表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

選ばれない母娘の話

掲載日:2026/02/06

「……誤解なんだ……!」


開口一番が、それだった。

しかし、そう言ってから、夫は一度口を閉じる。


「……いや、違うな」


小さく息を吐き、


「誤解というより、

相手が勝手に期待しただけだ」


どっちなのよ……。


「ある令嬢が、

こちらの意思とは関係なく接触してきている」


ええ……


私の顔を見て、夫が言った。


「……その顔は、呆れてるな」


どうやら、顔に出ていたらしい。


「どちらのお家なのですか?」


私が尋ねると、夫は即答した。


「名と立場はある。

だが、こちらから口説いたことはない」


当たり前です。


「……では、どうして?」


「距離を詰められた。

断ったが、納得しなかった」


……粘り強い方なのね。


「二人きりにはならない。

私的な接触も断っている」


夫は紅茶を、ぐっと飲み干す。


「仕事に支障が出ても構わん。

こちらから場を離れる」


その言葉に、

思わず夫を見る。


「そこまでしなくても」


私がそう言うと、夫は首を振った。


「当然だ。

私が選んだのは君だ」


私は、少しだけ笑った。


「ありがとうございます。

……そろそろ、向かいましょうか」


彼の腕に手を添え、私たちは屋敷を出た。

向かった先は、夫の紹介で通う実務者の集まりだ。

私自身も経営に携わっているから、話はとても勉強になる。


——ただし、私が参加していることは、公にはしていない。



数日後、令嬢の母親がやってきた。


「この度は、娘がご迷惑をおかけして……

母として、深くお詫び申し上げます」


――親御さんは、しっかりされているのね。


「お気遣いなく。

今後、夫への接触をやめていただければ」


「あの子も今回のことで、

随分と反省しておりますの」


あら? 意外と素直だったのね。


「もう二度と、

あのような振る舞いはいたしません」


ほっとした、その矢先。


「ですから、

あの有望若年実務者会へ一度だけ、

参加させていただけませんか?」


……え?

何で知っているの……!?


「お詫びのしるしに、

顔を出すだけで結構ですの」


お詫びの、しるし……

その言葉、使い方を間違えてますよ。


……だから、参加していることは伏せていたのに。


「……あの会は、勉強会ですから」


私がそう言うと、

母親は一瞬、きょとんとした顔をした。


「ええ、ですから……

お勉強になるのではと」


「違います」


私は、はっきりと言った。


「勉強する場ではなく、

すでに実務に関わっている者が、

情報を交換する場です」


母親の笑顔が、

わずかに固まる。


「お嬢様が参加なさっても、

話を聞くだけで済むような会では――」


「……そうですか」


一拍置いて、


「分かりました。

ご無理を申し上げて、失礼いたしました」


母親は深く頭を下げ、

それ以上は、何も言わなかった。


――その時は。



数日後の、有望若年実務者会当日。


「こちらにいらっしゃると思いまして。

ご挨拶だけ、と思ったのです」


母親が、にこやかに言う。


――いるし。なぜ、バレてるの。


私が言葉を探している間に、

その隣で、令嬢が一歩だけ前に出た。


少しだけ顎を引き、

視線を落としてから――

指先をきゅっと握りしめ、

ちらりと、夫を見る。


露骨ではない上目遣い。

……手慣れている。

情報筋は、この子?


「……先日は、失礼いたしました」


反省しているようには聞こえない、

甘さを含んだ声。


その行動力、

別のことに使えなかったのかしら。


「……仕方がありませんね。どうぞ」


夫は、それだけ言った。


えっ……いいの?


私は一瞬、耳を疑ったが、

母娘はその言葉を待っていたかのように、

そそくさと会場へ入っていった。



会場にいるのは、ほとんどが若い男性だった。

しかも華やかな貴族というより、

商会や領地の実務に関わる、堅実そうな顔ぶればかりだ。


……だが、ここは出会いの場ではない。


「はじめまして」


母娘が最初に声をかけたのは、

若い貴族の一人だった。


「どちらの現場にいらっしゃいますか?」


母親が、わずかに瞬きをする。


「……現場、というのは?」


「ああ、失礼しました。

どの分野をご担当で?」


――空気が、止まった。


「主人は、◯◯商会でして」


母親は、少しだけ胸を張って答える。


「ああ……」


男は曖昧に頷き、

すぐに問いを重ねた。


「では、ご本人は?」


母親の言葉が、そこで止まる。


……ですよね。


その間に、

娘が一歩、微笑みながら前に出た。


「皆さま、

とても難しいお話をなさってますのね」


場を和ませようとする声。

けれど――


「ええ」


男は穏やかに返し、

すぐに視線を隣へ移した。


「では、三年後の需要予測ですが」


話題は、

何事もなかったかのように進む。


母娘の方を、

誰も見ない。


――完全に、

存在しないものとして扱われていた。


……まあ、そうなるわよね。


夫は、最初から母娘を見ていなかった。


私と並び、

別の輪の中で話している。


「北側の倉庫、

来季まで持たせるなら――」


「湿度管理を変えた方がいいですね」


フォローも、

紹介も、

取り繕いもしなかった。


……なるほどね。



帰り際、夫が主催者のもとへ向かった。


「……すまない。

想定外の来客だった」


夫がそう言うと、

主催者は苦笑した。


「いいよ。

よくある事だ」


軽い調子で言いながら、

ちらりと母娘のいた方向を見る。


「……あの二人は?」


結局、出会いはなかったみたいね。


「終わったな」


主催者は断言した。


夫が、静かに頷く。


主催者は会場を見渡しながら言う。


「この会だけじゃない。

今日ここにいた顔ぶれは――

だいたい、繋がってる」


夫が、淡々と続けた。


「空気を読めない人間は、

将来の伴侶候補にもならない」


「夜会には顔を出せるだろうさ」


主催者はそう言って、

肩をすくめる。


「でも――」


一拍置いて、


「選ばれることはない」


それ以降、

あの令嬢の縁談が進んだという話は、

ついに聞かなかった。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます!

ブクマや感想・評価など頂けたら、励みになります!


主人公はこちらと同一人物です。

「政略結婚の旦那は恋人持ち。その恋人は事故物件(笑)」

https://ncode.syosetu.com/n7758la/

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
旦那様は相変わらず頼りない。上に夫婦揃って変な女に絡まれるなぁ。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