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東の森の破壊神  作者: たけぞう


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2/13

2.採用面接

「どうぞ」

 そういって差し出されたなみなみとお茶のつがれたカップとクッキーの小皿にタパは目を輝かせた。深夜にもかかわらず農場へ訪れたタパを家に招き入れ椅子をすすめお茶をだしてくれたこの人がこのチューリップ農場の農場主らしい。タパは遠慮なくクッキーを齧りお茶を啜りながらちらちらと相手の顔を窺った。

(あんまり看板の絵と似ていないぞ)

「あ、今看板の絵とは似てないって思ったでしょ」

 無邪気な笑顔で心の中を言い当てられてタパはどぎまぎした。

「え、あ、えっと……」

「いいよいいよ。あの看板の絵を見た人は皆そういうんだ。でも似てなくて当たり前。あれはぼくの祖父の若い頃の絵なのさ。ぼくはラウル。緊張しないで。よろしくね」

 若い。というよりどことなく幼い。多分タパとそう歳は変わらないだろう。せいぜいタパよりひとつかふたつ上くらい。歳の割に農作業で鍛えあげられたのであろう引き締まった筋肉質の躰が頼もしく見える。肌の色が若干濃く見えるのは日々の農作業で日に焼かれているせいかそれとも南西の帝国の民の血が混じっているせいか。ラウルと名乗る青年は精悍な顔を爽やかに綻ばせてタバに向かってにっと笑いかけた。

「今ではぼくがこのチューリップ農場の農場主なんだけど、事情があってね。もともとはぼくの祖父がずっとここで農場をやっていたんだ。ぼくの祖父はね、チューリップ栽培にかけては国一番。素晴らしいチューリップを育ててたくさんの賞を受け、この農場を代表するチューリップの新しい品種『白銀の宝冠』を作出して王家に献上。ついにはシルウェストリス王室から御用達のお墨付きを賜ったんだ。チューリップ農家にとって最高の栄誉だよ。ぼくは祖父をとても尊敬しているんだ」

「はあ」

(見たことあるかも。その『白銀の宝冠』ってチューリップ。門外不出の一鉢だってお父様が大事にしていた鉢植えの中のどれかよね)

「でもその祖父が三日前に死んじゃって」

「え?それは、何というか、お悔やみを……。ごにょごにょ」

「いや、いいよいいよ。突然こんな話をされても困るよね。でも話の順序でいわないわけにもいかないからさ。まあそんなわけで祖父の葬式をすませたのが昨日。この農場を正式に相続したのが今日。あ、クッキーのおかわりいる?」

 いつの間にかタパの前のクッキー皿が空になっていた。ラウルはタパの返事を待たずにクッキーの入った缶を逆さに振って皿を山盛りにした。

「あ、はい。ありがとうございます」

「そんなわけで祖父の農場を引き継いで、さあこれからがんばろうって思っていたその日に君が従業員の募集に応じて来てくれたわけさ。こりゃ幸先がいいぞってぼくは嬉しくて」

「はあ」(もぐもぐ)

「……従業員に応募してくれたってことでいいんだよね?」

「あ、はい。そうです」

「そうかぁ。うんうん。ぼくとしては大歓迎。即採用って決めちゃってもいいんだけど、一応形式上採用面接とか、してみる?」

「お願いします」(ぼりぼり)

(さあ、タパ。ここが正念場よ。破壊神の封印場所を探すにしたって今日明日で見つかるもんじゃないわ。当面の食事と寝床を確保するためには何としてもこの農場に従業員として潜り込まなきゃ)

 タパは気合を入れ直し、お茶をひと啜りして口の中のクッキーを飲み下した。

「えーと、お名前は……」

「タパと申します」

「そう、タパさんと呼べばいいのかな?」

「はい。どうぞタパとだけお呼びください。……あの、それだけで……何というか……どうか家名をあかすことは、その……ご容赦を」

「え?きみには家名があるの?貴族のお嬢さんか何か?すごいねー」

「へ?」

「あはは。ぼくはただのラウル。チューリップ農場の二代目ラウルさ。祖父が初代チューリップ農場のラウル。父は王宮の衛士ラウル。そうか、きみには家名があるのか」

「あわわわわ。余計なことをいいました。今のはなかったことにしてください」

「うんいいよ。あかしたくないというなら無理には聞かない。家名なんかあってもなくてもチューリップ栽培には関係ないからね」

(ばかー。ばかー。何をやっているのよ。初っ端からしくじるなんて。身元を不審に思われたら今後がやりにくくなるじゃないの。幸い相手はお人好しっぽいわ。細かいことは気にしなさそうだしこのままどうにか無難に切り抜けて……)

