私はそれでも…
始まりの村から西へ、森を抜けた静かな高台。
鷲野唯はひとり、地面に膝をつき、目を閉じていた。
淡い魔力が周囲へと広がる。
職業《魔導探査師》。
それは魔力の流れ、生命反応、世界の歪みを感知するための力。
直接戦闘向きではないが、“見つける”ことにおいては右に出る者はいない。
「……お願い」
小さく息を吐き、探査範囲を広げる。
村周辺、草原、洞窟方面へと意識を伸ばす。
その時――
確かな反応を捉えた。
「……凛」
胸の奥が熱くなる。
生きている。
この時間軸でも、ちゃんと存在している。
何度も見失い、何度も救えなかったその命が、今は確かにここにある。
安堵が込み上げる。
だが同時に、違和感。
「……え?」
凛の反応のすぐ隣に、もうひとつ小さな生命反応。
常に寄り添うような位置。
距離が近すぎる。
「そんなはず……」
この時点で、彼の隣に仲間はいなかった。
これまでのループでは。
凛はいつも、孤独に戦っていた。
仲間が現れるのは、もっと後。
しかも女性ではなかった。
だが今感じる気配は、柔らかく、未熟で、それでいて強い光を持っている。
「……誰?」
知らない存在。
自分が見てきたどの世界線にもいなかった人物。
分岐が起きている。
唯の背筋に冷たいものが走る。
「どうして……?」
凛の運命は、ほぼ固定されていたはず。
大きな流れは変えられない。
だからこそ、彼は何度も――
そこまで考えて、唯は強く目を閉じる。
思い出してはいけない光景が脳裏をよぎる。
血。
崩れ落ちる背中。
届かなかった手。
「……違う」
今はまだ、生きている。
確認できただけで十分だ。
だがその時、胸元のポーチの中で、かすかな違和感。
唯はゆっくりと取り出す。
透明な水晶。
それは探索の道具ではない。
時間を巻き戻すためだけの、唯一の鍵。
その内部に――
細いヒビが増えていた。
「……っ」
息が詰まる。
これまでのループで刻まれてきた亀裂。
限界は近いと分かっていた。
けれど、確実に進行している。
「まだ……壊れないで」
指先が震える。
これが砕ければ、やり直しはできない。
この世界が、最後になる。
凛を救えなければ――終わる。
そして今、想定外の存在が彼の隣にいる。
それが救いになるのか、破滅を早めるのか。
分からない。
「……確認しなきゃ」
探査で再び位置を測る。
凛は東。
草原を抜け、洞窟方面へ向かっている。
魔物の密度が濃い。
嫌な予感が強くなる。
「待ってて、凛」
水晶を握りしめる。
まだ使わない。
使いたくない。
この世界で、終わらせる。
「とりあえず……彼の元へ急がないと」
唯は立ち上がる。
西の高台から駆け下り、東へと走り出した。
運命が分岐し始めた世界へ向かって。




