治療術師は必要ないと言われたので抜けました。――そのパーティが壊れた理由を、私は知っています
今の時代、AIがあるから人じゃなくてもいいやって理由で解雇が多いなあって思ってたら閃いた作品です。
「なあミラ、はっきり言うが、お前もう戦力になってないだろ」
パーティリーダーのガレスが、拠点の酒場でそう切り出した。
治療術師のミラは、エールジョッキを傾けながら片眉を上げる。
「戦闘中に回復魔法を使う機会がない、ってことですか?」
「そうだ。お前の魔法の出番なんて月に一回あるかないかだ。なのに分け前は全員同じ。おかしいと思わないか」
戦士のドルフと魔法使いのセリアも、少し気まずそうな顔をしながらも腕を組んで頷いている。三人とも、この話し合いのために事前に口裏を合わせてきたのだろう。ミラはそれをすぐに察したが、表情には出さなかった。
「確かに、最近は出番が少ないですね。悪いことじゃありません。むしろ、それだけ皆さんが安全に戦えている証拠です。、私の存在する最大の理由は『最悪の事態が起きたとき』のための保険なんですよ」
「保険、ねえ」
ガレスは鼻で笑うと、椅子の背にかけていた胸当てを持ち上げ、テーブルの上にどんと置いた。銀色に鈍く光る、精緻な意匠の施された防具だ。
「見ろ、この防具。先週手に入れたばかりの、状態異常耐性つきのミスリル装備一式だ。ドルフもセリアも、同じものを揃えてる」
ドルフが自分の胸当てを軽く叩いて見せ、セリアも杖の柄に埋め込まれた小さな青い宝石を指し示した。
「毒も麻痺も、呪いだって効かない。俺たちのレベルも上がって、多少のダメージじゃびくともしない。もしダメージ喰らっても回復薬がある。ぶっちゃけ言うが、お前がいなくても俺たちは困らないんだよ」
「その理屈は、少し危ういと思いますけど」
ミラは静かに口を挟んだ。
「知っての通り、ダンジョンは深層に潜るほど、毒や呪いといった状態異常を使ってくる敵の割合が増えていきます。浅い階層では力押しでどうにかなる敵が多いですが、十五階層を過ぎたあたりから、状態異常を絡めた搦め手を使う魔物が急激に増える。深層に行けば行くほど、未確認の魔物や新種の状態異常に遭遇する可能性も上がる。そういう時こそ——」
「またその話か」
ガレスはうんざりしたように手を振った。
「お前の言う『保険』ってやつは、結局起こらなかった根拠のない話ばかりだ。俺たちはちゃんと対策を立てて、実際にここまで無傷で来てる。実績が証明してるんだよ」
ミラはしばらく黙って、ガレスの顔を見つめていた。反論しようとすれば、いくらでも言葉は出てきた。
——だが、それを語ったところで、今のガレスたちには届かないだろうという確信もあった。
「わかりました」
ミラは小さく息を吐き、静かにジョッキを置いた。
「それなら、今日でお別れですね」
思ったよりもあっさりとした返事に、逆にガレスのほうが少し拍子抜けした顔をした。
「え、いや……そこまで言ってねえだろ。もうちょっと、なんというか、働き方の話をだな……」
「いいえ、結構です。ちょうどいい機会ですから」
ミラは席を立ち、荷物をまとめ始めた。ドルフとセリアは何か言いたそうな顔をしていたが、結局最後まで口を開かなかった。ミラは軽く一礼すると、振り返ることもなく酒場を後にした。
ミラが抜けてからも、パーティの快進撃はしばらく止まらなかった。十六階層、十七階層と、着実にダンジョンを攻略していく。純粋な戦力としては大きな変化はないように思えた。
「やっぱ身軽になってよかったな! 誰かの回復待ちで足止めされることもねえし!」
ガレスは上機嫌だった。実際、ミラがいた頃は「念のため」と多少被弾しても回復のために足を止めることが多く、それが多少のペースダウンにつながっていたのは事実だった。今はその制約がない分、進行速度は明らかに上がっていた。
とはいえ、まったくの無傷というわけにもいかない。深層に潜るほどモンスターは強くなり、ドルフの体には日に日に切り傷や打撲が増えていった。セリアの魔力も、以前より早く枯渇するようになっていた。
「まあ、これくらいはクスリでどうにかなる範囲だしな」
