表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界に落ちてしまった俺  作者: いしぐろ かつみ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/5

4:闇の女神?

胸の左側に、まだぼんやりとした痛みが残ってる。

刺すような鋭さじゃなくて、鈍い疼き。息をするたびに、胸が重く締めつけられる感じ。

まるで火種が心臓の奥にくすぶってるみたい。

でも……俺、目を開けた。


まだ生きてる?


息が荒い。ハアハアと、溺れかけた人間みたいに何度も繰り返す。

胸が激しく上下して、冷や汗がこめかみを伝い、顎を伝って、白い床にポタポタ落ちる。

深呼吸しようとする——鼻からゆっくり吸って、口からゆっくり吐く——けど、肺が重い。

長く死んでた心臓が、急に無理やり動かされたみたいに、不規則にドクドク鳴ってる。


目の前は……ただの白。


部屋は完全に空っぽ。

壁も床も天井も、真っ白。境界線すらない、無限に広がる白。

影も線も何もない。まるで果てしない白い紙の中に閉じ込められたみたい。

ドアも窓も、目印になるものすら一つもない。

俺一人だけが立ってる。

足元の床は冷たい……はずなのに、肌に触れる冷たさじゃない。頭の中で感じる、精神的な冷たさ。

足はもう疲れてないけど、心地いいわけでもない。

全部が……無菌すぎる。完璧すぎて、逆にゾワゾワする。


瞳がキュッと細くなる。

パニックが喉まで這い上がってきて、息が浅くなる。


「ここ……また何だよ……?」


俺、死んだよな?

さっきの小さなナイフが、心臓の左側を正確に刺した。

指の間から温かい血がどくどく溢れて、黒いTシャツを濡らして、背骨まで突き刺さるような痛み。

それからゆっくり、確実に闇が来た。

なのに今、ここにいる。

路地の地面に倒れた体も、血まみれの服もない。

ジャケットもパンツも綺麗なまま。血の匂いも土の匂いも、全部消えてる。

胸に残るのは、かすかな疼きだけ。


突然。


足音が聞こえた。


優雅で、気品があって、ゆっくり。

でもその一歩一歩が、この虚無の空間に響く。

トン……トン……トン……

ハイヒールの細い音が、どこからともなく、でも全部の方向から同時に聞こえてくる。


俺は反射的に振り向く。体がカチッと固まる。


そこに……彼女が立っていた。


背が高くて、俺と同じか少し上くらい。

肌は陶器みたいに白く、毛穴一つ見えない。

姿勢は完璧——優雅で、計算された美しさ。まるで最高の彫刻家が作った生きた彫像。

髪は長いストレート、ラベンダー色に淡い青のグラデーションが混じって、風もないのにゆっくり揺れてる。

目は……深いインディゴブルー。底なしの海みたいで、薄い霧がかかってるから、魅力的だけど……危険。

着てるのは長いドレス。濃い藍色と深い紫と純白が混ざり合った、夜の星雲みたいな複雑な模様。

布地に小さな星が淡く光ってて、まるで生きてるみたい。

袖の先は少し透けてて、完璧な肌が覗く。

近づくと、かすかなラベンダーの香りが漂う。

落ち着くはずの匂いなのに、なぜか背筋がゾクッとする。

まるで、こんな場所に咲くはずのない花の匂い。


彼女は薄く微笑む。

唇は薄いピンクで完璧に曲がってるけど、目は冷たい。

まるで高価な骨董品を値踏みしてるみたい。


「ようこそ、死後の世界へ。秀夫さん」


声は柔らかくて、優しい。

でもその奥に、毒が混じってる。

蜜のように甘いけど、飲みすぎたら死ぬ毒。

俺の名前を、まるで昔からの知り合いみたいに自然に呼ぶ。


俺はまだパニック。

心臓がバクバクして、胸から飛び出しそう。

こんな美人——突然現れて、名前を知ってて、「死後の世界」って……?


「……あんた、誰……?」


声が掠れて、ほとんど聞こえない。

喉がカラカラ。

何時間も叫んでたみたいに乾いてる。


彼女は少し首を傾げて、ラベンダーの髪が波のように揺れる。


「私はエラリア・オブスキュラ。闇の女神です」


……闇の女神?


俺、ビクッとする。

頭が一瞬で信仰に飛ぶ——俺は一神教で、唯一絶対の神を信じてる。

女神? 闇?

こんなの、ありえない。

安っぽい異世界アニメの展開そのまんま——美人女神が出てきて、チートくれて、世界に送るやつ。

でも今、俺がその主人公。

頭がぐるぐる回る:夢か? 出血多量の幻覚か? それとも本当に……?

でも光があるなら、なんで「闇」なんだよ? もっと明るい何かじゃなくて?


