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クレッセント・モーメント

 今から僕の話す事は、既に終わった事。過去の話で、ある意味で僕の始まりの物語だ。物なんて何も残ってないし、むしろ全てを失ったぐらいなんだけど、まあ。

 それはそれで、僕に似合っている。

 あなたと出会えたのも何かの縁だろうし、この話が終わった後も仲良くして欲しい。

 僕は、絡竜ヴォーサイズ。彼らがそう呼んでいた。

 ……もう少し、こっちに近づいてくれないかな。




 季節は冬。草原の色はくすみ、灰色の空が世界を囲っている。僕は何でこの場所にやってきたのかは覚えていない。何でだろう。

 普段は山の方に住んでいたんだと思う。けれど現に、僕はここにいて。冬だから、食料がないから、食べ物を求めてここまでやってきたのだろうか。

 なんて、なんて。

 何で僕は自分の行動について何も把握できていないのだろう。なぜ、記憶がないのだろう。

 今もそうだ。何だか意識がぼやけている。まるで夢みたいだ。辺りはどこまでも草原。僕の後ろには小さく森が広がっているのが見えるが、そこだけが鮮やかな緑をしていた。この平野は枯れた葉っぱの色。風にさざめく孤独の音。

 僕はあの森からやってきた。そんな記憶全くないのに、なぜかそう思っていた。何でだろう。記憶喪失なのだろうか。それとも……本当に夢?


 ざぐざぐ

  ざぐざぐ


 いくつかの足音が、不意に聞こえたのはその時だったと思う。僕は振り返った。するとそこにいたのは、いくつかの人間。そのいくつかの人間は、不意に襲う事もなくただ僕をじっと見てくる。僕はただ、見下ろして見つめ返して、それだけ。

 あれ。

 なんで僕……人間の事を知っているんだろう?

 いや、普通は知っていて当然だ。そりゃあ、人間なら知っていて当然。反論なんてできないししない。だけど、僕の場合だと、むしろ異常だった。

 何でって、そりゃあ僕が人間じゃないからさ。

 僕も自分の身体に意識を注目したのは、ここに来て初めてだった。だから、今の今まで気づかなかったんだろう。極端に背が低いとも思えないその人間達をあきらかに見下ろしている自分に気づいて、そしてこの身体にも気づいた。

 見下ろしている……といっても、そこまで極端に大きいわけじゃない。人間達と比較するに、多分3mぐらいだろうか。うん、それくらいだ。


 僕はその後の記憶が少しぼやけている。とにかく、その人間について行って、村に着いたんだ。このどこまでも続く平野の中にある村。遊牧民のような人間達。うん、優しい人達だった。僕を奇異の目で見る事もなく、それでいて馴れ馴れしく接するでもなく、ただただ自然な、理想的な関係だったと思う。


 数時間で潰えた、理想。


 平和だなあ、と思っていた。僕は自分の事すらあんまりよく覚えてないし、この世の事も知っちゃいない。けれど、だからこそ平和なのかもしれない。無知という物は、案外悪くない物かもしれない。考えを巡らせながら、ただ僕はそこにゆっくりを腰を据えていただけだった、と記憶している。村の中から村の外を見ながら。村の端っこ、枯草の上。平原の真ん中、曇天の下。

 僕の後ろ、貫く殺意。


 僕のお腹を突き破って、鋭い鉄みたいな物が赤く染まりながら顔を見せた。

「やったぞ!「殺せ!「遂にこの日がきたのだ……「栄光を!「この邪神め、早くその魂を我らによこせ!「お前を殺せば1000年の平和が訪れるのだ!「飢餓を創り出しやがって!!「おい、早く2本目を突き刺せ!「その血肉を大地にぶちまけろ!「殺せ!「殺せ!!「殺せ!!!「殺せ!!!!――――――――


 そっから先は、忘れてる。ぼやけて滲んで、さ。


 気が付くと、村人のほとんどが姿を消してしまっていて。僕の身体にはいくつかの傷があって。そして……僕の“2つある”お腹がどちらも満腹を主張しているかのように膨らんでいて。

 目の前にはいくつかの人間が僕に追い詰められて、がたがた震えていて、知らなくて、知らなくてと、呟いて、泣いて、怯えて、懇願して、いた。

 嘘じゃなかったんだろう。彼らはただ、好意で、ほんの好意で僕をこの村に招待したんだろう。この村に巣食う伝えの事を知らないままに。うん、そうだ。そのはずだった。

 けど、その時の僕は、その事すら忘れてた。

 泣きそうなその人達を、僕は


 あーん


 って、泣きそうなその人達を


 ごくり


 って。

 僕のこの純白でどこにも色のない東洋の龍に似ている身体は、それも2体の龍が胴体を首から尻尾までらせん状に絡ませているかのような身体は、1本の胴体につき1本ずつの腕と足を持ち頭も1つしかないこの身体は、僕の元々1つだった身体の喉に食い込むように同化しながら巻き付いてくるもう1つの身体と一緒に、その人間を飲み込む。

 こうやって、僕はいつも人間を飲み込んでいるのかなあ、と思った。




 今僕の話した事は、既に終わった事。過去の話で、ある意味で僕の始まりの物語だ。物なんて何も残ってないし、むしろ全てを失ったぐらいなんだけど、まあ。

 それはそれで、僕に似合っている。

 あなたと出会えたのも何かの縁だろうし、この話が終わった後も仲良くして欲しい。

 僕は、絡竜ヴォーサイズ。彼らがそう呼んでいた。

 ……もう少し、こっちに近づいてくれないかな。


 闇色の夜空が世界を囲っている。ああ、記憶がかすむ。あの雲から三日月が顔を出したその時、僕はこの記憶を全部忘れてしまうんだろうな。

 そして、三日月がこの世界を照らした瞬間。

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