「えーと、農作業の経験は?」

(おっと、そうきたか。あるわけないでしょ)

「ありません」

「大丈夫。土いじりだけが農場の仕事じゃないから。それじゃあそうだな。チューリップを販売する営業の仕事とか、できそう?」

(商人たちが王宮に花を納めに来ていた、あれかな?買ったことはあっても売ってたとはないわねー。商人たちはどうしていたっけ?あ、だめだ。選んだ花のことしか覚えてないや)

「やったことがないのでできるかどうか、お答えできません」

「じゃあ事務仕事は?経理とか。きみ、帳簿の見方ってわかる?」

(ケーリ?って何?やば。このままいいとこなしで面接終わっちゃったらどうしよう?そしたら不採用?追い出されちゃう)

「……あの、ケーリってなんでしょうか?」

「うーん。そうか。他に何があるだろう。きみにできそうな仕事って。そうだ。洗濯掃除炊事とかは?」

(無理。ぜったい無理。服の汚れは魔法でごまかしているし、部屋は片付けられなくて汚部屋だったし、わたしが作った料理を食べさせるなんてきっと食べた人に命の危険が……)

「どれも経験ありません」

「そう。困ったな」

 ラウルは困惑して腕を組むと俯いてしばし沈黙した。しんと静まった部屋にタパがクッキーを食べるぼりぼりという音だけが響く。ラウルはクッキーを皿に継ぎ足すとどうにか次の質問をひねり出した。

「それじゃあ質問を変えよう。タパさんは何ができますか?得意なことは?」

(そうそう!それをきいてほしいのよ。ドヤッ!)

「黒魔術を8年間ほど修めております。特に呪術関連は得意です」

「……」

「……」

(あれ?反応がない)

「うーん。それはあんまりチューリップ栽培の役にはたたない、かな」

(えー!そんな!期待した反応と違う。わたわた)

「いえ、黒魔術そのものは直接チューリップ栽培と関係ないかもしれませんが、これまでひとつのことに真摯に取り組んできたその経験は、今後この農場で出会う新しい仕事に向き合う上で必ずや役に立つと……」

 勢い込んでまくしたてるタパをラウルは手で制していった。

「何か変な採用試験の指南書でも読んだ?」

(ギクッ!これ黒魔術の修行で畑違いの分野の口頭試問を受ける時のために面接指南書の模範解答を丸暗記した文句。それを見抜かれた!?)

 タパは悪い汗をだらだらとかいて縮こまる。ラウルはそんなタパの顔を真顔でしげしげと覗き込んでいたが、やがてぷっと吹きだした。

「大丈夫だよ。採用面接なんて形だけだっていったでしょ」

「はあ」

「ぼくは今日から第一歩を踏み出したばかりの新米農場主。きみは未経験の新人さん。それでいいじゃないか。一緒に頑張ろう」

「あの、それじゃあここに置いてくれますか?」

「もちろんさ」

 ラウルはにっこりと笑った。ほんわかした空気があたりを漂う。当面の生活の保障を手に入れてタパは緊張を解いてふうと息を吐いた。

(何か破壊神だとか世界を滅ぼすとかって話からはずいぶん離れちゃったけど。まあ仕方ないわね。今夜の寝床。当面の食糧のためよ。とりあえず破壊神のいる森に潜入することに成功はしたんだから)

「まあシルウェストリスの王都があんなふうになってからは世の中チューリップの花を買う余裕もあまりないみたいでね。大きな取引もあらかたなくなってこの農場もここ数年はずっと細々と小口の取引をしているだけなんだ。だからそんなに仕事が忙しいわけじゃない。心配しなくていいよ」

「はあ」

「じゃあ、明日からよろしくね。ああ、そうだ。気付かなくてごめん。きみ、夕食は大丈夫だったのかな?」

「夕食は食べてないですけど、平気です。クッキーをたくさん頂きましたから」

 ラウルは空になったクッキー缶を見て微笑むと立ち上がった。

「それなら寝室へ案内するよ。後でお湯とタオルを持っていくから湯浴みをして寝るといい」


   ※ ※


 何日ぶりのベッドだったろう。タパは床に就くなり深い眠りの底へ落ちていた。翌朝目覚め頃にはかなり日が高くなっていた。

「おはようございます」

 階下に降りて寝ぼけ眼で誰にということもなく気の抜けた朝の挨拶をもごもごと口にすると背後からラウルが陽気な声をかけてきた。すでに朝のひと仕事を終えたところらしい。

「おはよう。よく眠れた?食堂に朝食の支度が出来ているからお食べよ」

「あ、ありがとうございます」

「食堂は今ちょっと騒がしいかもしれないけど、気にしないでね」

「……騒がしい?」

 訝しげに食堂のドアを開けると中から粗野な言葉遣いの怒鳴り声が聞こえてきた。

「だーかーら!いつもいってるだろーがっ!やることなすこと雑すぎるんだよテメーは!」

 部屋を覗き込むとテーブルの上にちょこんと置かれた鉢植えのチューリップが黒衣を着た骸骨を散々に怒鳴りつけていた。チューリップのあまりの剣幕に黒衣の骸骨がしゅんと消え入りそうなくらいうなだれている。ひとしきりチューリップの説教がすむとしょんぼりと農具を手に出て行った。これから農作業らしい。

