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異世界に落ちてしまった俺  作者: いしぐろ かつみ


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2/5

2:突然、予想外に異世界へ落ちる

二つのビニール袋が左手でぶら下がってる。

重さはそこそこ。内容物がごちゃ混ぜだから、袋が少し伸びて、軽く揺らすたびに『カサカサ』『クシャクシャ』って音がする。

片方の袋には日本らしい調味料——味噌の匂いが袋開けた瞬間からむわっと漂う味噌ペースト、小瓶の醤油、蓋にべっとり付いたみりん、かりかりの乾燥海苔、母さんが週末の味噌汁に使うだしのインスタントパック。

干し魚の出汁の匂いが薄く混じって、昼に学校で食ったパンなのに腹が少し鳴る。


もう片方の袋は……インスタント食品とお菓子、俺の好物詰め合わせ。

超激辛醤油カップ麺、ツナマヨおにぎり二個、のり塩ポテチ、ストロベリー味のポッキー、さらには冷えたブラック缶コーヒーまで。

母さん、わざと入れてくれたんだろうな……夜の宿題で眠くならないように。

……ほんと、優しいよな。こんな小さな買い物でさえ、愛情感じる。

俺、ひとりでに小さく笑ったけど、すぐに消えた。だって今、暗い道で一人だもん。


スマホをジャケットの内ポケットから引っ張り出して、時間を確認。

画面がぱっと光る:19:00ジャスト。

青白い光が、夕暮れに慣れた目に直撃して眩しい。


もう七時か。

コンビニで時間かかりすぎた。母さんの頼んだ材料、店によって在庫バラバラで。

一軒目でみりん切れ、二軒目で海苔の棚ガラ空き。結局二軒回ってやっと揃った。

マジで疲れた……足が棒みたい。早く帰って、温かい風呂入って、夕飯食って、すぐゴロ寝。ゲーム起動して……って思ってたのに。

まあ、いつものルーティンだよな。


ふう……と長く息を吐く。胸に重く溜まる感じ。

夜の空気が冷たくなってきて、吐く息が白い。

スマホをまたポケットにしまう——落とさないように気をつけて。

袋の持ち直し、破れないよう指に力を入れて、また歩き出す。

左、右、左、右。普通の歩き方。


右足を一歩、踏み出した。


……でも。


なんか、足が……

踏んだ先が、


——空っぽ。


地面がない。アスファルトがない。ただの空気。

心臓が一瞬で喉まで跳ね上がる。俺、慌てて下を見る。目を見開く。


足の下——ちょうど踏むはずの場所に、

暗い紫がかった黒い渦。真っ黒な穴がゆっくり回ってる。

縁が水面みたいに揺らゆら波打ってるけど、色が不自然。

……アニメでよく見る、あの異世界転移のポータル。

主人公がトラックに轢かれたり、神に呼ばれたりして落ちるやつ。

でもこれ? 普通の歩道で? 派手な効果音もなし、かっこいい『シュワァン!』もなし?


「え——!?」


振り向く間もなく、叫ぶ間もなく、袋を離す間もなく——

体が完全に支えを失う。


落ちた。

中へ。


一瞬で視界が真っ暗になって、紫、黒、白——色がぐるぐる渦巻いて、生きてる絵の具みたいに混ざる。

まるで巨大な洗濯機に放り込まれたみたい。でも振動はない。

体がゆっくり回転するのに……不思議と痛くない。ただ、寒い。めちゃくちゃ寒い。

顔に風がビュウビュウ当たって、骨まで凍るような冷たさ。

でも音は……変な風の唸りだけ。長いトンネルを通る風みたいな、または虚空そのものの音。


下を見ようとするけど、全部ぼやけて焦点合わない。

遠くに、白い光の点。だんだん大きくなる。

近づく。明るくなる。

眩しすぎて——


俺、右手で目をこする——左手はまだ袋をぎゅっと握ったまま——

でも光が直撃。網膜焼けるみたいに痛い。朝起きてすぐ朝日ガン見した時みたいな。


……そして。


全部、止まった。


俺、立ってる。

街の真ん中……いや、街じゃなくて村だ。

湿った土と新鮮な草の匂いが一気に鼻を突く——家の近くの排気ガスとゴミの匂いとは全然違う。

そよ風が髪を撫でて、野花と薪の煙の香りが混じる。

上を見上げると、雲一つない青空。太陽は暖かいけど、きつくない。


……ここ、どこだよ?


両手の甲で目をこすり直す。

まだ同じ。夢じゃない。手の感触も本物、風も本物、左手の袋も重いまま。


目の前に、小さな村が広がってる。

木と石の家、木の屋根——アニメの異世界でよく見るファンタジー建築。

日本封建時代じゃなくて、欧州中世っぽいのに魔法混じり。

村人たちは粗末なリネンのチュニック、厚手のウールマント、擦り切れた革ブーツで普通に動いてる。

市場で果物売ってる奴、曲がった角の牛みたいな獣に引かれた鋤で田んぼ耕してる奴、短い槍(先端がキラキラ魔法金属っぽい)で川で魚突いてる奴。

道端の小さな店に、変な文字の看板——でもなぜか読める:

『癒しの薬局&魔法薬店』


ルーンと漢字混じりみたいな文字なのに、頭が勝手に翻訳してる。

……これ、マジで異世界アニメみたいな世界だ。


俺、ゴクリと唾を飲み込む。

心臓がドクドクうるさい——怖いんじゃなくて、興奮とパニックが混ざった感じ。

好きな異世界回見た時みたいだけど、これは現実。

鳥肌立つ。


でも一番びっくりしたのは……

左手、まだ二つのビニール袋握ってる。

中身、無事。日本の調味料もインスタント食品もお菓子もそのまま。

カップ麺、さっきのコンビニの温かさがまだ少し残ってる。


右手でジャケットのポケットを探る。

スマホ、ある。

電源ボタン押すと画面つく——けど電波ゼロ、バテリー99%、時間は19:03。

落ちる前と同じ。進んでない、後ろにも行ってない。

数秒しか経ってないみたい。


……これ、本物?


周りを見回す。

村人たちが俺をジロジロ見てくる——そりゃそうだ。

黒い現代ジャケット、黒ジーンズ、ボサボサ髪、トレッキングシューズ、二つのスーパーの袋ぶら下げてる。

完全に異物。宇宙人か、異世界からの観光客みたい。


俺、小さく呟く。声が少し掠れて、自分でも変に聞こえる。


「これ……マジで本物かよ……」


袋がカサカサ鳴る。手が震えてる。

疲れた……でも眠いんじゃなくて、頭がオーバーヒートして疲れてる感じ。

急に情報処理しすぎ。


俺、正 秀夫、普通の高校3年生、オタクでゲーマー、ただ帰って夕飯食ってゲームしたかっただけなのに……


突然、異世界に落ちた?


トラックなし、神の召喚なし、「お前が選ばれた!」みたいな声なし、何もなし。

ただ、歩道で一歩踏み外しただけ。


俺、くすっと笑う——苦くて、ちょっと狂ってる笑い。

声が新鮮な空気に響く。


「マジかよ……これ、ガチ?」


空を見上げる。

青い空に、のんびり浮かぶ明るい太陽。

遠くで変な鳥が飛んでる、翼がキラキラ光ってる、多分魔法。


それから、袋に視線を落とす。

プラスチック同じ、味噌の匂い同じ。


「……母さん、材料待ってるだろうな」


また呟く。今度はもっと小さく。

風に飲み込まれそう。


……さて、どうすりゃいいんだ?

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