そう軽く受け流していたが、拠点に戻るたびに三人はどこか疲れた顔をしていた。ドルフの体には古い傷と新しい傷が重なり合い、セリアは杖を握る手が微かに震えることが増えていた。それでも「毒と麻痺さえ防げれば大丈夫」という自信だけは、不思議なほど揺らいでいなかった。むしろ、無事にダンジョンを進めているという事実そのものが、その自信をさらに強固なものにしていた。
異変が起きたのは、二十階層のボス部屋だった。
分厚い石扉を開けた瞬間、パーティの誰もが息を呑んだ。部屋の中央にうずくまっていたのは、見たこともない紫色の巨大な蛙——ギルドの資料にも記載のない未知の魔物だった。
「知らない魔物か。まあ、いつも通りいけるだろ」
ガレスは軽い調子でそう言い放った。これまでの快進撃の記憶が、初見の敵への警戒心をすっかり鈍らせていた。本来であれば、未知の魔物との遭遇時にはまず慎重に行動を観察し、攻撃の性質を見極めるべきだった。だが、ここ最近の連勝続きで、その基本的な用心深さはとうに失われていた。
「毒だ! だが耐性装備があるから――」
蛙が大きく口を開けた瞬間、ガレスの声が、途中で止まった。
蛙の口から吐き出されたのは、どろりとした紫色の煙だった。それが胸当てに触れた瞬間、ジュウ、と嫌な音がした。見る間に金属の表面が泡立ち、まるで蝋のように溶け崩れていく。
「な、なんだこれ!? 毒じゃなくて、防具そのものを溶かしてきやがる!」
耐性装備は、あくまで「体内に取り込まれる毒」に対するものだった。腐食毒蟇の煙は、装備そのものを無力化する、ミスリルすら腐らせる酸性の煙。想定していた脅威とはまったく異なる攻撃に、対応する術がなかった。
無防備になったドルフは、蛙の舌攻撃をまともに受けて弾き飛ばされた。セリアも杖を失った隙を突かれ、体勢を崩したところに一撃を浴びる。ガレス自身も、盾が半分溶けた隙を突かれ、脇腹に深い傷を負った。三人とも、立っているのがやっとという有様だった。
「くそ、撤退だ! 撤退!!」
ガレスは血の滲む脇腹を押さえながら、足元のおぼつかないドルフとセリアを支え、必死に階段まで駆け上がった。命からがら地上に戻れたのは、ほとんど奇跡に近かった。
だが、代償はあまりに大きかった。三人とも各地の教会や治療院を回ったが、完治しても以前のような実力を発揮するのは難しいと診断された。
ドルフは利き腕に力が入らなくなり、以前のように剣を振るうことが難しくなった。
セリアは呼吸器官をやられたらしく、魔法の詠唱がほぼ不可能となり、繊細な魔法制御を要する事ができなくなった。
ガレスの脇腹の古傷は、天候の悪い日になると今でも鈍く痛むという。
三人とも、以前のように前線で戦うことは、もうできなくなっていた。
その一件は、冒険者ギルドの間で「腐食毒蟇」の一件として、しばらく噂になった。ギルドの掲示板には、討伐対象として新たに追加された腐食毒蟇の情報と共に、被害を受けたパーティの詳細な掲示板に貼り出されていた。
ミラはその掲示板の前に立ち、しばらく動かずにいた。
それからすぐ、同じパーティの若い戦士が隣から覗き込んでくる。
「このパーティ、耐性装備があるからって治療術師を切ったらしいな……。それで、こんなことになったのか」
ミラは今、別のパーティに所属していた。
ガレスたちの元を去ってすぐ、腕を見込まれて声をかけられたのだ。
「彼らを追い詰めたのは、モンスターだけじゃないですよ」
ミラは静かに続けた。
「本当に彼らを蝕んでいたのは、もっと別の毒。防具じゃ絶対に防げない毒です」
「別の毒……?」
「“慢心”という名の毒です」
戦士が怪訝そうな顔をする。ミラは掲示板を見つめたまま、言葉を継いだ。
「腐食毒蟇の煙は、確かに彼らの体を傷つけました。でも、その前からずっと、慢心と軽視という毒が、彼らの判断力を蝕んでいたんです。未知の敵に対して、いつもの慎重さを失わせていた。装備さえあれば大丈夫だと、疑うことをやめさせていた。——本当に彼らを倒したのは、モンスターじゃなくて、その毒だったんだと思います」
そう言うとミラは掲示板から離れながら、小さくため息をついた。
その横顔には、かつての仲間たちへの複雑な感情が滲んでいた。
憎しみでも、同情でもない。ただ、防げたかもしれない未来への、割り切れない思いだった。




