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黒い大洪水

 魔力を集中させながら、みかは静かにリヴァイアサンと対峙している。

 巻き上がる水柱はぐんぐんその勢いを増していく。来たるべき嵐の時は近い。

 降り注ぐミサイルや魔法の数々を物ともせず羽ばたいている巨竜をみかは正面から見据える。みかの胸の内に今までの数々の思いが去来していた。

「ゆうなちゃん、短い間だったけどいろいろあったよね。ダイダルウエイブをやらなきゃいけないならやればいいよ。その代わりもし止められたら・・・・・・」

 みかはそこでにっこりと微笑んだ。

「帰ってきてくださいってお願いしていい?」

「グウウ」

「ゆうなちゃんは知らないだろうけど、わたし負けず嫌いで意地っ張りなんだよ。だから、ゆうなちゃんのお願いは聞いてやらない。その代わり、わたしのお願いを聞かせてやるんだ」

「ウウウ・・・・・・ミ・・・・・・カ・・・・・・」

『愚かなことを。ダイダルウエイブを止められるものか。そこまで往生際が悪いというのならば我らの全身全霊を持って完膚無きまでに叩き潰してやるまでだ』

「それでいいよ。やりたいことがあるのなら全力でやってくればいい! その代わりやり終わったら絶対みんな仲直りだよ! さあ、来い! ダイダルウエイブ! それがゆうなちゃんの思いだって言うならわたしはなんだって受け止めてやるよ! だって大切な仲間なんだから!」

「ガアアアアアアアアアアアアアッッ!!!」

 リヴァイアサンが吠える。ゆうなは本気で来るだろう。みかも覚悟を決めている。そして、魔道士や他のみんなも、全てがこの時、この時間に結集される。

『行くぞ、平口みか。そして、この世界よ。今こそ』


 ダイダルウエイブ!


 渦巻く水柱が爆発的に膨れ上がり降り注いでくる。海が荒れ、天から降り注ぐ大洪水と合わさって全ては黒い水の中へと消え去っていく。

 洪水がみかを直撃する。あまりに激しい衝撃。受け止めようとみかは魔力を全開まで引き上げる。

 何も考えられない。とにかく強く、強く願った。

 そして、全ては真っ黒に包まれた。


 みかは感じていた。その心で。深い深い意識の底で。

 強い、大きな思いがぶつかりあい、引き裂きあい、徐々に合わさっていくのを。

 それはゆうなの心、けいこの心、魔道士達の心、母やジョーやみんなの思い、願い。

 大洪水を抜け、竜の殻を抜け、全ての中心たるゆうなに集まる様々に揺れるその深い感情達。

 その中でみかは手を差し伸べる。大切な友へと向かって。

「ゆうなちゃんのやりたいようにやればいいんだよ」

 ゆうなは弱々しく顔を上げる。まるで迷っている小鳥のようにはかなげにうずくまりながら。

「わたしには分からない」

「道に迷った時はわたし達が助けるから。わたし達友達でしょ」

「みかちゃん、みんな、良いの? 本当に」

「うん・・・・・・」

 ゆうなが手を差し上げる。みかはその手をしっかりと握って引き寄せた。

 ゆうなが笑った。

 その時、暗黒の海にはばたく浄化の大翼竜の姿は最後の咆哮をあげて消え去っていった。

 

