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東の森の破壊神  作者: たけぞう


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6.シルウェストリスの未来 前

「ほーっほっほっほ」

 ラウルのチューリップ農場の昼下がり。食堂にタパの高笑いが響いていた。

 昨夜、ザクセン州都のムスカリ商会から東の森ラウルのチューリップ農場まで馬車で戻るとすでに明け方近かった。ラウルはそのまま軽い仮眠をとってからいつも通りの時間に起きだしてひと働きしてきたところだ。ひと通り朝の作業を終えて休憩しようと眠い目をこすりながら母屋に戻ってきたらこの騒ぎである。未明に農場に着くなり前後不覚に眠り込んだタパは昼近くになってようやく起きだしてきたようで、寝ぼけ眼で食堂に入るなりチャーリーに「いつまで寝ているんだ」と詰られて今、猛烈に反撃しているらしい。

 農場は基本的に365日年中無休24時間の労働体制になっているのだが、作業は太陽の運行にあわせて時刻を決めて行われるために作業と作業の合間には比較的長い休憩があった。休憩時間には母屋の食堂で皆が揃ってお茶を飲むのを習慣にしている。この日は食堂にラウル、チャーリー、破壊神が揃うと人数分のお茶と茶菓子が並べられたテーブルを前にしてタパが高らかに宣言した。

「本日よりわたくしこと、このタパ・グロウス・シルウェストリスがこの農場のオーナーになりました!ムスカリ商会から余っている人員を補充することにしたので農場の労働力不足も解決。懸案だったザイム?に詳しい帳簿の読める人材もスカウトしてきました。今後わたしは経営者側の立場からこの農場の未来に貢献していく所存です」

 タパはびしっとチャーリーに指を突きつけた。

「さあ、チャーリー。昨日までよくも居候だの役立たずだの穀潰しだの、いいたい放題散々にいってくれたわね。覚悟はできてる?」

「どういうことなんだよ」

 チャーリーはラウルにすがって嘆いた。ラウルは肩をすくめるだけで答えない。

「昨日付でこの農場は借金のカタとしてムスカリ商会の所有になりました。その日の夜、ムスカリ商会の主人ガメル・ムスカリは部下たちを連れて何処へとも知れず旅立ちました。そして後に残されたムスカリの養女たるわたしがムスカリ商会の全ての財産を引き継いたのです」

 えっへん。タパは胸を張る。

「わかる?ムスカリ商会の全ての財産を引き継いだの。当然この農場も含めて全部まとめてわたしのもの。わたしのご機嫌を損ねるともうお水も肥料もあげないわよ」

 タパにぐいぐい迫られてチャーリーは情けない様子でラウルに救いを求めてくる。仕方がないのでラウルが割って入った。

「タパさん、タパさん。もうそれくらいで……」

「ラウル、ほんとかよ?こいつがこの農場のオーナーになるって」

 チャーリーがここぞとばかりラウルに訴える。ラウルは困惑顔で答えた。

「うん、そういうことになるかな。ほら、まあ考え様によっちゃあムスカリ商会に乗っ取られるよりはましなんじゃない?」

「なんでこいつなんかが……」

「あ、チャーリー。まだ伝えてなかったけどタパさんはシルウェストリス王家の二の姫様なんだって。まあこの農場にいる間はいち従業員として扱ってほしいってご希望だから王宮みたいに畏まらなくってもいいそうだけど、乱暴な口を利くのはいい加減にしようね」

「なんだって?おいおい、何でそんなこと今まで黙っていたんだよ」

「ぼくだって昨夜はじめて知ったんだよ。びっくりだよねー」

「びっくりってそんな程度の話じゃねーだろ。だから何でシルウエストリスの王族がうちのチューリップ農場にいるんだってば」

「さあ?何か事情があるんじゃない?いずれ話したくなったら話してくれるさ」

 タパはにこにこしてラウルとチャーリーの会話を見守る。よしよし。話がひと段落ついたのを見計らい上目遣いでラウルに問う。

「……と、いうわけだからわたしはこれからもこの農場にいていいのよね」

 ラウルは口ごもりながら答えた。

「ああ、うん。もちろんそれはいいんだけど……」

(よっしゃー。当面の食事と寝床を確保!)

