砕けた水晶
部屋の空気は重かった。
床には砕けた水晶の破片。
ベッドには、まだ状況を飲み込めていない光。
そして、涙を流す唯。
「凛くん……」
震える声。
何度も言葉を飲み込み、ようやく続ける。
「今から話すことは、全部本当よ。信じてほしい……でも、信じられなくても仕方ない」
凛は黙って立っている。
否定も、肯定もしない。
唯はゆっくりと語り始めた。
「私は……何度もこの世界をやり直しているの」
静かな衝撃。
凛の眉がわずかに動く。
「死ぬと、時間が巻き戻るの。あの水晶を使って」
床の破片を見る。
「……さっき砕けた、あれが?」
唯は頷く。
「そう。あれが私の“やり直し”だった」
凛は言葉を探す。
「……どういう理屈なんですか」
「わからない。でも事実なの」
涙が頬を伝う。
「私は何度も、みんなが死ぬのを見た」
凛の胸がざわつく。
「死ぬ場所は決まっていない。でも必ず、闇の勢力に殺される」
部屋がさらに静まる。
「村が襲われたこともあった。遺跡で全滅したこともある。凛くんが目の前で倒れたこともある」
凛の拳がわずかに握られる。
「光ちゃんも……」
声が震える。
「守れなかったことが、何度もある」
光が不安そうに唯を見る。
凛は低く問う。
「闇の勢力って、具体的には」
唯は息を吸う。
「闇の王の配下たち」
そして、はっきりと言う。
「特に、闇の使者ロギは別格に強い」
凛の背中に冷たいものが走る。
「……ロギ」
唯は気づかない。
「何度挑んでも、勝てなかった。あれは、今の私たちじゃ相手にならない」
沈黙。
「まだ私たちは闇の王にもたどり着いていないの」
悔しさが滲む。
「その前に、必ずどこかで殺される」
凛は壁に視線を向ける。
情報が多すぎる。
ループ。
確定する死。
ロギ。
闇の王。
「……証拠は」
冷静な問い。
唯は苦しそうに笑う。
「ないわ」
その一言が重い。
「水晶があった。でも、もう砕けた」
凛は目を閉じる。
信じるには荒唐無稽すぎる。
だが。
唯の涙は演技に見えない。
ここまでの導き。
的確な判断。
違和感の正体。
そして――
あの黄金の覚醒。
「……全部嘘だと言い切れない」
小さく呟く。
唯が顔を上げる。
「本当に……?」
「でも、いきなり全部を信じるのも無理があります」
正直な言葉。
「俺は見ていない」
当然だ。
凛は一度も“前の世界”を知らない。
唯はゆっくり頷く。
「それでいい」
涙を拭う。
「信じてもらえなくても、話さなきゃいけなかった」
もう戻れない。
やり直しはできない。
「水晶が砕けたってことは……」
凛が静かに言う。
「次はない」
唯の喉が詰まる。
「ええ」
それが一番の絶望。
「この世界で救えなければ、終わり」
凛は長く息を吐く。
混乱はある。
だが恐怖はない。
「……じゃあ」
視線を上げる。
「やることは一つですね」
唯が目を見開く。
「生き延びて、闇を倒す」
シンプルな結論。
「ループがあろうとなかろうと、最初からそれしかない」
唯の胸に、わずかな光が灯る。
完全には信じていない。
だが、否定もしない。
それだけで救われる。
光が小さく言う。
「ロギって……強いの?」
唯は震える声で答える。
「ええ。今の私たちじゃ、勝てない」
凛の腰の短剣が、かすかに熱を帯びる。
誰も気づかない。
ただ凛だけが、ほんの一瞬視線を落とした。
(……ロギ)
運命が、静かに交差し始めている。




