闇の使者が現れた
最奥の間。
重い扉が閉じた瞬間、空気が変わった。
濃密な闇が玉座のように凝縮し、やがて一人の男の形を取る。
黒い外套。
静かな佇まい。
だが、立っているだけで空間が軋む。
「我が名は闇の使者ロギ」
低く、底のない声。
「ここまでよく辿り着いた。お前が選ばれた存在として相応しいか、テストしてやろう」
凛の喉が鳴る。
今まで戦ってきた相手とは格が違う。
圧だけで、膝が折れそうになる。
「一撃でいい」
ロギは両腕を広げる。
「私の顔に当てられれば、合格としてやろう」
簡単に言うな。
視界に表示。
――残り時間:00:05:02
時間がない。
「さあ、かかってこい」
凛は歯を食いしばる。
行くしかない。
ジグザグにステップを踏み、軌道をずらす。
距離を詰める。
全力で槍を投げる。
「うおおおおお!」
渾身。
だが。
ロギは片手で掴んだ。
空中で、止めた。
「遅い」
次の瞬間、投げ返される。
速い。
反応が間に合わない。
右腕に突き刺さる。
「っあああ!」
衝撃で崩れる。
「どうした? そんなものか」
冷たい声。
「相手にならんぞ」
視界の端にステータスが浮かぶ。
Lv.80。
数字が、絶望を可視化する。
格が違いすぎる。
勝てるはずがない。
諦めるか――?
心が揺れる。
だが。
「諦めてたまるか!!」
ポーションを飲み、立ち上がる。
槍は引き抜けない。
ならば素手だ。
一直線に踏み込む。
「ほう、素手で来るか」
拳を叩き込む。
空を切る。
避けられる。
連打。
かすりもしない。
次の瞬間。
腹部に、重い一撃。
空気が全部抜ける。
呼吸ができない。
HP三割。
右側から強烈な蹴り。
吹き飛ばされる。
壁に叩きつけられる。
骨が軋む。
HP一割。
視界が赤い。
――残り時間:00:00:27
秒が加速して減る。
00:00:19
00:00:11
ロギがゆっくり近づく。
「もう終わりか。お前は相応しくないようだな」
終わりか?
違う。
まだ、終わってない。
その瞬間。
ロギの歩みが、ほんのわずかに止まる。
油断。
わずかな隙。
「――諸刃の剣」
残った力を無理やり解放する。
折れていない腕で床を全力で殴る。
石が砕ける。
破片が宙に舞う。
視界が乱れる。
瞬時に槍を装備。
全神経を一点に集中。
――残り時間:00:00:03
「いけええええええ!!」
投げる。
石片の隙間を縫う軌道。
ロギが目を細める。
わずかなズレ。
槍が頬をかすめる。
凛のHPは1。
膝が崩れる。
視界が暗転しかける。
――残り時間:00:00:01
止まる。
静寂。
「……いや」
ロギの声。
凛は薄く目を開ける。
ロギの頬から、血が一筋流れていた。
確かな傷。
ロギは口元を歪める。
「おめでとう。合格だ」
時間表示は 00:00:01 のまま固定。
本当に、あと一秒だった。
全身から力が抜ける。
凛はその場に崩れ落ちた。
ロギが見下ろす。
「覚えておけ。お前はまだ弱い」
だが。
「可能性はある」
闇が霧散する。
凛の意識が沈む。
最後に見えたのは、愉しげに笑う闇の使者ロギの姿だった。