 タパはうきうきした様子でラウルと破壊神にお茶を注いでまわった。ラウルとチャーリーが諦めたように顔を見合わせる。破壊神だけはいつもと変わらぬ様子でお茶を飲んでいた。


「それでさ、結局ムスカリ商会のご主人はどこへ行ったの?」

 クッキーを齧りながらラウルがタパにきいた。

「あー、それはですね」

 テーブルの端で帳簿と格闘していたクルセウスが顔をあげて答えようとした。タパはあわてて足を思いっきり踏んづけ黙らせる。

「!」

「あなたは帳簿をやってなさい。さっさと完成させるのよ」

「はい」

 クルセウスは帳簿に顔を伏せ必死にペンを動かした。ラウルがぽつんといった。

「もう当分帰ってこないんだよね」

「そうねー」

「これでこれまで通り農場が続けられるっていうなら安心なんだけど」

「大丈夫。そこはわたしが保証するわ」

 ラウルは納得がいかない顔でしばらくもじもじとしていたが、やがてきっぱりとした顔で立ち上がった。

「うん。わかった。じゃあ午後の作業に行ってくるよ」


 ラウルたちがお茶を飲み干し食堂をでていくのを確認すると、クルセウスはタパに顔を寄せて声を潜めた。

「ラウルさん……でしたっけ?この農場のあの若いご主人にはタパ様が王女だってことを話したんですよね」

「うん。王家のことは昨夜馬車の中で話した」

「どんなふうに?」

「うーんと、蛮族が攻めてきて王都が陥落してそれから命からがら逃げ延びて今に至る、みたいな?」

「ずいぶんと大雑把ですね。それで黒魔術のことは?」

「黒魔術を遣うってことも農場の採用面接のときに一応は話してはある。けど……黒魔術でその辺の人間を闇の迷宮の深淵に放り込むような女だってことはまだ内緒にしている。怖がらせちゃったら気まずいでしょ」

「まあ、わたしだって怖いっちゃあ怖いですよ。目の前であんなもの見せられたんだから」

「そうね。だからあなたは今後死ぬまでわたしに忠誠を誓いなさい。裏切ったら、わかっているわよね」

「もちろんでございます」

「……」

「……」

 顔の表面に張り付いたような薄っぺらい笑顔でタパとクルセウスは見つめあった。


 緊張に耐え切れなくなったクルセウスは咳払いをすると端正な顔をしかめて口調を改める。

「やっぱりタパ様は蛮族どもに王家の復讐を果たすことを考えていらっしゃるのですか?」

「うん」

「どうやって」

「もう万策尽きたから、蛮族王に東の森の破壊神をけしかけてやろうと思ったのよ」

「この森に封印されたという伝説の破壊神ですか?そんなことをしたらシルウエストリスの国土も領民もただではすみません」

「うん。わかっている。でもそれも仕方ないかなって……前にわたしの持てる全てをかけて蛮族王に戦いを挑んだけど負けちゃったし」

「そのことはお噂では耳にしていましたが……」

「……」

「なるほど。それでタパ様は破壊神の封印場所を探すためにこの農場にいるわけですか」

「え?探すも何もさっきあなたの隣でお茶を飲んでいたでしょ」

「へ?」

「あ、いってなかったっけ?あなたの隣でお茶を飲んでいたあの黒衣の骸骨が破壊神」

「えーっ?あれが?」

 クルセウスは驚いて自分の躰をパタパタとはたいて異常がないか確かめる。破壊神と遭遇したのに無事でいることが信じられない。

「そう。あれが。そんなに怯えなくても隣でお茶飲んだくらいじゃ大丈夫よ。あ、そうだ。この農場では従業員としてわたしたちの先輩にあたるんだからそのつもりでね。……なんかね、見つけてはみたものの破壊神はさ、今じゃ神様を引退して余生はチューリップ栽培に捧げたいんだって。しばらく一緒に暮らしてみたんだけど毎日本当に嬉しそうにチューリップの世話をしているのよ。わたしの都合でそんな破壊神をまた殺戮と破壊の世界に引き戻してもいいのかなって、ちょっと思っちゃったりして……」