 海は荒れ狂い続けている。

 みかの全力の魔力。どうかみんなを救って。思いをかけて魔力を振り上げる。

 地平まで広がり天まで届く淡い光のシールドが世界に崩壊と終末を呼びかける大洪水を受け止めている。みかの魔力がおさえているのだ。

 世界の滅びを阻止するために、大切な友達を助けるために、この場にダイダルウエイブを押しとどめている。

「わたしの中の魔力よ!」

 さらに包み込んでいく。魔道士の意思は驚愕に揺れていた。

『馬鹿な! 本当にダイダルウエイブを封じるつもりなのか! そんなことをすれば死んでしまうぞ!』

《それでいいのです》

『!! シャリュウ大師・・・・・・』

《みかさん、全ての魔道士を超越するあなたの力、見せてもらおうではありませんか》

『違う・・・・・・我々の魔力があんな小娘一人に負けるものか!! シャリュウ大師は我々を見てくだされているのだ!!』

 全力の力と力がぶつかっていく。


 みかの力、ダイダルウエイブの力、永遠とも思える短い時が終わった。

 全ては終わった。

 この世を滅ぼさんとする大洪水は阻止され、みかはジョーの運転するUFOの上に静かにその身を横たえていた。元の穏やかさを取り戻した星空が辺りを柔らかく照らしだし、大仕事をやり終えたみかの顔にも祝福の光を投げかけている。

 海も静けさを取り戻し、いつもの波がささやかにその音を奏でている。

 リヴァイアサンの力から解放され人の姿に戻ったゆうなは寝ているみかの側に寄り添いその肩を揺さぶった。

「みかちゃん、みかちゃん」

 呼びかける。だが、みかは起きる気配を見せない。ゆうなはぎこちない手付きでさらに自分を救ってくれた友の名を呼んだがみかは起きる気配を見せなかった。

「みかちゃん! ゆうなちゃん!」

「やったな、お前ら」

「みか!」

 そこへけいことジョーとみかの母がやってくる。星明りの下でゆうなは涙混じりの顔を上げた。

「みかちゃんが起きてくれないの」

「え?」

「きっと無理したから疲れたのよ」

 みんなが戸惑いの目で見守る前でみかの母がそっと娘に手を触れる。その顔色が不意に変わった。驚愕に目を見開いて叫ぶ。

「みかちゃん!」

「息をしてくれないの」

 ゆうなは涙を流した。

「そんな! みかちゃん! 冗談でしょ!」

 けいこが飛びついてみかの体を揺さぶる。だが、みかは反応してくれない。

「体が冷たいよ。暖めなきゃ」

「もう手遅れよ。みかは死んでしまったの」

「なんでだよ! お前が死んだらどうにもならないだろう!」

「みかちゃん! 一緒に学校行こうって約束したじゃない!」

 みんながそれぞれに嘆く向こうで、浮かんでいる黒の杖に宿る意思が言う。

『なんということだ。全身全霊をかけたダイダルウエイブを封じてしまうとは。さすがは大師様に認められた平口みかということなのか』

 みかの母は毅然として宙に浮かぶ黒の杖を見上げた。

「そんなのじゃないわよ! みかの友達を思う気持ちが奇跡を起こしたのよ! 断じて大師なんて関係ない! あなた達も目を覚まして!」

『ほざけ、わずかな時しか生きていない若輩者が。大師様が道を誤られるはずがないのだ。絶対に、絶対に』

 魔道士の意思は言い張るが、その言葉には先ほどまでの力強さはなかった。みかの母は信じられない思いだった。

「どうしてそこまであいつのことを信じるのよ? あいつはみかやゆうなちゃんをここまで苦しめた極悪人なのよ!」

『きっとあの御方には深いお考えがあるのだ。大師様は永遠の時を生きられてきた御方。その思いは誰よりも広く、大きい。それは我ら魔道士の意思をもちっぽけな物にする。宇宙の理に最も近づいた御方なのだから』