数秒、沈黙。

彼女は深いインディゴの目で俺をじっと見つめてる。

まるで魂の底まで見透かされてるみたい。

俺は視線を逸らして、白い床に目を落とす。

裸にされたみたいで、隠れる場所がない。


彼女は優雅に右手を上げる。

掌を俺に向ける。

顔はまだ小さな微笑み——美しいけど、氷みたいに冷たい。


突然、背後から二つの光の球が現れる。

一つは鮮やかな青、もう一つは血のような赤。

ゆっくり回りながら、紫の残光を引いて、まるで小さな惑星が軌道を描くみたい。


青いのが右へ、赤いのが左へ。


俺は凍りつく。体が動かない。


そして……二つが急に動く。

歩くんじゃなくて、磁石に引かれるように。

まっすぐ、俺の胸の中心へ。


触れた瞬間——紫の閃光が全身を包む。

青と赤が混ざって、深い紫になる。

そのまま胸に吸い込まれる——さっきナイフが刺さった場所に。

感覚が変。冷たいのに熱い。

電流が血管を駆け巡るみたいに、体がビリビリ震える。


俺、パニック。

膝がガクガクして、崩れそう。


「何だよこれ!?」


エラリアはまた小さく微笑んで、首を傾げる。

まるで可愛い子供を見るみたいに。


「それが、あなたの力ですよ……」


力?


俺、首をブンブン振る。

頭がクラクラして、白い世界がゆっくり回り始める。


「俺……ただ帰りたいだけだ……」


声が弱い。ほとんど懇願。

もう弱く見えてもいい。

この「女神」の前で。

ただ家に帰りたい。

母さんが台所で材料待ってる家。

父さんが新聞読みながら小さく頷く家。

PCが待ってる、夜通しランク上げてラーメン食う家。


突然……彼女が消えた。


ふっと。

煙が風に流されるみたいに。

星雲のドレスも、ラベンダーの香りも、一瞬で消える。

また一人、白い部屋に取り残される。


そして……


チク。チク。チク。チク。


大きな時計の音が、両耳から同時に響く。

頭の中に直接、ドクドクじゃなくて、チクタク。

まるで巨大な時計が脳みその中に設置されてるみたい。

毎回、頭がズキンと痛む。

ゆっくり、でも確実に。


俺、パニックが再燃。

周りを見回すけど、白い部屋は変わらず空っぽ。

右手で胸を押さえる——傷はないのに、時計の音がどんどん速くなる。


チク。チク。チク。


目が一瞬、瞬きする。


そして、世界が変わった。


俺は戻った。


さっきの村に。


足元は柔らかい緑の草——少し湿ってて、朝露がついてる。

そよ風が頰を撫でて、土と野花の匂いが運ばれてくる。

空はまだ青くて、太陽は暖かいけどきつくない。完璧な朝。

遠くで、人々が普通に動いてる。

川でキラキラ槍で魚突いてる奴、紫に光る変な果物を売ってる市場、螺旋の角がついた牛みたいな獣で田んぼ耕してる奴。

何も変わってない。

俺が死んだことも、刺されたことも、女神に会ったことも。


俺、深く深く息を吸う。

何度も。

胸はまだ詰まるけど、痛くない。

さっきのパニックの余韻で、視界がシャープすぎる。

感覚が全部、強化されたみたい。


俺、すぐにあの狭い路地の方を見る。


……まだいる。


子供は無垢な顔で、目をうるうるさせてる。

二人の若者がまたやってる——襟首掴んで、脅して、嘲笑ってる。

セリフも同じ。「おいガキ、金出せよ!」

声がここまで聞こえて、背筋がゾワッとする。


……ループ?


それとも……時間を巻き戻した?


俺、ゴクリと唾を飲む。

左手が震えてる。

二つのビニール袋——まだ持ってる。

重さも同じ。軽く揺らすとカサカサ鳴る。

母さんの味噌の匂いが、かすかに漂う。


俺、長く息を吐く。

震える息。


苛立ち。怒り。恐怖。全部混ざって、胸に酸っぱいものが上がる。


俺、一つ決めた。


もう、あの路地には近づかない。


罠だって、一回で証明済み。

同じことで二度も死にたくない。


俺、くるっと背を向けて、市場の方へ歩き出す。

足早だけど、慌てず。

口はへの字に曲がって、眉間に皺。

心臓はまだドキドキしてるけど、足を止めたくない。

後ろを振り返らない。

あの声を聞きたくない。

あのバカな間違いを繰り返したくない。


もう死にたくない。


ここが本物の異世界なら……

あの「闇の女神」が言った「力」が、本当に俺にあるなら……


チート……あるのか?


アニメみたいに。


でも今はまず……安全な場所を探す。

食べ物、休む場所、この世界の情報。

そして一番大事なこと——誰一人、簡単に信じない。


あの美しい「闇の女神」も含めて。


俺、薄く、苦い笑みを浮かべて歩き続ける。

市場の喧騒の中に溶け込みながら。


……まあ、ゼロから始めようか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