「……」

「ラウルさんもね、本当にチューリップが好きなんだなーって。破壊神の力を解き放ったらラウルさんもこの農場もなくなっちゃうんだよなー、とか。思ったり思わなかったり」

「……」

「……」


「よくわからないんですけどね、蛮族王もムスカリ様と同じように迷宮の深淵に閉じ込めちゃえばそれで終わり。万事解決なんじゃないですか。どうしてそうしなかったんですか?」

「そんなのやらないわけがないでしょ。やったわよ」

「やった?」

「うん。隙を見て3回」

「3回も?」

「そう」

「3回も迷宮送りにしたのになんで蛮族王は王都でピンピンしているんですか?」

「だってあいつ何回迷宮に送ってもすぐに戻ってきちゃうんだもん」

「どういうことですか?迷宮に閉じ込めたら出てこられないはずでしょう?」

「うーん、ちょっと迷宮ってものを理解できていないようね」

 タパは立ち上がり窓を開けて食堂に風を招き入れた。爽やかな風が食堂を吹き抜ける。

「迷宮というのは迷路。だから入り口と出口が必ずある。ただ入った者が容易に出口にたどり着けないように正解の道と惑わせるための間違った道を同時にそれこそ無数に創ってあるのよ。右に行くか左に行くかの選択肢を選びきれないくらい設定したり、もちろんその途中で罠を仕掛けたり魔獣を置いて邪魔したり、そうやって人間が生きている時間では踏破できないくらい複雑化させたものが迷宮。それだけに枝葉を取り払って単純化しちゃえば一本道として捉えることができるわ」

「はあ」

「だから選択肢ごとに正しい道だけを選択し続けて進めば迷宮って案外簡単に出られるの。人間業じゃないけど」

「蛮族王にはそれができる、と?」

「そう。あいつ異国の神から『幸運の天恵』を授かっているでしょう?あいつはあんまり頭のいい奴じゃないから迷宮の分岐で右か左かで考えもせず適当に選んで進むじゃない。ところが偶然にも『幸運なことに』その選んだ道がことごとく正解の道で、結果的に最短距離で出口にたどり着いちゃうのよ。なんかなんで?って感じで罠も魔獣もことごとく避けて通るし」

「タチが悪いですね」

「そうなの。今度こそはって思ってどんどん迷宮を複雑化させて送り込んでみたんだけどいつだって3日もかからずにあっけらかんとした顔で帰ってきちゃう。もう3回目で諦めた。これは蛮族王を直接攻撃しないと埒が明かないなと思って遂に正面から戦いを挑んではみたんだけど、そうしたら今度は魔法があたらない」

「魔法があたらない?」

「何らかの武技とか魔術でわたしの魔法を回避しているんだったらまだ対処のしようがあるんだけどね。あいつ『幸運』なだけでしょう?たまたま魔法を放った瞬間に足場が悪くてずっこけたとか、たまたま隣にいた家臣がよろけてぶつかったとか、そんな『偶然起きた幸運な出来事』のせいで狙いすませた魔法の攻撃が外れちゃうのよ」

「それじゃあ予測のしようがない。どうしようもないじゃないですか」

「そうね」

「つくづく厄介な敵ですね」

「全くだわ」

 タパは椅子に崩れ落ちるように腰を下ろすと天を仰いだ。塞がったとはいえ蛮族王との戦いで負った傷が今も痛む。さて、どうしてよいのやら。先行き道が見えないこの状況は変わりない。タパはクルセウスとの不毛な会話を打ち切ることにした。

「さあ、わたしも午後の作業に行くかな。昨日やりかけた仕事を中途半端に放り出したままだから。クルセウス、あなたは肉体労働では役に立ちそうもないから帳簿に専念なさい。今日中に目途を付けてね」

「あ、はい」

 タパは物憂げに立ち上がると、クルセウスと眼をあわせないよう顔を背けていった。

「もう少し、時間が欲しいかな。これからどうするか考えるために……」

 クルセウスはかける言葉もなく食堂をでていくタパを見送った。


   ※ ※


 夏が近付き気候がだんだんと温かくなってきた。タパは荒野でボロボロになった黒魔導士の服は捨て、ラウルから動きやすい質素なシャツをもらって最近はもっぱらそれを着ている。なんでもラウルの母親が存命中に着ていたシャツらしい。ただしタパはどんなに暑い日でも着るのは長袖を選び、全身に刻まれた魔方陣の刺青をその下に隠していた。魔方陣は左の頬にまで及んでいたためタパはいつも襟を深く立てている。ラウルはタパの刺青など気にしていないようではあったし、この農場は破壊神がその辺を徘徊しているのが日常風景という稀有な環境であるためそこまでタパの刺青が浮いているわけでもなかったのだが、やはりのどかな農場に禍々しい魔方陣を晒してまわるのは気が引けた。

