12.一つ目巨人 後
「どうして黒魔術が効かなかったのかしら……?」
首を斬り落とされた一つ目巨人の背中でポーズをとる3人の修行僧たちを無視してタパが呟いた。一つ目巨人を観察しようとその死体に静かに近付く。ところが修行僧たちは嬉々としてかわるがわる互いのポーズを批評しあってはその場を独占して騒いでいる。自分のポーズとのバランスを考えてお前は右手をもうちょっと挙げてみろとかいやお前こそわしのポーズが映えるように少し屈めとか、あげくのはてに勝利に相応しいこの我ら3人の凛々しい勇姿を文章で表す言葉を考えようとか大声で喧々諤々と喋り続けてあまりにうるさい。果ては誰の意見が正しいと思うか裁定を求めてしつこくタパに話しかけてきて、思考を邪魔されたまりかねたタパにじろりと睨まれる。
「あんたたちどっかの教団の修行者なんでしょ?いいの?相手は化け物とはいえ殺生したっていうのにそんな嬉々として喜んで」
修行僧たちは悪びれもせず飄々とした顔で答えた。
「妖魔を滅ぼしこの世界に秩序をもたらすことも我らの修行のうちじゃ」
「それにしても惜しいのう。ここに絵心のある者がいればこの情景を絵に描き取って経文と一緒に後世に残すのに」
「まあいいではないか。我らの心にこの情景を焼き付けておけば。のちのち衆生に語って物語なり絵姿なり彫像にでもしてもらおう」
うんうんと3人は頷きあう。
「……俗物め」
タパはあきれた顔で吐き捨てた。
そんな3人の修行僧に邪魔されながらも片膝をついて一つ目巨人の生死を確認していたアルトゥンベックが立ち上がりいった。
「こいつは死んでいる。再生する兆しもない。もう大丈夫だ」
アルトゥンベックは大鉞を地面に置き11人の部下たちに指示をだすとタパに歩み寄った。11人の部下たちは何組かに分かれて周囲の警戒と洞窟内の探索をはじめるべく慌ただしく動き出した。念のため他に仲間がいないかを確認するらしい。
「姫さん、援護に感謝する。おかげで仕留めることができた」
アルトゥンベックがタパに声をかけた。タパが一瞬のためらいを見せつつもごもごと口の中で答える。
「こちらこそ、あなたが駆けつけてくれなかったら死んでいたわ。ありがとう」
素直に礼をいうタパに傍らにいたクルセウスは驚き目を見開いた。タパはアルトゥンベックの顔を正面から見て尋ねた。
「なんでこいつにわたしの黒魔術は効果がなかったと思う?こいつを使役している誰か格上の魔術師が魔術無効の術式をかけていたとか?」
「いや、そんな小難しい話じゃない。もともとこういう巨人は強靭な肉体を持っているから痛みや苦しみの感覚が鈍い。多少の傷では死なないから苦痛を感じる必要がないんだ。だから魔術の炎で苦痛を与えても人ほど苦しみはしない。逆に不快に思って攻撃の勢いを増して襲ってくるから焼き尽くす前に姫さんの命が危ない」
「鈍感すぎて地獄の業火で焼かれてもそんなに気にしなかった……」
「まあそうなる。姫さんが飼っているでろでろぐちょぐちょの化け物たちもご同様だな。巨人は多少の傷じゃ構わず怪力を振るって暴れ続けるから止めるには物量が足りなさ過ぎた」
「たいていの敵はあの子たちに襲いかかられた時点で怯えて足を止めるものなのに」
「それだよ。黒魔術がおそろしいのは恐怖に怖気づいたり目の前の困難から逃げ出したくなったりっていう人の心の弱い部分を刺激するからだ。魔術で受ける肉体の苦痛以上に魔術をかけられた自分の状況に敗北感を覚えて躰が竦んでしまう。ところがこいつは知能が低い。自分の置かれた状況を判断して絶望するなんて思考をする能力が元からない」
「鈍感だから苦しみもしないし頭が悪いから怯えもしないってこと?」
「魔術の遣い方と相手との相性が最悪だった。同じ地獄の業火で焼くのなら姫さんみたいにあちこち炎を現出させて混乱させ恐怖させようとするより、巨人の躰の一点を骨まで炭にする勢いで焼き尽くして欠損させた方が効果的だったろう。敵の特性にあわせて攻撃方法を考えればもっと闘い方が洗練されてくる。姫さんは自分がやりたい攻撃を見境なしに相手にぶつけているだけ。あれじゃダメだ」
タパはうつむいて弱気な声をだした。