「でも、この子達の思いは分からなかったのね。心に宇宙や時間なんて関係ないのよ」

『うう・・・・・・我らはどうすればいいのですか。教えてください、シャリュウ大師』

《簡単なことだ。役目を終えた駒は消えればよい》

『え?』

 降ってくる雷が杖を直撃する。

『な、何故ですか! シャリュウ大師―――――――!!』

 杖は煙を上げながら落ちていった。

「な、なんてことを」

『くふふ、見事だったぞ。平口みか。お前は存分に俺を楽しませてくれた。後は俺が仕上げをしてやろう』

 不気味な声が辺りを震撼させる。

 周囲の空間が歪み、巨大なマントをはおった骸骨が天にその姿を現した。まるで天空から見下ろす神か悪魔のごとく揺らめきながら広がっていく。

 幻影や蜃気楼のようなどこか現実感を感じないその光景。だが、それは確かな実態を持っている。

「なんだあいつは!」

「あれがシャリュウ大師!?」

『我が元へ来い! 平口みか!』

 骸骨の奥の目が光る。

 みかの体が持ち上がっていく。天空にその姿を見せる大師の元へと見えない力で引き寄せられていく。誰もが呆然とそれを見送る。

『我が死霊術を受け入れ、蘇るのだ!!』

 大師がその巨大な白骨の両手を広げ、力を集めながらみかへ向かってかざしていく。大師の手の平から稲光にも似た紫色の光がほとばしり、みかの体を紫の輝く球体で包み込んだ。みかはやすらぎにも似た格好で眠り続けている。

「どういうことなの? 大師はみかを生き返らせてくれるの?」

 みかの母には分からなかった。ゆうなは事情を察した。

「違う。あいつはみかちゃんの魂を欲しがってるの。大師に死霊術をかけられたら永遠にあいつの支配下に置かれてしまう」

「そんな、みかちゃんを殺してまで・・・・・・あいつなんなのよ! なんなのよー!」

「させないわ、シャリュウ大師! みんなの絆をめちゃくちゃにするなんて絶対に許さない!」

 みかの母は箒に乗り天へと向かって飛び上がろうとするが、天から降ってきた黄金の雷に妨害され弾き返されてしまう。

「くっ!」

『俺の邪魔をするな』

 ちらりと一瞥して大師は再びみかに目を戻す。

「くっ、大師。みかを返して! 返せーーーーー!」

「あの娘を助けるんだ! 一斉にかかれ!」

 宇宙警察のUFOが一斉に天にその巨大な姿を現す大師に向かって飛んでいく。

 ジョーはけいこ達に指で合図した。

「俺達も行くぜ! 中に入れ!」

「うん! ゆうなちゃん、行こう」

 けいこは震えて立ちすくんでいるゆうなの肩を抱いてUFOの中に入っていく。

『邪魔なムシケラどもだな。お前達に用はないのだ』

 大師の白骨の手の平が向けられ、さらに雷が発射される。凄まじい閃光と衝撃にUFOの隊列が一斉に乱される。ただの雷ではない。計器や魔力を散らせる効果もあるようだ。

 署長は憎々しげにモニター画面の向こうに浮かぶ大師の姿を睨む。

「くそっ、絶対にあきらめるものか! 宇宙警察の威信にかけても!」

「シャリュウ! みかを離せ!」

 こちらの必死な剣幕に大師は興味を示したようだ。 

『ククク、面白い奴らよ。ここで遊ばせてみるのも悪くはあるまい。現れよ、我が忠実な下僕。セラベイク! デアモート!』

「ギュワアアアアアアアアア!!」

「ギュヲオオオオオオオオオ!!」

 大師の左右、空中に光の魔方陣が描かれ、二体の不気味なモンスターがその姿を現した。

 セラベイク。一角獣の馬のようなモンスター。

 デアモート。トカゲのごとき醜悪な体つきをしたモンスター。

 ともに蝙蝠のような羽を持ち、大師の前で道を阻むかのように飛んでいる。

『俺が術をかけ終わるまでそいつらと戯れていろ』

 二体の魔獣が飛び掛ってくる。下空に飛ぶみんなに向かって一気に降りてくる。

「なんだこいつらは!」

「ええい、一斉に攻撃だ!」

 UFOの攻撃を物ともせずひらりとかわし、セラベイクとデアモートは牙をむき、角から光を発射し、縦横無尽に駆け巡る。

 激しい攻撃、鋭いスピード、めくるめくその衝撃に宇宙警察とみかの母は近づけなくなってしまった。

「こいつら、たった二体でなんという強さなのだ」

「みか・・・・・・」

『お前らの見ている前でこいつを俺の手下にしてやるぞ。全ては俺の思い通りになるのだ。ワハハハハ!!』

「シャリュウ大師。わたし達の運命で遊んでいる」

 ゆうなは瞳を震わせてスクリーンの向こうの大師を見上げていた。

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