 タパは山と積まれた雑草を移動するべくピンフォークを振るう。午後の作業だ。刈り取られた雑草を台車に載せるだけの単純作業だから、さすがのタパもひとりで作業をまかされるようになっている。たとえまだまだピンフォークで掬いあげる雑草より刃の隙間から取りこぼす方が多かったとしても。

(成長したなぁ、わたし)

 タパはうんうんとひとり頷いた。


「ラウルーーーっ!」

 突然、農場に場違いな黄色い嬌声が響いた。何事かとタパが手を休めて声の方へ顔を向けると白くてフリルがふわふわした何かがチューリップ畑の傍らでラウルに纏わりついている。

(なんだあいつ。目障りだな)

 タパの目がすっと鋭くなると、近くにいた太郎丸と次郎丸が心得たという顔で寄ってきた。

『殺りますか?』

 配下の闇の眷属たちもここぞ出番、遅れてはならぬとばかりに這い出ようと我先にタパの影のふちに手をかける。

「待て待て待て。あの女の正体を見極めてからだ」

 タパは配下たちをそこに残してゆっくりとふたりに歩み寄った。

(なんか気に食わないから邪魔してやる)


 ふたりに近寄ると纏わりつかれて困惑しているラウルより先に白いフリルのふわふわがタパに気付いた。かわいらしい顔をぱっと綻ばせると駆け寄ってくる。

「ごきげんよう。あなたがシルウェストリスの闇堕ち姫ね」

「え、ああ、まあ……その」

「え?違うの?」

「いや、違わないけど……陰でわたしが闇堕ち姫と呼ばれていることは知っている。敵に自称したことだってある。でも面と向かって誰かにそう呼ばれるのは初めてなものだから面喰らって」

「そうなの?」

「ええ。普通、人には礼儀とか遠慮というものがあるでしょう?」

「あらー、ごめんなさい」

(……こいつカケラも失礼だと思ってないな)

 貴族の娘らしい天真爛漫な無神経さがかなりむかつく。わたしも王宮で何不自由なく甘やかされて生きていた頃はこんな風だったのだろうか?タパが心の中で自問していると、白いフリルのふわふわが急に顔を寄せてきた。おいおい、こいつ距離感がおかしいだろ。

「あたしたち子供の頃、ふたつかみっつときに会っているんだけど覚えている?」

 あらためてタパは白くてフリフリの顔をまじまじと見た。見覚えはない。

「いや」

「お父様に連れられて王宮に行ったとき、お父様が国王陛下に拝謁している間は姫様のお相手をするようにいい遣ってお庭で遊んだりしたんだけど……そうなの。覚えてないかー」

「父上殿が王宮に出入りする身分だったのか?いや、すまないが全く……」

 タパが訝し気な目付きでその白いフリルのふわふわを見ていると、ラウルがゆっくり歩み寄ってきていった。

「やあ、タパさん。紹介するよ。こちらザクセン卿の御令嬢アイリス。幼馴染なんだ」

「ザクセン卿のおじさまの?ラウルさんの幼馴染なの?」

「そうなのー。幼馴染。ふふっ。子供の頃から夏になると毎年家族でこの農場へ避暑に来ていたわ。だからラウルとは滞在中ずっと兄弟みたいに過ごしていたの。子供の頃なんてそれこそお風呂も寝床もみんな一緒。なーんて」

「やめろよー。アイリス」

 照れたラウルが止めようとして悪戯っぽく笑うアイリスと軽くもつれあった。傍らからはいちゃついているようにしか見えない。


「ふーん、そう」

 タパの声が段々と低く冷たくなっていく。

『殺りますか?』

 ふと気付くと太郎丸と次郎丸が足元にきていた。タパは少し悩んだ。


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