エーシン最後の日
翌日出発と決まり、三人は村を歩いていた。
「まずは装備だな」
金貨五十枚の重みを実感しながら、凛は店に入る。
丈夫なローブを一着購入。動きやすく、魔力耐性もあるらしい。
「光にはこれだ」
細身の杖。魔力の通りが良い初心者向け。
「わ、私の!?」
「もう冒険者なんだからな」
光は嬉しそうに抱きしめる。
そして凛は小さな箱を手に取る。
「唯さん、これ」
中には淡く光るブレスレット。
「光のブレスレット……魔力補助効果付きか」
「え、私に?」
「探索役は唯さんですから」
唯は少し驚き、それから柔らかく微笑む。
「……ありがとう」
本当に嬉しそうだった。
合計しても金貨二枚も使っていない。
「案外安いな」
「この村は物価が安いのよ」
唯が言う。
「水が有名でね。温泉もあるの。討伐クエストの疲れ、取らない?」
「温泉!?」
光が目を輝かせる。
当然、行くことになった。
⸻
湯に浸かりながら、凛は一人息を吐く。
「はぁ……」
全身の疲れが溶けていく。
空を見上げる。
明日から、村を出る。
どんな敵がいるのか。
光の使者。
世界の崩壊。
恐怖がないわけではない。
だが――
それ以上に、胸が高鳴っていた。
(強くなれる)
未知への興奮。
それが、確かにあった。
⸻
一方、女湯。
「いつもはお兄ちゃんと一緒なのに……」
光がぽつり。
「え!? 一緒に入ってるの!?」
唯が本気で驚く。
「うそだよー! 騙された!」
「もう!」
頬を膨らませる唯。
(私だって一緒に入ってないのに……)
「唯さん、ずっと怖い顔してたから」
「え?」
「笑った顔、すっっごいかわいいよ!」
「な、何言ってるの……」
頬が赤くなる。
光はくすくす笑う。
湯気の向こうで、唯は少し真剣な顔になる。
「……こんなことに巻き込んで、ごめんなさい」
光を見る。
「絶対に、あなたも凛くんも守るから」
だが光は首を振る。
「私も戦うもん。ずっと守られるなんてやだ!」
その瞳は、まっすぐだった。
凛と同じ。
強い光を宿している。
(この子も……強い)
唯は小さく息を吐いた。
⸻
風呂を出た後は、三人で夕食。
肉料理、焼き魚、甘い菓子。
「全部食べていいの!?」
「今日はな」
笑い声が絶えない。
まるで普通の旅の前夜のようだった。
だが夜は静かに更ける。
⸻
宿の部屋。
光は食べ疲れたのか、すぐに眠った。
寝息が小さく響く。
凛は窓際に立つ唯を見る。
「……唯さん」
静かな空気。
「死なないでね」
それだけ。
凛は少し驚く。
「簡単に言いますね」
「簡単じゃないわ」
唯の声は、かすかに震えていた。
「約束して」
凛はしばらく黙る。
そして頷く。
「……守ります。俺が」
唯は小さく微笑む。
「頼もしくなったのね」
夜風がカーテンを揺らす。
明日、村を出る。
静かな前夜。
嵐の前の、最後の穏やかな時間だった。