(黒衣の骸骨……って、あれ魔物のスケルトンよね?この農場では魔物を労働力にしているの?あの農場主、昨夜は魔術なんかチューリップ栽培の役に立たないなんていっていたけどちゃっかり魔物を下僕にして使役しているだなんて侮れないわ)

「……って、何でチューリップが喋っているの?」

「なんだテメーは」

 タパが呆然とドアの前に突っ立っていると、喋るチューリップがその姿を見咎めて尖った声を出した。

「あの、新しくこの農場で働くことになったタパと申します」

「なんだ、新入りか?あの坊ちゃん育ちの二代目は誰彼構わず農場に招き入れて、計画性ってもんがないのかよ。あんたみたいな華奢な女の子に農場仕事なんかできるわけねーだろ」

「いや、できるかできないかはこれからの仕事ぶりを見てから判断してもらえます?そういういわれ方は不愉快です」

「お、いうじゃねーか。生意気な」

 喋るチューリップとタパの間に険悪な空気が漂う。そこへ食堂に戻ってきたラウルが朗らかな声で割って入った。

「チャーリー、タパさんは入ったばっかりなんだからそんな乱暴な口をきいちゃダメだよ」

「けっ」

 そうかこの喋るチューリップはチャーリーって名前なのか。見た目は普通のチューリップなのにどこから声を出しているんだろう。タパがラウルに尋ねた。

「なんでチューリップが喋っているんですか?」

 ラウルはちょっと困った顔をして口ごもる。

「ああ、こちらうちの農場のチューリップのチャーリー。チャーリーが何で喋るかってところにはいろいろ事情があってね。長くなるからその話はまた今度。とにかく瞬間移動してあちこち現れたりべらべら喋ったりするけどあんまり気にしないで。びっくりした?」

「いえ、黒魔術の修行で意思を持つ植物の魔物を何度か見たことありますからそこまで驚きはしませんけど……」

「誰が魔物だ、コラ」

 チャーリーが毒づく。タパは冷ややかな目で黙殺することにした。

「この農場のチューリップはみんな喋るんですか?」

「まさか。畑に並んだチューリップが全部この調子で喋っていたらうるさくてたまらないよ。喋るのはこのチャーリーだけさ。さあ朝ごはんにしよう」


 ラウルは慣れた手つきで皿を並べると、作り置いてあった料理を取り分けていった。パンケーキとスープという素朴なメニューだったが、量もたっぷりでその上なかなかに美味しい。特にふっくら焼かれたパンケーキがとろけるように甘い。タパは驚いてラウルに尋ねた。

「昨日、クッキーを食べた時も思ったんですけど、このパンケーキも甘くてとてもおいしいです。この農場ではお砂糖を潤沢に使えるんですか?」

「砂糖?違う違う。そんな高級品使えるわけがないじゃない。その甘さはチューリップの球根の味」

「チューリップの球根?チューリップって食べられるんですか?」

「食べられるチューリップもある、っていうのがその疑問の返事としては正しいかな。ほとんど全てのチューリップには原則的に毒があるから、その辺のチューリップを引っこ抜いて食べたりしたらダメだよ。食べていいのは食用専門に育てた毒のない品種だけ」

「まあ普通チューリップは食べませんよね。食用のチューリップ以外は毒があるんですか?」

「うん」

「大丈夫かな……」

 心配になったタパがお腹をさする。

「どうしたの?」

「いえ、荒野を越える途中で食料も水も尽きて、岩陰に生えていた花の球根を食べながら旅してきたんですけど、確かあの球根も同じように甘かったなって思い出して。もしかしたらチューリップの一種だったらどうしよう、と心配になりました。見てくれは畑に咲いているチューリップとはずいぶん違うんですが」