「自信なくしちゃうな。黒魔術の修行を究めて誰よりも強くなったはずなのに最近は負け続け。蛮族王でしょ。一つ目巨人でしょ」
「姫さんは充分強い。正面から闘えばオレでも勝てない。姫さんは戦い方を知らないだけだ」
「ふーん。そこは評価してくれるんだ。ならわたしを上位者と認めて忠誠を誓ってくれる?」
「それはない。われわれの主君はアイリス様だ。あんたはアイリス様が仕える王家の姫さんなんだろうが、それはわれわれには直接関係ない。われわれに命令を下せるのはアイリス様だけだ。だから姫さんがわれわれに命令したいのならアイリス様を通してくれ」
「なんでアイリスよ。アイリスなんて弱いじゃない」
「そういう話じゃない」
「アイリスがわたしを殺せって命令したらそうするの?さっきわたしには勝てないっていったわよね?」
「正面から闘えば、の話だ。姫さんと闘うことになったら正面からはいかない」
「どうするっていうのよ?」
「油断しているところを後ろからばっさりいく。黒魔術を遣われる前に」
「そんなこと、できると思う?」
「できる」
アルトゥンベックはいいきった。戦場で生き抜いてきた強い自負がその言葉に現れている。
「黒魔術が遣えるということと黒魔術を遣って戦いに勝つということはちょっと違うようですよ、タパ様」
納得できないでいるタパにクルセウスがいった。
(……蛮族王に負けるわけだ)
タパは沈黙するしかない。
周囲を調べていたアルトゥンベックの部下たちが戻ってきた。洞窟の中を調べていた部下から報告をきいていたアルトゥンベックが一つ目巨人の死体を見ながらタパたちにいった。
「こいつは仲間とはぐれてひとりで生きていたようだ。洞窟には生活痕があったそうだが、複数体の存在を匂わすようなものは何もなかったらしい。その死体もよく見ればこんな食糧もない森林限界の上で暮らしていたせいなのかかなり痩せているように見える。人間の俺たちでも倒すことができたのはそのおかげかもしれんな」
「この一つ目巨人はシルウェストリスにいつからいたのかな? 」
「生活痕の風化具合から見て数百年前から住み着いていたようだ。もしかするとシルウェストリスが建国されるよりも前からなのかもしれない」
「そんな長い間、この荒れ果てた何もない世界で暮らしていたの?なんで?」
「森には自分より強い破壊神が住み着いているから敬遠したんだろう。せいぜい食糧に困った時に森の境界を訪れるくらいだったんじゃないか。天山山脈の森林限界から上の世界は環境が過酷すぎて人は寄り付かない。だからここに一つ目巨人が住んでいるってことをシルウェストリスの民は誰も知らなかった」
「ふーん」
タパは国の歴史より長い時の流れに想いをめぐらせた。破壊神や名もなき大賢者には及ばないにしてもこの一つ目巨人も悠久の時を越えて生きてきたのだ。伝承の通り蛮族たちはこの巨人と関係があるのだろうか。ひっそり人知れず暮らしているだけなら、攻撃さえしてこなければ殺すまでもなかったのに。
「こいつ人の形をしているけど、人なの?化け物なの?」
「さあ。わかりません。人の形をしているから人なのかときかれても、人の形をした神は人ではないでしょう?ただ伝承によれば巨人は人を捕食することもあるらしいので……」
クルセウスがあいまいに答えた。アルトゥンベックは明確にいいきる。
「敵か味方かといわれれば明確に敵だな。人かどうかなんて関係ない。たとえ相手が人であっても攻撃してくる奴がいたらそれは敵だ」
「さて坊さんたちどうするね?探索を続けるかい?」
アルトゥンベックが尋ねると会心のポーズが決まらずに議論を紛糾させていた3人の修行僧たちがはっと顔をあげる。
(お前ら何をしにここまで来たのか、完全に忘れていただろ)
タパは心の中で毒づいた。
「おお、そうじゃった。では先に進もうかの」
3人の修行僧たちが声を揃えて率先してどこへともなく歩き出す。
「やれやれ、仕方ねえ。おい、方位を変えて広域探索を再開するぞ」
アルトゥンベックの号令の下捜索隊は再び移動をはじめた。
「ねえ、その探している人、やっぱり天山山脈のこちら側には来てないんじゃないの?」
その後を追いながらタパがうんざりした声でいった。




