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東の森の破壊神  作者: たけぞう


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番外編:吟遊詩人の歌

 シルウェストリスの王都は北方の広大な草地と南方に広がる砂漠の狭間、その境界にぽっかりと浮かぶ小島のようなオアシス都市だ。古くは北方の蛮族たちの勢力圏よりもさらに北にあるエニセイ川の上流で遊牧を営んでいた一族が南下してこの地に至り、定住を決意して建国したのだとされている。

 はるか東方に天山山脈を望み、王都で豊かに沸き出でる山々の雪解け水を水源とする地下水脈を辿って東へ、王都と東の森を隔てる不毛の荒地を北へ迂回しつつ弓なりに湾曲しながら次々に点々とオアシス都市を建設して国を発展させてきた。今ではタパたちシルウエストリス王族のようなオアシス都市に定住する民族、西方からくる商隊、北方の蛮族、そのさらに外側の北東を往来する騎馬民族、砂漠を挟んだ南西の異教徒、天山山脈の向こう側からやってくるらしい東方の民たちが交易のために入り乱れる交通の要衝である。

 豊かな地下水と灌漑農業による農産物を有するシルウエストリス王国は近隣を通過交易する遊牧民や商人たちにとって命にかかわる旅の途中になくてはならない貴重な中継地として発展し、それ故に複雑な諸民族の争乱とは無縁の平和な歴史を数百年に渡って重ねてきた。


 シルウェストリス王の子には後継者たる男児はいない。そのかわり年の離れたふたりの姉妹がいた。妖精にも例えられる美しく清楚な姉姫と、幼く活発で愛らしい妹姫。この幼い二番目の姫がタパだ。シルウエストリス国王つまりタパの父親は後継たる姉姫には将来婿を取り王位を継がせるべく厳しく接したが、タパに対しては歳を取ってから思いがけず得た子供であるためか盲目的に溺愛した。タパは国王夫妻の無尽の愛情にくるまれ幼少期を何不自由なく幸せに過ごした。蛮族たちが雪崩のごとく王都へ攻め込んできたあの日までは。

 タパが5歳の誕生日にシルウエストリス国王は国を挙げて祝うよう臣下に布告をだし、数日間に渡って続くお祭り騒ぎでその成長を喜んだ。その日も朝から長く続いた祝宴の余興として城下のバザールから多数の商人や芸人が王宮に呼ばれ、いつまでも続く宴に疲れ始めていたタパも目をこすりながらも見慣れぬ商品の数々に目を輝かせ、異国の話に耳を傾けた。

 タパたちが夕食を終え、果物と茶が供される時間になるとひとりの吟遊詩人がタパたちの前に進みでた。


 吟遊詩人がタパに問う。

「この世界はどんな形をしているとお思いですか?」

 タパが怪訝な声で答えた。

「世界の形って?王都は高く強い城壁で囲まれたまあるい形をしているわ」

「その城壁の外側のことです、二の姫様」

「城壁の外側の世界?そんな世界があるのね。どんなかしら」

「城壁の外へ出ると、我がシルウェストリスの国土は東に向かって国土を伸ばし世界の果てまでその威徳を示しております」

「まあ、わたしは王宮の中しか知らないわ。王都の外側なんて。王宮の中でさえ行ったことのない場所ばかりなのに、突然世界の果てについて問われても、どうして答えることができるでしょう?ねえ、その話ききたいわ」

