闇と光
闇が晴れたあとも、部屋には重い気配が残っていた。
凛は床に倒れたまま、荒い呼吸を繰り返している。
「凛!」
唯がすぐに駆け寄った。
龍の一撃をまともに受けた凛の身体は傷だらけだった。服は裂け、血も滲んでいる。
「しっかりして」
唯は凛の身体の横に膝をつき、両手を胸の上にかざす。
淡く光が集まり始める。
「回復魔法、使えるんですか……」
凛がかすれた声で言う。
「少しだけよ」
唯は小さく息を吐き、静かに言葉を紡ぐ。
「ヒール」
柔らかな光が凛の身体を包み込んだ。
温かい感覚が全身へ広がる。
折れかけていた骨の痛みが和らぎ、裂けた傷がゆっくりと塞がっていく。
呼吸が少し楽になった。
「……助かります」
「無茶しすぎよ」
唯は怒ったように言うが、その声は少し震えていた。
凛はゆっくりと身体を起こす。
完全ではないが、立てる。
その時だった。
「終わったか」
低く、冷たい声。
三人が同時に顔を上げる。
そこに立っていたのは――
闇のオーラを纏う男。
先程までそこにいたシンではない。
別の存在。
闇の使者。
ゾル。
凛はゆっくりと立ち上がり、剣を握る。
「……ゾル」
短剣の中からロギの低い声が響く。
『間違いない』
ゾルの視線がゆっくりと三人をなぞる。
まず凛を見る。
「人間にしてはよくやった」
淡々とした声。
次に唯を見る。
そして――
光を見る。
その瞬間、ゾルの動きがわずかに止まった。
「……ほう」
光の身体には、まだ薄く輝く光のオーラが残っている。
さっき龍を消し飛ばした、あの光。
ゾルの口元がわずかに歪んだ。
「その光」
静かに言う。
「面白い」
凛が一歩前に出る。
「近づくな」
ゾルの視線が凛に戻る。
「守るつもりか」
「当然だ」
凛は剣を構える。
ゾルは少しだけ笑った。
「なら試してみるか」
次の瞬間。
ゾルの姿が消えた。
「!」
凛の横に現れる。
速い。
凛は反射で剣を振る。
金属音が響いた。
ゾルは片手で凛の剣を止めていた。
「遅い」
次の瞬間、衝撃。
凛の身体が吹き飛ぶ。
壁に叩きつけられる。
「がっ……!」
凛は床に膝をついた。
唯が叫ぶ。
「凛!」
ゾルは興味なさそうに言う。
「その程度か」
凛は歯を食いしばる。
ゆっくりと立ち上がる。
まだ戦える。
剣を握り直す。
「まだやるか」
ゾルの闇がわずかに膨らむ。
その時だった。
光が一歩前へ出る。
「やめて」
静かな声。
だが、その身体から光が溢れる。
眩い輝き。
ゾルが目を細める。
「……やはり面白い」
しばらく光を見つめていたが、やがて背を向けた。
「今日はここまでにしておこう」
凛が叫ぶ。
「待て!」
ゾルは振り向かない。
「まだその時ではない」
闇が足元に広がる。
「均衡が崩れるのは、もう少し先だ」
最後に一度だけ、光を見る。
「その光」
「次に会う時まで残しておけ」
闇が膨らむ。
そして――
ゾルの姿は消えた。
部屋には静寂だけが残る。
凛はゆっくり息を吐く。
「……勝てないな」
ロギが低く言う。
『あれが闇の使者だ』
唯が凛の腕を掴む。
「本当に無茶するんだから」
光は黙って、ゾルが消えた場所を見ていた。
その瞳には、まだ微かな光が残っていた。
その時――
凛の視界に、見慣れた表示が浮かび上がる。
【経験値を獲得しました】
続けて表示が流れる。
【黒龍を撃破しました】
凛は小さく呟く。
「……龍か」
やはり先程の召喚された龍の経験値らしい。
さらに表示が続く。
【レベルが上がりました】
【レベル20になりました】
身体にわずかな力が戻る感覚。
同時に、唯と光も驚いた表情を浮かべる。
「……私も」
唯の前にも表示が浮かんでいた。
【レベル15になりました】
「わ、私も上がってる」
光も言う。
【レベル13になりました】
そして凛の視界に、新しい表示が現れる。
今までより少し大きな文字。
【ランクアップ条件を満たしました】
【ランクアップダンジョンが解放されました】
凛はその文字を見つめる。
「……ランクアップダンジョン」
ロギが短剣の中で呟く。
『ついにそこまで来たか』
凛は静かに息を吐いた。
だが胸の奥には、先程の戦いの感覚が残っている。
(ゾル……)
闇の使者。
あの圧倒的な力。
まだ遠い。
だが――
凛は拳を握る。
「……強くなるしかないな」
新たな道が、目の前に現れていた。