「どんな花だった?」

「ひねくれた針金みたいな変な形をした貧相で地味な色の……」

「うーん、知らないなぁ。未発見のチューリップの原種かもしれない。後で詳しく教えてくれる?まあ、ともあれお腹を壊さなくてよかった」

 チャーリーが口をはさむ。

「何だ、お前は荒野を越えてきたのか」

「はい、大変でした。でも何としてもこの東の森にたどり着かねばとそれこそ命がけで」

 ラウルがいいにくそうな顔をしてぼそりと呟いた。

「……そんな大変な思いをしなくても街伝いに迂回して街道を来れば楽だったのに」

「え?」

「いや、何でもない。うちの農場では観賞用のチューリップの他に毒のない品種を食用として生産しているんだ。食用チューリップの球根からは良質のでんぷんが取れる。石臼で挽いた球根の粉を小麦粉に混ぜてパンやお菓子を焼くとお砂糖なんかいらないくらい甘くなるんだよ。こう世の中殺伐としてたら観賞用の切り花や球根があまり売れないからね。今のうちの農場の主力商品さ」

「へー」


「さて、ごちそうさまでした。タパさん朝ごはんは足りた?」

「はい」

「じゃあ、食後のお茶を飲んだら仕事にかかろうか」

 ラウルは空になった食器を手早く重ねると洗い場へ運ぶべく立ち上がった。

「あ、お手伝いします」

(そうそう。ほんわか朝ごはん食べている場合じゃないのよ。……おいしかったけど。これは今のうちに聞いておかなくちゃ。不審に思われないようにさりげなくさりげなく)

「そういえばこの東の森には破壊神についての伝承があるって聞いたことがあるんですけど」

 自分の皿を持ってラウルの後を追いながらタパは尋ねた。緊張で自分の声が微妙に上ずっているような気がする。ラウルがこともなげに答えた。

「破壊神?いるよ」

「やっぱり!破壊神の伝承は真実だったのですね。ああ、何と神秘的な森でしょう。それで破壊神は今どこに封印されているのですか?」

「封印?破壊神が?どういうこと?」

「え?だって伝説の破壊神ですよ?この東の森に破壊神がいるのに何事もなく平穏な農場生活がおくれているのは、やっぱり伝承の通り名も残らぬ太古の昔の大賢者によって森のどこかへ封印されているってことなんでしょう?」

 手がかりを逃すまいとタパが息せきって鼻息荒くラウルに迫る。

「あ、大丈夫です。怖がって逃げたりしません。秘密にしなきゃいけないことなら決して口外しないと誓います。ただ興味があるっていうか、ちょっと教えてほしくて。破壊神はどこですか?」

 勢い込んで間を詰めてくるタパを持て余して、ラウルは躰を反らせてじたばたもがいた。

「いや、そうじゃなくて。どうも誤解があるみたいだな。えーと、うん。破壊神ならこの農場にいるよ。それは間違いない。裏の小屋に住んでいる。そうだな。今はどこだろう。ねえチャーリー。破壊神が今どこにいるか知ってる?」

 ラウルは喋るチューリップに尋ねた。

「さあな。さっきまでここにいた。まだその辺にいると思うぜ」

「その辺って……」

「その辺っていったらその辺だよ」

「裏の小屋に住んでいるって……」

 理解が追い付かないタパと喋るチューリップであるチャーリーが不毛な会話を重ねていると、あたりをきょろきょろと見回していたラウルが窓の外を指さした。

「……あ、ほら。いた。そこに」

 ラウルが伸ばした指の先に先程喋るチューリップに散々罵倒されていた黒衣の骸骨がいた。

「え?あのスケルトンが破壊神なの?」

「スケルトン?違うよ。スケルトンって動く死骸でしょ。破壊神は神話の時代から長い歳月を過ごしているから肉や皮が風化して削げ落ちちゃってるけど、一応ちゃんとした神様で生きているから。うん。あの黒衣の骸骨が破壊神」

「……チューリップに怒鳴られまくっていたあの情けないスケルトンが破壊神で神様で生きているって……」

「なんかねー、もうすぐ神話の時代が終わるんだって。それで彼は破壊神としての使命を終えたから、これからは趣味のチューリップ栽培に打ち込んで生きていきたいって無理矢理うちの農場に弟子入りしにきたんだ。その時には祖父はもう床に臥せっていたからぼくが面倒を見ることになってさ、ひとまず見習いとして働いてもらうことにしたんだ。だからうちの農場の従業員としてはきみの先輩にあたるのかな」

「は?」

 あまりの想定外のことにラウルの言葉がタパの頭の上を滑っていく。タパは混乱して凍り付いたようにその黒衣の骸骨の背中を凝視した。視線に気付いた破壊神が振り返る。


 表情筋が根こそぎなくなったむき出しの骸骨そのものの貌が、タパと眼をあわせた途端にこりと笑ったように見えた。


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