「ではここでわたくしが世界の果てについての伝承を一曲吟じて差し上げましょう」

 吟遊詩人は手に持った琴を一手ポロンと弾くと声を整えて歌いだした。


「シルウェストリスの王都を出でて荒野を東にまっすぐ進むと、

 かの天山山脈に突き当たります。

 そこには目もくらむばかりの高い山が空を遮る壁のごとく聳え立つ

 この世ならざる光景。これぞまさにこの世の果て。

 この山を越えて人のゆける道無し。その山の向こうに人の住む世界無し」


 興深げに耳を傾けていたシルウェストリス国王が顔をあげて口を挟んだ。

「これこれ。我が娘タパの前で嘘をいうでない。最近は天山山脈の向こうからも東の帝国の息のかかった者どもが我が国を訪れておるときいているぞ」

「これは我が吟遊詩人の一族に伝わる歌。遥か昔のお話でございます。天山山脈の向こう側にいつから人がいるのかなどということは、わたくしには存じ上げぬこと」

「そうか?」

「シルウエストリス国王よ。遥か昔、天山山脈の向こう側にまだ世界が続いていなかった頃のお話だと思ってお聴きあれ」

「そういうものかの。うむ」


 吟遊詩人は咳払いして続きを歌う。うおっほん。ぽろんぽろん。

「天山山脈の麓には広大な森が広がっておりました。

 この森に住まうのは神話時代からその名が響く破壊神。

 破壊神はこの世界に町ができるたびにそれを破壊してまわっておりました。

 何故そうするのかはわかりません。

 破壊神としてこの世に生まれたがゆえこそのその所業」


「ここで立ちあがったのは今では名も残らぬほど古き古き時代の大賢者。

 破壊神の厄災で住む家や家族を失って悲嘆にくれる民衆の憂いをはらすべく誓いを立て、

 これを打ち倒してみせると宣言するのでした」


「さりとて相手は人ならざる存在である破壊神。

 さすがの大賢者といえども一朝一夕に破壊神を倒すことはできません。

 長い時間をかけ破壊神の後を追い、慎重に様子を窺っておりました」


「充分な勝算を得るまで逸る気持ちを抑え、十年の月日をかけて準備して、

 破壊神を調べ尽くした大賢者はその叡智により破壊神を打ち倒す計画をたてました。

 時ぞ至れり。そしてある日のこと、東の森の前の荒野で大賢者は、

 千の騎士と万の兵を率いて破壊神と会戦するのでした」


「シルウェストリスの先祖にあたる王家より発せられた勇猛果敢な軍勢が

 さしもの破壊神すらたじろぐほど攻めたてます。

 賢者の叡智は破壊神の弱点を穿ち、軍勢の数えきれない弓矢と剣が破壊神を襲います。

 その武勇はシルウェストリスの国中に轟きわたるのでした」


「しかしさすがに人知を超えた神たる破壊神。

 今一歩まで追い詰めるも息の根を止めることができません。

 やがて軍勢もひとり倒れふたり倒れ、とうとう最後に大賢者を残すまでに

 その数を減らしてしまいます」


「それでも大賢者は傷だらけになりながらただひとり荒野に立ち続けました。

 迫りくる破壊神の攻撃を避けようと杖をあげたその瞬間、

 その杖は破壊神の一撃を受け、真っ二つに折れてしまいました」


「まあ!」

 タパは緊迫した物語の展開に息を呑んだ。大賢者に神のご加護があるように必死で祈る。これは遥か昔の物語であり、今にして祈ったところで何にもならないことに幼い心は気付いていない。


「破壊神に押されて荒野に倒れ伏した大賢者。

 何か替わりになるものはないかと辺りを探ったその手の先に、

 偶然触れたチューリップを引き抜いて宝剣のように構えます。

 大賢者の手に掲げられた一輪のチューリップ。

 そのチューリップに大地の神、創造神の恩寵が宿ります。

 光輝くチューリップに宿る創造神の力が破壊神を退けました。

 遂に大賢者は破壊神を追い詰め、秘術をもって封印することに成功するのでした」


「こうして多くの犠牲を払いながらも破壊神を封印した大賢者は

 王都に戻って厳かにいいました。

 最後に破壊神から世界を救ったのはチューリップ。

 厄災を避けたくば家の前にチューリップを植えなさい。

 チューリップがシルウェストリス王国を守るだろう」


「これが大賢者の託宣です。

 その教えを守り伝え我がシルウェストリス王国では

 咲き乱れるチューリップが国中に溢れているのです」


 破壊神とそれに立ち向かった古の大賢者の大冒険の物語に息が止まるほど聴きいっていたタパは、吟遊詩人が歌い終わり優雅に一礼するのを見るや小さな手を打ち付けて精一杯の拍手をもって応えた。

 王女が膝に乗せたタパを撫でながらいった。

「長い物語でしたね。最後まで聴いて眠くはなりませんでしたか?」

「ううん。ぜんぜん」

 タパは身を乗り出して目を輝かせる。

「破壊神と大賢者の話、楽しかったわ。また聴かせてくれる?」

 シルウエストリス国王は目を細めてタパを見ると、吟遊詩人にいった。

「姫がそなたの物語を気に入ったようだ。どうだ、御伽衆として王宮に仕え、姫が望む時はいつでも語りきかせてやるように。よいか?」


 吟遊詩人は畏まって深々とタパに向かって頭を下げた。


   ※ ※


「……って、破壊神についてはそういう厳粛な伝承をきいて育ったのよ。わたし。それがさー、実際に出会ってみたらこんなんだとは思わないでしょ?ふつー」


 ラウルのチューリップ農場にて。

 タパは立ち上がって食卓を両手のこぶしでどんと叩くと、離れた席で優雅にお茶を飲んでいた破壊神の顔を睨みつけてずんずんと迫っていく。器用よね。唇も喉もなくて喋れないのにどうやってお茶を飲んでいるのかしら。

 急にタパに接近された破壊神が慌てふためいて自身のオーラの制御に失敗し、目の前のテーブルの一部とスープを入れた皿を消失させた。ラウルとチャーリーは驚いて息をのんだがタパは構わず近寄って破壊神の頭を平手でスパーンとはたく。破壊神が破壊のオーラをひっこめるのが間に合わなければタパの右手が消失しているところだ。

「タパさん、待って。落ち着いて落ち着いて」

 ラウルは急いで駆け寄ると後ろから羽交い絞めにしてタパを制する。

 ひとまず今日で夏前の作業がひと通り終わる。その祝いの席として今日の夕食にはちょっとばかり酒精の宿る飲み物をだしたのだが、どうやらそれがまずかったらしい。

「うるっさいわねー」

 シルウェストリス二の姫は酒乱だったのか。ラウルは溜息をついた。

 今後タパにワインを飲ませるのはやめよう。ラウルはそっとワインの瓶の蓋を厳重に締め、床下の秘密の場所に隠すことにした。


 タパが破壊神を相手に顔を真っ赤にして暴れている。

 ラウルはタパを寝室に連れていくべくがっちり腕を組んでなだめながら食堂をでると、スパンスパンと頭をはたかれて困惑している破壊神へすれ違いざまにいった。

「あ、壊した机は明日までに直しておいてね」

 破壊神は情けない様子で頷いた。


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