明るい日差しが射し込むようになってきた。

 入学式の時間が近づいてきたせいか、遠くでは人々のざわめきらしきものも聞こえ始めてきた。

「もうすぐ入学式だね」

 ポツリとけいこが呟いた。

「うん。でも、犯人をつかまえるまでは戻らないから」

「そうだね」

 そのまま会話が終了する。犯人追跡に全力を傾ける。

 もくもくと地面についた跡をたどり、歩いていく。

 そうして、どこまで行った頃だろう。

「みかちゃん!」

 不意にけいこが声を上げた。

 みかはピクッと反応すると、反射的に目をつぶって後ろに跳び下がり、地面にはいつくばって伏せた。

 静かに注意して慎重に目を開ける。何も無い。

「違うの、みかちゃん。壁じゃないの」

 地面にはいつくばったみかを見下ろして、けいこがきまり悪そうに言った。

「ふえ?」

 みかは顔を上げて、立ち上がった。けいこは話にくそうに言葉を続ける。

「このまま行くと、あの……さっき話したボロボロの今にも崩れそうな気味の悪い建物があるのよ」

「じゃあ、犯人はそこにいるの?」

「分からない」

「行ってみるしかないか」

 二人はさらに歩いていく。だが、みかは確信のような物を感じていた。犯人は間違いなくそこにいる。あの角を曲がった先、ボロボロの今にも崩れそうな気味の悪い建物と言われる場所に。

 それは宇宙人を愛し、星空に思いをはせたみかに贈られた天からの啓示だったのかもしれない。

 みかの胸が高なる。それが恐怖なのか希望なのかみかにはよく分からなかった。

 ただ、やるべきことは決まっている。

 足を前に踏み出すこと。そして、真実をこの目で確かめるのだ。

 みかとけいこは歩いていく。そして、ついに最後の角を曲がったのだった。

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